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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

     ◆

 ぜぇはぁと息を切らして走る雅羅は、上空を悠然と飛行するドラゴンを見上げている。
「はぁ…はぁ……こんな、ところで…暴れられたら、ちょっと不味い、わよね」
 独白しながら疾走する彼女は、懸命に周囲の地図を頭に思い返しながら走り続けた。
戦うにしても、逃げ続けるにしても、まだドラゴンの攻撃が来ていないのが救いなだけで、ひとたび攻撃されてしまえば、この住宅街だ。被害は甚大なものとなる。
 転びそうになりながらも彼女は路地を曲がり、再び体制を立て直して疾走していた。
と――そこで。
「あ! エヴァルト先輩! ちょっと待ったぁ!」
「うん? サンダースさん。何を……ってうぉ!」
 雅羅に目をやったエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、上空から飛来するそれを見て驚きのリアクションを見せる。
「レッサー種のドラゴン!? サンダースさん、あんた何しでかしたんだ、今度は」
「違うの! 事情は後で話すから、協力してください!」
 全力で駆け抜けながらエヴァルトの横を通りすぎる雅羅の言葉に、彼も雅羅に並走する形で走り始めた。
「ちゃんと事情、説明してくださいよ」
「えぇ……はぁはぁ、きっつーい!」
「大丈夫、この近くに大きな空地があります。そこにこいつを連れ込んで――」
「それだと周辺に被害が出ると思う。だから今、郊外の原っぱに誘導をしようと思ってるの」
「……わかった。とりあえず反撃はその後、で良いな」
 無言のまま、エヴァルトの確認に頷き返事とした彼女は、それ以来特に何を言うでもなく、ひたすらに走る。エヴァルトもそれに習い走り続けた。
 それから十分弱――二人は漸く目的地へと到着した。開けた、それこそ周囲に住宅等立っていない草原、原っぱ。
「ここら辺で……はぁはぁ、いいわね…」
「来るぞ」
 雅羅は腰に下げている銃を手にし、そしてエヴァルトは徐に服を脱ぎ始めた。
「ちょ…! 先輩!?」
「ん? あぁ、知らなかったか。この前大けがしてな、首から下がサイボーグになっているんだ。心配ない」
 そう言うと、持っていたトランクに手を掛け、掛け声ともども何やら体に装着する。
「へんしーぃぃんっ!」
「へ、変身って……」
「ちょっとやってみたかったんだよ、こういうの…」
 やや照れた様に呟きながら、体の動作を確認する為、手を開いたり握ったりした彼は、構えを取った。
「そんな事より来るぞ、サンダースさん!」
「えぇ……この武器で、ドラゴン倒せるのかしら……」
 やや投げやりになりながら、彼女は銃のハンマーに親指を掛け、引き金を引く。軽快で小切れの良い音が響き渡り、弾丸が空を切る音が聞こえた。が、飛来し、上空で待機しているドラゴンは全くと言っていい程ひるまない。
「ならばこのドリルで、ドラゴンを引き摺り下ろしてやる! とうっ!」
 空へと舞いあがるエヴァルトがドラゴンの羽目掛けてそのドリルを当てようと試みるが、それをひらりと交わされた。
「くっ! やはりレッサーとはいえドラゴン、なかなかやるな……っ!」
 ここで、二人の背後から声がした。
「二人とも! 下がって!」
 後ろを振り向くよりも先、雅羅は頭を屈め、エヴァルトはすかさず高度を落として着地した。
雅羅の銃の音よりか幾分か低い音が響き、思わずドラゴンが回避行動を取る。
「やっぱ空中の相手に散弾当てるのは難しいかぁ……」
 二人が振り返るど、そこには散弾銃を持ったルクセン・レアム(るくせん・れあむ)の姿。
どうやら状況が全く把握できていない様ではあるが、雅羅、エヴァルトの二人が戦っているのが見えたらしい。彼女は応援にやってきた様だ。
「流石にこれ貰ったらあの子も痛いんじゃない? 支援ならこっちでするわ、やりたい様に戦いなさいよ。二人とも」
「助かるわ…ありがとう」
「いつぞやの様に、また攪乱作戦でもするか?」
「うん、まぁ、それでもいいかな。来るわよ!」
 ルクセンの一言に、三人は回避行動に移る。
ドラゴンは口に溜めていた火球を吐き出し、今まで三人が立っていた場所へとそれをぶつける。高熱からか、地面は溶けて抉れ、その周囲に煙が立ち上る。
「あれ貰ったら、さすがに死んじゃうかもね」
「じょ、冗談じゃないわ!」
 ルクセンの軽口に、雅羅が半べそをかきながら叫んだ。
「レアムさん、俺が空中まで運ぶから、二人で攪乱してみよう」
「それ名案ね。よろしく」
 ルクセンの手を掴んだエヴァルトが、再びドラゴンの前に飛び込んで行く。
「未だレアムさん!」
「はいよっっと!」
 空中、ドラゴンの顔面で手にする散弾銃を発砲した彼女。数発がドラゴンの表皮に当たり、鮮血が飛び散った。
「って、なんか攻撃されそうだけど、これって避けらんないじゃない……?」
 ふと、そんな事に気付くルクセン。空中故に、反撃されたとしても彼女一人では回避する術を持たないのだ。が、エヴァルトがすぐさま彼女の腰を抱え、再び距離を取る。
「ふぅ、間に合った」
「……ありがと、って言いたいところなんだけど、どこ触ってんのよ……」
 思わず顔を赤らめるルクセンと、言われて初めて自分が彼女をどう持っているかを確認するエヴァルト。
「す、すまん! これはその……緊急だったからで、だな……」
「……ま、良いけどさ。ってちょっと! 手を離さないでよ! 落ちちゃう! 落ちゃうから!」
「悪い…」
 と、そんな事を二人でやり取りしていると、ドラゴンが次の火球を溜め始めた。
「ねぇねぇ、なんか不味いの溜めてない、あの子」
「すまん、飛行中は後ろを向けないんだ。危なくて」
「さっきの火球! 来るわよ! 右に避けて!」
「わかった」
 エヴァルトが直角に右へと曲がり、紙一重、と言ったところでドラゴンが放つ火球を回避する。
「あぁ……ちょっとスカートの裾焦げちゃったじゃない! もぉ!」
「……」
 言葉を失いながら雅羅の隣に着地したエヴァルトは、抱えていたルクセンを地面に下ろした。
「二人とも! 危ないわ、次もう来るわよ!」
「ぬぅ!?」
「仕方ないっわねっ! 少しは間ってなさいよっ!」
 エヴァルトが二人を抱えて飛び退こうとした時、ルクセンはその手を避けてエヴァルトへと向く。
「雅羅を、頼んだわよ」
「しかし、それではレアムさんが――」
 ルクセンを見るエヴァルトは、しかしその視界の隅でドラゴンが火球を放った事を確認し、「すまない」と呟いて雅羅だけを抱え、回避行動に移る。が、ルクセンの顔には焦りも諦めもない。
先程ドラゴンが放った火球によって地面が抉られている為、それを障害物として、彼はその陰に飛び込んだ。
「そんな……ルクセンさんがっ…!」
「いや、何か彼女には考えがあるらしい」
 ドラゴンが放ったであろう三発目の火球が地面に着弾する音が響き、故に二人は身を隠す遮蔽物から顔を出してルクセンの姿を探す。
彼女は――紙一重で全て、その火球を回避していた。
「うっそ……両手塞がってるのに……」
「曲芸師か? 彼女……」
 回転運動をメインとした回避術。体を縦に、横に、捻り、回して攻撃を避ける。隙があれば反撃をし、また避ける。彼女の攻撃は決して当たってはいないが、ドラゴンはそれを避ける為に攻撃に僅かな感覚が生まれ、その隙に彼女は次の回避行動へと移るのだ。
「そろそろ休憩、私一人は疲れんのよね、もう」
 散弾銃を片手に握り、彼女は二人が隠れている遮蔽物へと飛び込んできた。一度ドラゴンに発砲したのち、顔を背けた瞬間の行動で、自分と二人の居場所を確認させない攻撃。
「ただいま」
「……おかえりなさい」
「なかなか、だな」
「ありがと。褒め言葉として受け取っとくわ」
 エヴァルト、ルクセンの会話に思わず言葉を失う雅羅だが、ふと、二人は雅羅の方を向いた。そして同時に一言。

「「で? 事情は?」」

 二人で同時にその一言。故に唖然としている暇は彼女にはなく、「あぁ、そうでしたね」と呟くと、雅羅は事情を説明し始めた。その間、ドラゴンは空を旋回しながら三人の姿を探している。と、言ったところで、三人に向けて、更に声がした。
「雅羅、呼ばれてきたんですけどね、何なんです? この状況」
 決して広いとは言えない遮蔽物の陰の中、半ばはみ出る形で持って紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)
紫月 睡蓮(しづき・すいれん)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)の四人がそこにはいた。
いつの間にやらやってきたのか、しかしかろうじてドラゴンにはばれていない様子だ。