リアクション
ツァンダの休日 「うんうん、それで、よかったら後でこちらに来て一緒に勉強しませんか?」 蒼空学園の図書館のロビーで、杜守 柚(ともり・ゆず)は高円寺 海(こうえんじ・かい)を携帯で呼び出していた。 「ええ、じゃあ、図書館で待ってます」 あのバスケの試合以来、高円寺海に会えるのは久しぶりである。ちょっと、あのときのことを思い出して、杜守柚が頬を染める。 すぐには来られないのは、合コンにあぶれて以来、ますますトレーニングに精を出すようになったアキレウス・プティーア(あきれうす・ぷてぃーあ)につかまって、ジョギングから抜け出せないかららしい。今後、またあのバスケの試合のような事態が起きないとも限らないからと、猛特訓されているようだ。 とりあえず、高円寺海が来るまでに少しでも勉強を進めておかないとと、杜守柚は数学の勉強から始めた。 「家計簿なら得意なんだけどなあ……」 なんでこんな複雑な式を覚えなきゃいけないんだろうと、杜守柚が頭をかかえた。 まったく、数字というのは、魔方陣と同じで、ながめているとなんだか眠くなってくる。 「いけない、いけない」 ブルンと頭を振ると、杜守柚は勉強を続けた。高円寺海がやってきたときには、真面目に勉強する姿を見てもらいたい。そう思って、一所懸命精神を集中させる。精神を……集中……。 気合いは空回りして、だんだんと眠気が増してきた。 気がつくと、杜守柚は教科書に顔を埋めて寝てしまっていた。 ツンツン。 誰からほっぺたを突かれて、杜守柚は目を覚ました。 寝ぼけ眼をこすると、なんだか高円寺海の幻が見える。 いや、違う、本物だ! 「海くん、い、いつ来たの!?」 あわてて、よだれを垂らしいてなかっただろうかと、口の周りを確認しながら杜守柚が叫んだ。 「少し前かなあ」 とぼけるように高円寺海が言った。じゃあ、ずっと寝顔を見られていたわけだ。思わず、杜守柚が顔を真っ赤に染めてうつむいた。 気がつくと、周りは何やら暗い。図書館も人はほとんどいなくなっていた。 「もう閉館みたいだね、ここを出なくちゃ」 さて、どこへいこうという感じで、高円寺海が言った。 「あの、あの、よければ、何か食べに行きませんか」 勇気を出して、杜守柚が切り出した。 「うん、いいね。じゃあ、さっそく行こう」 そう言うと、高円寺海が杜守柚の手をとった。 ★ ★ ★ 「はいはい、早く起きてください」 サツキ・シャルフリヒターが、ベッドで寝ていたローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)から、タオルケットを勢いよく引っぺがした。 その下から、全裸のローザ・シェーントイフェルが現れる。 「へっくしょい!」 思わず、大きくくしゃみをしてからローザ・シェーントイフェルが上半身を起こした。 確か、昨日は新風燕馬に夜這いをかけたはずなのだが、どこで意識が途切れた? だいたいにして、新風燕馬の夜更かしは度が外れている。いったい、いつ寝ているというのだろうか。いや、昼間はちょくちょく居眠りをしていたか。 にしても、先に寝落ちするようでは、私もまだまだだとローザ・シェーントイフェルが反省する。いや、そこを反省する前に、夜這いを反省するつもりはないのだろうか。 「ところで、その首元の赤いソレ、虫刺されなら薬塗りましょうか?」 ふいに指摘されて、ローザ・シェーントイフェルは鏡で自分の首筋を確認してみた。いや、これは、虫刺されなどではなくて、多分キスマークだ。自分でつけられるはずもないから、犯人は一人しかいない。 「これなら別にいいわ、にゅふふ」 「なんですかそのキモイ笑みは」 思わずもれてしまった笑みに、ローザ・シェーントイフェルが適当にごまかした。 「それで、燕馬ちゃんは?」 「お出かけです」 「一人で?」 「ええ。私も別行動で町に出たいと言ったら、迷子になるからといって許可されませんでした。たかが、十回に九回迷って家に帰れないだけなのに……」 ぶつぶつと、サツキ・シャルフリヒターが文句を言う。それだけ迷えば充分なのだが。本人は、迷ったら新風燕馬が迎えに来ればいいだけだと思っているようだ。 「とにかく、早く朝御飯を食べてください」 「はーい」 サツキ・シャルフリヒターに急かされて、そそくさと服を着たローザ・シェーントイフェルが純和風の朝御飯を食べ始めた。 「あれ、いつもと微妙に味が違うような……」 「私が作りましたが何か」 「……え、包丁使ったの?」 ちょっと驚いたように、ローザ・シェーントイフェルがサツキ・シャルフリヒターに聞き返した。確か、刃物は危ないからと、新風燕馬に禁止されていたはずだ。 「ええ、この間から使わせてもらえるようになりました」 「へえー、そうなんだー」 いったいどういう風の吹き回しだろうかと、ローザ・シェーントイフェルは首筋にそっと手をやりながら思った。 ★ ★ ★ 「じゃあ、次は、私から荀 灌(じゅん・かん)にリクエストね」 格好の帰りにカラオケに寄った芦原 郁乃(あはら・いくの)が、カタログをめくりながら荀灌に言った。 「というわけで、私からのリクエストは、荀灌が言っていたそのアイドルの子たちの曲で〜」 言うなり、すでに芦原郁乃は曲のコードをリモコンで入れていた。 なんでも、今日、荀灌たちのクラスで話題になったアイドルたちがいたのだそうだ。クラスメイトが言うには、引力が凄いらしい。 でも、引力? なんだか、分かるような分からないようなたとえである。 よく分からないのであれば、実際に試して、目で見て耳で聞くしかないではないか。 だから、というわけである。 「ええっ、でも、私サビしか知らないですよ」 「大丈夫、大丈夫、こういうのはたいてい乗りだから」 そう言うと、芦原郁乃が携帯のカメラをむけてスタンバった。 「えええーっ! 写真まで撮るんですかあ!?」 「当然じゃない」 焦る荀灌に対して、芦原郁乃はいたって真剣である。こんなシャッターチャンス、逃す手はない。 そうこうしているうちに、イントロがかかり出す。 「頑張れ〜、荀灌、ファイト」 「ううっ」 さすがにこの状況で歌わないと、なんだか雰囲気が悪くなると、荀灌が涙目で覚悟を決めた。 とはいえ、数回しか聞いたことのない歌なので、歌詞も覚えてはいない。音楽と字幕だけが頼りである。後は、なんとなくの振りでごまかしてしまおう。 なんてことが頭の中をグルグルと回るうちに、自分でも気づかないほどに荀灌はテンパってしまった。 なんだかそんな荀灌を、芦原郁乃がうっとりした目で見ている。なんだか、一所懸命な姿が可愛い。 一生懸命手を振り回したり、うなずいたり、両手でマイクを持ったりという振りつけが正しいのかすらも分からないが、必死な荀灌の姿は充分にありだ。我が妹ながら、なんと可愛い生物だと思う。なんだろ、この可愛さは。もはや、犯罪の域である。 「ど、どうでしたか……」 なんだか芦原郁乃が荀灌に見とれている家に、いつの間にか歌が終わっていた。 おずおずと上目遣いに訊ねられると、もう辛抱たまらなくなって芦原郁乃がぎゅっと荀灌をだきしめる。 「なるほど、引力とはよく言ったものね……」 「ど、どうしたんですか」 予想外の展開に、荀灌がびっくりした。 「ごめんね、誰にも見せたくなくなったの」 「私……そんなに変でしたか?」 ちょっとしょんぼりと、荀灌が言った。 「そうじゃないよ……。とっても可愛かった。だから、私以外の誰にも見せたくなかったの」 芦原郁乃はそう、荀灌をだきしめたまま言った。 |
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