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【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

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【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

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第10章 折れる大樹


 その瞬間、『丘』がゴウンッ、と音を立てて、一瞬地に何センチか沈んだかのように、揺れた、と思われた。

「!?」

 小屋の中の全員が、ハッと辺りを見渡し、そして目を上げた。
「何の音……?」

 異変の気配に、いち早く気付いたのはタァだった。何が起きたのかは分からないまでも、素早く身構えた。
 グググググ……という、何か大きなものがたわむ音が、小屋の天井……いや、空から聞こえてくる。
「タァ様!!」
 小屋の奥の扉が、バタンッと乱暴に開かれた。コクビャクの兵と思われる、武装した男が現れた。
「結界が……! 天使たちが、攻めてきた!!」



 この時、ベースキャンプの外は激しい混戦が起こり、混乱状態となっていた。
 『丘』からコクビャク以外を遠ざける結界が消滅し、あらかじめダリルから合図を受けていた機動隊と自警団が一挙に押し寄せてきた。形ばかりの警備をしていただけのコクビャク兵たちは完全に居を憑かれた格好になった。だが、もちろん抗戦してきた。
 そんな中、混戦模様を尻目にまっしぐらに、交渉場所の小屋を目指したものが何人かいた。
 だが、彼らも、とんでもないものを目にすることになる。


 ドォォォォォォ……!!



「!!」
「ぎゃあっ!!」

 小屋は突然、天から降ってきた何かによって屋根を潰されたのである。



「樹が!!」



 ――自警団の後方支援部隊のひとりが話したところによると――突然、『丘』の上の大樹が、根元から梢の先向かって突き抜けるように鋭い光を放った。
 そして、まるで苦悶するように、大樹は二、三度、大きくしなり、震えたのだという。
 その時に、かなりの大きさの枝が何本か、丘の上に千切れるように切れて落ちた。――その1本が、小屋を直撃した。

 そして大樹の幹は、半ばのところで曲がったかと思うとぼっきり折れ、倒れたのだ。



 倒れたのが、戦線を築いている側でなく、『丘』を挟んで反対側だったのは幸いだった。おかげで、大量の犠牲者が出ることは免れた。
 ただ、ほとんど地震のような物凄い地響きが、辺り一帯を襲ったが。





 その頃、地中の機晶エネルギー出力は急速に落ちていた。
「……じゃあ、やるわ」
 十分に落とせたというダリルの指示を受け、ルカルカは、覚醒光条兵器のレーザーメスを構えて、石版に手を伸ばした。
 何も見えず、触れることも出来ないが、石版の周囲ではやけにはっきりと、メスの刃に弾力のような感触が伝わってくる。それを落ち着いて切り取るイメージで、刃を振るうと、石版が急にぐらりと揺らぐ。ハッと手を添えると、ごとりとした重みがルカルカの手にかかってくる。
(こんな……ノート程度の大きさのものが、この島全体に結界のエネルギーを送っていた動力源だったの……?)
 A4程度の大きさの石版の厚みはせいぜい数センチだった。
 やがて、石版は完全に切り離され、機晶地脈から完全にエネルギー反応が消えた。

 島から結界が全解除された瞬間だった。

「終わったな。急いで通路を出た方がいい」
 冬竹に促され、一同は急いで最初にこの通路に入った地点に戻った。離れた個所にいるエヴァルトも、HCで連絡を受けて出口へと急いでいた。





 大枝の直撃で、バラック小屋は半分潰れてしまった。壁がぐしゃりと倒れて中が見えるようになってしまい、尚も悪いことに、続く地響きが、ぼろぼろになった小屋を揺さぶる。

「!!」
 屋根が完全に抜け落ちるというその時、小屋に飛び込んできた影があった。
「下がって!!」
「!! あなたはっ」
 結界が解けるとほぼ同時に小屋に向かったヨルディアであった。
 ヨルディアはカーリアやキオネ、アデリーヌを後ろに庇って立つと素早く【ホワイトアウト】を放った。猛吹雪が辺り一帯を包み、一瞬にして小屋が凍結したため、屋根の直撃は免れた。
「大丈夫!? 怪我はない!?」
 そこに、さゆみも飛び込んでくる。アデリーヌの無事な姿を見てほっとし、アデリーヌもまたパートナーの姿に安堵を覚えた。

 だが。
「!? う、卯雪さんっ!?」
 キオネは狼狽えていた。タァ――に憑依された卯雪の姿がない。枝の一撃で、小屋と一緒に押しつぶされてしまったのではないか……
 慌てて。枝に押しつぶされた壁の残骸の方へと向かった、その時。

「!!」
 潰れた壁の残骸の影からぬっと出た手が、キオネの腕を掴んでいた。卯雪、いや、タァだ。いつの間にか、その背後には二人のコクビャク兵が控えている。小屋が崩壊するどさくさの中駆けつけたのだろう。

『わたしとこい、キオネ・ラクナゲン。このむすめをたすけたいのなら』

 それを見たカーリアは、大剣を構えてそちらに踏み出そうとしたが、「無茶をしちゃダメ」とヨルディアに制される。
 未だタァは、卯雪を人質にして主張できる立場にある。


「まぁ、酷い有様ですこと」
 突然、場違いなまでに優雅な声音が聞こえてきた。

 かと思うと、突然、タァの背後に立っていた武装兵2人が吹っ飛んだ。
 代わりにそこには、平然と微笑む綾瀬が立っていた。
 【ポイントシフト】での高速移動、そして相手が気付くより早く【ショックウェーブ】で横から兵たちを吹き飛ばした。
「ドレス、存分に」
「えぇ」
 仕掛けられると思ったのか、キオネから手を放して身構えようとした、その時、タァの――卯雪の体が硬直し、動かなくなった。

 ドレスの仕掛けた【我は科す永劫の咎】で石化したのだ。




『きさま……!!』
 声が聞こえた。卯雪からではない。石化した卯雪は口を開かない。
 どこか、空中から聞こえた声だった。しかし、姿は見えない。奈落人のタァは、憑坐を離れれば姿は見えなくなる。
 つまり、卯雪からタァが離れたのだ。
 それこそ、ドレスの狙いの通りであった。
「キオネ様、今のうちに」
 綾瀬に促され、我に返ったキオネは、頷いて卯雪を抱きかかえ、崩壊しかけた小屋を離れて駆けだした。他の者もそれに続く。



 ……が。
 ベースキャンプ地を出る前に、キオネの足が止まる。
「キオネ?」
 カーリアがどうしたのかと尋ねるように声をかけると、キオネの表情はひきつったまま、視線を腕の中の卯雪に落としていた。
「魂が……卯雪さんの魂が、揺さぶられている」
「え!?」
「酷く不安定だ……だめだ、このままじゃ崩壊する……!」
 魂を扱う魔鎧職人としての側面を持つキオネだからこそ分かった異変だった。
「それってあいつの言ってた、エズネルの欠片が不安定になってるって言ってた、あれ……?」



『はんぶんあたりだが、はんぶんはずれだ』



 またしても、姿なき声が聞こえてきた。一同が身構える中、声は続く。


『エズネルのたましいのかけらのはちょうを、「丘」のいりぐちの「セッションじゅんびようせいたいシステム」にかりせつぞくしてある。
 けっきょく、このはちょうでは「丘」をうごかすことはできなかったがな。
 だが、げんざいそのかんけいで、うゆきはこの「丘」からとおくへうごかせば、たましいにひびがはいり、ほうかいにいたるようになっている』

「何だって……!?」
 キオネは暗い怒りを目に、虚空を見上げた。
「何だそのセッション準備用生体システムってのは……!」


『せつめいしてもおまえにはわかるまいよ。
 かんたんにいえば、いまのうゆきは、たましいにきょうりょくなくいをうたれ、そのくいにくさりをかけて「丘」につながれているもどうぜんなのだ。
 むりにくさりをひけば、たましいにうたれたくいがおくへとくいこみ、たましいをうちくだく。
 このしょちをしたちょくごに、エズネルのかけらはふあんていになったから、はんぶんあたりではんぶんはずれだ』


『べつのたましいのはちょうをシステムにうわがきとうろくしないかぎり、うゆきのかりせつぞくはとけぬ。
 いまのだんかいでうわがきとうろくできるたいしょうは、ペコラ・ネーラしかいないがな。
 そのむすめをころしたくなければ、「丘」のしゅうい100メートルからかのじょをつれださぬことだな、キオネよ。
 もしくはかわりに、ペコラ・ネーラをわたしにさしだすがいい』


『きょうのところはてをひいてやる。だが、すぐまたここで、あうことになるだろう』





 その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
 呆然となるキオネと一同が足を止めている間に、どこからか、飛空艇の軌道音が聞こえてきた。




 何千年かぶりに、パクセルム島から結界が消滅したその日。
 島にいたコクビャク兵はほぼ制圧され、大半が空京警察に捕まった。


 だが、奈落人タァと一部のコクビャク幹部は、『丘』の(戦線から見て)後部に密かに用意されていた小型飛空艇によって逃亡し、島の上空に出来た時空の歪みからどこかへ消えたのだった。