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リアクション
第7章 『灰の娘』
『こちらのようけんは、いぜんはなしたとおりで、とくにかわりはない。
このむすめのなかから、エズネルのかけらをとりだしてほしい。
そのために、われらのもとにきてもらいたいというのが たのみだ。
そのかわり、ようがすめば、このむすめはかいほうする。むろん、そなたも』
相変わらずどこか幼さのある舌っ足らずな喋りだが、タァの要求は簡潔だった。
カーリアは、隣りに座ったキオネを横目で見る。
彼にとって、卯雪は――もしかしたらエズネル以上に、大切な存在だ。
だがここで「はい」と答えて終わってしまっては、交渉の意味はない。
一体、キオネはどう出る気なのか。それが、カーリアにもいまいち分かっていないところだった。
「エズネルの魂は、貴方がたにとってどういうものなのですか」
おもむろに口を開いたキオネは、そんな風にタァに問い返した。
『なに……?』
「貴方にはすでに分かっていることなのかもしれないが、俺は昔からエズネルを知っている。
そのエズネルが何故に、貴方がたにとって特別な存在なのか。俺には分からない。
どうしても俺の腕が必要だというのなら、それを教えてはもらえないだろうか。
それとも……どうしても言えないことなのか?」
しばらくの間、キオネとタァは無言で見合っていた。
『……エズネルは、「灰の娘」だ』
やがて、タァは言った。
「灰の娘、とはどういう意味なんだ」
『この丘にあるすべてのせつびききとセッションし、おもいのままにうごかせるゆいいつのそんざい。
それが「灰の娘」。
いまパラミタにいきているもののなかで、「灰の娘」になれるそんざいはエズネルしかいない』
ざぁぁ、と、風に木の枝が揺れる音が、小屋の外から聞こえてきたような気がした。
「……。それは一体、どんな資格によって選ばれるんだ?」
キオネが口にしたのは、幾ら考えても分からなかった、その疑問。
なぜ、エズネルが、「それ」に当たるのか。
『……しかく?』
一瞬、タァはその言葉がよく分からない、というふうに首を傾げた。
『しかく、などではない。エズネルは、おなじうまれだから、「灰の娘」のだいりとなりうるのだ』
「同じ生まれ? ……代理??」
『ほんらいの「灰の娘」はしんでしまった』
『「灰の娘」のかわりに、おかのなかにあるしせつのとびらをあけられるもの。
それは、「灰の娘」とおなじように、このしまのしゅごてんしと、よそからきたまぞくとのあいだにうまれたむすめ。
つまり、エズネルしかいない』
アデリーヌは、恐らく自分にはここでの発言権はないだろうと最初から思っているので、ただそれらの話を聞きとめ、さゆみにテレパシーを送る時に備えて情報を記憶に蓄えていた。
自分でも、それらの中に、交渉を有利に運ばせるための突破口となりうる情報はないかと吟味してみるが、今のところは皆目見当が付かない。
(すべての情報が出揃うまで、待ってみましょう)
キオネの様子を窺いながら、アデリーヌは思った。恐らく、彼は自分の中にあった疑問をぶつけることで、タァとの会話を広げようとしている。そう考えた。
「つまり、エズネルは本来の『灰の娘』と同じ生まれだから、『灰の娘』の代理を務められる、というわけか。
……というか、いまいち理屈がよく分からないが」
キオネはそう呟き、首を捻る。
『りくつなど、たにんがしるひつようはない。
げんにエズネルは、あのおかにのこされたきしょうじゅしを、たねだとみぬき、おかにうえた。
これこそ、おかとセッションするものとして、かのじょがうまれながらにえらばれていたしょうこ。
ほんにんは、きづいていなかっただろうがな』
キオネの脳裏に、昔の記憶が甦る。
『おしえてやろう、キオネ・ラクナゲン、もしくはサイレント・アモルファス。
じくうのひずみをつかってむまをこのしまにおくりこみ、エズネルのははおやをたぶらかしてむすめをもうけさせたのはわたしだ』
「な……っ!?」
『すべては、「灰の娘」をたんじょうさせるため。
さいしょの「灰の娘」のレプリカをつくるため、できるだけよくにたうまれのむすめをつくるひつようがあったのでな』
その生まれのため、エズネルがどんな迫害を受けてきたか知っているキオネの、手が震えた。
「何で、そこまでして!!」
『ふくしゅうのためだ』
タァの声音は震えもせず、落ち着いている。
『おかをつかって「灰」をまきちらし、ちすじにすがるこのしまのてんしたちをずたずたにして、ぜんしゅぞくのまぞくかでパラミタにこんとんをもたらすために。
おかをひらく「灰の娘」がどうしてもひつようなのだ』
「……それって、欠片じゃ事足りないの?」
突然、カーリアが口を開いた。
タァの話す常軌を逸した計画に、そのために取った手段の告白に心動かされた様子もなく、ただ単に無愛想に、自分の疑問を投げかけた。
「卯雪にはエズネルの欠片がある。だから、あんたらはその子を拉致した。
『丘』を開くにはエズネルが必要。欠片だけど、それを所持している人間をあんたらは手に入れている。
なのに、わざわざキオネにそれを取り出してくれって頼むってことは、それじゃ不完全ってことなんでしょ?」
タァは、しばらくの間無言だった。カーリアは尚も畳み掛ける。
「欠片で不十分なら、本体の方を手に入れるって考えじゃなくて、欠片を取り出して何とかする方を選ぶってどういうことなの?」
本体、それはつまり守護天使エズネル――現・魔鎧ペコラ・ネーラのことだ。
『ほんたいがかんたんにみつかるのならくろうはない』
タァの答えに、カーリアは、あろうことかあっさり頷く。
「まぁそうよね。苦労はないわね」
自分もまたヒエロ――エズネルが魔鎧化したペコラ・ネーラを装着したままどこかを彷徨う製作者を捜して苦労しているのだから、その苦労は分かる、というところだろうが、この場での同情はあまりに空気が読めないというものである。カーリアは頓着する様子はないが。
そのカーリアの様子に、何か絆されるものがあったのか。タァが口を開いた。
『たしかに、しょうじきをいうと、このからだではおかとかんぜんにセッションすることはできない。
なんどもためしたが、とびらすらひらかなかった。
……おそらく、ちきゅうじんのにくたいがわるいのだ。
かけらをいれる、うつわをかえれば……』
「そんなに、体が重要なのか?」
たまらず、遮るようにキオネが問いかける。欠片を取り出して、さらに悪用しようというのか。もしや、誰か別の体に、入れようというのか。
『あたりまえだ。
セッションは、たましいと“せいたいは”、ふたつがそろってせいこうするのだからな』
「せいたいは……“生体波”……?」
『せいたいはは、いきているものにしかだせない。
……このじょうけんさえなければ、わざわざエズネルなどよういせずとも、わたしがすべてをやれたのに』
「……? あんた……」
『……ほんとうなら、私が「灰の娘」なのに。
このよにいきるからだがないばかりに、わたしにはおかとセッションができない……』
タァは、そこまで言うと、黙り込んだ。
アデリーヌは、さゆみとテレパシーを放ち、話し合いの様子を伝えた。
幸い、結界を越えることによる通話の精度落ちはなさそうである。テーブルを挟んで向かいにいるタァに気付かれている様子もない。
けれど、いろいろと思いもしなかった事実が出てきてしまって、若干どうしたらいいのか分からなくなったふしもある。
『……それは、難しいわね……』
聞かされたさゆみの方も困惑している様子だった。その裏では、アデリーヌや他の2人に危害が及んでいる様子がなかったことに安堵してはいたが。
『もう少し相手の話を聞いて、向こうの心理を揺さぶる条件を探し出したいところね』
(そうね、じゃあ……)
突然、タァが椅子を蹴って立ち上がったため、アデリーヌはハッとなった。テレパシーのやり取りに気付かれたのかと思った。
乱暴な音を立てて、椅子が床に転がる。
タァは自分の――卯雪の喉元に、隠し持っていたのであろう、短刀を突きつけていた。
『わたしにはじかんもゆうよもない。なんとしても、このむすめのなかからエズネルのかけらをとりださねばならんのだ!!
キオネ、どうする!? わたしのたのみをことわるというのなら、このむすめをころしてわたしがたましいをばらすことになるぞ!!」
カーリアが反射的に立ち上がる。激情しているらしいタァを何とか宥めなくてはならない、と、アデリーヌも腰を浮かしかけた、その時。
「だったら何故、さっさとそうしないんだ?」
一際静かなキオネの声が、その場の空気を打って、静まり返らせた。
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