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【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

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【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

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第6章 開放へ


 旧集落跡周辺は、やや混戦模様となっていた。


 炎を使っては内部に延焼があるかもしれないと考え、敢えてホワイトアウトで竜尾蔦を凍らせて動きを止める作戦に出た北都だったが、思いの外蔦の群生に厚みがあった。手前の蔦を凍らせても、その奥には冷気の届かなかった別の一叢が控えている。
 仕方ないので、凍らせた蔦を『アルテミスボウ』で破壊し、またその奥の蔦を凍らせて破壊する、という繰り返しをしなくてはならなかった。


(やっぱり、堪えてるみたいだな……)
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、吸血鬼のエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)を見ながら気遣わしげに考える。
 重力結界の影響は魔族に大きく働く。ここまで来るだけでも、エドゥアルトはかなり体力を消耗している。かつみの視線に気づいたエドゥアルトは、疲れの見える顔でそれでも「やるよ!」という風に笑って応じてみせる。
(足手まといには絶対になりたくない)
 重力負荷によって自分の出来る事に限りが生じるとしても、それでも出来るだけのことをしたい。自分ほどではなくても皆、ここではこの負荷と戦っているのだ。……かつみや仲間たち皆も。
 その意気込みを、かつみは無言のうちに認めた。

 ――本音は、自分が戦うから、安全なところに下がらせたい。
 以前の自分だったら、きっとそう口にしていただろう。
(だけど、それじゃきっとダメなんだ)
 不安な気持ちに任せて全員を背に庇い、一人で立ち回れば自分は「安心」できるだろう。しかし。
(パートナー達を守りたい気持ちに代わりはないけど、それを“一人”じゃなくて“みんな”でやらないといけないんだ)
 彼らが秘めているその心意気と共に、彼らと一緒に。

「とにかく、俺が速さを上げまくって蔦と戦う。から。
 ……後方援護を頼む」

(ふむ……)

 エドゥアルトの傍らで彼を心配そうに見つめている千返 ナオ(ちがえ・なお)……のフードの中にいるノーン・ノート(のーん・のーと)は、いち早くかつみの心境の変化に気付いた。
(かつみも少しは変わろうとしてるみたいだな……なら、手伝ってやらないとな)
「かつみは、前線で蔦を切り落としていけ。襲ってくる蔦は少ない方が他の人達の負担も少なくなるだろう」
 フードの中から、ノーンはそう指示した。
「エドゥは回復と補助役。すでにだいぶ戦いで消耗している人もいるみたいだからな」
 最初から空中で蔦と戦っている守護天使らを見て、ノーンは言った。
「ナオは後方からエドゥを守りつつ攻撃」
 これならかつみも少しは安心するだろう、とばかりに言ってやると、ナオは「はいっ!」と素直に返事した。
「分かりました! 頑張ります!」
「ただでさえスキルや体力が通常よりおちてるんだ、これで無茶やって倒れたら本当にただの足手まといだからな、くれぐれも無理はしないこと」
 ノーンの指示に、エドゥアルトとナオは割合素直にかつ真剣な表情で頷くが、
「……で、お前は何をするんだ?」
 かつみは、そのいきなり指揮官然とした感じが腑に落ちないような表情でノーンに尋ねる。
「ん? 私か? 私はかよわいのでナオのフードの中から応援を……冗談だっ、本気で睨むなっ」

 とにもかくにもそうして、4人は、すでにところどころで激しい戦局が生じている竜尾蔦との戦いに連携して挑んでいった。

 【先制攻撃】【疾風迅雷】など、素早く動くためのスキルも、この地ではいつもほどの効力は発揮しない。それでもかつみは精一杯の速度で蔦の動きの隙を突き、叢に近付いて根元に【霞斬り】【火遁の術】でダメージを与える。竜の尾のように太くしなやかな蔦の根元は一際太く、威力を押さえられた戦闘スキルではなかなか一撃必勝、とはいかないが、それでも根気よく攻撃を加えていく。
 蔦の性質上、根元への攻撃の反応は鈍くなりがちだ。蔦は上空の敵を狙っており、そこには守護天使の戦士たちや囮役を自任するクリストファーたちの姿がある。
 そうでなくても、長さのあるものが先端を中心に振るって攻撃する場合、その根元に来る者を攻撃するのは物理的に難しくなる。その意味ではかつみは攻撃に専念することができた。だが、かつみに反応しようとした蔦が大きく頭上で空中に唸りを上げてしなる時、それは大きく振りかぶっているのも同然であるため、心配なのはその先端が描く軌跡の先にいるだろう、後方の人員だ。
「エドゥ、ナオ! 気を付けろ、来るぞ!!」
 振り向いて叫ぶと、ナオは精一杯に踏ん張ってエドゥアルトを後ろに守って身構えている。
「はいっ!!」
 飛んできた蔦の先端は、ナオの【真空波】でスパッと切られて、山道の下の方へと落ちていった。
「私は気を付けなくてもいいのか、私は。……まぁいいか。無茶はするなよ」
 ノーンはやっぱりフードの中でぶつぶつ言っている。普段ならそんなに力まなくても済むスキルでも、ここでは使った後に肩で何度か息をするような疲労具合になる。それでもナオは気を張って、自分の役目をちゃんと果たすのだという気概を満面に湛えて構えている。
 ……いつかのように、自分を認めてもらいたいという気持ちが先に立って、守るべき対象をきちんと守れなかったような失敗は繰り返したくない。
(今度はちゃんとエドゥさんを守らなきゃ)
 そのエドゥアルトは、蔦の一撃を受けて地に叩きつけられた守護天使の戦士を治療していた。
「棘は刺さってませんか。麻痺は」
「大丈夫だ……それより、気を付けないと……」
 エドゥアルトの【グレーターヒール】を受けながら、落下した天使は呻くように言いつつ、蔦の茂みを指差す。3本程の蔦が、標的を求めるように蠢いている。怪我人を抱えているこちらに向かってきたら厄介だ。
(……蔦が、飛ぶ者を狙うなら……)
 エドゥアルトは『使い魔:コウモリ』を放ち、蔦の気を逸らそうとした。果たして、1本の蔦はそれに気を取られたように空中に先端を振るい始めた。
 他の2本は、飛んできたところを再びナオによって切り落とされる。その間にかつみは、1本の太い根元を斬り倒すことに成功した。
 どうっと、大きな一本が倒れると、思いのほか大きなスペースが開くことになったが、まだその後ろに控えている叢があった。
(やれやれ、長期戦になるかな……)
 ナオのフードの中で、後半の交代を想定して体力を温存していたノーンが、ひっそりとアップを始めていた。



「!!」
 ようやく、北都のアルテミスボウが最奥の一本を凍りつかせたのを打ち抜いて砕いた。それによって倒れた蔦の向こうに、ゴーストタウンのような暗くて人気のない、家屋の連なりの影が見えた。
 旧集落跡に違いない。
「行きますよ!」
 それを確認するや否や、クナイは北都を抱え、この地でも負荷を受けることのない俊敏さで、蔦の間に出来たスペースに飛び込んでいった。



「あぁ、ちょうどいい感じの隙間がありますねぇ」
 マオウというクラスからか重力負荷がかなり堪える(と思う)、と、長い山道をややげんなりしながらとぼとぼやって来た佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、北都が開けた穴を見つけると、辺りを見回して周囲の竜尾蔦が空中の敵に気を取られているのを確認すると、そのままのこのこと歩いて入っていってしまった。
「あ、あいつはもう……」
 後からやって来た佐々木 八雲(ささき・やくも)は、弟の堂々のちゃっかりぶりに一瞬呆気に取られた。
『お前は……おいっ』
 【精神感応】で叱りを入れるも、弥十郎は蔦に守られた内部にすでに気を取られているのか、返事もない。
「やれやれ……」
『空から来ている人たちに悪いだろうがっ』
 もう一度精神感応でそう言うと、仕方がないので、自分だけは蔦の方へと向き直る。
(弟がちゃっかりした分は兄がかえさないとね)
 取り敢えず、空でもろに蔦の標的になりながらも善戦して地上を行く者に恩恵を与えている人たちに敬意を払うことにする。

 八雲の【滅焼術『朱雀』】が、蔦の波を走り、深い緑の色を焼く。
 やはり、結界の影響で、威力はいつも通りとはいかない。八雲はこれを繰り返した。生木の焦げるにおいが漂う中、徐々に標的の蔦の先端は焼け落ちていく。
 こうすることで、蔦が空の方面へ届かないエリアを確保することを試みる。果敢な彼らの安全のために。
(切り払う方が気持ちいいんだが、棘があるみたいだしなぁ。この方が確実だろうね)




 契約者たちの果敢な戦いによって、だんだんに蔦の群生の間には空白が生じ、それに伴って攻撃も弱まっていった。
 もはや、隙を見て中の集落跡に入ることが、重力負荷で動きの鈍っている契約者たちでもさほど難しくないほどになってきた。



 大昔に、同族の目を避けるために封じられた旧集落跡は、事実上開放されようとしていた。