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リアクション
第3章 地脈の姿
仮本部の一角には、結界を形作る機晶エネルギー地脈を割り出すため、必要な機器が持ち込まれており、天幕で覆った野営地的な雰囲気にそぐわぬ一種特殊な空間になっている。
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、それらのモニターや計器類を見ながら、何か考えているという表情だった。
その彼のHCが、受信を知らせた。
『ダリル? 今通路に入ったわ。出発するわね』
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
ルカルカは空京警察から借りた「空間スキャナー」を手にして、『擬似ナラカ空間通路』の只中に立っている。
何もない、まさに虚空といった感じの空間である。風景も、もちろん道標もランドマークになりそうなものすらない。いかにナラカ特有の他種族には耐えがたい空気には『デスプルーフリング』で完全に対抗しているとはいえ、何の準備もなしに長時間いたらおかしくなりそうだ。
もっともルカルカは何の準備もないわけではないし、一人でいるわけでもない。今回の件でこの通路の存在を示唆し、協力を申し出た奈落人・冬竹(とうちく)がいた。
限りなくナラカに近いこの空間では、彼の姿はうっすらと見えていた。白い装束、白い長髪だが、年寄りという風ではない。ニヤニヤとした目は踊っている。この何もない空間を、ひどく興味深そうに見ているのだった。知識を得ることが何よりの人生の目的らしいが、ちょっと変わった人物かもしれないとルカルカは思った。
「もう出発できるけど、行く?」
ルカルカが声をかけると、冬竹は振り返る。面立ちだけ見るとやはり若い男性のそれに思える。だが、にっと笑うさまは、どこか若者らしくない。妙な老獪ささえ感じた。見た目と実年齢は全く違うのだろう。
「我は準備できておる。いつでも行けるぞ」
「どっちへ?」
HCのオートマッピングをセットしながらルカルカが訊くと、冬竹はふうっと息を吐いた。
「――あちらは、空間が薄れかかっているのう。不安定な道を行く愚は冒したくない。
どちらが近道かは分からんが、ここはあちらを行くしかなさそうであるよ」
「空間が薄れて消えちゃったら、そこはどうなるのかな」
「自然に塞がるであろう。ただ、その場に居合わせて巻き込まれでもしたら……」
「したら……?」
「……ふーむ。
ま、強制的に本物のナラカに引き込まれる――やもしれんな」
一瞬言葉を失ったルカルカを横目に、冬竹はカッカッカと、やはりどこか老人じみた笑いを笑う。
どこまでが本気なのか分からない、と、ルカルカは肩をすくめた。
動き出したルカルカのHCからもまた新たな情報が、連動する結界調査用機器に伝わってくる。それが、この島の地中に展開される複雑な機晶エネルギーの地脈の姿を、薄皮を剥くように少しずつ明らかにしていく。
ダリルはそれらをモニターで見ながら、目的地を割り出すべく脳内演算を繰り返す。
(機械の回路と同じだ。一定の法則がある)
機晶技術の専門家としての強い自負をもって、この謎めいた絵図に相対していた。
「……、一部が信号化して流れているのか……?」
モニターに映し出された空間スキャン画像を睨み、ダリルは呟く。
脳内で弾き出された演算式と、目の前の画像を照合させたときに生じる空白部分……それを埋めることのできる解釈と可能性を考えるとそういう結論になる。
仮定のまま結論を出すか、ルカルカら潜入組の確認を待つか。
――落ち着いて時間を稼ぐように、くれぐれも気をつけるようにと出発前に念押ししていたルカルカを思い出す。
(あの奈落人は、丘の木の根を後から回路に接続したというようなことを言っていたな)
「イレギュラーな部分が出てくるのはそこに端を発しているのか?」
しばらく考え、ダリルは、画面を捜査して、島全体を捕えたスキャン画面の角度を変える。例の『丘』が映った断面が出ると、その周辺の地脈図をズームで確認した。
「とすると……」
再び、脳内での演算が始まる。
(反転結界……機晶エネルギーの流れが止まった時、この樹の根の周辺だけ、他とは違うアクションが起きる可能性がある、か)
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、ダリルの解析結果を受けて、「樹と地脈を繋ぐ装置」の除去のために『擬似ナラカ空間通路』へと踏み出した。通路の入口は、冬竹が開いて先程ルカルカと一緒に入っていったのと同じ場所である。仮本部のすぐ近くだ。現実空間で、飛空艇発着場が島の唯一の正式な出入り口、外部との接触場所である以上、結界の要の場所でもある。そう踏んで、冬竹がそこに入り口を開いたのだった。
(「要であれば、そこに至る通路もしっかり作られたはずであろうからな。幾ら目的地に近くとも、消滅しそうな危なっかしい場所には入口は作れぬ」)
「ここからだと例の『丘』の樹までは遠いが……まぁ、擬似ナラカ空間の方では、同じ距離かどうかは分からんな」
そう呟いて、エヴァルトは、虚空で出来た空間に入り込んだ。『デスプルーフリング』が、異質な空気からその身を守る。
通路に入ると、島の大地の上にいた時に感じていたどことなく窮屈な感覚、動きにくさは消えた。本当に異世界なのだなと改めて感じながら、何もない空間を何となく見渡す。
地脈の地図と、今も続く解析によって得られる新しい情報はすべて『籠手型HC』に送信される。
「おそらく、樹と地脈を繋ぐの箇所にあるのは単なる“弁”のような物で、扱うのに難しいものとは思えない」
ダリルはそう話していた。
「ただ、外すタイミングだけが問題だ。それによって、地上にかなり大きな影響が出る可能性がある」
「分かった。目的の物を見つけたら一度本部に当てて報告を入れる」
エヴァルトはそう請け負った。
そもそもエヴァルトも、装置が見つかった時の解除のタイミングは慎重にするべきだと考えていた。
――それは、『丘』の周囲をコクビャクにとって有利な場所としている“捩じれた”結界が正常化する時。コクビャクを一網打尽にするチャンスの訪れる時だと認識しているからだ。
(しかし、その時になってあっちがどういう行動に出るかだな……)
HCに映し出される地脈の空間地図、先行したルカルカのオートマッピングによって少しずつ解明されていく擬似ナラカ空間通路のマップを見ながら、エヴァルトは進んでいく。
(だが、侵入者撃退のための“何か”に対する備えもしておくべきだろうか。
……自然消滅するとはいえ、放置しておくほど間抜けでもないはずだと思うのだが……)
そんなことを思い、時々鋭い目を周囲に走らせる。
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