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リアクション
第5章 見えぬ流れ
何もない虚空の空間を『ジェットドラゴン』が奔る。
十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、『デスプルーフリング』を身に着け、パートナーのリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)から送られてくる機晶地脈の情報をもとに、擬似ナラカ空間通路を迅速に移動している。
リイムは、『六熾翼』でパクセルム島外の空を飛びながら、島の地中を巡る機晶エネルギーの流れを探っている。
「うう、風強いでふ。空気も薄いでふ。頑張らないと流されまふ」
高空の強い気流にもふもふの体を逆立てられながらも、リイムはそれでも果敢に、島の調査を行う。『チューンモノクル』で機晶エネルギーの流れを探り、空京警察から借りた空間スキャナーを【機晶脳化】で直接操作し、機晶エネルギーの流れを立体地図に描き出す。
それはもちろん、宵一の【銃型HC】に情報として投影されるが、同時に空間スキャナーに搭載された通信機能を通して警察の仮本部のコンピューターにも送られる。そこから有益な情報として発信されれば、この地脈操作に関わる人員がそれぞれのHCを通して共有することができる。
何しろ空間通路は相当な長さになるらしい。手分けして、分かることは全員で分かっている方がよいというものだ。
「! 行き止まり、か」
どうやら通れない個所に来てしまったらしい。ドラゴンを御し、宵一は【記憶術】でその場所を覚えると、引き返すことにした。程なく、分岐にぶつかる。
(され、どっちへ行くか……)
リイムもまだここまでは分析しきれていないようで、決め手となる情報はない。だが、ふと宵一は、その分かれ道に何か違和感を感じた。
ドラゴンの様子もどこかおかしい。何かそわそわした様子である。
見渡しても、特別気にかかるようなものは目に映らない。というか、本当に何もない空間なのだ。
だが、何かおかしい。
ハッとした。虚空が少しずつ歪んでいるのに、その時気付いた。
――そういえば、空間通路はいずれ自然消滅すると言っていた。
「やばいなっ」
素早くドラゴンを駆り、崩れそうに歪んでいく虚空の一方から全速力で遠退いた。
その位置も記憶し、安全な場所にまで来るとそれを自分のHCに記録して、通路の要注意場所が地図に書き足されていく。
(ぐずぐずしていると、動力源を追求するより、空間の崩れに追われて移動する格好になりかねんな)
幸い、例の重力結界の影響がないためもあり、ドラゴンの俊敏さで危険を感じてもすぐにその場を離れられそうではある。
なるべく早く、動力源の場所を大まかにでも特定し、近づきたいところだ。
(頼むぞ、リイム)
HCをちらりと一瞥して、宵一は、ここからは見えない島の上空を思いながら一瞬、上を仰いだ。
「はうっ!(突風に吹かれた)……けど、も、もうすこしでふ……」
宵一に応えるべく、リイムは風と戦いながら、島の地中のエネルギーの流れを懸命に追っている。
『――そういうわけで、意外と脆くなっている個所が多いようだ』
宵一から本部に入った危険個所の情報をルカルカに送り、ダリルはそう言って注意を促した。
「分かった。気を付けるわ。動力源の位置の特定の方はどう?」
『あと一息だ。「丘」の大樹との連携の形式さえ判明すれば、一気に動かせる』
「了解」
HCの通信を切るルカルカを、冬竹は興味深げに見つめていた。
「なるほど、大したものだな、契約者の能力というのは。この迷宮のような通路全体を把握しにかかっておるか」
「あなた、何だか楽しそうね」
「どのような状況にあっても見知らぬものを知ることこそ無上の喜び、これが我のスタンスでな」
「ここか……?」
通路を歩いていたエヴァルトもまた、HCに映し出された立体地図を見ながらとある地点に辿りついていた。ここまで、エヴァルトの警戒をよそに、敵の姿も仕掛けも解くには見当たらなかった。
分岐があったが、一方へ至る道がいかにも、今まで歩いてきたところとは何か雰囲気が異なる。それまでは、何もない虚無の空間ではあっても、一定の明度があった。しかし、その分岐の道の向こうは妙に暗い。暗い中へと道が続いていく。
地図で確認すると、道の先は、『丘』の大樹のちょうど真下のようだ。
(この暗さは、樹のせいなのか?)
そして、エヴァルトは気付いた。分岐のところから、透明な板を挟んで何かが流れているように見える個所があることに。
あたかも、小川の流れの上に氷を置いたのように見える、その透明なものは、正体は分からないが、何かエネルギー体のようだった。
流れは、よく見ると水ではない。気流のようなものが可視化しているらしかった。
エヴァルトは、ダリルが「樹と地脈を繋ぐの箇所にあるのは“弁”のような物」という予想を話していたのを思い出した。
(これが、弁……?)
弁の働きを確認するために、機晶エネルギーを可視化しているのかもしれない。そう思いながらエヴァルトがそろそろと手を伸ばすと、
「!?」
不意に、弁と思しきエネルギー体の塊が、小さな唸りのようなものを立て始めた。慌てて引っ込めると、唸りはそれ以上高くはならず、やがて収まった。
身を固くしてしばらく待ったが、それ以上の異変は起きない。
(……センサー……!?)
そんな印象を受けた。不用意にエヴァルトが弁に触れていたら、警戒音なり信号なりで、コクビャクの方に侵入者の存在を告げていたかもしれない。敵が何か備えをしているかも知れないと、ずっと用心していたのが幸いした。
エヴァルトはHCで仮本部に連絡を入れた。
センサーアラートが仕掛けられているらしいと聞いたダリルは、少し考え、こう答えた。
『しかし、その場所で異変を告げるアラートがコクビャクに伝わったとしても、ナラカに限りなく近い空間に、大半が魔族だというコクビャク兵が大挙して急行するとは考えにくいな』
「そりゃそうだ。タァに直接アラートが伝わるのかもしれんが。
弁を外すことで『丘』の結界が正常化するなら、その瞬間に奴らを一網打尽に出来れば、アラートの意味はなくなる。こっちに構っている暇などなくなるだろうからな」
『空京警察に、「丘」の最前線に機動隊を配置してもらおう。
それから、今はキオネたちが交渉のため連中のベースのキャンプにいる。どさくさに紛れて向こうの人質になるようなことがあったらまずい。
彼らの安全を確保できるよう、準備が整ったらまた連絡を入れる。弁をは外すのはそのタイミングでだな』
「了解だ。あと、これエネルギー体のようだから、普通の物質のように扱えるかどうか」
『力任せに砕いてもらって結構だ。弁が作る流れを元に戻せさえすれば』
「分かった、助かる」
『丘』のふもとのベースキャンプで、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は、【隠形の術】でベースキャンプに潜んでいた。
キオネたちが、指定された小屋に入っていくのは「双眼鏡『NOZOKI』」を使って見届けた。小屋の窓は大きくなく、時折見張りらしいコクビャク兵がその前を行ったり来たりするので、中の様子は思う通りには見えない。
(大丈夫かしら)
カーリアを気にかけているヨルディアは、やややきもきしながら、結界を挟んで小屋を見守っていた。
宵一から結界解除の報がもたらされるのを待ちながら。
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