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リアクション
「へぇ。私以外にもアトリエ付きの家を注文する人がいたのね〜」
セルシウスの仕事場へ、家の設計依頼をしに訪れていた師王 アスカ(しおう・あすか)は、興味深そうにセルシウスの話を聞いていた。アスカに付いてやってきたオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)はアスカの隣の席に座り、時折、何やらカチャカチャとキーを叩くホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)の広げたノートパソコンを覗き見ている。
「芸術家が増えることは文化にとっても喜ばしいことだ」
セルシウスはそう言うと、机に載った書類をどけて、アスカの対面の椅子に座る。
「金髪ギリシア彫刻君のお仕事も順調そうね〜」
「そう見えるだろうか?」
苦笑するセルシウス。
「だって、本当にスランプの時なんて、仕事する気なんて起きないでしょ〜。ま、私はなった事ないけどねぇ」
「私はスランプでも、設計図は引くぞ? その後の辻褄合わせが大変だがな……」
アディティラーヤの改装工事と涅槃の間の事を思い出すセルシウスの胃がキリキリと痛む。
「大工事の責任者なんて大変だよね〜。色々プレッシャーとかあるだろうけど……わくわくしちゃうわねぇ」
「わくわく?」
「自分達の作り上げた作品が何年も残っていくって考えるとさ〜……ふふふ! 私だったらそんな風に考えちゃうわぁ」
「……残る。そうだな、残るのか……」
「あんまり深く考えずに彫刻君は彫刻君らしくやっていきなよ〜! ゆるゆるっとがんばろぉ!」
アスカの励ましを受けたセルシウスは、胃薬の伸ばしかけていた手を引っ込める。
「うむ! そうだな! さて、貴公のアトリエの設計の話をしようか?」
「そうこなくっちゃ! えーと、私はねぇ、いいアトリエが欲しいのよ〜」
「住居付きのものか?」
「そうねぇ……たまに泊まりこみで仕事をするから、その時用の部屋は欲しいけど……やっぱりアトリエと仕事場を両立させた機能的なお店がいいわぁ。もちろんそこでは仕事もしたいしね〜」
「仕事というと?」
「金髪ギリシア彫刻君達には助かるお店ってとこかしらぁ」
「ふむ」
セルシウスは、アスカが出す要望を書き留めていく。
「建築様式はお任せするけど、できたら窓が多いタイプはNGね〜」
「何故だ?」
「作品や紙類が日焼けでくすんじゃうからね〜だから2階建てのアトリエを希望〜! 内装は落ちついた雰囲気がいいわねぇ」
「成程な。では、必要最低限の窓だけ作るか……」
「あ、それと……できたら服掛けを一点欲しいんだ〜」
「服掛け?」
セルシウスの言葉を遮って、ノートパソコンを触っていたホープが声をかける。
「お、ちみっ子ー! 三日前に出したアクセサリー数品と水彩画一点お買い上げみたいだよ?」
「本当!? やったわぁ! これで出品したの全部売れたんじゃない〜?」
アスカがホープのノートパソコンを見ると、ネットオークションの通知が届いていた。
「空京に帰ったら包装・納品の確認と郵送手伝ってよね」
「わかったわぁ。水彩画用の梱包材って、切らしてたかしら〜?」
「(ネットオークションだと? 何だ、それは?)」
聞き慣れぬ単語に反応するセルシウス、身を乗り出した彼の肩をオルベールが叩く。
「ん?」
「お久しぶり……になるのかしら? アトリエの設計ありがとうね、セルシウス君」
今回のアスカのアトリエの建設を一番喜んだのはオルベールであった。
「正直困ってたのよねぇ! やっと家の中を占領してた作品や依頼品が移せると思うと……」
「占領?」
オルベールはアスカに聞こえぬよう、セルシウスに小声で耳打ちする。
「ほら、あの子と喋ってて分かると思うけどかなりのフリーダムでしょ? 自分が描きたい・作りたいって思う依頼や興味が出たら何でも引き受けちゃうのよ」
「……」
自らが知りたい・観たいという動機で、エリュシオンからシャンバラまで幾度もやって来たセルシウスにとっては、耳の痛いオルベールの話である。
「それが生活スペースにも及ぶから、もう困ってて、困ってて!」
「……」
大体が途中で仕事を投げ出してシャンバラへ行ったため、お偉い方々からお叱りを幾度となく受けたセルシウスも、何人を困らせたかわからない。
「ほら、今はホープがネットオークションである程度捌いてくれてるから、まだマシなんだけど……」
「成程! ネットオークションというのは、協力者を募るというものか!」
「え? ま、まぁ合ってるかしら……ね?」
オルベールは、セルシウスが描いていた要望書の空白部を指さし、
「だから、家の要望であの子は気にしてなかったけど……できれば収納スペースが広めの建物をお願いね?」
「アスカ殿が描いたり作ったりした芸術品を収めるのだな?」
「そう!」
「ふむ……では、防カビ対策も兼ねて、風通しがよい暗所等が最適か……地下?」
「そこは、お任せするわ。スペースが無ければ地下でも構わないけど、大変じゃない?」
「秘密基地よりはマシだ。それは冗談として……家の設計図が美しくあるためには収納スペースより居住空間を多く取りたいのでな」
設計に対する何らかのセルシウスなりの美学を垣間見たオルベールは、微笑を漏らす。
「どうした?」
「ううん。あの子、困った子だけど芸術魂は人一倍なのよ。そしてセルシウス君も……。案外似た者同士なのかもね?」
「設計士と芸術家には、通じるところはあるだろうな」
「ええ、貴方も大変だろうけど頑張って!」
「貴公もな」
オルベールにセルシウスが頷き、二人は顔を見合わせて苦笑する。ホープのノートパソコンから視線を戻したアスカが二人を交互に見て、
「ねぇ金髪ギリシア彫刻君? ベルと何を話してたのよぉ?」
「大した話ではない。オルベール殿の意見も聞いておかないとな。して……貴公、先ほど言っていた服掛けとやらは?」
「そうそう! 服掛けはねぇ、ホープの寝床用だよ?」
アスカの方を射抜くようにジロリと見るホープ。
「新手のいじめ?」
「い、いぢめじゃないわよ〜!?」
「すまぬ。話が見えないのだが……?」
「話が見えない? ああ……俺、種族が魔鎧なんだ」
ホープが一旦ノートパソコンを閉じて、セルシウスの方を向く。
「えっとセルシウスさんだっけ?」
「そうだ」
「ホープちゃん? さっき、ここに来た時、彼挨拶してたわよ?」
オルベールがホープをたしなめる。
「そうだっけ?」
セルシウスの元を訪れた時、セルシウスが仕事のプレッシャーで胃痛を患っているという話を聞いたアスカが、
「他にも色んな家を建てていかないといけないんでしょ〜? 良かったら細かい装飾家財とか壁のデザインとか手伝うわぁ。アトリエを建ててくれるお礼だよ〜♪」
と、申し出た時、すかさずホープは言っていた。
「別に手伝ってあげるのは構わないけど、ちゃんと予算やこっちの家のスペース考えて相談してよね」
「貴公は?」
「あ、俺ホープだけど今話しかけないでね。ちょっといい感じに値段上がってきてるから……」
と、また広げたノートパソコンを向いてネットオークションをしていたのだ。
尚、ホープはセルシウスを嫌っているわけではなく、素が毒舌なのである。
「まぁ、いいよ。兎も角セルシウスさんなんだろ? 俺、魔鎧なんだけど、理由あって人型がとりづらいんだよね」
「ふむ……クローゼットにしまうという訳にはいかないのか?」
「セルシウスさんは、ベッドでマネキンに囲まれて寝る趣味があるのかい?」
「……いや、無い」
「だろ? 魔鎧と洋服を一緒にするってそういう事だぜ。俺、人型より魔鎧型の方がぐっすり眠れるんだ……」
しみじみと言うホープ。
「つまりぃ〜……」
アスカが口を挟む。
「そんなこんなで、ホープが魔鎧状態で寝れるように、服掛けが欲しいのよぉ」
「厄介な種族だな……だが、服掛けの1つなど容易いものだ」
「ああ、容易いのはいいけど、服掛けは角が立ってない仕様にしておいてね。角ばってると寝づらいんだよ」
「移動式か固定式かで言えばどちらが良いのだ?」
「何せ寝床だからね。別に動かなくてもいいけど、アスカが動かしたければ、移動式にしてもいいよ」
「わかった。只の家具ではなく貴公のベッドルームを作るつもりで設計しよう」
要望書を書き終えたセルシウスが、フゥーっと長い息を吐く。
「これで、残りの打ち合わせは3つか……」
「まだ3つも……大変ね」
オルベールがセルシウスを気遣う。
「フ……しかもその内の1つはとてつもなく難題系なのだよ。いっそ、誰かに内装でも手伝って……!!!」
「ん?」
アスカが自身を指さす。
セルシウスの記憶でリフレインされる言葉。
「他にも色んな家を建てていかないといけないんでしょ〜? 良かったら細かい装飾家財とか壁のデザインとか手伝うわぁ。アトリエを建ててくれるお礼だよ〜♪ お礼だよ〜♪ お礼だよ〜♪ お礼だよ〜♪……」
「……アスカ殿?」
「……なぁに?」
帰ろうとしていたアスカが振り向く。
「恥を承知で、貴公に手伝いを申し出たい!!」
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