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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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第三章:街造り(ビフォー!)

「やれやれ……大変なことになったな……」

 TV番組の取材を終えたセルシウスは、薄暗い室内に灯りをつけ、自身の仕事場で椅子に深く腰掛ける。身体を襲う、強烈な疲れと眠気……そして、一日仕事に励んだという達成感。

「ん?」

 セルシウスは机の上に山積みになった発注書の隙間に挟まっていた小さな名刺に目が留まる。

 それはディンス・マーケットの名刺であり、彼女の店の名『ルーチェ No.9』と描かれ、その所在地が入ったシンプルなものであった。

 瞼を閉じるセルシウスは、宮殿造りの前に、ディンスと回った一日を思い出す。





「ほう。ニルヴァーナの地下街『アガルタ』に店を持っていると?」

設計を依頼した依頼者達に会いに行くため、ディンスの運転する軍用バイクのサイドカーに乗ったセルシウスが声を出す。

「はい、ランプ・照明器具を扱う店デス!」

「それで、貴公は照明機器に詳しかったわけか」

「でも、お客サンに提案する商品を増やしたいケド、店側の見方だけじゃ変化が少ないデス……それに商売繁盛狙うなら、店舗に来てくれる個人客の他に建築や内装関係との取引も考えなくちゃネ」

「成程。確かに照明とは難しいものだ。聞いた話、地球では映画を造る時、最も重要なものに照明が挙げられるそうだ」

「本当デスカ!?」

「光というのは、普段当たり前過ぎて気が付かないが、それを怠るととんでもない事になるそうだ」

「私、その辺りも含めて勉強する機会を探してマシター!」

 ディンスがセルシウスの話をメモしながら、何度も頷く。

「こちらも、貴公が照明関係を格安で譲ってくれたこと、感謝しているぞ」

 ディンスは、宮殿や家造り等の建設に使う照明関係の道具を、『値切り』『財産管理』『根回し』等のスキルを使い、事前に格安で大量に仕入れて現場へと提供していた。

 彼女なりに匠達が宮殿の改装を行ったりするのを見識を広めるチャンスだと考えていたので、商売も出来て一石二鳥な感じがあった。

 丁度、その時、セルシウスが依頼者の希望に沿った家造りを行なっているという話を聞き、今回彼に同行を申し出たのであった。

 走るバイクから、あちこちで建築されつつある街の風景を無言で眺めていたセルシウスが呟く。

「この街のなんと活気のあることか……くれぐれもまた愚かな争いをすること等無くなって欲しいものだ」

「……そうデスネ」

「設計士たる私からすれば、魂を込めた建築物を破壊する等、論外だ」

「……」

 ディンスはアクセルを少し開いて、軍用バイクを加速させていく。



 セルシウスとディンスが訪れたのは、アディティラーヤ周辺から離れた発展著しい中継基地の方であった。そこには仮置きされた小さなプレハブ小屋があった。

「わざわざ、宮殿から離れた場所まで来て貰ってすまないな」

「なぁに、ディンス殿が送ってくれたからな、大した手間ではなかった」

「ディンスと言いマス! 照明は任せて下さいデス!!」

 ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)はディンスから名刺を渡されて頷く。

「しかし、貴公ももモノ好きだな。家ならばアディティラーヤ周辺に建てた方が何かと便利だと思うが?」

 ローグはぼさぼさの髪を少し掻いて、

「ああ、正直、俺もアディティラーヤ周辺に建てた方がいいとは思うんだが……現在はこっちに施設建築の申請出して建築中だから、自宅もこっちにあった方がいいのよね。何かとさ……」

「ふむ、自宅以外にも何か建てているのか……まぁ、家等は自分の都合の良い場所に建てるのが最もだからな」

「今後ニルヴァーナにも足を運ぶ機会が多くなるからな……」

「そうか……では家の要望を聞こうか?」

「ああ。要望はシンプルなんだ。普通にエリシュオンでは一般的なタイプの家で、少々現代シャンバラの家のデザインも入ってるモダンな家を建てて欲しい」

「む……エリュシオン風とシャンバラ風のミックスか」

 セルシウスが少し難しい顔を見せる。

「どうしたんデスカ?」

 ディンスがセルシウスに尋ねる。

「こういう時、バランスが難しい。エリュシオンとシャンバラのどちらに比重を置くかがな」

「可能か?」

 問いかけるローグにセルシウスは頷く。

「難しいとは言ったが、無理ではない」

 ローグとセルシウスの話を横で聞いていたナターリア・フルエアーズ(なたーりあ・ふるえあーず)が言う。

「あの、ちょっと気になったのですけど、エリシュオンの方の家ってどんな感じなの?」

「それも一概に同じとは言えず、色々あるのだ。例えば、帝都ユグドラシルとジェルジンスク地方では気候の違いもあり、同じ家等は無理だ。ジェルジンスク地方で、ユグドラシルと同じ家を建てたら、ブリザードで倒壊するのが早いか住人が凍死するのが早いか、だ」

「へぇー」

「またペルム地方等ではそのほぼ全てが深い森なので、木の上に家を建てたり、天然の洞窟を改装したり、という事もある。……最も、それは一部の者達だけだがな」

「色々あるのね、……私、帝国の方に行く機会あんまりないからよく知らなかったわ」

 セルシウスの知識にナターリアが感心する。

「勉強になりマス!!」

 ディンスはひたすらメモを取っている。

「まぁ、細かいところはお任せするよ。ある意味、セルシウスさんに建てて貰うって決めてからは、そんなに家について心配することは無いって思ってるんだ」

 そう言ってローグが笑う。

「ローグ殿、あまりそういう無邪気なプレッシャーを与えてくれるな……」

 胃を抑えるセルシウス。

「む……?」

 セルシウスが、小屋の端で筆を走らせる小さな少女、フルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)に目を留める。

「こんな感じ……かなぁ?」

 フルーネが一枚の紙を持って来て、セルシウスに見せる。

「これは、間取り図か!?」

 受け取ったセルシウスが驚愕の表情を見せる。

「ふむ! 間取りだけでなく、ドアや窓の位置、さらに柱や耐震性まで考慮してある! 貴公! さては設計士だな?」

 鼻息荒いセルシウスに尋ねられたフルーネはフルフルと首を横に振る。

「やる事ないのでちょっと間取り図を書いてみただけだもん」

「フルーネはああ見えて結構出来るヤツなんだ」

 ローグが笑う。

「イコンの設計図を見て図面引いたり出来るんで……普通に家の間取り図位なら書けるんだ。流石に作るのは無理だけど……」

 セルシウスはじっとフルーネの引いた間取り図を見つめ……、

「ローグ殿……案外、この物件、早く片付きそうだ」

「え?」

 セルシウスはペンを懐から取り出すと、フルーネの引いた間取り図に修正を書き込んでいく。

「エリュシオンではこの窓は無い。ゆえに、ここの柱を動かして……二階部分への吹き抜けを作り……木材建築で……うむ!」

 ガリガリと修正した間取り図をローグに見せるセルシウス。

「どうだ! これで二階建てのエリュシオンとシャンバラのミックスされた家になったぞ!!」

「いや……なったぞと言われても……」

「私達……間取り図から完成形を想像出来ないわよ……ねぇ?」

 ローグとナターリアが顔を見合わす。

「うむ、大丈夫だ! 私のカンだとこれは良い家になるであろう! 貴公の手柄だ、誇ると良い!」

「え……うん……」

 セルシウスは、フルーネの肩をポンと叩いて、意気揚々と次の物件へと向かうのであった。