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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

リアクション

 アディティラーヤの宮殿近くには、桐生 円(きりゅう・まどか)がオーナーを務める話題のお店『和洋菓子ペンギン亭「ぺんぺん」』がオープンしていた。ヴァイシャリーチックなレトロな外観と内装を備え、円のDSペンギン達がいそいそと働き、バーカウンターのついたお菓子展示ケースの中には色とりどりの和菓子や洋菓子が並び、訪れた女の子が「はぁー」と溜息を漏らしながらカロリー計算等をしながら選ぶ光景が今やお店の名物となろうとしていた。

 そんな店の前では、顔を薄く化粧をしてお洒落なメイド服を着た冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が、通りを行く人々に声をかけて客寄せをしていた。

「いらっしゃいませー! 当店は桐生円さんを店主と仰ぐ和洋折衷のお店です。可愛い七瀬歩さんが作るお菓子や料理を楽しみませんかー? 可愛い女の子とペンギンがいますよー。興味があったら如何でしょうか?」

 小夜子は、親友の円がセルシウスにお金を払って店を開いたというので手伝いに来ていたのだ。

「(調理関係は歩さんだし、多分大丈夫でしょう……円さんは……色々するみたいだけど。あと諸々はペンギン……)」

 店の前で声かけをしながら、小夜子は円に紹介された、この店の(数的)主力従業員のDSペンギン達の事を思い出す。確か小夜子が最初に案内された店の奥には、円が畳でごろごろしたい為の和室と、DSペンギン達の食料たるイワシや魚を保存し、且つペンギン自らも泳いでくつろぐための大きい水槽があった。

「(……まさか、水槽から上がってビショビショのままキッチンには行かない……ですよね)」

 不安はやや残るものの、小夜子は、歩の働きに期待しつつ、彼女自身が自分で出来ることをしようと決めていた。

「いらっしゃいませー!」

 通りを行く人、特に若い男は時折小夜子を見ながら、立ち止まったり、携帯で撮影を求めたりしてきた。中には、積極的に小夜子をナンパしようとする者もいた。

「ねーねー? 暇なの? お茶していくからキミ、付き合ってよ?」

 客寄せをする小夜子に声をかけたのは、茶髪の男だった。

「ありがとうございます。でも、私はただの客寄せなので、お店の中で休んでいたら円さんに怒られちゃいますから」

 笑顔で小夜子が男の誘いを断る。

「えー? オレが好きなケーキ奢ってあげるからさぁ」

 男が腕をつかもうとした手を、小夜子は我流を織り交ぜた八極拳の動きを応用して軽やかにかわす。

「ナンパはノーサンキューです。お触りもお断りします!」

 やはり笑顔のまま小夜子は男に言う。

「なーんだ! じゃあいいや」

 男は捨て台詞を吐きながら通りをまた帰っていく。

「(ふぅ……やはり、この格好がマズいのでしょうか?)」

 小夜子が自分のメイド服を見て溜息を漏らす。胸の大きな彼女のメイド服は、客寄せの装備としては最強クラスである。歩も「かわいい!」と大喜びしてくれた。もっとも、円は「あざとい服で胸を強調してずるい!」と毒づいていたけれど……。

 小夜子は良い匂いが漂ってくる店の方を振り向く。

「でも、最初はこんなに繁盛するなんて思ってませんでしたけど……」

 そう呟いた小夜子は、開店前の店内を思い出す。

 ×  ×  ×

「ボクはね、今回、百合園生らしいお店をオープンするのだ」

 拳を握った円がそう宣言していたのは、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)を中心に慌ただしくDSペンギン達が働く、開店前の仕込み作業真っ最中のキッチンであった。

「円……」

 歩の作業を手伝うオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がポンと円の肩に手を置く。

「和菓子って……難しいわね」

「大丈夫だよ。オリヴィア! 失敗は成功の母って言うし」

「成長したわね……」

 オリヴィアは、円の前にある生焼けのお好み焼きのような物体に目をやる。

「でも、また円がやったのぐちゃぐちゃになってるし……」

「……」

 オリヴィアと和菓子を試作していた円なのだが、「うわぁ、上手く出来ない! あぁッ!! ぐじゃっとなった!」と叫んでから現在の復活まで30分程かかっている。

 オリヴィアが円を励ます傍らでは、一応お菓子屋さんなので、きちんとお菓子を売りたいと考えていた歩が真剣な表情でお菓子作りに取り組んでいた。

 ホイップクリームを塗ったホール状の真っ白なショートケーキを歩は、傍の小夜子へ渡す。

「小夜子ちゃん。これに盛りつけお願い」

「苺ですね?」

「うん! あ、完成したらもう一回あたしにチェック回してね?」

 歩は、一般的なショートケーキやチーズケーキを手際よく完成させつつ、店の時計をチラリと見やる。

「(わー……オープンまでもうあまりないなぁ……)」

 早起きしたためか、少し眠たい顔を手でパンパンッと叩いて気合を入れる。

「ね、円ちゃん? さっき言ってたペンギンをイメージして作った当店オリジナルケーキの方に取り掛かろう? もう時間がないよ?」

「歩ちゃん、アイデアはあるんだよ」

「え? そうなの?」

 円は、エッヘンと胸を張り、

「昨日、通りすがりのセルシウスくんやたいむちゃんにちゃんとアイデアを貰っておいたんだ」

「へぇ! それで、どんなアイデアなの?」

 歩は、歩のお菓子作りをずっと支援してくれていたコック帽子を被ったDSペンギンに、餌の魚を与えつつ円の話に耳を傾ける。

「セルシウスくんはね、『海洋生物を模したデザートだと!? すまぬが、私にはヒトデは食えない』とか言って逃げた」

「……た、たいむちゃんは?」

「たいむちゃんは、『アイスクリームケーキかな? ミントブルーの色で、チョコチップを入れたの!』て言ってくれたけど、ペンギンの姿でやると、それ、確実に皮膚病のペンギンになっちゃうよね」

「……つまり、両方ともボツってこと?」

「うん。あと、お店の幅を広げたいから、二人にお勧めのお菓子とか郷土のお菓子を教えてもらったけど、ちょっと今のお菓子展示ケースに入りきらなさそうだから、今回はパスだね」

 まさかの『ノーアイデア宣言』に歩は頭を抱える。

「(どうしよう……あぁ、でもダメ! 円ちゃんはオーナーとしてお店の全体を見てるんだもの! 忙しいだけなのよ、絶対)」

「あの……歩さん、大丈夫ですか?」

 心配そうに小夜子が声をかける。

「うん。大丈夫……小夜子ちゃん」

「……私も何か手伝えることがあれば……」

「ありがとう。でも小夜子ちゃんは少し休んで。ほら、オープンしたらお店の前で立つお仕事なんだし、お風呂にも入らないと」

「でも……」

 様子を見ていたオリヴィアも小夜子に言う。

「そうよ、小夜子さん。あなたは謂わばこのお店の看板娘なんですから。ちょっと休んで下さい。そうじゃないと、あのメイド服の魅力を存分に引き出せないわよ?」

「あの、あざと……ううん、魅力を引き出さないと勿体ないよね、うん」

 また和菓子作りにトライする円が背を向けたまま言う。ちょっと悔しそうな口調で。

「わかりました……一旦お風呂お借りしますね?」

「じゃ、私が案内するわ。こっちよ」

 こんな時のためにと、お泊り出来そうな寝室とバスルームをセルシウスに要望していたオリヴィアが、小夜子を連れてキッチンを一旦離れていく。

「さて……」

 歩はキッチンにある大きな冷蔵庫を開き、中の材料を確認しつつ、作成するケーキを想像する。どこかで習った知識から、歩は料理は完成形から逆算して行く方が良いと知っていた。

「(ペンギン……さっぱりした感じ……なら、レアチーズケーキかしら? チーズに相性の良いものは、レモン、ラズベリー……ブルーベリーね! それをジュレにしてペンギンの肌色にして……中にブルーベリームースを入れる……)」

 材料を取り出すと、一気に調理にかかる。

 傍で見ていた円が思わず驚く。友人として付き合いがある円だが、こんなに真剣な歩の姿はあまり見たためしがなかった。

「歩ちゃん! 凄い!!」

「円ちゃん、ホワイトチョコとチョコで目を作って!」

「え……うん!」

 円も慌ててキッチンを走る。一回程コケて……。

「(やらなくちゃ! 円ちゃん、オリヴィアちゃん、小夜子ちゃん達とみんなでニルヴァーナにお店を持てるなんて貴重なチャンスなんだし!!)」

 ×  ×  ×

「うーん……目はつけ方をちょっと変えるだけで可愛さが全然違う……」

「歩ちゃん。ボクはここだと思うんだ……どう?」

「あ、本当! さすが円ちゃんだね!」

「エヘヘ!」

 小夜子を案内したオリヴィアが再びキッチンに現れる。

「遅くなったわ。ちょっとバスルームでお湯の出が悪かったものだから……あら?」

 未だ円と歩が黙々とお菓子作りをするキッチンには、1つのケーキが置かれていた。

「これが……ペンギンケーキね」

 そのケーキは、半円状のブルーベリー色をしたケーキであった。ブルーベリージュレでペンギンの肌の色を表現し、白い部分はレアチーズを使っている。そこにホワイトチョコとチョコで作られた目、ペンギンのくちばし部分は小さな三角すいのようなスナックで作られている。

「凄い……歩さん、このケーキ、絶対名物になるわね!」

 オリヴィアが嬉しそうに声をかけるが、次の和菓子作業に没頭していた歩と円はそれぞれ小さく頷き、暫くして……。

「「できた!!」」

 と、声をあげ、手を叩き合う。

「和菓子の方?」

 オリヴィアが見ると、そこには白い求肥を使って作られた『ペンギンの立ってる姿を表現した和菓子』が完成していた。

「うん。オリヴィアさん、和菓子によく使われる求肥を使って、中に白あんを詰めたんだよ」

「白あんはボクのアイデアさ。普通のアンコを使うと、ペンギンの白色が濁っちゃうからね」

「あたし、和菓子はあんまりやったことないけど、上手くいったよね!」

 この和菓子は、白の求肥をベースに、黒糖で作った黒の求肥を成形して取り付けていく感じで作ったのだと、円がオリヴィアに説明する。

「あたしだけだと難しそうだったけど……円ちゃんに手伝って貰ってよかったー」

「やっと、ボクの失敗が形になったよ」

 円がしみじみと語るが、歩はキッチンの片隅から小さなボードを持って来る。

「円ちゃん。商品が出来たら次はレイアウトだよ?」

「レイアウト?」

「ほら、ケーキ屋さんに行くと、商品の説明やアピールポイントを書いた小さな札があるじゃない? あれのこと」

「あー……紹介文だね?」

「あたし、見せ方とかって多分大事だと思うんだよね。……特にこういう趣味的なものだとどんなのかわかんないと、お客さんの手が出にくいと思うし」

「もう、歩ちゃんは心配性だね。こんな可愛いペンギンのお菓子だよ? きっと皆買ってくれるはずだって!」

 円はそう言うが、歩はペンを持ったまま、「うーん」と悩む。

「……どっちがオーナーかわからないわね」

 オリヴィアは苦笑すると、お湯を沸かしだす。

「やっぱり、ケーキの断面や使ってる素材がわかるイラストとかつけて……あとは素敵な紹介文が書ければ……ねーねー、どんな紹介が良いと思う?」

 歩に尋ねられた円が腕組みして悩む。

「紹介分かー……ペンギンをイメージして作った当店オリジナルケーキですみたいな?」

「うーん、シンプルすぎないかな?」

「ペンギン100%のケーキです!」

「……間違いじゃないけど、なんか……ね」

「ジス・イズ・ア・ペン!」

「……」

「……うー、疲れてて頭が回らないよぉ……」

 ふと、円の鼻をくすぐる良い匂いがする。

「まぁまぁ、二人共お疲れみたいだから、コレ飲んで少し休みなさいよ」

 オリヴィアが湯気の立つコーヒーカップを差し出す。

「ありがとう、オリヴィアちゃん……わっ! 凄い!!」

 カップを受け取った歩が目を丸くする。

 カップには、エスプレッソの持つ茶色に、スチームされて泡だったフォームドミルクの持つ白色が混ざり、カップの上にペンギンのラテ・アートが描かれている。

「ペンギンだぁ!」

 円も弾んだ声を出す。

「わかった! だから、お店にエスプレッソマシンやミルクピッシャーがあったんだね?」

「恥をかかないように、事前に猛練習したのよ。コーヒーや紅茶系は私が担当するつもりだしね」

 少し照れるオリヴィア。彼女はペンギン以外のラテ・アートのレパートリーも記憶術をフルに使って覚えるようにしていたのだ。

「こんなコーヒーとケーキが楽しめるなんて、素敵だよね?」

「だって、ボクのお店だよ。歩ちゃん?」

 顔を見合わせて笑った後、円が呟く。

「ね、このオリヴィアのラテ・アートのエスプレッソと歩ちゃんのペンギンケーキと和風ペンギンをセットメニューにしたらどうかな?」

「うん! それ、いいよね!」

「じゃ、早速いっぱい作らないとね? 来い! ボクのDSペンギン達!!」

 円が呼ぶと、水槽で休憩していたDSペンギン達が、コック帽子を被りながらヨチヨチとキッチンへ向かってくる。

「……お客さん来てくれたらいいなぁ」

 水槽から出勤してきたDSペンギン達に、タイムカードばりに餌をあげつつ、歩が呟く。

 こうして、オープンのほんの2、3時間前にして、『和洋菓子ペンギン亭「ぺんぺん」』の看板メニュー、『ぺんぺんケーキ』と『和風ぺんぺん』、それにエスプレッソを付けた『ぺんぺんセット』が完成し、歩が書き留めたレシピにより、DSペンギン達による量産体制が始まったのであった。

 ×  ×  ×

 店の中では、DSペンギン達が掃除・接客・レジなど人手の足りてない所に回されていた。彼らは掃除をしたり、次々とケーキや、洋菓子、和菓子を作り陳列して行く。彼らにとっての報酬は、餌と、たまのオフにプールで泳ぐことであるため、ある意味、労働者としてのコスパは非常に高いものがある。それ故に円の店のお菓子は値段を安く抑えることもできた。

「あじゃじゃしたー!」

 歩と小夜子、それにオリヴィアの全面バックアップを受けた円は、上機嫌でレジを打ち、客を見送る。

「ふぅー。忙しい忙しい……」

「円ちゃーん?」

 ひょっこりとキッチンから歩が顔を出す。

「3番テーブルにぺんぺんケーキ持って行ってくれない?」

「あいッ! さんばんはいりやぁーーッス!」

 舌っ足らずだけど、威勢の良い円の返事。

「……円ちゃん、八百屋さんやガソリンスタンドの店員さんじゃないんだから……あ、いらっしゃいませー!」

「いらっしゃーせー!! ……と、こんな感じかな?」

「元気があるからイイと……思う」

 歩は円の挨拶にもう突っ込むのは止めて、彼女へトレイを渡すのであった。