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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

リアクション

 創世学園都市郊外には以前の戦闘で発生した大型の亀裂があり、これを利用したニルヴァーナ初の民間造船ドックが現在建造中であった。

「船か……確かに交通面の整備は重要だがな」

 外から見れば巨大なL字型に見える造船ドッグを訪れたセルシウスは、事務所に向けて歩いて行く。

「うーむ、何度見てもええもんはええ……」

 右顔面に傷跡の残る男、坂本 竜馬(さかもと・りょうま)が、一人で悦に浸って見つめる先には、木の看板にデカデカと墨で大書された『湊川造船所』の看板が門柱にかけられている。

「ほう、見事な看板だな。貴公が?」

 通りかかったセルシウスが竜馬に尋ねると、竜馬は陽気に笑う、

「そうじゃ。亮一殿が造船所を作る、と言っておったからのぅ。そげな大事、亮一殿一人だけにさせられんでなぁ」

「それで、看板を?」

「わっちに手伝える事言うたら、こげなことしか無いんじゃ」

 竜馬はそうセルシウスに言うと、また看板を見つめ出す。

「自分に出来る事を行う。それは素晴らしい心がけだと思うがな……ところで?」

「ああ、亮一に会いに来たんじゃろ? 事務所はそっちじゃ」

 セルシウスは竜馬に頭を下げ、事務所へと入っていく。



 少し大きめの青い瞳と艶やかな長いウェーブの髪が印象的な少女、高嶋 梓(たかしま・あずさ)は、事務所で書類作業と受付を担当していた。

 扉が開く音がして、梓は書類から顔をあげる。

「いらっしゃいませー」

「設計士のセルシウスだ。亮一殿に話があってこちらに来たのだが……」

「はい、セルシウスさん。お待ちしていましたわ。亮一さんをすぐ呼びますので、少々こちらでお待ち下さい」

「うむ」

 梓はセルシウスを応接室へと案内し、ドアを閉めると、無線機を手に取る。

「梓です。亮一さんに連絡します。セルシウスさんがいらっしゃいました。繰り返します……」

 梓は無線機で呼びかけながら、事務所の給湯室でお茶と菓子の用意をし始める。



 その頃、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)は、シーパンツァーでドック外壁の補強作業を行なっていた。

「土佐でも入渠できるドックの建設って、亮一も大きく出たわねぇ」

 サブパイロットのソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)が亮一に苦笑する。

「折角の新型輸送艇が開発されるんだ。建造、修理拠点は多いに越した事は無い」

「確かに……飛空挺運用の為には十分なサポート施設の建設が重要ね」

「ニルヴァーナでの飛空挺の運用能力を底上げする施設……誰だって欲しいと思う」

 自身も小型飛空挺オイレ(機体名:オウルアイ)を愛機にあっちこっちを飛び回る

亮一は、教導団飛行科の所属だが、イコン運用の研修の為、現在天学へ出張中であった。

「ん? 無線か」

 亮一が操縦桿から手を離し、無線機のボリュームをあげると、梓の声が聞こえる。

「亮一さんに連絡します。セルシウスさんがいらっしゃいました」

「こちら、亮一。すぐに戻る……というわけでソフィア?」

「はい。お客様に応対中は、ガレージでこのアンズー(シーパンツァー)の整備を行うわ」

「頼む」

 シーパンツァーのハッチを開いた亮一は、作業を中断して事務所に向かう。



 応接室に通されたセルシウスに、梓が用意したお茶(玉露)と茶菓子を出している時、亮一が入ってくる。

「お待たせしました。時間キッチリですね。エリュシオン人は時間に厳しいんですか?」

 亮一が差し出した手を、立ち上がって握ったセルシウスが苦笑する。

「私が時間にルーズなのが許せぬ性分なだけだ。それに、このような見事な造船所を貴公が私に見学させてくれるのだからな」

 亮一は頷いてソファーに腰を下ろす。

「ニルヴァーナでの貨物輸送は、距離の問題で航空便が主体になる。新型輸送艇の建造計画も動き出したし、今の内に輸送のサポート施設を用意しておく事はけして無駄じゃないと思うんだ」

「作って無駄な施設等無い。無駄なモノ等誰も作ろうとも思わないが」

 亮一が、彼の分のお茶を出した梓に「例の書類を」と言うと、梓が素早くセルシウスの前に本施設概要の記載された書類を渡す。

「これは?」

「施設は大きいから、見て回る前に大まかなイメージを持っておいて貰った方が無難だと思って」

 セルシウスは、渡された書類をパラパラと捲る。

「最大規模のドックは一応、機動要塞も収容可能だ。ただ、ここでは武装の設置、修理は出来ても武装自体の生産は出来ないから、武装は自前で用意して貰う事になるかな?」

「武装……貴公、武装した船もこのドックに置く気か?」

「……そういう時が来れば、の話ですよ。何か問題が?」

「気を悪くしたら申し訳ないが、どうも私はそういう類のものは好きではなくてな」

 あくまで非戦主義を貫くセルシウスの姿勢に、亮一が肩をすくめる。

「武装なんて無いなら無い方が俺も嬉しいですけどね、手続きの書類が倍になるし……さて、それでは、俺の湊川造船所の見学に行きましょうか?」

 亮一に促され、セルシウスもソファーから立ち上がる。



 二人が見て回った『湊川造船所』のドック設備としては、「L」字型の縦部分に大型ドック(600m級、造船、修理可能)が設けられ、横部分には中型ドック(100m級、造船、修理可能)が2箇所、小型ドック(50m級、修理専用)が2箇所配置されている。

 そして、開いている部分には、部品工場(船舶用)、イコンガレージ(分解整備可能)、事務所(3階建て)、そしてこれらから少し離れた場所に、作業員宿舎(3階建てのアパート)と亮一の自宅(普通の2階建て庭付き住宅)がある仕様だ。

 もっとも、このドックでは、造船、修理、武装設置等の作業は行えるが、武装自体の生産能力は無い。それでも、船舶用部品を運搬する作業イコンが複数稼働中の光景は、中々壮観なモノがあった。

 ×  ×  ×

 セルシウスは、亮一に案内され、造船所を隈なく見て回って、また同じ事務所の応接室へと戻ってきた。

「どうでしたか?」

「ふ……兎も角、大きい事はわかったよ」

 二人がまたソファーに腰を下ろすと、梓が新しいお茶を運んでくる。

 亮一はお茶を飲みつつ、自分の展望をセルシウスに語る。

「将来的にはここみたいな造船所が多数稼動して、この都市の上空を多くの飛空挺が行き交う日が来る事を期待しているんだ」

「人やモノの移動を活性化させる……それは良い事だと思うがな」

「……何か?」

「貴公が先に言った、船への武装の設置と修理はココで出来るという言葉が引っかかるのだ」

「……」

「武装してこの地に来る。或いは、ここで武装した船がどこかへ向かう……。確かにここはアディティラーヤから随分離れている。だが……」

「『平和』とは程遠い。そう言いたいのですね?」

「……うむ」

 亮一は目を閉じ、

「セルシウスさんの意見、わかりました。即答は出来ませんが、色々各方面と船の武装の件については、協議してみましょう」



 亮一との話を終えたセルシウスは、事務所の前に居た。

 そこには、亮一の他に、梓、竜馬、ソフィアの一同が揃い、セルシウスを見送る。

「たいしたおもてなしが出来なくて申し訳ない」

「こちらこそ、色々世話になったな」

「宜しければまたいらして下さい」

 梓が笑う。

「ああ、今度は造船所が完全に完成した時、足を運ぶとしよう」

 セルシウスは、亮一達に手を振り、造船所を後にするのであった。