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リアクション
「ピンポーンッ!」
セルシウスは、閑静な住宅街の中にある、落ち着いた雰囲気の家のチャイムを押す。
その家は、敷地内に小型飛空艇や車両等をしまう少し大きなガレージと倉庫、何かの実験や薬の調合を出来そうな離れの工房を持つ以外は、ごく普通の和洋折衷建築である。
「すっかり、遅くなってしまったな」
辺りを見れば、街はすっかり夕方へ移り、所々にある街灯に灯りが灯り始めていた。
「はーい!!」
ドタドタっと廊下を走る音がして、玄関の扉が開く。
「どなたー?」
顔を出したのはエプロン姿のノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)である。
「セルシウスだ。済まぬな、こんな時間に」
「あ! セルシウスさん!! いらっしゃーい! 入っていいよー?」
「いや、ここで構わぬ。ただ、近くを通りかかったので、様子を観に来たのだ。家の完成時は仕事で立ち会えなかったからな」
「遠慮しないでよー。さぁ、どうぞ?」
ノーンが逃がすまいと、セルシウスの腕を掴む。
「い、いや……私は……」
「わたしもね、セルシウスさんにはお礼しなきゃって思ってたんだー。丁度、料理が出来……」
笑顔のまま、言葉を詰まらせるノーン。
「どうした?」
「あー!! お鍋を火にかけっぱなしー!!」
「ぬおっ!?」
完成した家のベランダから、興味深くニルヴァーナの街の風景を眺めていた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)がそれに気付く。
「セルシウスさんがノーン様に引きずられように家の中へと入っていきますね……あ、頭を柱にぶつけ……」
舞花は「私も挨拶に行きましょうか」とベランダを後にする。
× × ×
ゆったりとくつろげる和風の居間では、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が、ほっこりと緑茶を飲んでくつろいでいた。
「わたくし、この家には大変満足してますわ」
「それは何よりだ」
ノーンに引きずられたセルシウスは、居間に通され、エリシアと同じように緑茶を飲んでいた。
「セルシウスと会うのは打ち合わせの時以来でしたか?」
「うむ。貴公が皆の意見を取りまとめてくれて助かったな」
エリシアは、ノーン、舞花のそれぞれの意見をまとめてセルシウスとの設計打ち合わせに望んだことがあった。彼女達が出した家への要望は、エリシア、ノーン、舞花の私室と、使う機会があるかどうかわからないものの、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)とその妻の御神楽環菜夫妻の部屋を基本に、のんびりとお湯につかれる檜風呂、充実したキッチンとダイニング、それなりに立派な応接室と書斎、そして彼らが今居る和風の居間であった。尚、他にもアイテム作成、薬品調合や魔法実験に使用する、エリシア用の工房、ノーン用の地下カラオケルームとペットたちの居住スペース、舞花用の小型飛空艇や車両ガレージ、各種装備の収納や物資備蓄する倉庫等もあった。
その時、居間に舞花がやって来る。
「こんちには、セルシウスさん」
「舞花殿か。久しいな。住み心地はどうだ?」
「ええ。今も、ベランダからニルヴァーナの景色を楽しんでいたところです」
舞花は、エリシアの傍に腰を下ろす。
「スポンサーの舞花が満足しているのは、良いことですわ」
「私はスポンサーですけど、家の建築に関してはエリシア様とノーン様の希望を優先して貰いましたし、お二人の希望が形になったことに一番満足していますよ」
舞花の未来世界では、エリシアとノーンは御神楽家の守護魔女と守護精霊となっている。そのため舞花にとって彼女たちは畏れ敬うべき存在なのだ。今でこそ大分慣れていて、普通に身内的な間柄となっているが、舞花は彼女たちに対してのリスペクトを忘れたわけではなく、御神楽陽太夫妻のことと同じ位、敬愛しているのだ。
「それに、私もニルヴァーナを探索する際の拠点を探していたんです。30万Gまでは払おうと思ってましたし、10万Gは安い買い物です」
「わたくし達に、心強いスポンサーがいて、本当助かりましたわ」
「ところで、その陽太殿達は居ないのか? 久しく会っていないので挨拶でも、と思ったのだが?」
「陽太様達は、パラミタ横断鉄道の実現を目指して日夜奔走されていますから……、シャンバラ国内でもまだまだ鉄道事業が発展しきっていない現状なので、国外に赴くことは難しいんです」
「ふむ」
「ですが、お二人ともまだニルヴァーナに行ったことは無いと仰ってましたから、今後、夫婦で観光やこの家を見学に来られることはあるかもしれませんわ。そのために、お二人のお部屋も作っておいたのですわ」
「そうですね、エリシア様。陽太様達、この間は、スパリゾートアトラスに夫婦水入らずで温泉旅行されてましたし」
「ほう! スパリゾートアトラスにか!!」
「ええ。楽しい温泉旅行だったと笑ってましたよ」
舞花から聞いた陽太達の感想に、スパリゾートアトラスに関わりのあったセルシウスは満足そうに頷く。
「今日もおにーちゃん達は、シャンバラのおウチで楽しくお話してるよ。さっき、メール着たもん」
そう言いながら、居間へとノーンがやって来る。手に皿を持って。
「はい! 今日はお家の完成記念だから、わたし頑張ったよ!」
舞花がノーンから皿を受け取ると、「凄いです!」と声をあげる。
「へぇ、ノーン。頑張りましたわね!」
エリシアも皿の料理を見てそう言う。
セルシウスが見ると、パラミタとニルヴァーナ両方の秋の味覚を豪勢に使った料理が載っている。
「ほう! 旬のキノコに魚、それに栗等の山の幸……貴公、料理が美味いのだな」
「えへへっ!」
「でも、ノーン? どうして陽太達の様子を?」
「わたしがメールしたんだよ。『わたしたちのお家が完成したよ!』って。ほら!」
ノーンが携帯をエリシアに見せると、そこには、『素敵な家が出来て良かったですね。環菜もコスパに優れていると言っています。俺達も早く行ってみたいです』との内容の陽太からのメールが届いている。
「メールには私が撮った家の内装や外観の写真を添付したんです。もっとも、ニルヴァーナからパラミタに直接通信可能かどうか不明でしたけど……。ひょっとしたら、中継局のような所に一度発信して、そこからパラミタにデータを送ってからメールが届く仕組みなのかもしれませんね?」
舞花が彼女なりにメール転送システムを考察する。
「さ、食べよう! 冷めないうちに!!」
ノーンが食器を取りにキッチンへ向かい、舞花が「手伝います」と後を追う。
「さて,私は帰るとしようか」
セルシウスが言うと、エリシアが彼を見て、
「あら? 折角ですから、食べていけばいかがです?」
「相変わらず、訪問先が多くてな。それに、貴公らの楽しそうな様子を見れただけで設計士としては腹一杯になった」
エリシアに苦笑すると、セルシウスは居間から出ていく。
「忙しい人ですね」
エリシアが彼女たちが飲んだお茶のコップを片付けていると、ノーンがパタパタと戻ってくる。
「セルシウスさんは、お箸? ナイフとフォーク? ……あれ、居ない?」
「帰りましたわ、ノーン」
「えぇっ!? わたしの料理食べて行って欲しかったなぁ……」
「仕方ありませんよ。それよりノーン? 料理の写メは陽太に送らなくてよいのですか?」
「あ! 忘れてた! 舞花ちゃーん! カメラ撮ってーー!」
またもパタパタとキッチンへ走っていくノーン。
こうして、ノーンは、エリシアと舞花と楽しく食事する姿を陽太にメールしたりして、ニルヴァーナに新しく出来た家での生活を楽しむのだった。