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リアクション
純和風仕様の庭と雰囲気を持つ大きな家の前にセルシウスは立っていた。
「すっかり、夕方になったな……」
扉が開いて、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が顔を出す。
「おう! セルシウス!」
セルシウスの顔を見るなり抱きつくラルク。
「ぬおっ!?」
「まじであんがとうな! セルシウス!! すっげーいい家じゃねぇか!」
「か……かまわん! そ、それが設計士の……務め……ぐおっ!?」
抱きつくというより、既にベアハッグに近いラルクのパワーにセルシウスが悶絶する。
「ぐおぉぉ!? 放して……く、れ……」
「ん? ……おっと!」
ラルクに解放されたセルシウスは、ハァハァと息をつく。
「悪い悪い。すげぇ! これが俺のニルヴァーナでの拠点か! って思ったら、つい、な」
「よ、喜んで貰えて何より……だ」
「ま、中に入れよ?」
「そうだ……な……!?」
ラルクを見たまま、沈黙するセル
「どうした? 遠慮するなって」
「貴公……何故、その……」
「ん? ああ、この汗か」
ラルクは顔にかいていた汗を、首のタオルで拭う。
「トレーニングしてたんだ。ほら、設計して貰う時言っただろう? 俺の家のトレーニングルームは、実戦が出来るスペースと、マシントレーニングとか所謂スポーツジムみたいな器具を置ける感じがあればいいって、いやぁ! その通りの家を作って貰って感謝してるぜ」
「……いや、その、下が……」
セルシウスがラルクの下半身を指さす
「ん?」
ラルクがセルシウスの視線を追って……、
「おっと、すまねぇ! 俺以外誰も居ないから開放感に浸り過ぎてたな」
サッと首のタオルで下半身を隠し、豪快に笑うラルク。
× × ×
「別荘ってのも何か金持ちっぽくっていいよな」
ラルクは、セルシウスを連れてノシノシと廊下を歩く。廊下からは、庭の池や植えられた松等が見える。尚、今のラルクの下半身には、トレーニング用のパンツが装備されている。
「別荘なのか? 別荘でトレーニングを?」
「ニルヴァーナでもトレーニングはしてぇしな。俺も丁度住める自宅が欲しかったから、良いタイミングだったぜ」
「そうか……ん?」
セルシウスは、書斎らしき部屋に目をとめる。
「ここは……確か、書斎だったな?」
「おう! 俺が医学を勉強する為の書斎だ。まだ本棚は全部埋まってないけどな」
「貴公が空京大学の医学部生だとは聞いていたが、そんなに医学書が必要なのか?」
「俺は、シャンバラの医学だけじゃなくて、他の国の医学やパートナーロストに関する資料も目を通すからな。本棚が沢山おけるスペースがあれば、それに越した事はないさ」
「ふむ。その隣の部屋は確か……」
「ああ。研究ができる実験室だな。まだ、そっちは本格的に稼働させてないし、散らかってるからちょっと見せられないな」
「文武両道とは、貴公の事を指すのだな」
「よせよ、まだ俺はそこまで偉いヤツじゃねぇぜ」
ラルクはそう言って、セルシウスと再び家の中を移動する。
「寝室は貴公とその妻用のものと、あと、誰かが泊まれるように多めに作った記憶がある」
「そうだな。奥さんはまだこっちに来てないんだが、まぁそのうち来るだろう」
部屋を覗いたセルシウスは、出来栄えに満足する。
「キッチンは、貴公が広めと言ったが、あまり拘りは無いと思い、特に私が手を加えた箇所はないな」
キッチンを見渡すセルシウスに、ラルクが頷く。
「まぁ、キッチンは、俺はそんなには拘らないんだけどなー……」
「奥方か?」
「どうなんだろうな? 外食メインならそこまで拘らない気もするが……」
「確かに。設計を依頼された時、貴公が特に拘ったのはトレーニングルームと風呂だけだったな?」
「おう! そうだ! そっちを見ていってくれよ」
× × ×
ラルクの家の広いトレーニングルームの傍には、彼拘りのバスルームがあった。
ジェットバスやジャグジー、それにミストサウナ等も設置されたバスルームは、既に個人用というよりは、ちょっとしたスーパー銭湯みたいな感じになっている。
その窓はボタン一つで開閉や、シャッターを下ろせる仕様になっており、家の庭や街の景色が見渡せるものであった。
「トレーニングでかいた汗を、直ぐに風呂で流せる! これが俺の拘りだな」
「貴公らしいな」
「勿論、温泉もいいけどな! 家でのんびりしたい時もあるし……いやー、こんだけ広い風呂に毎日入れるなんてマジ幸せだぜ!」
「風呂か……」
そう言えば、一軒だけ銭湯の施設が街にあったなとセルシウスが考えていると、
「どうだ? セルシウス? 折角なんで風呂で一献ひっかけるか?」
ラルクがお猪口を煽る素振りをセルシウスにする。
「それも良いな」
静かに笑うセルシウス。医学の知識もあるラルクはその顔に相当の疲労を感じていた。
「お前も、宮殿に家の設計にと、疲れてるんだろう? せめて、この時間だけはゆっくりしていけよ? お前も身体が一番の仕事をしてるんだ。いくら良い家を建てても、自分で自分の体をぶっ壊してしまったら駄目だぜ?」
「私は自分の体など、どうなってもいいのだ……」
「おい……マジで言ってるなら、ジェネラリスト(総合医)志望として怒るぜ?」
真面目な顔でセルシウスの肩を掴むラルク。
「それよりもアスコルド様のお身体が……手遅れになる前に、涅槃の間を完成してお見せしなければならない」
「……」
ラルクはセルシウスの思いつめたような顔に、そっと肩から手を離し、その背中をバンッと叩く。
「ぬっ!?」
「気合だぜ。セルシウス?」
「……」
「いっつも考え過ぎなんだよ! たまには本能の赴くままやってみろって? 細かい事なんて心配すんなよ、お前にはこんな良い家を建てられる力があるんだからな!!」
ラルクはそう言って豪快に笑う。
「そうだな……」
「あとよ、お前もちったぁ体鍛えた方がいいぜ? 今のままじゃ、そのうち現場で骨でも折りそうだからな」
「考えよう」
セルシウスはラルクに笑うと、彼の家を去っていく。そして、見送ったラルクは、首をゴキリッと鳴らすと、中断していたトレーニングを始めるのだった……全裸で。