|
|
リアクション
「来やがったな……いいかッ! おまえらぁ!!」
資材を運ぶパンティーレックスの背に乗っていた焦茶色のモヒカンを揺らす南 鮪(みなみ・まぐろ)が、こちらにやって来る人影を確認した後、労働にかり出していたモヒカンゴブリンたち号令をかける。
「俺達は真面目に『匠』として仕事をしているって、ちゃんとアピールしろよなッ!!」
「ヴオオォォー!!」
モヒカンゴブリンのリーダー的存在である鮪の呼びかけに、モヒカンゴブリン達が応える。その中には、いつの間にかモヒカンゴブリン達に混ざって仕事をさせられていた彼方がいた。
「何で俺まで……」
「ヒャッハァ〜! 彼方よぉ、花とパンツと種モミは女心をがっちり掴むって知ってるかァ〜?」
「……知るかよ」
『ヒャッハー! 種モミの塔は良いぜ。今のニルヴァーナに足りねえのは種モミ狩りだぜ』と不意打ち的な種モミの塔の建設を目指す鮪は、特にやることなく暇そうだった彼方をゴブリンに混ぜておいたのだ。そこは、彼の優しさ……なのかもしれない。
「ホッホッホッ……なぁに、わしに任せておけば問題ないのじゃ」
施工管理技士や算術士や救世主をはじめとする人材をぞろぞろと引き連れて、やる気満々の種モミの塔の精 たねもみじいさん(たねもみのとうのせい・たねもみじいさん)が笑う。土木に関する知識もこの為に覚えてきた彼の意気込みは並大抵のことではない。
「いいですね? 我が先刻説明した状況設定、決して間違えてはいけないのだよ? 間違えるくらいなら、我が話す。いいですね?」
何時の間にか鮪たちと一緒に行動をしていたスキンヘッドのポータラカ人、ロズウェル 太郎(ろずうぇる・たろう)が、何やら念押しするように言う。
パンティーレックスの背から降りた鮪は、やってくる人影に声をかける。
「ヒャッハァー! セルシウス? おまえの調子はどうだ!!」
「ヒャッハー! 最高にハイってヤツだぜぇぇぇ!!」
セルシウスのいつもとは違う応答に、鮪はやや戸惑う。
「お、おう……おまえ、そういうキャラだったか?」
「細かいことは気にすんじゃねぇぇ!! で、どうだ? 作業の方は?」
「ヒャッハァー! 数々のパラミタでの建築に携わった実績の有る俺が、スーパーベテランモヒカン匠として協力してやってるんだぜェ〜。超順調よ!!」
「それは有難いぜぇぇ!!」
「……セルシウス? おかしなものでも食べたか?」
ゴブリンに混じって作業に従事する彼方が疑問符を浮かべる。
「これが鮪殿の言っていた、『ニルヴァーナ(煮流婆南)種モミの塔』かぁぁ! うーむ、名前はともかく、内部に関しては魅力的だぜぇぇ」
鮪はセルシウスとは面識がある。付け足すと、たねもみじいさんが「エリュシオンに種モミの塔を建てぬか?」と、コンビニで働くセルシウスに交渉してた時であるが。
それ故、事前に鮪は『根回し』でセルシウスに「また、種モミの塔な事するからよろしく頼むぜ!」と小賢しく話を通しておいたのだ。勿論、露骨にやるとセルシウスは難色を示すだろうと、名前とは別に、その内部に関しては『植物を育てる場所』であると、屋内型農場や植物園をパラ実式農法的に行うんだぜ、とも言っていた。
「貴公の『枯れたニルヴァーナに命の息吹を吹き込む』との考え、このセルシウス……感動したぜぇぇ!!」
「ヒャッハァー! わかってるじゃねぇかァ!! 狩り(刈りに有らず)取る種モミが無けりゃ困るからなァ〜」
「そうだ! 人はパンのみで生きるにあらずだぜぇぇ! ポタラ科だったかぁ? 良い学科だよなぁぁ!?」
「おお!! ポータラ科としてはよォ〜、必要だと思うんだぜ〜。ニルヴァーナ的でポータラカ的な種モミ植物育成を考えるのはよォ〜〜」
怒鳴りあうように話しては、互いに「ヒャッハァー!」と奇声を発する鮪とセルシウスを、彼方が少し呆れた表情で眺めている。
「おお! 種モミ〜! ……ん? 種モミだと?」
見れば、鮪達の働かせているのはモヒカンゴブリン達……。しかも、彼らが事前に言っていた植物園的なモノとはかなり程遠い建造物……。
「つまり……」
「む?」
アスコンドリアの効き目が弱まって少し冷静になったセルシウスに、「マズい」と思った太郎が話しかける。
「つまり彼らは食料の自給自足度を上げ、緑化も同時に行ないたいと言う事であろう……その為には尽力を惜しまないと言っているのだよ、多分」
「食料確保と、緑化だと……?」
「それに、植物園など華やかしい施設は宮殿には必須だ。うっそうと茂った植物など実に拉致されそうでワクワクするではないかね」
セルシウスの疑問に対して、予めシュミレーションした設定を述べる太郎。尚、グレイ型宇宙人の姿の太郎の本業はポータラカの拉致研究家である。
「それに女性にとって花は人気があり集客率も良い。アスコルド大帝が訪れた時、宮殿がむさ苦しい男ばかりだと華やかさも無いであろう?」
「おお! 確かに」
植物園的なお花畑ベクトルで女性狙いを強調する太郎。その説得力の根底にあるのは彼の拉致技術の知識である。
「なぁに、これはわしからニルヴァーナへの今日より明日の為のプレゼント。新たな瑞々しい種モミの塔の無い国に未来など無いのじゃ」
たねもみじいさんがセルシウスに笑いかける。
「未来が無いだと?」
「さよう。これは文化なんじゃ! 全ての世界を跨ぐ種モミの塔文化圏なんじゃ!!」
セルシウスとたねもみじいさんが話すのを聞いていた太郎が「では、我は作業に戻る」と踵を返す。
「そうだぜ。セルシウス?」
鮪がセルシウスに「建設現場を見ろ」と指差す。
「俺が連れてきたモヒカンゴブリン達を見ろ! あんな真面目で優秀な労働力があるのを、エリュシオン人は知らねえだろう?」
「人は見かけではない……ということか」
「人じゃねぇけど、大体合ってるぜ」
モヒカンゴブリンの地位向上をさり気にプッシュする鮪。ここだけは確実に鮪の善意だ。
「文化ってのは、拒絶ばっかしてても仕方ねぇんだ。受け入れる寛容さが必要だぜ? アスコルドも、そういった意味でおまえに、宮殿の改装を命令したんじゃねぇのか?」
「受け入れる寛容さ……」
セルシウスは感動し、鮪とたねもみじいさんに頭を下げる。
「私は、まだまだ未熟だった……!!」
「そんなことはないぞ? わしは、ただ塔の中を植物園にして種モミが実る植物で埋め尽くしたいだけなのじゃ」
「ヒャッハァー! やばいぜッ!! 煮流婆南(ニルヴァーナ)種モミの研究が出来なけりゃ、たいむちゃんのおっぱいとパンツについて研究しなけりゃいけなくなっちまうしな!」
「……」
セルシウスは、鮪達が出した申請書を取り出して見つめる。そこには施設名のところに『未来の間』と描かれている。『種モミの』という文字に大きくバツをつけた跡はあるが、これは、鮪たちの認可されなさそうな提案を、太郎がポータラカ人の立場で解釈し通りやすいように描き直した跡である。
申請書から一抹の不安を感じたセルシウスは、鮪達から離れ少し内部を見て回ることにする。
「ん? 倉庫か?」
種モミの塔の壁の一部に、隙間を発見したセルシウス。
覗くと、中には、明らかに人間を拘束するような台座や、注射器にビーカー、ロープ等、とても来てほしくない『未来』を想像させるモノが置かれている。
「ぬぅ!? こ、……これは!?」
「(しまった! 我としたことがッ!!)」
驚愕するセルシウスに太郎が舌打ちする。この部屋は、拉致監禁用の隠し部屋が欲しい太郎が、倉庫と偽りこっそり作成していたものであった。
「建設中止だッ!! これが『未来の間』だと!?」
セルシウスは鮪に詰め寄る。
「よく見れば、内部も花より、種モミ系植物が大半であるし、外見も種モミの塔そのものに限りなく近いではないか!!」
「おいおい、落ち着けよ、セルシウス?」
鮪がセルシウスをなだめていると、たねもみじいさんが物凄い剣幕でセルシウスに抗議する。
「おぬし!! このわしが命を賭けて、種モミの塔の外見スタイルになるように尽力したのをバカにしおるのかッ!!」
血管を浮きだして怒るたねもみじいさんが語るのは、ある意味、地祇による他の地祇の土地への侵略行為に近い。
「貴公らの建設、それが目的だったか……! このセルシウスの目が黒いうちは、アスコルド様がいらっしゃる場所でそんな事はさせぬぞ!!」
「若造がぁぁ!! うッ……!!」
「じいさん!?」
胸を押さえて倒れこむたねもみじいさんを受け止める鮪。
「ぐっ……い、いかん。わしの、わしの夢を拒絶されたことで……この老体が悲鳴を上げおったわ」
「じいさん!! しっかりしろよ!!」
「……」
流石のセルシウスも心配そうな顔を見せる。
「いいのじゃ……このまま苗床になるのも、運命やもしれぬ」
「じいさん……」
「鮪よ……わしが苗床化したら、種モミの塔に葬ってくれんじゃろうか? そうすれば、種モミの塔は……」
「馬鹿野郎!! なに弱気な事言ってんだよ!!」
不良の孫と臨終間際の祖父のような二人に、セルシウスの目頭が熱くなる。
「貴公ら……そこまで……」
「セルシウス……俺達はおまえを騙そうとしていたのかもしれない……だが、俺達がやろうとしていた種モミの塔建設への想いは……とても真面目だったんだぜ……」
「……わかった。貴公らを信じてみよう……」
セルシウスの言葉に、鮪とたねもみじいさんが同時に反応する。
「あ、マジで?」
「本当じゃな!?」
「……」
彼らの様子を遠目から見ていた彼方が呟く。
「結局、ああなるのか。セルシウスは……」
こうして、鮪とたねもみじいさん、太郎は、セルシウスのお墨付きを貰った事で、張り切って外見が種モミの塔そっくりな間の建設を始める。
しかし、『おかしな事をしたら即座に破壊してくれ』と監視役を任された彼方の手前、出来上がったものは、たねもみじいさんの納得いくものではなかったらしいが……『匠』として改築に参加しどさくさに紛れて作り上げたことに鮪は満足したようであった。