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リアクション
「ほう……見事だ!」
セルシウスは、その『間』を見るやいなや、即座に興奮した声を出す。
「でしょ?」
彼の傍に立つルカルカ・ルー(るかるか・るー)がウインクする。
「これが貴公が言っていた『涅槃の間』だな?」
「そうよ。日本庭園は空間創出の美技なのよ」
「まさにそのノウハウを生かした見事な造りだ……」
日本庭園のノウハウを生かしてルカルカが作った間は、部屋の四方を障子に囲まれた間取りであった。障子の向こうに縁側、さらにその向こうに作りこまれた庭が見える。
「普通は部屋を囲むと圧迫感を感じるものだが……」
「障子を絵画の額縁だと考えるとイメージし易いでしょ? 縁側から直接庭に出られるし、繋がってる感じが西洋の庭とは格段に違うもの」
東洋では自然とは共生するもの、というのが一般的な考えだが、西洋では自然は脅威であろか人が支配するという考え方をするのが普通なのだ。
ルカルカが作った四方の庭の各々には、ニルヴァーナの風景が作られ、各地に行った気分が味わえる。そこには『実際より広く見せて空間の広さすら感じて貰う』という拘りがあった。
「ふむ。遠近法も使っているようだな」
「当たり。奥に行くほど、岩に見立てた石をグッと小さくしたり、山斜面に見立てた人工の丘壁に植える樹も低木にしてるわけ」
「さらに瀑布は……水循環式の人工滝で池に落とし、人工の川は手前まで伸ばして水遊びも出来るようにしてあるな」
「うん。繊月の湖を模した池の向こうには、将来建つ町の模型も配置しようか、って思ってるの。太陽光蓄電のライトを仕込んで、夜間は発光させて夜景が見れる仕掛けにするの」
セルシウスは前を見つめたまま暫し沈黙する。
「どうしたの?」
「……このような見事な『間』。私はいっそのこと、貴公に涅槃の間を全て任せればよかったのかもしれん」
「だから、あの時、そう言ったじゃない。でも、セルシーが頑なに断ったから……」
呆れつつもセルシウスを慰めるルカルカ。
『あの時』とは、セルシウスがルカルカから頼まれていた、とある施設を設計し、そのオープンの日の事である。
「押すなやぁぁ、ボケェェ!!」
「おい、店員何とかしろよ!!」
「きゃー、きゃー!!」
「物売るってレベルじゃ……」
朝方のアディティラーヤ宮殿にほど近い場所では、集まった群衆達による阿鼻叫喚の世界が広がっていた。
「あー、押さないで下さい! 店員の誘導に従って、順序良く……あっ、そこのお客様? 走らないで下さい。大変危険ですよ……てめぇだよテメェ、走るんじゃねぇよ!! ……走るなっつってんだろぉぉがぁぁ!!」
拡声器を持って誘導する店員が次第にヒートアップする中、その開店セールは始まった。
『シャンバラ電機・アディティラーヤ支店』(社名は教導家電有限公司)である。
ここは、いわゆる家電量販店であり、カナンにも支店を持つ。その新規店舗である。
「うぅ……予想以上に地獄だわ……」
群衆の中で、開店セールのチラシをクシャクシャに握りしめた香菜が呟く。
「(ドライヤーが欲しいだけなのに……まさか、こんな凄い人が集まってくるなんて)」
確かに、開店セールでは『先着順』の触れ込みで、『大型液晶テレビ』や『洗濯機』が『1G』という考えられない値段で販売される。この群衆のお目当ては恐らくそれなのだろう。
やがて、オープンと同時に一斉に店内へと雪崩れ込む人々。香菜もモミクチャにされながら何とか内部へ侵入を果たす。
「わぁ……」
激安コーナーでは未だ喧騒が続いているが、それらに興味が無い香菜は、広い店内を見て感嘆の声を漏らす。
シャンバラ電機・アディティラーヤ支店は、豊富な品揃えの広い店内だけでなく、体験コーナー、託児設備、飲食設備とあってか多くの人々が訪れるレジャー施設でもあった。
「あら、香菜じゃない?」
開店のテープカットを終えたルカルカが、バッタリと香菜と出くわす。
「ルカルカさん。開店おめでとうございます」
「ありがと! て、香菜は今日は何を買いに来たの?」
「ドライヤーです。私の髪長いし……」
「綺麗な髪してるものね。ドライヤーは3階にあるわよ」
香菜はルカルカに礼を言い、エスカレーターを登っていく。
「うーん。やっぱり開店セールは混雑するわねぇ。そう思うでしょ?」
ルカルカが声をかけたのは、彼女の背後にいたセルシウスである。
「ハァハァ……自分の設計した建築物を見に来て酷い目にあったのは初めてだ」
セルシウスはボロボロになったトーガを着直しながら言う。
「だから関係者用通路から入れば良かったのに」
「貴重な体験だったからな。よもやエリュシオン帝国の人間が、いち主婦のタックルで吹き飛ばされるとは思わなんだが……だが、盛況なようだな、貴公の店は」
ルカルカは休憩コーナーの自販機で買ったジュースをセルシウスへ渡す。
「そうね。ここに出店したのも家族で楽しく家電に触れて貰えるかなって思ったからだし」
「家族向け……家族か」
「また、涅槃の間について考えてるの?」
休憩コーナーの壁に背をもたれさせたルカルカがセルシウスに尋ねる。
「ああ。寝ても醒めても、そればかりだ」
「ルカ達が手伝ってあげようか?」
「……有難いが……可能ならば、涅槃の間とは別の『間』を一つ手がけてくれぬか?」
「え?」
「実は、『間』が一つ足りぬのだ。本国から『匠』として来るはずだった者が急病でな。アスコルド様のお越しになる手前、宮殿内に空白部分を作りたくはない」
「OK! 任せて」
「良いのか? 場所は私のすぐ下の階層であり、二番目に目立つ場所だぞ?」
「実はもう大体のプランは考えてあるのよ」
ジュースを飲むセルシウスがルカルカの顔を見て、静かに頷く。
着々と工事が進むルカルカ達の『間』。彼女達が連れて来た親衛隊や技士合計20名とショベルカーにパワードスーツも使って大規模、且つ効率的に施工されていく。
「……頼もしいな。流石、大尉に昇進するだけのことはある人物だ」
セルシウスの呟きにルカルカが驚く。確かにルカルカはロイヤルガードで三人しかいない大尉の一人となっていたのだが……。
「どうして知っているの? 本国でルカ達が渡したスマホも取り上げられて電話もできなかったのに……」
「エリュシオンの情報網は、貴公らの国の事。特に軍事関係に関しては敏感なのだ。兎も角、昇進はめでたいな」
セルシウスがルカルカにニヤリと笑う。
「ありがと……でも、今の発言。教導団としては聞き逃せられないわね?」
「腹の探り合いもいいが……祝辞は素直に受けるべきだぞ。ルカ?」
ルカルカの元へ歩み寄ったのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)であった。
「そう言うセルシウスも昇進したようだな?」
「む……」
今度はセルシウスが警戒する。それを察したダリルが言葉を続ける。
「帝国と我が国は簡単には行き来できないが、噂は流れてきているんだ。おめでとう」
「そうか。だが私はどうも地位や名誉に関心が持てぬのでな……実感がないのだ」
「その方がいい。実感など後から嫌でも付いてくる」
ダリルの言葉にルカルカが苦笑している。
「俺達の着工は順調に進んでいる。アスコルド大帝が来る前には十分完成する」
「一番遅く始めたのに、一番早く完成させる見込みとはな……」
「事前に動いただけだ」
涼しげに言うダリルであるが、エリュシオン帝国やシャンバラ政府に根回しして都市の青写真を説明し、人員と予算の確保に務めたのは彼の手柄である。
「その出世されたセルシウス殿は帝国ではどんな仕事をしておられた?」
赤いポニーテールの夏侯 淵(かこう・えん)がセルシウスに尋ねる。
「私の本業は設計士だ。それは変わりない……が、アスコルド様のご命令で、エリュシオンの文化調査官なる仕事に就いたな」
「ほう……文化調査官」
「極寒地方で凍えたかと思ったら、暑苦しい森林地帯で5日彷徨ったり……まぁ色々だ」
「そうか。一度訪ねてみたいものだな。その時は案内を頼んでも?」
「……案内する場所を私に選ばせてくれるならな」
エリュシオンのアチコチに行かされたセルシウスであるが、中にはあまり思い出したくない記憶もあるようだ。
「それで、貴公らの仕事は?」
「俺達? 中継基地の建設に、拠点の防衛、北地区へのルート探索とか……まあ色々やっておったよ」
淵の言葉に「軍のお仕事なの」とルカルカが付け足す。
「腹へらねえ?」
ドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が巨体を揺らしてやって来る。
「食い物の店が出来てるだろ、出前取ろうぜ! それか喰いに行こうぜ! セルシウスも酒飲まねぇ?」
「今飲むと、確実に寝る」
断言したセルシウスの目の下のクマを見たカルキノスは静かに頷く。
「そのようだな……じゃ、俺は適当に重たい物でも運ぶ仕事をするかな」
カルキノスはそう言って歩いて行くが、「確実に食事に行くわね」とルカルカは推測し、慌てて追いかけ、彼に何かを運んでくるよう指示を出す。
「ところで、ダリル。貴公らのこの『間』の設計、一体どんな設計図を引いたのだ? かなり精密な図面を引かぬと、この規模はそう簡単には……」
「これだ」
ダリルはノートパソコンを見せる。
「む……設計図はこの中なのか。おお! 立体になっているだと!?」
ダリルが見せたノートパソコン上には、彼が各所の設計図をデータ加工して作った3Dモデルがあった。
「仮想モデルだ。レイアウトを3Dで作ると、完成が予想できる」
「なるほど! おお! 視点も移動できるのか!?」
「内部を歩くように視点を移動させられる。便利だぞ」
「デジタルとは恐ろしい……私もこういうのが使えればもっと楽をできたかもしれぬな」
「問題ない」
ダリルは、セルシウスに冊子を差し出す。
「これは?」
「セルシウスがこのソフトを使用するのに必要な事項だけをまとめたマニュアルだ」
帝国でのプレゼンや大帝への説明に使ってくれと、ノートパソコンごとセルシウスに渡すダリル。
「いつも貴公は私に斬新なことを教えてくれる。感謝してるぞ!」
「向学心が強いセルシウスだからな……何か、教えねば気が済まないだけだ。俺は他にやることがある。マニュアルを見ながら手始めに何か作ってみるといい」
クールに言いつつも、ダリルは少し嬉しそうだ。
「それにしても、ルカルカ殿達の『間』は見事……」
ルカルカ達の作った『間』を見つめていたセルシウスは、ふと頭に何か引っかかるのを感じる。
「(居ながらにしてニルヴァーナの世界を感じられる涅槃の間……それをアスコルド様に見せることこそ、私の使命。しかし、本当に縮小されたそれを見て、世界の全てをアスコルド様に見せたと言えるのだろうか?)」
少し考えこむセルシウス。
その時、向こうからカルキノスがジンの輸送車両を運転してやって来る。
「おーい、ルカ? ここでいいのかー?」
「OKよ、そこで止めてジンを出して」
輸送車両からパワードスーツ『ジン』が3体出される。
「で、ルカと淵とあと一人は誰が使うんだ? 俺はガタイがでけぇから運搬車要員だし……」
カルキノスの視線が、建築現場でパソコンと向き合うダリルに注がれる。
「たまには俺が指示するか……ダリル、働け」
「断る」
カルキノスを全く見ずに即答するダリル。
「いつも肉体労働サボってんだ。やれよ」
「俺は宮殿各所の進捗状況を纏めるのに忙しい。残り一台は他の奴に乗って貰え」
「他の奴……?」
淵の視線はセルシウスで止まる。
「乗って……みるか? パワードスーツ?」
「む……」
× × ×
好奇心旺盛なセルシウスだが、ことごとくイコン系メカとは相性が悪い上に、乗り物酔いしやすいため、一度は断った。しかし、カルキノスの「エリュシオン帝国のヤツは、意気地なしだな」という言葉により、彼は搭乗を決める。
「いい? パワードスーツは指も器用に動かせるから、資材搬入や岩の移動等労せず出来るのよ」
「人形の中身になった気分だ」
パワードスーツに乗り込んだセルシウスが不安げに呟くと、カルキノスから通信が入る。
「習うより、慣れろと言うだろう? 男は度胸よ! タマ付いてるなら乗れるだろ?」
「ごめん、カルキ。ルカにそれは無いわ」
「……無くても乗れるヤツもいるけどな!」
「ま、これで胸を張って『設計だけでなく、施工にも直接携わりました』と大帝に言えるだろう?」
淵がセルシウスを煽るような口調で言うが、これがセルシウスのヤル気を高める。
「(アスコルド様……残り少なき命で戦う貴方のために、私も闘いましょうぞ!)」
グッと唇を噛んだセルシウスが、叫ぶ。
「よし、行くぞッ!!」
セルシウスのパワードスーツがゆっくりと動き出す。
「さっさと終わらせろよー。俺達、昼飯がまだなんだからなー?」
そう言って、輸送車両の運転席で欠伸をするカルキノス。
これが……惨劇の始まりであった。