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リアクション
「それがしも宮殿造りにたずさわれるとは身に余る光栄だな……」
どう見ても巨大な人型錦鯉にしか見えないオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、アディティラーヤ宮殿入り口近くにて、そう呟いた。
オットーは、ニルヴァーナでのインテグラルとの戦いから平和に創成学園ができるまでの歴史の様子を、屏風に水墨画で描いている。
「ふぅむ……」
一旦筆を置いて、暫し考えこむオットー。
「当初の構想通り順調に筆は進んでいるが……やはり歴史がハッピーエンドで終わってしまうというのは、芸術的には味気ないものがある……」
考えこむオットーの後ろでは、何やら騒がしい声が聞こえる。
「いいねー。いいポーズだねぇ。かつおぶしくん」
「光一郎殿……何故、そのように艶かしい視線を……」
「そんなに怯えるなって。俺様の家の家訓『他人の嫌がることを進んでする』の実践なだけだしぃ」
「なっ……!?」
「心配すんなよ。でも、本気で脱いだり脱がしたりして、なかのひとが出てきたらゆる族なんで爆発しちゃうってのも含めて、俺様の家訓に沿っていると思うが、どーだろうか!?」
「ど、どうって……そんな事を私に言われても……」
「大丈夫。だいじょーぶ! じゃ、そろそろ……」
「ほ、本当に『ほる』おつもりですか!? 私を!?」
「諦めが悪いなぁ。かつおぶしくん……昨日だって俺様に掘らしてくれたじゃねぇか……それに、まんざらでもない顔を浮かべてたのは、どこの誰だったっけ?」
「くっ……」
「『匠』の俺様に全て任せろよ……2つが1つになるのは、いい気分だと思うぜぇ」
「待って下さい、光一郎殿!! 心の準備が!!」
「動くなよ……手元が狂っちまったら……穴が2つになるぜ……」
ブスゥ……。
「そ、そんなとこから……!!」
「……」
屏風を描いていたオットーがゆっくりと振り向く。
「光一郎、ダイヤモンドの騎士。貴殿ら、少し五月蠅いぞ?」
オットーの屏風の前で、鋭く尖った彫刻刀を持って、『ダイヤモンドの騎士の像』を彫っていた南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、ひと彫りしてからオットーの方を振り向く。
「悪いな。やっぱ俺様は喋りながら作業する方が調子がよいんだよ」
「ダイヤモンドの騎士も不憫な役回りを引き受けたもんだ……」
「いえ。私は構わないのですが……やはり、私如きが、このアディティラーヤ宮殿で、銅像のモデルとなる等……」
「謙遜するなよぉ」
光一郎が笑う。
「この俺様のモデルに選ばれたんだ、もっと胸を張ればいいじゃん」
「そ、そうでしょうか……」
光一郎が彫っていたのは、『鳥人間ギフトの槍を持って金剛龍の上で睨みをきかす、ニルヴァーナ創世学園守護者としてのかつおぶしくん(ダイヤモンドの騎士)』であり、光一郎によって『金剛り騎士像』と命名されたものだ。
「それにしても光一郎。金剛力士像と言えば、阿形吽形と1対で、2体いるのが常識だが?」
「無口で全身を鎧で覆っているかつおぶしくんが吽形(うんぎょう)像なら、口数と露出が多く見事なまでに対極な俺様が役得とばかりあわよくば阿形(あぎょう)像を狙ってんじゃないかって?」
「そうだ」
「ああ、それは一瞬だけ考えたが、さすがに問題あるだろーと思って引っ込めた。ほれ、自分で自分を彫るなんてのは恥ずいしぃ、第一、俺様が美化されすぎて困るだろう?」
「誰がだ?」
オットーのツッコミを無視して光一郎が続ける。尚、阿形吽形から転じて、2人の人物が呼吸まで合わせるように共に行動しているさまを『阿吽の呼吸』と言う。
「で、代わりに阿形として並ぶ人のチョイスも考えてみたが、うーん、キツイ……」
そこで、光一郎はもう少し調べているうちに、1体のみで表した『執金剛神』というのがいるという事に辿り着いたのだ。
執金剛神は、阿形吽形と一見同じに見えるが、鎧をまとった1人の武将姿として造形されるのが一般的である仏教の護法善神だ。
「……つまり、私一人がモデルで良いから、無難にそれにしようと?」
モデルのポーズのまま、ダイヤモンドの騎士が光一郎に問いかける。
「そうだぜ」
「……」
ダイヤモンドの騎士がその仮面の下で複雑な表情を浮かべていることは、オットーには容易に察しがついた。
かつて『帝国の盾』と呼ばれたダイヤモンドの騎士が、いまや『創世学園の盾』となっていることにアスコルド大帝やセリヌンティウスは複雑な思いを抱いているだろうが、光一郎は「気にしない気にしない。「逆に融和の印と捉えてくれるとうれしー」と言っていたことを思い出すオットー。
「宮殿に『金剛り騎士像』を彫れる機会なんてないしなー……あ、かつおぶしくん。そのポーズのまま少しストップな?」
光一郎は鼻歌を歌いながら、見た目とは違い繊細な手つきでダイヤモンドの騎士を彫っていく。
「鯉くんの屏風の方は順調なのかぁ?」
「無論……だが、あと一人物、何か描きたい気分だ」
「人物? 漢詩はどうした? 字上手いだろ?」
光一郎は、絵も上手いがそれ以上に達筆な字を描くオットーが、屏風に漢詩を書いていないことを疑問に思っていた。
「無論。字には自信があるそれがし……本来、この屏風に漢詩を添えたかったが、それは思い出とともに皆、それぞれの心の中にあるものよ(きりっ)」
「キリッって……単に時間が無いだけじゃないのか?」
「け、決して違うぞ!! だが、まずは屏風を完成させる事こそ、入り口の『間』を任されたそれがしの使命だ」
「ふぅん……」
「それに漢詩等、インスピレーションが閃いたらでどうにでもなる」
「俺様も、手と時間が余れば、この『金剛り騎士像』の下に、俺様を含むパラ実ニルヴァーナ分校の面々のSDキャラをちまちまと彫るんだけどなぁ……」
「ところで光一郎。さっきから貴殿。やたら彫る掘ると言っているが、まさかその気が?」
「馬鹿野郎! 俺様の恋愛対象は『女』だぜ! 『ほる』といっても薔薇的な意味じゃねーぞ! 多分な」
「何故、完全に否定されないのですか? 光一郎殿……」
光一郎達が話をしていると、何やら奥の方から地響きのような音がする。
「ん? なんだァ?」
「何か、来るぞ」
「どうせ運搬車両か何かだろう? さぁて! 次は鳥人間ギフトの槍を細かく彫るとしますかぁ」
高い場所を彫る時に使うため、足場替わりに四つん這いにさせたメフテルハーネの背中へ飛び乗る光一郎。
「うおおおぉぉぉーー!?」
絶叫と共に、一体のパワードスーツが急接近してくる。
「はっ? おい、誰だよ!! あの下手くそな操縦はッ!!」
と、突進してくるパワードスーツを避けようとする光一郎。あまりのスピードにスキルを使う暇すらない。
「はンッ! 俺様がそんなダサい突進如きでぇ……ハッ!?」
しかし、闇雲に振り回されたパワードスーツの腕が『金剛り騎士像』に当たりかけたため、光一郎は身を呈して自分の作品を守る。
「ガンッ!!!」
パワードスーツの腕に当たり、吹き飛ぶ光一郎。
「光一郎殿!!」
律儀にポーズを決めたままダイヤモンドの騎士が叫ぶ。
「心配ねぇよ! 俺様がこれぐらいで……」
宙を舞う光一郎が、不敵に笑ったその時……。
ブスゥゥ!!
「!!!!!!!!!!!!」
自らの作品『金剛り騎士像』の鳥人間ギフトの槍の先端、しかも『彫りたて』の鋭利な先端に光一郎の尻が突き刺さる。
オットーには一瞬光一郎の中心を槍が貫いた断面図やレントゲン図が見えた気がした。
「こ、光一郎殿ぉぉー!!!!!」
ダイヤモンドの騎士が叫ぶ。光一郎は自分に何が起こったのかまだわかっていない。
「ははっ……慌てるなよ、かつおぶしくん……俺様は死なねぇよ。何でかって? そりゃ俺様が彫り師だから……あれ? オカシイな……体が言う事聞かないぜ? 彫るのは俺様なのに……それに、何だか……ちょっと気持ちイ……」
『金剛り騎士像』の上向きの槍の上で、ガクリッと安らかな笑みを浮かべたまま力尽きる光一郎。
「光一郎殿ぉぉぉぉぉ!!!!!」
冷静に光一郎を見ていたオットーの頭上に雷が落ちる(ように見えた)。
「おおぉぉぉぉ!! キタ! 今、浮かんできたぞ! 漢詩とそれがしが描くべき絵が!!!!」
夢中で屏風に筆を走らせるオットー。
その漢詩には『嵐が来て地に光が走り、苦痛を感じていた人々が、最初は時代に生まれた我が身の不幸を呪ったのだが、やがてそれすらも幸福だと思うようになった』という内容が描かれていた。そして、屏風に書き加えるか否か少し悩んだ後、オットーの屏風には、身近な人間をモデルにしたと思われる人物の安らかな顔の絵が描かれていくのであった。
「うおおおぉぉぉーーッ!! だ、誰か、止めてくれーー!!」
暴走するセルシウスのパワードスーツ。
後方から同型のパワードスーツにて猛追するルカルカと淵だが、中々追いつかない。
「セルシー! ペダルから足を離せば止まるって!! ……っもう! どうやったらパワードスーツの性能限界まで暴走させられるのよ」
「それよりルカルカ殿……さっき誰か吹き飛ばされなかったか?」
やがて、セルシウスの暴走するパワードスーツは、鮪とたねもみじいさんが作る種モミの塔付近でも暴れる。
「ヒャッハァー!? 何だ何だ!?」
「オグァァァーッ!!」
「うおおッ!! わしの種モミの塔がぁぁッ!?」
「じいさん! 避けろぉぉ!!」
「ぬわぁぁぁぁーッ!!」
暴れるパワードスーツに、鮪の指示で手伝っていたモヒカンゴブリンが吹き飛ばされたり、たねもみじいさんが苗床化したりと、メチャメチャになっていく。