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リアクション
「おお! 随分工事が進んでるなぁ。これが俺達の家になるのかー!!」
ニルヴァーナに建築中の家の現場を訪れたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、思わず声をあげる。
「ワタシ、今からワクワクドキドキしてるネ!」
アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)もアキラに同意する。
建築現場ではセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が、セルシウスや作業員たちにサンドイッチやおにぎりなどの軽食や飲み物の差し入れを行っている。尚、アキラ達は足しげくこの現場に通っているので、すっかり作業員達やセルシウスとも顔なじみだ。
「はい、セルシウスさん。飲み物をどうぞ?」
「セレスティア殿。いつも済まないな」
「構いませんよ。だって私達のかなり無茶な注文を引き受けて貰ったんですもの。大変でしょう?」
セレスティアにアキラがポツリと付け足す。
「無茶な注文、というか、なんかすげー我がまま言ったような気がする」
「フッ、無茶な注文でも、なんとかするのが設計士だ」
「本当に、これ、10万Gでいいのか? 何なら30万G払うぜ?」
「代金は10万で構わぬ」
「ワタシ達のマイホーム、楽しみですネ!」
アリスが言い、アキラが「ああ」と言う。
「ニルヴァーナに来るたび、毎回ホテルや宿舎ってのも困ってたしね」
「それに、こうして家を見る合間に、まだまだ物流が乏しいニルヴァーナにどんなお店があるのか、探索しチェックを行うのも、私楽しみにしてるんです」
「新しい土地に新しい家が出来れば、新しい生活が始まるのだ。楽しくない訳がなかろう?」
そこにルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)がやって来る。
「お、ルーシェ。やっと戻ったか?」
「うむ。役所が混んでおってな。居住の申請書を出すのに、随分待たされたわ。それと、セレスティアから頼まれていた買い出しも」
ルシェイメアがコンビニ袋をアキラに見せる。足りないものなどがあった場合の買出し担当も彼女なのだ。
「コンビニ? ニルヴァーナにはコンビニがあるのか?」
「グランマートの事だろう。あそこは便利で良いぞ」
「セルシウスも知ってるのか?」
「無論だ。私が設計したのだからな」
アキラは「へぇー」と感心するが、「アスコルド皇帝の間を作らなにゃーならんのに、こんな事やってて大丈夫なのか?」とか思ったりもする。
「で、宮殿の涅槃の間は、大丈夫なのか?」
「……貴公。それを聞くか。今まで忘れていたのに」
「いや、忘れたら駄目だろう……でもさ、こうして家を設計するのも、セルシウスにとって気分転換にもなるかもしれないし、なんかいい発想が浮かぶきっかけにもなるかもしれないよな?」
「そうだな……私もそう信じている」
「あのー?」
アリスがセルシウスに話しかける。
「セルシウス大変そうダカラ。ワタシやアキラ達に、何かお手伝いすることあれば、どんどん言って欲しいネ!」
セルシウスが小柄なアリスやアキラ達を見つめ、
「いや。建築中の家は、設計士と作業員の聖域なのだ。申し出は有難いが、こうして差し入れを持ってきてくれるだけで十分だ」
「そうだぜ、アリス? 前にピヨを連れてきたけど、アレは庭のサイズを測るためだけだし。全部セルシウスさん達に任せようぜ?」
アキラが言ったピヨとは、彼のペットで巨大ヒヨコ。ジャイアントピヨの事だ。アキラが注文した家は、彼のでかいピヨやペットたちも一緒に暮らせるような広い家であり、そのために一度ピヨを連れて来たことがあったのだ。
「わかったネ! お任せするヨ、セルシウス!!」
「うむ」
「それで、いつくらいまでに完成しそうなの?」
「最低、あと二週間は貰いたいな」
「……意外と、長いね」
「時間がかかるのは仕方あるまい。貴公も自分の注文が無茶だったと言っていただろう?」
アキラが出した要望は、『家の外見はユグドラシルやイルミンスールのように樹の中に家があるような感じ』である。
「世界樹のミニチュアバージョンみたいな家等、私自身初の試みだしな」
「でっかいキノコやでっかいかぼちゃとかでもOKって言ったけど?」
「……質感に合う素材や技法が思いつかんし、温かみを感じない石造りの家は嫌なのだろう」
「うん」
「なら、多少は時間がかかるのは覚悟してくれ」
セルシウスは建築中のアキラの家を見上げる。
尚、アキラ達はこの他にも矢継ぎ早にセルシウスへ要望を出している。
例えば、『バストイレ付き。お風呂大きい目でトイレは複数希望』『台所とリビングも広めで階数は最低でも2階以上』『各個人部屋も希望。全部で5人、あと客室も欲しい』に始まり、『うちのでっかいピヨやペットたち専用の寝床も希望』『日当たりが良くて風通りのいいところがいい』と続き、
「落ち着いて本が読める書室が欲しいのう」(ルシェイメア談)
「ガーデニングや家庭菜園が出来たらいいですね」(セレスティア談)
「ポカポカ日の当たるあったかいテラスでお昼寝してみたいワ」(アリス談)
と、これまでセルシウスが聞いてきた要望の中で最多を誇っている。
そんな事を察してか、 ルシェイメアがアキラに言う。
「あまり設計士を急かすでない、アキラ。第一、わしらもまだシャンバラにて作業がのこっておるじゃろう?」
「作業? シャンバラで? 何かあったっけ?」
思い出そうとするアキラに、セレスティアが言う。
「引越し準備のことですよ」
「……おお!」
ポンッと手を打つアキラ。
「そうじゃ。シャンバラから完全に引っ越すわけではなくからのう。この家に持っていくモノを皆で選別しようと言ったのを忘れたか?」
アキラ達は、ニルヴァーナのこの家へ完全に引っ越すわけではなく、あくまで活動の拠点にするだけなので、シャンバラの家から家財道具やら一切合財を持っていってしまうと、シャンバラで活動する時に困るのだ。それ故、一同はモノの選別作業で結構悩んでいた。
「そうだなー。俺も必要なモノを発掘しないと〜」
「発掘? 貴公、土の下にでも住んでいるのか?」
セレスティアがセルシウスに耳打ちする。
「アキラさんの部屋はカオスなんです」
「……なるほど。混沌か」
セルシウスは、アキラのペットたちが遊べるような広い庭に、立てられている大きく、頑丈そうな柵を見つめる。家の周りを囲む柵は、ペットが逃走しないようにアキラが希望したものであった。
「さて。私はこの辺りで失礼しよう。次の家も観に行かねばならぬのでな。貴公らもシャンバラで引越し作業があるのだろう?」
「そうだな……そろそろ戻るか、みんな?」
アキラの呼びかけに、頷く一同。
去ろうとしたセルシウスに、セレスティアが呼びかける。
「あの、私達の家が完成したら、その夜、身内で完成記念パーティを行おうって思うんです。私も料理を作りますから、セルシウスさんも是非来て下さい!」
「ああ。時間が合えば寄せて貰おう」
「きっとだぜー? ウチの目印はピヨだからな? 覚えておいてくれよなー」
アキラの声にセルシウスは頷いて去っていく。
「こだわりの一軒家を新しい町に持ちたいもんね。10万ゴルダは安い買い物だったかな」
ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の発言に、セルシウスは驚く。ネージュの外見はどう見ても10歳を超えていないからだ。
「安い……安いだと?」
「え? だって10万Gでしょ?」
外資系IT企業『フロゥテクノロジー』の令嬢であるネージュが、「そんなに驚くことかな?」と首を傾げる。
「30万ゴルダのお小遣いがあるから、10万ゴルダは余裕で出せるよ」
「……むぅ。ニルヴァーナ様式の設備器具をふんだんに使ったものにして欲しいという要望を聞いた時から思っていたが、シャンバラの者は外見と資産が一致しにくいな」
ネージュがセルシウスに依頼したものは店舗兼住宅の3階建てであった。その内外装には、ニルヴァーナらしい伝統的なデザインが施されているし、特に、設備器具はニルヴァーナの伝統的様式らしいデザインを持つアンティークものが多数を占めている。
1階部分は、ネージュがヴァイシャリーで開いているカレー屋(というよりスパイス・ハーブ料理の喫茶店)の店舗が入り、2階と3階には、ネージュと、ネージュの13人近いパートナー達が滞在できる部屋を備えている。既にその外見は、家というよりは、アパートに近い豪邸だ。
現在、セルシウスとネージュが見守る前では、業者による荷物の搬入作業が行なわれ、ある程度指示を出したネージュは邪魔にならないよう、セルシウスと共に作業を見ていた。
「店舗部分は粗方終わりましたんで、入って貰っていいですよ」
搬入業者に薦められ、二人は1階の店舗へと向かう。
× × ×
真新しいカウンターメインの店舗を見て回るセルシウス。
「ところで、貴公の店、名はあるのか?」
「まだ予定だけど、店舗名は【煤沙里〜涅槃の離れ〜『阿頼屋敷』】にしようかなって思ってるよ」
「随分、難解な名前だな」
「長いなら、阿頼屋敷でいいけど」
焙煎嘩哩『焙沙里』も経営するネージュは隈なく店を見つつ、そう答える。
彼女の店舗には、高火力のタンドール釜やオーブンを備えた厨房があり、スパイス・ハーブ料理を扱う店らしくスパイス調合室までも店舗内に構えている。
「今にもスパイシーな香りがしてきそうだな」
「材料の搬入は明日だから、良かったら嗅ぎに来る?」
ネージュは、トイレの扉を開ける。
「バッチリだね! 最低限でも水洗式、独立して男の子用アリって言ったの、ちゃんと覚えててくれたんだ?」
「貴公がこだわる、と言ってたからな」
ネージュは特に体質上過ごす時間が多いと思うトイレには、店舗・居住部問わずにこだわりを持っていた。
「だが、何故トイレにこだわるのだ?」
「秘密よ。女の子には秘密が多いの」
「もう一つ聞きたいのだが……ここはこういった店舗だが、2階以上の部分に、何故『幼稚園とか保育園とか託児所っぽいイメージの住居』を希望したのだ?」
「あたしのパートナーにお子様が多いのよ」
自らも童顔なネージュだが、そのパートナー達も負けず劣らずお子様が多い。
「それに、保母さんみたいなパートナーもいるし、家のイメージはその子の希望だったかしらね?」
トイレをチェックし終えたネージュは扉を閉めてセルシウスに笑う。
「うん! あたしの創世学園滞在のための拠点は完璧ね! 要望を書きだした時は、相当カオスだなぁって思ったけど。セルシウスさん、頑張ったね!」
「そう言って貰えると、悩んだ甲斐がある」
搬入業者の声が上から響く。
「二階も終わりましたんで見てもらっていいですよー」
「だってさ? 行こうよ?」
「うむ。……だが、別の家を見学に行く約束をしていたのでな」
「残念。じゃ、今度お店に遊びに来てよね? その時、見たらいいわ。お子様だらけだから絡まれるかもしれないけど」
ネージュは2階へと続く階段を上がっていく。
「……ネージュ殿のカレーか……絶対辛そうには思えぬが……」