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リアクション
円の店、『和洋菓子ペンギン亭「ぺんぺん」』の店内の3番テーブルには、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と玉藻 前(たまもの・まえ)と封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が座っていた。
「ゴグゴクゴクッ……ふー……」
ダンッとお冷の入ったコップをテーブルに置く月夜。いつも冷静な月夜なのに、今日はその瞳が少し釣り上がり、声をかけにくい不機嫌なオーラを放っている。
「あ……あぁ、そんなお水を冷酒のように飲むなんて……」
おろおろした様子で月夜を見やる白花。
「狼狽えるな、封印の巫女」
白花とは違い、不機嫌な月夜をどこか楽しむ目で見ていた玉藻が言う。
「で、ですが……あの月夜さんが怒って、刀真さんと別行動を取っています……こんな事初めてです、どうすれば良いんでしょう?」
月夜に聞こえぬよう、小声で玉藻に相談する白花。
「まあ、拗ねてるだけだ、放っておけば勝手に元に戻るだろう……それに、甘いものを与えれば女子は機嫌が直ると、どこかで読んだこともあったしな」
「そ、そうでしょうか……?」
「しかし、我も迂闊であった、月夜が胸の大きさに劣等感を持っていたところに、刀真の好みを聞いてしまったのだからな」
「あぁ……そうでしたね。月夜さんの前で胸の大きさの話題は……」
「心配してくれてありがとう。でも、バッチリ聞こえてるんだけど? 玉ちゃん、白花?」
月夜がジトーとした視線を二人に送る。
「ふむ。聞こえていたなら話が早い。そう怒るものではないと、我らは月夜に言いたいだけだ」
「……別に、怒ってないわよ」
相変わらずのふくれっ面で月夜が呟く。
「ただ、今日は刀真なんかと居ないで、三人で円達のお店で私達の家の設計を考えたいだけなんだからねッ!」
「そ、そうですね……」
「胸が大きい方が良い刀真なんかのことなんて……ばかっ! もう知らない! 勝手に挟まれて窒息死しなさいッ……って感じよ」
「……やっぱり怒ってます?」
「気にするな、封印の巫女。我らは月夜が変な事をしでかさないよう傍で気をつけていれば良いだけのことだ」
「……じゃ、じゃあ月夜さん? 家の事を考えながら、一緒にお菓子を楽しみましょう?」
「もちろんよ」
「お待たせいたしあしたー!!」
月夜達のテーブルへとトレイを持った円がやって来る。
「ボクのお店、ぺんぺんへようこそ! 月夜ちゃん」
円が月夜達に挨拶して、注文された品をテーブルへ置いていく。
月夜には、ショートケーキと珈琲のブラック。玉藻には紅茶。白花にはチーズケーキと紅茶。そして……。
「これはボクからのサービス。これが、うちのお勧め商品だよ。食べてみてよ?」
と、ペンギンケーキを三人の前に置く。
「うわぁ! 本当にペンギンみたい! 作るの大変だったんじゃない?」
「エッヘン! ボクに不可能は無いよ」
近くのテーブルで珈琲のラテ・アートを客へ披露していたオリヴィアが一瞬だけ振り返るが、また手先に視線を戻す。
「それにしても、いいお店よね。ここ、セルシウスって人が設計を?」
「うん。セルシウスくんにみんなで要望をぶちまけたんだよ。……流石に、ペンギンと一緒に泳ぎながらケーキを食べるお店は実現しなかったけどね」
「……桐生。その要望、どこまで本気だったのだ?」
玉藻が紅茶を飲みながら円へ疑惑の目を向ける。最初は緑茶にしようかと迷った玉藻だったが、このようなケーキが出てくるならば紅茶で正解だったかもしれない。
「ひょっとして月夜ちゃん達もセルシウスくんに設計を?」
「そうなんだけどね。あの人、今は宮殿の方で手一杯だそうで、私達はまだ間取りの打ち合わせの順番待ちしてる状況なのよ」
ペンギンケーキをほうばりながら、月夜が溜息をつく。
「忙しそうだもんねー……それで、どんな家を作るの?」
「家はね、私達3人と、あの大きな胸が大好きな刀真サマが住むんだけど。とりあえず、それぞれの要望を叶えた部屋を全部備える建物って感じかな」
今の発言の一部を聞き、自分のチーズケーキを蒼い鳥と白虎にも食べさせてあげていた白花がビクリッと月夜を見るが、円はあまり気にしないようで話を次に進める。
「ふぅん。じゃ、月夜ちゃんのお部屋はどんなの?」
「私は、8畳間のフローリングの部屋と、パソコンや専用の道具を揃えた、銃型HCなどの機械類の調整と銃やダッシュローラーなんかの装備の整備が出来る専用の部屋、あとは……本が沢山しまえる書斎が欲しいかな」
「書斎は、月夜にこそ相応しいな」
玉藻が同意する。本好きな月夜は、今も買いすぎた本を仕舞う為に刀真に倉庫を借りて貰っている状況なのだ。
「あ、そうだ! 私、玉ちゃんや白花がどんな部屋を欲しいのか聞いてなかった。ねぇ? 二人はどんな部屋にするの?」
「私は……」
白花が傍の白虎や蒼い鳥を見て、
「私は白虎や蒼い鳥たちと過ごせる広いお部屋が欲しいです」
「広い部屋? それだけ?」
「ええ、そんなに持ち物も無いですし……あと、刀真さんと一緒に食事の支度をするので、お台所と食卓が大きくてしっかりしていると嬉しいですね」
「キッチンはしっかりしているといいわよね。あの、胸の大きな刀真大王サマのことですもん。きっとキッチンも『大きい方が(料理の)やり甲斐がある』とか言いそうだしね!」
素早く白花が玉藻にアイ・コンタクトを送る。
「(……あの、玉藻さん? 私、月夜さんの琴線に触れる事言いましたか?)」
「(気にするな、封印の巫女。家の事を考えてるうちに、月夜が刀真を思い出しただけであろう)」
「じゃ、次。玉ちゃんは?」
ブラック珈琲を飲みながら、月夜が玉藻を指名する。
「我は12畳程の和室があれば良いよ……そこに香を焚き、敷物を敷いた床でゆったりと過ごそうかと思っている」
「お香ね……うん、玉ちゃんらしいよ」
妖艶に微笑む玉藻。
「ところで、寝室だが……?」
「え?」
「刀真が誰かと夜を共に過ごしたいのなら、それぞれの部屋へ行けば良いが……我ら3人が同時に刀真と夜を共に過ごせるよう、刀真の部屋に大きいベッドを用意しても良いかもしれんな」
「「「ピキィィィッ!!」」」
「今、空間に亀裂の入る感じがしたよ……」
「うわぁ、凄い家が出来そう」と話を聞いていた円が辺りを見回す。
「玉ちゃん! またそんな事言って!! 刀真と一緒に居たいなら好きにすれば良いじゃん!」
「ほう。良いのか?」
「ええ! そりゃあ大きな胸へのご寵愛がパネェ刀真神サマですもの! 玉ちゃんならきっとご満足あそばせられるんじゃなくて!!」
「つ、月夜さん。敬語が滅茶苦茶……」
いつの間にか『神』になった刀真への呼び方ではなく、敬語の方を正すところが白花らしい。
「わ、私は関係無い……もん……」
ヒートアップしていた月夜がしゅんとして、コーヒーカップをスプーンで混ぜ出す。尚、月夜のオーダーはブラックである。
「……むっ、からかいすぎたか」
流石の玉藻も少し表情を強張らせる。
「もう、玉藻さん! 月夜さんを苛めちゃ駄目ですよ! 月夜さんが萎れてしまったじゃないですか」
白花は玉藻をたしなめると、白虎や蒼い鳥にあげて無くなってしまったチーズケーキの代わりに、円からサービスで貰ったペンギンケーキをフォークで切る。
「ほら、月夜さん、このペンギンケーキも美味しいですよ? あーんして下さい」
「うぅ、白花?……あーん……モグッ……」
白花が一口大に切ったペンギンケーキを月夜さんに差し出して食べさせる。
「あ! 本当に、美味しい!! これ、ブルーベリーね?」
「そうだよ」
円が頷く。尚、この様子を遠目から眺めていた歩も少し胸を撫で下ろしていた。
「月夜ちゃん。ペンギンは一夫一婦制なんだ。あんな寒い場所でも二匹で協力して卵を温めたりするんだよ」
「え?」
「例えばライオンなんかは一頭の強いオスが数頭のメスを連れるハーレムを作るんだけど、ペンギンは相手が死んだりしないかぎり、ずっと同じペアなんだって。けど、そんなペンギンもコロニーと呼ばれる群れは作るんだ。けど、それは外敵から自分たちや雛を守るためだけなんだ」
「……そうなんだ」
イソイソと働く円のDSペンギン達を見つめる月夜。
「巣に戻ってきたオスだって、自分のパートナーのメスとの再会を第一に考えるそうだよ」
「……」
「ボクが見た感じ、刀真もそんな人に見えるなぁ」
月夜はペンギンケーキに視線を落とす。
「そうですよ、月夜さん」
白花が月夜に微笑みかける。
「きっと今頃刀真さんも月夜さんを探していると思いますよ?」
「……」
その時、入り口のドアが開き「カランカランッ!」と音が鳴る。
「あ、いらっしゃーせー!」
月夜がハッとした顔で入り口の方を振り向く。
店の入り口には、樹月 刀真(きづき・とうま)がいた。
「とう……」
呼びかけようとした月夜だが、すぐに表情が凍る。
刀真の傍には、大きな胸を強調したメイド服姿の小夜子と、テティスの姿があったためである。
「お〜刀真、やっと月夜の機嫌を取りに来たか? まあこっちへ来い」
と、玉藻が呼ぼうとするが。テティスの姿に疑問を持つ。
「刀真……その女誰だ?」
一瞬で冷えた後、またも不機嫌のボルテージが上昇してくる月夜に、白花が再びオロオロと蝋梅し始める。
× × ×
話は少し遡る。
月夜が拗ねて何処かへ行ってしまい、その後を玉藻と白花が追いかけて行ったため、街に一人取り残された刀真は、「……とりあえずアレだ、お詫びに月夜に贈り物をしよう」と考え、色々と商店を見て回っていた。
だが、本とか花とか洋服とか……月夜の好きそうなのを思い浮かべたけど、何が良いのか刀真には分からず、途方に暮れていた。
「プレゼントだから、月夜の特徴を言って、お店の人に聞いてみれば良いか……」
ブツブツと呟きながら歩く刀真の前に、見覚えのある人物が通りかかる。
「あっ、テティス丁度良い所に!!」
街を歩いていたテティスが振り向く。
「刀真さんじゃない、ここで何しているの?」
「同じロイヤルガードのよしみで俺を助けてくれ!」
「……え? どういう事?」
「いや……俺には女性が喜ぶプレゼントとか良く分からないから……そうだ! テティスが彼方から贈られたら嬉しい物とか教えてくれ!」
「……まず事情を話してよ」
刀真は、月夜と喧嘩した経緯を、胸の事は上手くボカしてテティスに説明する。
「ふぅん……月夜さんが弁解を受け入れてくれない程拗ねてしまってどこかへ行っちゃったから、とりあえずプレゼント買って行こう。それで、何を買っていいかわからないから、私に教えて……と、そんな感じね?」
「うん」
「私だったら、そういう時、何を貰っても嬉しいかな?」
「え? 何でもいいってこと?」
「だって、モノで機嫌を取るより、まずは謝ることじゃないかしら? そこに加えて渡されたモノなら意外と何でもいいわよ」
「そ、そうなのか?」
テティスは頷き、自分の胸を押さえる。
「大切なのは気持ちよ。気持ち」
「……」
「ま、彼方なら、よくわかんないライトノベルとかくれそうだけどね。月夜さんも本が好きなんでしょ? じゃあ本でいいんじゃないかしら?」
「そうだな……」
テティスのアドバイスを貰った刀真は、書店で月夜が読みたいと言っていた本と、白いワンピースを買った。そして、テティスにも「お礼に奢るよ」と言い、一緒に円の店に向かったのだ。テティスを誘った理由としては、「月夜もテティスに会うのは久しぶりだし喜ぶだろう」という考えもあったのだ。
円の店の前に着いた時、丁度、ある程度客寄せを終えて、お店の中の様子が気になっていた小夜子に「テーブルまで案内しますよ?」と言われ、『両手に花』状態になったのであった。
「(気持ち……俺の反省の気持ちがあれば大丈夫なんだよな。うん!)」
刀真は大きく息を吐き、決戦の地へと向かったはずである。
…………なのに。
ゴゴゴゴゴッ……と、不機嫌さMAX状態の月夜が刀真を見つめている。
「や、やぁ。月夜」
「……なぁにぃぃ?」
店内に不穏な空気が流れる中、小夜子はキッチンの歩のところへ行っていた。
「調子はどうー?」
「あ、小夜子ちゃん。あたしの方は順調だよ……あたしの方はね……」
横目で刀真達の方を見ながら歩が小夜子に言う。
「わ! 思ったより凄いものが出来てますね!」
小夜子が求肥で作られたペンギン状の和菓子を見つめる。
「うん……思ったより、凄い展開だね」
歩の視線は、修羅場寸前の空気を放つ一角から離れない。
「求肥は美味しいよねー、歩さんや円さんも頑張ってるし、私ももっと頑張って客寄せしなきゃ!」
小夜子は、休憩用に歩が用意していた和菓子を少し食べて至福の表情を見せる。
「うーん! 美味しいー!!」
「うーん……刀真くんて、いつも少し惜しいんだよねー」
歩はそう呟くと、また調理の手を動かし始める。
「月夜さん、久しぶりね!」
「本当だね、テティス。今日はどうしてニルヴァーナに? ……あ、座って座って?」
月夜はテティスと楽しそうに会話をし始める。傍に立つ刀真を居ない者として……。
「あ、あの、刀真さんの席を……」
白花が言い、予備の椅子を玉藻が持ってくる。
「へぇ。ここ、ペンギンケーキなんてあるのね」
「うん! とっても美味しいよ。テティスも食べてみてよ。ほら、あーん……」
テティスにケーキを差し出す月夜。
「月夜……俺も座っていい……?」
月夜の鋭い眼光が刀真を射抜く。
「座れば?」
「…………いや、やっぱりいい」
刀真は玉藻が取ってくれた椅子を、元のテーブルへ戻し、踵を返す。
「刀真? どこへ?」
「ああ、俺が会計を済ませてくるよ。みんなはゆっくりしておいてくれ」
刀真はレジで月夜達とテティスの分のお茶代を円に支払う。
「あじゃじゃしたー! んで、刀真の部屋はどんなのなの?」
「俺の部屋は8畳間の洋室……」
「内装とかは?」
「……今、それどころじゃなくてな。円……どこか一人で大人しく待てる場所はないか?」
刀真の問いかけに、円は静かに店の奥を指さす。
× × ×
DSペンギンと魚が泳ぐ巨大な水槽の前に腰を下ろす刀真。
「ペンギンか……なぁ、ペンギンよ、俺は何を間違ったんだろう?」
刀真の問いかけに応えるように、水槽から一匹のDSペンギンが出てくる。
「ん?」
そのDSペンギンは刀真の足をポンと叩いて、口からイワシを吐きだす。
しゃがんだ刀真の膝の上でビチビチと元気に跳ねるイワシ。
「俺にくれるのか? お前……良い奴だな〜」
DSペンギンと語り合う刀真。話題は、女に始まり、人生の逆境、失敗から学ぶこと、餌の上手な捕り方……と、二人は濃密な時間を過ごしたようだった。
「あぁ、そうだ。テティスにももう一つお礼しないとな」
円に呼ばれて再び労働へと戻ったDSペンギンを見送った刀真は、携帯を取り出し、彼方に電話をする。
「もしもし、刀真だが……」
「樹月か? どうしたんだ?」
「いや、少し話をしたくてな。彼方、テティスに最近プレゼントをしたか?」
「は? 何で?」
「いや、今日テティスと出会って、彼女が欲しそうなモノがわかったんだ。お節介かもしれないが、それを教えておこうと思って」
刀真は、一緒に月夜へのプレゼントを探していた時、テティスが目をとめていた『髪留め』の事を彼方に教えてやる。
「ふぅん……でも、まだテティスの誕生日でも何でもないぜ?」
「じゃあ、送る機会があればでいいさ。いいな? ライトノベルでもいいが、それも同時に贈ってあげるんだ」
「だから、何で強制的なんだよ!」
「もし贈らなかったら……彼方の恥ずかしい過去を皆にばらすぞ!」
「はッ!? おい……待てッ!!」
彼方の慌てる声を聞きながら、刀真は携帯電話を切る。本当は刀真は、彼方の恥ずかしい過去なんて知らないから、あまり多くを語って嘘だとバレてしまうのを避けたのだ。
「刀真さん? 私達、帰りますよー?」
白花の声に刀真が腰を上げる。
「すっかりご馳走になったわね。ありがとう、刀真さん」
店の前まで出た時、テティスがお礼を言う。
「ああ、こっちこそありがとう」
テティスと別れた刀真達は、街を歩き始める。
二人を気遣った玉藻と白花がわざと早足で歩き、自然と刀真は月夜と肩を並べて歩くことになった。
暫しは無言で歩いていた二人だったが……。
「……刀真?」
「何だ? 月夜?」
「その……私、少し大人げなく怒っちゃって……ごめんなさい」
「……謝るのは俺の方だ。いや、確かに、どちらかと言うと胸が大きい方が好きって言ったけど、別に、玉藻や白花に比べて月夜が好きじゃない、という訳じゃないから」
「……」
「……比べるなんて、失礼だったと思ってる」
「テティスに聞いたわ。このプレゼント、刀真が選んでくれたんだって」
大事そうに両手でプレゼントを抱える月夜。
「喜んでくれるか?」
「当たり前でしょ!? だって刀真からのプレゼントなんだよ! 嬉しいに決まってるじゃない!!」
発言した後、ハッと口元を押さえて赤面する月夜。
「……良かった」
刀真の顔に安堵の色が浮かぶ。
「……本当に良かった」
独り言のように繰り返す刀真に、月夜は溜息と同時に「ばか……」と呟くも、その表情には笑みが浮かぶのを止められないのであった。