|
|
リアクション
街中を歩くセルシウスが一つの建物に目をとめる。
「む? あれは、確か……コンビニ!! そうか、もうオープンしたのだな」
そのコンビニは、『グランマート 宮殿都市アディティラーヤ店』であった。
グランマートとはそもそも日本のコンビニチェーンであり、エリュシオン領キマクとシャンバラの荒野の国境地帯にも『クランマート シャンバラ国境店』があるのだが、これは、その新店舗である。尚、設計はセルシウスが行ったのだが、随分前に請け負った仕事なので彼はすっかり忘れていた。
「……少し寄ってみるか」
セルシウスは足をグランマートの方へ向ける。
× × ×
「何だ!? この店は!?」
自動ドアをくぐったセルシウスは店内を一望するなり、衝撃を受ける。
そのコンビニは一見普通に見える。他所と違う点と言えば、内装をシンプル且つ明るい色でまとめており、各棚の間の通路も十分なスペースを持たせていることくらいだ。
だが、セルシウスが驚いた理由は2つあった。まず、普通のコンビニと違い、店内の半分を飲食スペースに費やしていること。しかも、フライや焼きたてパンの香ばしい匂いがしてくる。
「馬鹿な……コンビニというのは、せいぜい、レンジで温めるだけだったはず……」
2つ目は、店内で働くコンビニ店員達の服が、超ミニスカの制服であったこと。
「あのデザインは何だ!? あのスカートの丈は……!!」
衝撃を受けるセルシウスに気づいた店員が一人、彼の元へやって来る。
「セルシウスさん! こんにちはー!!」
「む……貴公は、美羽殿か!!」
セルシウスに声をかけたのは、超ミニスカの制服を着た小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)であった。
「そうよ。セルシウスさんに設計して貰った私のコンビニが、やっとオープンしたのよ」
「設計? ……そうか、この店舗は私の設計だったのか」
「忘れたの?」
「いや、こんな店舗を作った記憶がないのだ」
「あー……基本的な設計だけお願いして、後は美羽達が色々改装したからかな?」
「ふむ……いや、こんなコンビニがあるとはな……是非、店長に話を聞きたいものだが」
「え? いいよ。何でも聞いて」
「いや、貴公ではなく……ハッ!!」
セルシウスは思い出す。随分前に、美羽が「コンビニ作って欲しいんだけど?」と彼に設計を依頼してきたことを……。
それを察した美羽がセルシウスにニッコリと笑う。
「そうだよ。私がこのニルヴァーナ1号店。『グランマート 宮殿都市アディティラーヤ店』の店長よ」
「貴公が……店長だと?」
「コンビニには、こういう形式のお店もあるんだよ」
「何だか煩いお客さんがいるみたいって思ったらセルシウスなのね……」
飲食スペースのレジ係をしていたテティスが、テーブルまで料理を運んで戻ってきた香菜に小声で呟く。
「あの人と会うの何度目かしら……」
セルシウスを見た香菜が溜息をつく。
「どうしたの?」
「やっぱり私には、この制服、似合わない気が……」
香菜は短いスカートの裾をちょいと摘む。
「そんな事無いわよ、香菜さん。……視線がちょっと気になるけど」
もし彼方に見られたら何と言われるか……と、テティスは溜息をつく。
「あなたも美羽先輩に捕まったの?」
香菜がレジの傍の壁にもたれてテティスを見る。
「そうよ。美羽が店員が足りないって言って、簡単なバイトしてみない? ってね。香菜も?」
街を見学していた時に、テティスは美羽にキャッチされていたのだ。
「うん。蒼空学園の生徒会副会長もしてる美羽先輩からの誘いだから、断れなくて……」
「私も、ロイヤルガードの同僚だからね」
苦笑する香菜とテティス。美羽、香菜、テティスは3人とも蒼空学園の生徒で、美羽とテティスはロイヤルガードの同僚でもあったのだ。
「テティスさん。お客様のレジ、お願いしますね?」
店員として働くコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が2名のお客を連れてやってくる。
「いらっしゃいませー! ご注文をお伺い致します」
仕事モードに切り替えたテティスが微笑む。
「ふむ……パンを貰おうか?」
職業軍人と思わしき中年の男が渋い声で言う。
「ありがとうございます。パンですと、当店自慢のこちらの焼きたてパンやがオススメですよ」
男はテティスが差し出したメニュー表を無言で指差し、代金を払う。
「では、こちらの札を持ってお席でお待ち下さい。出来上がりましたら、すぐ及び致しますので……」
「……惜しいな」
「はい?」
男は床を見回し、
「何故、そんなミニスカなのに、床が鏡面仕上げではないのだ!」
「……」
静かに香菜が近くにあったモップに手をのばす。無性に『掃除』がしたいと思った。
「どうかしました?」
テーブルを拭くため一旦戻ってきたコハクが間に割って入る。
「少年? キミもそう思わぬか?」
「何をですか?」
「何故このミニスカの性能を生かせぬ店員がいるのかという事だ」
「……え?」
「ミニスカとは、如何にそれを見せたかで価値が決まるものだ。それなのに、アピールを放棄している。店員としては無能の証明だよ」
「……それは、ココがそういうお店じゃないからだと思いますけど?」
「何ッ!? 不覚!!」
コハクの前で全力で悔しがる中年。
「このノーリス!! 死に場所を見つけたと思ったのに、ここがそうではなかったとは!」
「あの? 店内で死なないで頂けますか?」
「どうしてミニスカ見て死にたいのよ……」
香菜が頭を抱える。
「心外ですな……自分とて木の股から生まれた訳ではないですぞ?」
「……とりあえず。席に移動しましょうか? 案内しますよ?」
コハクは、ノーリスと名乗る男を、鳥人形態のバードマンアヴァターラ・ランスとバードマンアヴァターラ・ウィングにも手伝って貰って、空いてるテーブルまで連行していく。
その間、美羽はセルシウスに店内を案内してやっていた。
「今回は新しい試みとして、半分コンビニ、半分ファーストフードショップというような店舗にしたの」
美羽は店長として、この店舗にはいくつか実験的な事をしたのだとセルシウスに語る。例えば、買ったものや、注文を受けてから作る『出来たての飲食物』をその場で食べられる飲食スペース(店内に椅子とテーブル)の設置や、お客さんが気軽に使える入口近くのトイレ。
「それでいて、もちろん24時間営業! 絶対便利でしょ?」
「だが、経営が成り立つのか?」
「飲食スペースを作ることで、なるたけ廃棄する食品が少なくなるって思ってるの。ほら、買ったモノをその場で食べたい時ってあるでしょ?」
「なるほど。スペース自体に利益は無いが、それによりコンビニ部分の商品をより売ってしまうという考えだな?」
「うん。あとは、棚の回転率も上がるから。売れる商品を見極められたり、新しい商品をすぐに並べられるってわけ」
美羽が話す傍では、棚への補充作業に戻っていたコハクが、セルシウスに微笑んで軽く会釈する。
「うむ……この形式。我がエリュシオン帝国の店でも実施してみたいものだ」
セルシウスはコハクに小さく手を挙げると、美羽に聞く。
「では、その飲食スペースとやらを見せてくれ」
「はーい。こっちだよ?」
飲食スペースを訪れたセルシウスは超ミニスカ制服でバイトする香菜とテティスを見つけ「彼女らも忙しいみたいだな」と思うが、それ以上に、良い匂いを漂わせるレジ奥のキッチンの方が気になり、そちらへと向かう。
「よい……っしょっと!」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、小さなオーブンから焼きたてのパンを取り出す。上にくるみやチーズが載せられたパンがこんがりとした色と匂いを放つ。
「これで焼きたてパンは良し……あぁ! 今度はこっちですね!」
ベアトリーチェは、クルリと身を回転させると、ジュワジュワと音を立てる油の中からニルヴァーナ産の魚のフライを取り出す。
「これは、皮付きポテトを添えて……」
手際よく料理をこなすベアトリーチェ。彼女の主戦場たるレジ裏のキッチンは、2畳程のスペースしか無い反面、その全ての調理器具が数歩で届くという、ある意味玄人向けの省スペースキッチンであった。
「ベアトリーチェ。ちょっとお邪魔するね?」
「美羽さん? それに、セルシウスまで? どうしたんですか?」
驚きのあまり少しズレたメガネを直しながらベアトリーチェが尋ねる。
「おぉ……何という狭さか……貴公。こんな場所でよく料理が出来るな?」
「え……でも、慣れれば使い勝手は悪くないですよ? あ、美羽さん。こちらの焼きたてパンと揚げたてフィッシュ・アンド・チップスを運んで貰えます?」
「いいよー!」
ベアトリーチェからお皿を受け取った美羽が表へ出ていく。
「……貴公。料理の腕がいいのだな?」
「そこまでは……」
謙遜するベアトリーチェだが、彼女の料理の腕はかなりのモノだ。恐らくそれは、美羽やコハクへ一人で料理を作り続けてきたからだろう。
「今回私の作る料理は、あくまでファーストフードですから、調理も簡単なものが多いですしね」
そう言いながら鍋に火をかけたベアトリーチェは、カラメルソースを作り始める。
セルシウスはふとキッチンに置かれた『手作りハンバーガー』に目をやる。
「これを食べてみてもよいか?」
「どうぞ! それ、オーダーを間違えて作ったモノなんです。試食してみて下さい」
セルシウスはハンバーガーを一口食べる。
「はいはーい! 焼きたてパンとフィッシュアンドチップスお待ちどう様!」
美羽がテーブルで待つお客のところに料理届けていると、レジ裏のキッチンで閃光が走る。
「ん? 今何か光ったけど……」
テティスが振り向く。
「ははぁーん、セルシウスさんだね、きっと」
「そうなの。美羽?」
「ベアトリーチェの料理食べて衝撃が走ったんだよ、きっと」
美羽の推測は当たっていた。
狭いキッチンで、ロダンの『考える人』のポーズで固まっていたセルシウスが、ようやく立ち上がる。
「ファーストフードにしては、随分レベルが高すぎぬか!?」
未だ調理の腕を休めず苦笑するベアトリーチェ。
「美羽さんが言い出したことなんです」
「む?」
「美羽さんが、この街にコンビニを作れば、きっと便利だよね! って……だから、私も陰ながら協力してるんです」
「貴公が厨房で腕を振るえば可能だろうが……この街……ニルヴァーナの街をか」
「不便な街では、人も集まりませんから」
ベアトリーチェは、絶妙なタイミングで火を止め、出来たカラメルソースを傍らに用意したソフトクリームへかけていく。
「皆、この街のために働くのか……」
「勿論、お店の利益も大切です。でも、一番重要な事って人が一杯いて、楽しい街である事だって、美羽さんやコハクさん、それに私も、そう思うんです」
「……」
「セルシウスさん? どうかしましたか?」
黙りこんで何かを考えるセルシウス。
「ベアトリーチェさん。カラメルソフト出来てます?」
キッチンに香菜が顔を出す。
「あ、はい! お願いします、香菜さん」
香菜にソフトクリームを渡すベアトリーチェ。香菜はベアトリーチェをシゲシゲと見つめて、また溜息を漏らす。
「あー、ベアトリーチェさん、やっぱり似合ってるわよね……」
「え? 何がです?」
「このミニスカ制服よ。美羽先輩は元気一杯だから当然似合うけど、ベアトリーチェさんもスタイル抜群だから、羨ましいなぁーって」
「そ、そそ、そんな事ないですよ」
赤面するベアトリーチェ。確かに香菜の言う通り、超ミニスカからスラリと伸びた彼女の足は綺麗だ。元々彼女は調理担当であまり表へ出ないため、「ベアトリーチェのミニスカ姿を見たらその日は幸運だ」とも言われている。
「わ、私、こういう露出の高い服はあまり着ないんですけど、美羽さんがどうしてもって……」
「似合ってるんだから、いいと思うけど?」
香菜はそう笑って表へ料理を運んでいく。
ベアトリーチェと話をした後、セルシウスは飲食スペースへと戻ってくる。
そこでは、テーブルに座ったたいむちゃん相手にコハクが丁寧に店の仕組み等を説明している。
「あ、セルシウスさん。どう? ベアトリーチェの料理は凄かったでしょ?」
美羽がセルシウスに悪戯っぽい笑顔を見せる。
「ああ……恐れいったよ。貴公達にはな」
セルシウスが苦笑する。
「ふふふ……セルシウスさんを驚かせたいって思ってたけど、バッチリみたいね」
「店の仕組みも驚いたが、美羽殿達の考え方にもだ」
「え?」
「このコンビニ。必ずニルヴァーナで流行るだろうな」
「当たり前だよ! だって、私が店長なんだから!」
美羽が再び料理を運ぶため、ベアトリーチェのいるキッチンへと駆け出す。超ミニスカを左右に揺らしながら。
「そうか……あの制服は、運動性を高めるためのデザインであったか……」
セルシウスは彼なりにそう解釈して、美羽のコンビニを後にするのであった。