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リアクション
13
ヤバい。
『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)は、部屋の隅で体育座りになってのの字を書いているミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)を見てそう思った。
「ジャンク。ジャンク」
「黒い人? 何?」
ちょいちょい、とアンネ・アンネ ジャンク(あんねあんね・じゃんく)を呼び寄せて、ミリオンに聞こえないようにアンノーンは声のトーンを落とし。
「ミリオンがぶっ壊れた」
「見ればわかるけど」
即答だった。そう、傍目からみても即座にわかる、壊れ具合だった。
ミリオンが壊れている理由は単純にして明快だった。
オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)が、ともにクリスマスを過ごしてくれないから。
言ってしまうと情けなくも思えるような内容だけれど、ミリオンにとっては大事なことで、それゆえ絶賛故障中で。
たまに「ははは」と乾いた笑いが漏れ聞こえてくるのが恐ろしい。かと思えば黙りこくって黒いオーラを発してみたり。せわしないので落ち着かない。何より、心配になる。
「よって今からミリオンを励ましたいのだが、なにかいい案はないだろうか?」
問い掛けると、ジャンクが少し考えるように視線を彷徨わせ。
「……行く宛なら一つあるけど」
「行く宛?」
「リンス・レイスっていう人形師のところに行くつもりだったんだ」
ジャンクの口からリンスの名前が出るとは思わなかった。いつの間にか知り合っていたらしい。
「人形師のところか。それなら賛成だ」
あの工房にはいつも誰かしら人がいて、楽しそうな、けれどもどこかしら落ち着ける雰囲気に包まれている。
アンノーンが賛同したので、ジャンクはミリオンに近付いて、「ほら赤い人も立って」と肩を揺さぶる。
ミリオンが立ち直るまではもう少し掛かるだろうから、その間に手土産を用意しよう。
――人形師はいつも身体を壊している気がするからな……何か栄養バランスの良いものを。
と考えてキッチンを漁る。野菜クッキーが作れそうだったので、きびきびと準備して。
「黒い人、準備できた?」
呼ばれたので、「ああ」と返事をする。
ミリオンはどうだ、と言いかけて口を噤む。立ち直れてはいなかった。襟首を掴まれて、ずるずると引きずられている。
「……それ、大変じゃないか?」
「うん。だから黒い人、交代制ね。っていうか赤い人立ってよ」
言われても、ミリオンは黙したままだった。
「今日はアンタに言いたいことがあって来たんだ」
工房に着くなり、ジャンクはリンスにそう告げた。
「俺も聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
お先にどうぞと促すと、アンノーンが引きずっているミリオンをちらりと見、
「あれは一体?」
と問うてきた。
問う間に、ミリオンはアンノーンから離れて工房の隅へ行き、家でしていたようにこちらに背を向け座り込む。恐らくはまた、のの字を書いているのだろう。
「振られたんだよ」
「クインレイナーに?」
「そう」
「すまんな。一人暗い雰囲気の奴を連れて来てしまって」
視線がミリオンに向いていることに気付いて、アンノーンが小さく頭を下げる。
「ここまで落ち込んでいると、少し心配でな」
「落ち込んでるっていうか、赤い人は」
「ああ。オルフェが自分を必要としてくれないのが、寂しいんだと思う」
「…………」
その気持ちは、わからないでもないから。
何も、言わなかった。
「吹っ切れるまで、自分が相手をしている。迷惑はかけんが……すまんな」
謝り、アンノーンがミリオンの傍へと歩いていった。後ろ姿を見守ってから、手近な椅子にジャンクは座る。ジャンクの近くの椅子に、リンスが座った。
「ところで、そっちの言いたいことは?」
「ああ。……この前のことで、ちょっと」
ハロウィンの日、聞いてもらったこと。貰った言葉。
それに対して、言いたいことがあって来た。
「ジャンクって名前、なんだけどさ。
……僕、この名前は、好きじゃない。
好きじゃないけど、でも、……これをつけてくれた人は、嫌いじゃ……ないからさ」
変われる、と隣にいる彼は言った。
ならば。
変わることができるのならば。
「努力、してみようかなって。……嫌いな名前を、好きになる努力」
あの人が、『欠陥品』なんて名前をつけるはずがないと。
『ジャンク』には何か別の意味があるのだと。
信じて、つけてくれた名前を好きになりたいと。
「……っていう宣言を、しに来た」
「そう」
「気付かせてくれたの、アンタだったし」
「律義だね」
「見ず知らずの奴の相談に顔色一つ変えず乗るアンタほどじゃない」
そう言われるとは思わなかった、とリンスが軽く肩をすくめた。
「あのさ」
「うん?」
「感謝、してるから。これでも」
ありがとう、とはすんなり出てこなかったけれど。
伝わったらしく、小さく微笑まれた、気がした。
「……あとこれあげる」
なんとなく間が持たなくなったので、用意したプレゼントを手渡す。
リンスには花束。クロエにはハーブティ。アンノーンから預かってきた、シュシュと笹舟も一緒に渡す。
「あとテーブルの上のクッキーと柚子茶も好きに食べて飲んで。黒い人がアンタの健康気遣ってたよ。いつも身体壊してるって?」
「生活が酷かったからじゃない? 普段は風邪引いたりしないよ、俺」
「そんなの僕、知らないし」
まあ心配してくれる人がいるのはいいことだよ、と言ってアンノーンの作ったクッキーに手を伸ばす。
カラフルなクッキーは、ほんのりと甘かった。
結婚は、認めた。
祝福も、できた。
けれど、だけど、だからといって。
「……判ってますよ。これが嫉妬であることも、嫉妬なんてただ見苦しいだけであることも」
どっちも重々わかっているさ。
でも、勝手に想ってしまうのだ。
どうして、自分じゃないのだろう?
自分はもう、必要とされないのだろうか。
……なんて。
――自分でも、こんなに惨めな気持になるとは予想外でしたね。
中途半端に聡い分、辛い。
「はぁ……」
吐いたため息の数は、数えるのも嫌になるほど重なって。
明るい工房の一角に、影を落とす。
「こんにちは」
平淡な声に、少しだけ視線を上げた。
「……馬の骨ですか」
「久しぶり」
「はぁ、お久しぶりです……」
何をしに来たのだろう。わざわざ、こんな暗い自分のところへ。
「クリスマスだよ」
とはいえ、楽しめそうにないのだ。楽しめるよう、努力はしているのだけれど。
思わず遠い目になった。
今頃、オルフェリアは何をしているだろうか。
当然、恋人と仲良くやっているのだろう。……そう思うと、なんだか、余計に。
「……判っているんですよ」
「うん」
「我はそろそろ、オルフェリア様から卒業しなくてはならないと……」
時期が、来たのだ。
狂信と依存はもうおしまいに、しなければ。
「だけど」
それを取ったら何が残るのだろう。
自分に何が。
「急かさないよ」
「…………」
「だけど、歩き出しなね」
「……判って、いますとも」
*...***...*
琳 鳳明(りん・ほうめい)が、リンスに告白した日から丁度一年が経過した。
――あの時プレゼントした懐中時計は、今でもリンスくんと一緒に流れる時間を刻んでいるのかな?
――……私はその一年の間に、リンスくんから好きになってもらえるような人に近付けたのかな?
という、ポエムじみた考えは現実逃避であることを鳳明は知っている。
「…………」
そして、逃避している間にも足は進み、工房の前まで辿り着いてしまった。
ドアを開けて入るのを躊躇う。
理由はひとつ。手作りプレゼントが間に合わなかった。これは由々しき事態である。
が、こうなることも考慮していた。なので、プレゼントそのものは、ある。
あるのだけれど。
――作って、あげようって決めてたんだけどな。
自分の中でした約束を破ったことが、妙に引っ掛かった。
「…………」
入れないまま、さらに十数秒が経過する。
「何してるの」
「わあっ」
と、ドアが開いた。リンスが、鳳明を見ている。
「な、なんで?」
「窓から。琳が来るの、見えてた」
それで、いつまで経っても入って来ないから気になったのか。
気にしてもらえたのは嬉しいけれど。
――リンスくんに会うと、妙にソワソワするなぁ。
――……けど、なんだか落ち着く。
矛盾した感情が、自分の中で生まれてはぶつかって消えていった。
「メリークリスマス」
ひとまずは、お決まりの言葉と。
「あとこれ、クリスマスプレゼント」
買ってきた方のプレゼントを差し出す。買ったお店の、お洒落な紙袋が妙に浮いていた。
「ありがとう。中、見ていい?」
「うん」
「アルバム?」
「そうだよ。この一年で、リンスくんの思い出もたくさん溜まったでしょ?」
そして、これからも増えていくのだろう。鳳明はちらりと紺侍を見遣った。ども、と手を振られたので振り返しておく。
「こっちは?」
「え?」
こっち? と首を傾げる。アルバム以外にも何か入れただろうか。
リンスが袋から出したのは、指の部分がない手袋。
さー、と血の気が引いたのがわかった。
「ち、違うの! それは、えっと……」
「?」
「あーうー、えーとね。えーと。……リンスくんにと思って、マフラーを編んでたんだ」
だけど、よくよく考えたらそれは去年衿栖がリンスにプレゼントしていて。
「で、ちょっと無理してカーディガン編もうと解いたところで……」
それも、去年テスラがプレゼントしていたことを思い出す。
「じゃあ手袋にしよう! って思って編み始めたのはいいんだけど」
指の部分がどうにも上手くできなくて、ぎりぎりまで編んでみたがこのざまで。
そして、ぎりぎりまで作業していたせいで、出掛ける際にうっかり入れてきてしまったらしい。
――ちょーっと、ドジが過ぎやしませんかね鳳明さん。
ふふふ、と自嘲気味に心中で呟いていたら、
「ありがとう」
と、微笑まれた。アルバムを受け取った時より嬉しそうに見えたのは、幸せな錯覚だろうか。
うん、と返事をする顔が、妙に熱い。
「あ、そうだ。プレゼントが中途半端だったから、オマケあげるよ」
「おまけ?」
「うん。クリスマスまで仕事漬けなリンスくんに、マッサージのサービス」
「や、悪いよ。二つももらっちゃってるのに」
「遠慮しないでいいよ、拳法家はツボとか鍼とか勉強するからね。ここはお姉さんに任せなさいって♪」
明るく言ってから、はっとした。
『お姉さん』だなんて。
「……ごめん」
「え?」
「リンスくんにとってのお姉さんは、リィナさんだけだよね?」
先日見た、彼の姉を思い出す。
優しそうな、美人な人だった。纏う雰囲気は違えども、どこかリンスに似ていて。
「また会いたい?」
もしも肯定するのなら。
どうしても会いたいと、彼が言うのであるならば。
「私は、…………」
言葉がうまく、継げなかった。
「琳」
「……うん?」
「俺ね。さっきわかったんだ」
「? 何が?」
「俺、姉さんに会いたいんじゃなくて。姉さんの幸せを願いたいんだよ」
そっか、と小さく返した。
うん、と彼は頷いた。
ならば。
手伝えることは何だろう?
自分ができることは何だろう?
少し、考えることにした。
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