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リアクション
10
「メリークリスマス! ですぞ!」
微笑んで、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)はリンスにクリスマスプレゼントを渡した。透明なセロファンと、クリスマスカラーのリボンでラッピングされたそれは、
「茶葉?」
はい、とハルは頷く。紅茶の茶葉だ。専門店へ行って、お店のお姉さんにどれがいいか聞いてきた。
「女性に人気だそうですよ!」
「? はあ、ありがとう」
「冷えは女性の大敵ですからな!」
「そうだね。寒いと指先とかかじかんで動かせなくなるし」
言って、リンスが手を開いたり閉じたりと動かす。あの白い指先は、冷たいのだろうか。
冷えているのならぜひ飲んで貰いたいと思い、ハルはキッチンに立った。きちんとした淹れ方で、紅茶を注ぐ。
「これを飲んで温まってくださいね!」
「ありがとう」
丁度その時、レオン・カシミール(れおん・かしみーる)と目が合った。笑いかけて、手招き。
「レオンさんも一緒にどうです?」
それから、リンスを見た。いいですか? と視線で問う。顎が引かれたのを見てからレオンがやってきた。リンスの隣に腰掛ける。
「話があったんだ」
口を開いたレオンに、それは良いタイミングでお誘いできましたな、とハルは紅茶を注いだカップを差し出した。
「話って?」
促すリンスに一拍置いて、
「リンス、改めて礼を言う。衿栖が人形師として此処まで成長できたのは、お前のおかげだ」
レオンが、真摯な顔で告げた。きょとんとした顔をしていたのが、なんだか可笑しかった。何もしていない、と思っているのだろう。
――未散くんだって、リンスくんのおかげで。
とは言わないでおいた。余計混乱しそうだったから。
傍観者に徹しようかと思ったら、
「だからこそ見てやって欲しい。今のアイツを」
レオンがリンスを送り出そうとしていたので、いってらっしゃいと手を振ることにした。
「店番、」
「私がやろう」
「わたくしも手伝いますぞ!」
「……こうなると思った」
と言ったリンスの目は、どこか諦念に満ちていた。が、嫌そうではなかったのでほっとする。
コートを羽織り、出掛ける支度をするリンスへとクロエが近付く。そわそわしていた。
「衿栖さんのステージですぞ」
「クロエも行ってくるといい。店番は私達がするから」
「うんっ」
クロエも一緒に送り出そうとして、
「あ、リンスくん。
リンスくんはサンタさんを信じていますか?」
ハルは、質問を投げかけた。
「サンタ?」
「はい。いると思いますか?」
「さあ……どうだろう。いるかもしれないし、いないかもしれない」
曖昧な答えは、リンスらしいといえばらしかった。
「リンスくんの許にもサンタさんが来るといいですな!」
にこやかに、笑う。
何を言っているのかよくわからない、という顔をされた気がしたが知るものか。
「さ、店番ですな!」
「ああ」
立ち上がったレオンの顔が、いつも見ていた表情と違うような気がしたので。
「どうかしましたか?」
話を振ってみる。少しの間を置いて、レオンが口を開いた。
「衿栖のステージが、リンスにとって良い刺激になってくれればな、と」
「ふむ?」
「衿栖は、自分の目標を見付けた。次はリンスの番だ」
親が子を見守るような、優しい目で。
「良い方向に転がるといいですな」
「全くだ」
「クロエちゃーん!」
日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)の声に、クロエは立ち止まった。
「ちーちゃん! どうしたの?」
「チャリティイベントのお誘いに来たよ♪」
首を傾げる。と、千尋がいろいろ教えてくれた。
纏めると、今日、ヴァイシャリーにある養護施設で846プロによるチャリティイベントがあるらしい。
「わたしたちこれからえりすおねぇちゃんのステージをみにいくの」
すぐそこに見えるステージを指差して、クロエは言った。
「そのあとでもいい?」
「もちろん! クロエちゃんが来てくれるなら、ちーちゃん嬉しいな。あっ、ちーちゃんも衿栖ちゃんのステージ一緒に見てもいい?」
「うん! ちーちゃんといっしょ、すてきね」
行こう、と手を繋ぐ。クリスマスだからか、千尋はいつもよりはしゃいでいるように見えた。クロエもなんだか、楽しくなる。
「あ」
「雪!」
降り始めた雪に、足を止めて一回転。
「つもるのかしら?」
「積もったら楽しいね!」
「ホワイトクリスマスだわ!」
「うんっ。サンタさん、風邪引かないといいねー」
他愛のない会話をしながら着席すると、
「私も隣、いいですか?」
テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)がやってきた。うん、とリンスが頷いて、テスラがリンスの隣に座る。
クロエと千尋が顔を見合わせていると、ベルが鳴った。
ステージが始まるまで、あと少し。
開演時間を目前に。
茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は、椅子に座り、目を閉じていた。
瞼の裏に蘇るのは、自宅にある二体の人形。
一体は、リンスの作った課題の人形。
もう一体は、課題に応えるために衿栖が作った人形。
模索して、悩んで、一生懸命になって。
合格と言ってもらえたあの時。
――私は、人形師として一歩先に進むことができた。
確かな手応えと、止まっていた足が再び歩き出す感覚は今でもはっきり覚えている。
そして、歩き始めた足は一年経った今でも止まることはない。
歩き続けた。
ずっと、前を向いて進んだ。
――リンスを追いかけてきたから。
――リンスが目標でいてくれたから。
此処まで来ることができた。
だから、見てほしい。
一年間の歩みの集大成を。
開演五分前のベルが鳴り響き、衿栖は立ち上がった。
――今の自分を、精一杯出しきるよ。
人形師兼アイドルである衿栖のステージは、ただのアイドルが行うそれとは少し違う。
常に、人形たちが一緒にいるのだ。
衿栖の動きに合わせて、ステージの上を飛び回る。
踊り、跳ね、観客に手を差し伸べ。
乱入ウェルカム、とクロエや千尋をステージに誘う。
みんなで笑い、みんなと共に、イベントは進行していく様は、貴方の目にどう映るのだろう?
ステージが終わり、リンスは手を叩いていた。圧倒されて、凄い、以外の言葉が消えている。
――うん。凄かった。
人形の出来も。操り手としての実力も。
それから、楽しんでステージに立っていることが、はっきりと伝わってきて。
「…………」
周りの人も笑顔で、楽しそうで。
衿栖は、人々を笑顔にする道を選んだのだと知った。
――変わったんだな。
自分はどうだろう。
進めたのだろうか。それとも、変わっていないのだろうか。
お疲れ様、の言葉と共に、ハルから受け取ったプレゼントはびっくり箱。
「……あはは」
箱から飛び出した人形が持っていたメッセージカードを読んで、思わず笑いが零れた。
「これ、ハルさんが?」
「とんでもない。未散くんから衿栖さんへ渡すよう頼まれたものですぞ」
「未散さんからかぁ。納得」
『リア充爆発しろ! 今日くらいはリンスに素直になれよな』。
――素直に、か。
言おう。
お礼を。
ステージを見てくれて、ありがとう。
目標でいてくれて、ありがとう。
色んな想いの詰まった言葉を、伝えよう。
ハルに礼を言って、客席へと向かう。
「リンス!」
「お疲れ様。いいものを見せてくれてありがとう」
「……リンスって本当に空気読めないわよね」
先に言われたら、言い出しづらくなるじゃないか。
――いや! 今日は、素直に! 素直に!
思い直して、息を吐く。吸う。一、二、三、と数を数えて、
「ありがとう!」
言った。言い切った。今自分はどんな顔をしているのだろう。リンスはきょとんとしているけれど。
――『何が?』とか言うんでしょ。わかってるんだから。
「こちらこそ」
「言うと思っ、……はい?」
予想とは違う回答に、思わず間抜けな声が出た。
……伝わった、のだろうか。
だとしたら、嬉しい。
「俺ね。今、すごい人形作りたい感じ。うずうずする」
「それは何よりだわ」
しかもなんだか楽しそうで。
――本当に、良かった。
誘えて。見てもらえて。彼を楽しませることができて。
「リンス」
「?」
「これ。クリスマスプレゼント」
「……あ」
「そうなれる日が来ることを願うわ」
渡したものは人形だ。
リンスとリィナが寄り添っている、幸せな人形。
「……、ありがと」
そこにはどんな意味が含まれていたのだろう。
一先ず額面通りに受け取って、衿栖はステージ裏へと戻った。
人形を持って黙り込むリンスに。
「少し、歩きましょうか」
テスラは声をかけた。うん、とリンスが頷く。
衿栖がリンスに渡した人形はとても良くできていた。本当にこうなればいいのに、と思ってしまうほど。
少なくとも、衿栖はこうであればいいと思っている。テスラだって。
ウルスもそう願っているのかも、と思ったところで、
「あ」
噂をすれば、なんとやら。
ウルスとリィナが歩いているのを見つけた。恐らくは後ろの方の席でステージを見ていたのだろう。最前列の席にいたから気付かなかった。
声を掛けるのは、無粋だと思った。
だって、二人はすごく幸せそうで。
「…………」
リンスを見た。リンスは人形に視線を落としていて、気付いていないようだった。
教えるべきか、どうか。
少し、迷った。
リィナが『ここ』にいることを知らせたら、いたずらに彼の心を動かしてしまうのではないか。
けれど、そのことで何かが変わるのではないか。
もたらす変化は、悪いもの?
「…………」
しばし悩み、テスラはリンスの袖を引いた。疑問符を浮かべたリンスが、テスラの目を見る。
テスラが視線を動かすと、つられて彼の瞳も動く。
そして、息を呑む音が聞こえた。ぎゅっ、と拳が強く握られている。爪がてのひらを傷付けないよう、テスラはリンスの指を解いた。そのまま、繋ぐ。指先は、ひどく冷たかった。
「リンス君」
「…………」
「工房に、戻りましょう」
「…………」
リンス君、ともう一度彼の名前を呼ぶと、はっとしたようにリンスが顔を上げた。瞳が、揺れている。
「戻りましょう?」
「……うん」
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