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今日は楽しいクリスマス。
ということで、
「クロエさんもリンスくんもごきげんよう。そしてメリークリスマス♪」
セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)はリンス・レイス(りんす・れいす)の人形工房を訪れた。
まだ誰も工房に来る前。朝早くの時間に。
「メリークリスマス、セラフィーナおねぇちゃん! きょうははやいのね!」
クロエ・レイス(くろえ・れいす)が出迎えてくれた。朝でも彼女は元気である。
「ええ。クリスマスパーティで賑わうと思いまして、飾り付けのお手伝いを」
「ありがとうっ。リンスとわたしだけじゃ、たいへんだったの」
ねー、とクロエがリンスに言った。ねー、と平淡な声でリンスが返す。
二人のやり取りにくすりと笑んでから、飾り付け開始。
「…………」
少しして、ツリーの飾り付けにクロエが夢中になっているのを見てからセラフィーナはリンスの傍に寄った。
「これは独り言ですが」
そして、リンスにしか聞こえない声量で話しはじめる。
「鳳明には義姉がいました」
独り言、という言葉には反応をみせなかったリンスだが、今度は僅かに反応した。セラフィーナに視線を向ける。セラフィーナは飾り付けの手を休めないまま、涼しい顔で言葉を続けた。
「ですが、十年ほど前に謎の失踪をとげています。捜索願は出したそうですが」
結果は、未だ不明瞭なままだ。
「鳳明は肉親を唐突に失う悲しみを知っています。
もし貴方が、姉を取り戻す法を模索するというのなら」
手を止めて、リンスの色違いの目を真っ直ぐ見る。
「鳳明を……みんなを巻き込む覚悟も持ってください」
それでも変わらぬ決意なら、その時は。
「……そんな風に言われると、困ったな」
「困ることですか?」
「できれば巻き込みたくないと思っている側だから」
「お見通しなので言いました」
「……なるほど」
なので、今日の役目はもうほとんど終わり。
「飾り付けも一段落しましたし、早速ですがセラフィーナサンタからプレゼントを贈りましょう」
クロエさん、と呼びかけて手招きをして、寄ってきたクロエにプレゼントを渡す。
「月並みですが、マフラーです。使ってあげてください」
「わあ、ありがとう! すっごくうれしい」
「リンスくんにはこれを」
笑顔で差し出したものは、一冊の本。
「……これは」
タイトルを見て、リンスが渋い顔をした。
『恋愛指南書』。
「何か?」
「……冗談? それとも本気?」
「えぇ、勿論ジョークですよ?」
笑顔を崩さぬまま、にこにこ、にこにこ。
「良い性格」
「お褒めに預かり光栄です。それでは、良い日を」
最後まで笑みを浮かべたまま、セラフィーナは工房を去った。
入れ違いに紡界 紺侍(つむがい・こんじ)がやってきたので軽く頭を下げて、さようなら。
セラフィーナと共に工房を訪れた藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)は、窓際でぼーっとしていた。
窓際だったので、誰よりも先に紺侍の訪れに気付き、隠れ身で姿を隠す。
「ちわっス。あれもう飾り付け終わってる。意外」
「非常に食えないお姉さんが手伝ってくれたおかげでね」
「はァ、然様で。あ、メリークリスマス」
と、やり取りをしている背後に忍び寄って、
「メリー♪」
「わァっ!!」
囁きかけると、びくぅと反応した。あまりの驚きように、こっちまで少し驚く。遅れて、笑えてきた。
「えっちょ、えっ? 天樹さん? アレ今声、」
続いてのこの反応も、予想していた通りで。
ぷ、と笑いかけた。これ以上笑うのもどうかと思いつつ、ホワイトボードに『(笑)』と書いてみた。
「あのう。聴き間違いじゃないスよね?」
『じゃないよ』
叡智の実を食べた影響で、失われた声が戻ってきたので。
いまのはれっきとした、天樹の声である。
『数少ない友人ってことで、会いにきてあげたよ』
「どっちかってェとオレが来ましたよねここに」
『細かい』
昼までに来ないようなら探しに行くつもりだったから、どっちでも良いのだ。
『卵が先か鶏が先かみたいな』
「すんませんよくわかりません」
『良いよわからなくて。ところでクリスマスプレゼントは?』
「まさかの催促。そっちこそないんスか、オレへのプレゼント」
『声聴かせてあげたじゃん』
「確かにすごいサプライズでしたけど。えー、オレ用意してないスよ。写真撮るくらいしか出来ねェ」
『まあ冗談だから』
でも、写真か。
良いかもしれない。
『撮ってあげようか』
「は?」
『いつも撮る側でしょ、紺侍は。だから、撮ってあげようか』
「や、そんな。気ィ遣わなくて」
『実は撮りたいだけだからそっちこそ気を遣わなくていいよ』
「然様で。でもソロで撮られてもアレっスよね。なンで、また別の機会にいただけますか、それ」
『覚えてたらね』
きゅ、と書き終えて、見せて。
当初の目的であったからかいも達成したし、もうすることはない。
『帰る』
と告げると、はィな、と頷かれた。玄関先まで送られる。
じゃあね、と手を振りかけて、もう一度ペンを取る。
『良い日になるといいね。メリークリスマス』
最後にそれだけ伝えたら、今度こそバイバイ。
*...***...*
クリスマス。
それは、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が年に一度の素直になる日。
「と、いうわけで愛と勇気と希望のスレヴィ様がわざわざタシガンから遊びにきてやったぞ!」
お呼ばれ? そんなもの、されていようといまいとちゃっかり居座ってやるとも。
クロエはというと、こんなスレヴィの調子や態度にも慣れたもので、くすくす笑っている。
「……悟った反応だなぁ」
普段なら彼女の頬を掴んで引っ張るところだが、今日は特別なのでしない。
「だって、くるとおもってたもの」
スレヴィだって、クロエがそう思っていることくらい予想済みである。
だから「まぁね」と短く返し、ラッピングされた小物を渡した。
「聡いお子様にプレゼントをあげよう」
「あけてもいい?」
「堪え性が無いね、クロエは」
「たのしみなんだもの」
「はいはい、どうぞ」
わぁいとクロエが包装を解く。
中から現れたのは、縦横十五センチほどの、青い鳥のステンドグラス。
「きれい!」
「お気に召しましたか姫君」
「とっても!」
それは何より。恭しく頭を垂れてみせたなら、さて用事は済んでしまった。
本当は、プレゼントで機嫌を良くさせた辺りで突き落として遊びたいところだけれど。
――クリスマスだしなぁ。
何より本当に楽しんでいるみたいだから、水を差すのもどうか。
「いつも差しているとかいうツッコミは聞こえないぞ」
「? なぁに?」
「いや何でも。ところでクロエ、何か手伝うことはある?」
手持無沙汰で暇なのだ。ものすごく。
いつもならクロエをからかえばそれで満たされるのに。聖夜め。ちょっと優しい気持ちにさせやがって。と一人毒づく。
問いに、クロエは「えぇ」と怪訝そうな顔をし、スレヴィを見上げる。
「なにかたくらんでるの? いじわるなの?」
「何も企んでないよ。純粋にクロエが楽しめるように手を貸そうって言ってるだけ。重たいものがあるから持ってとか、キッチンの高いところにあるもの取ってとか、味見とか時間係とか、何でもいいなよ」
クロエのことだから、ケーキを作ったりもするのだろう。その時手伝ってあげよう。
「ちょっとした雑用、小間使い、好きに――って、まだそんな顔」
スレヴィの、日頃の行いが悪いせいだろうか。クロエはいまいち信じ切れていない様子。
あのなぁ、とスレヴィは息を吐いた。
「クロエ。世の中には二種類の人間がいる」
しゃがみ込んで、目線を合わせ。
「人を信じることができる人かできない人か、だ」
静かに、真っ直ぐに告げる。と、クロエのまんまるの目がスレヴィの目をじっと見た。スレヴィも真っ直ぐクロエを見返す。
一拍後、
「アンタはどっち側になりたい?」
言葉を続けた。
「しんじるほう」
なんの躊躇いもなくクロエが即答したので、クッと小さく笑った。
これが、この子だ。
素直でよろしいと頭を撫でて、キッチンへ向かった。
「わかったらキッチン行こうか。ケーキ、作るんだろ?」
「! なんでわかるの?」
「クロエのことだからね」
「すごい!」
「それで? 今年は何を作るんだ? 生クリームのデコレーションケーキか? それともブッシュドノエルか? 意表をついてシュトーレン?」
「なやむわ。スレヴィおにぃちゃんは、どれがたべたい?」
「クロエが作ったのなら何でもいいよ」
「……ほんとう、きょうはすなお!」
クロエが、おかしそうにけらけらと高い声で笑う。「こっちの方がいい?」と訊いてみた。ちょっとだけ、意地悪な心で。だけどクロエは頭を振って、
「いじわるなスレヴィおにぃちゃんも、すきよ」
微笑むものだから。
「じゃあ次に会う時は覚悟しておくように」
「えー!」
自然と、スレヴィも笑っていた。
*...***...*
クリスマスだから、というわけでもないけれど。
乗っかれる出来事があるならば、せっかくだから乗っかって楽しみたい。
と、いうわけで。
「クーちゃん遊びにきたよー」
ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は、勢いよく工房の扉を開けた。そのままぱたぱたとクロエに駆け寄る。ミーナから数歩遅れてフランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)も走ってきた。
「あそぼー」
「ミーナおねぇちゃん、フランカちゃんっ。あそぶの?」
「あそぶー。クリスマス、おちゃかいするのー」
「お茶菓子持ってきたよ!」
多少走っても崩れないようにと選んだお菓子はクッキーだ。
「わぁい♪ わたし、おちゃいれてくるわ!」
「ふらんかも、てつだう」
「うんっ。いっしょにやりましょ」
キッチンへ向かう二人を見ていたミーナの頬が緩んだ。このままずーっと見ていたかったが、こっちはこっちで準備をしよう。
クッキーの袋を開けて、テーブルに置いて。
「おちゃ、はいった、よー」
「おさとうとミルクはおこのみでどうぞ!」
お茶会スタート。
クロエとフランカが淹れた紅茶は美味しくて、温かくて。
「クッキー、あまーい」
「ねー」
なんとも和むやり取りも微笑ましい。
「フランカ、フランカ」
だから中断させたくなかったけれど、したいことがあったから。
ちょいちょい、と手招きしてフランカを呼び寄せた。鞄からちらりと覗く本を見て、フランカがはっとしたような顔になる。
「?」
疑問符を浮かべるクロエへと、二人で本を手渡した。
「メリークリスマス!」
「ぷれぜんと、だよー」
ミーナとフランカが、クロエに喜んでもらえるようにと選んだ絵本。
「え、えっ? もらって、いいの?」
「もらってー」
「そのために買ったんだからね!」
渡した本を、早速クロエが開いた。フランカがクロエの傍に寄って、ぴったりくっつく。
「くろえちゃん、よんでー」
「うんっ。えーとね、『あるところに――』」
絵本を覗きこむ二人を見て、ミーナはまた微笑んだ。
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