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リアクション
4
「もう一年経つんだね」
カレンダーの日付を見て、榊 朝斗(さかき・あさと)は無意識に呟いた。
思い出すのは、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が生まれた日。去年のクリスマスのこと。
――何かお祝いできればいいな。
ぼんやりと考えて、浮かんだのは工房でのパーティ。
聖夜の誕生日会なんて、素敵じゃないか。
確か、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)も誕生日が同じだったはずだ。
なら、みんなを呼んで盛大に祝おう。もちろん、本人たちには内緒で。
――電話して、リンスさんに許可をもらわなくちゃな。
場所が工房なのは、集まり易いということもあったけれど、それ以上に。
「え? なんでうちで、って……そりゃ、生みの親であるリンスさんがいないと駄目でしょ?」
*...***...*
当日。
朝斗に誘われて、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)とエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は工房へやってきた。
「今回はローストチキンを焼きたいと思います」
調理講師さながらに、キッチンに居る面々へと涼介は声をかける。
「ローストチキンですと時間がかかりますし、その分場所を取ってしまいますね」
山南 桂(やまなみ・けい)が時計を見ながら呟いた。
「そう。だから、ダッチオーブン方式で作ろうと思ってる」
言ってから、涼介は持ち込んだ調理器具を取り出す。
「スタッフィングは二種類用意しよう。玉ねぎとキノコのピラフと、お酒に合うような野菜とハーブのものと。片方手伝ってくれるか?」
鶏の下処理を済ませながら、涼介は朝斗に指示を出す。
普段から調理をしているのか、朝斗の手際は良かった。桂も手伝ってくれたので、予定していたよりも早く準備が終わりそうだ。
スタッフィングの準備が終わったら、詰める作業だ。
「鶏のお尻から詰めたら、中身が出ないように竹串で刺してタコ糸で縛る」
声に出して説明しながら、実際に自分がやってみせる。それを見て、朝斗が真似をして詰めた。
「詰めたら、縛った鶏の表面にオリーブオイルを縫って、大きめにカットした野菜と共に余熱したダッチオーブンに入れて、炭火で焼く。さすがにここでやるわけにはいかないから、寒いけど外だ」
「火の番をしないといけませんね」
「キャンプみたい」
外に出てオーブンを熱したら、調理再開。
「火加減に気を付けて。鍋から白い湯気が出るくらいを維持して調節して」
「わ、黒い煙がっ」
「それは火が強すぎるから。炭を減らしてごらん」
口出ししたり、他愛もない話をしたりしていると、時間はあっという間に経った。焼き始めてからそろそろ一時間になる。
蓋を開けて中を確認すると、いい具合に全体がきつね色になっている。蓋を少しずらしてかぶせ直し、
「あと十五分くらいかな」
「まだ焼くの?」
「こうすることで皮をパリッとさせると、より美味しいからね。あと少し我慢だ」
匂いに刺激されて、お腹もすいてきた。
パーティが始まる時間も迫ってきたし、丁度良い。
工房ではきっと、エイボンがクロエと共にケーキの仕上げを終えている頃だろうと予想して、「あと少しだな」ともう一度呟いた。
少し時間は遡り、工房内。
「さて、ここに取り出したるはクッキングウィッチマギカ☆エイボン特製のロールケーキです」
キッチンのテーブルの上に綺麗なロールケーキを置いて、エイボンは言った。
「これから、これを皆様でブッシュドノエルにしたいと思います」
「かざりつけね!」
「飾りつけなら手伝えそう」
クロエとルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が顔を見合わせて微笑む。
デコレーションに使えそうなものは持ってきた。それらを用いて、まずはひとつ自ら手本を作ってみせる。
ロールケーキの両端を、斜めに切って枝にして。
「枝は転がらないように、楊枝等で止めます」
生クリームをケーキの周りに塗り、スプーンやフォークを使って木の模様を作る。
チョコペンで切り株を描いたら、
「はい、できあがり」
「かんたんね!」
クロエが目を輝かせて応えた。でしょう、とエイボンは微笑む。
「クリームは、チョコクリームも用意してあります。それから、足りなくなりそうなら仰ってくださいね。補充いたしますので」
「はーいっ」
「うーん、やっぱり難しそうに見えてきたわ」
「ルシェンおねぇちゃん、がんばろ?」
「うん、頑張るには頑張るけどね。ちびあさが喜んでくれたら嬉しいし」
「喜んで下さると思いますよ。あの子は良い子ですし」
だから、誰かが自分のためにしてくれたことを、素直に喜ぶだろう。
その時のことを考えると、一足先に和めたので。
三人そろってくすくす笑い、それからデコレーション作業に移った。
*...***...*
ちびあさには内緒で準備する、と朝斗が言うので、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)はその協力のために散歩に出ていた。
自分の持ち物からばれないようにとプレゼントは前もって朝斗に渡し、ヴァイシャリーの街をぶらぶらと。
――一年、ですか。
あの日から、今日で。
一年。
アイビスにも、思うところがあった。
リンスの言葉から、探し出すことになった『心』や『感情』。
様々なことを経験し、様々な人達に出会い、様々なことを学んできたが。
「果たして、私は変わることが出来たのでしょうか……?」
考えが言葉になって零れてしまい、ちびあさが大きな目を丸くしてアイビスの顔を覗きこんできた。ちびあさの頭を撫でてから定位置である頭の上に戻し、「なんでもないです」とアイビスは誤魔化す。
「それより、クリスマスムード一色ですね」
話を振ると、「うにゃ!」と鳴いて、ちびあさがアイビスの頭をぽんぽん叩いた。あれがすごいこれがすごいと大はしゃぎの様子。
朝斗は? と訊いてきたので、「迷子ですかね」と応えると、やれやれ、というような仕草を見せた。
大人びた、というより、大人ぶった様子に笑いが漏れた。
人形であるちびあさは、こうした動きをするようになって、変化――というより、心や感情の有無が見て取れて。
――では、私は?
やはり、思考はそこに戻る。
変われているのだろうか。
訊いてみたい。
でも、今日はちびあさの誕生日パーティなのだから、重くなりそうならやめておこう。
時間はあるのだ。いつでも訊ける。
「にゃー、にゃー!」
考えていたら、またちびあさが頭を叩いてきた。あれを見て、と言われているようだった。
視線を向けると、大きなクリスマスツリーがあって。
「……綺麗ですね」
思わず呟いた。
「うにゃっ」
得意げなちびあさの声。もしかしたら、黙り込んだアイビスのことを心配して教えてくれたのかもしれない。
「ありがとう」
なのでそう声を掛けて、アイビスはクリスマスツリーを眺めた。
ちびあさと一緒に飽きることなく、朝斗からの準備完了メールが届くまで。
なぜか今日、朝斗とルシェンの姿がなかった。
アイビスに訊いてみたら、迷子という答えが返ってきたのでやれやれと首を振ってみた。
大人になって迷子になるなんて!
それならボクも大人になる日は近いな、と、よくわからないわくわくが湧いてきて。
「さて、ちびあさ。そろそろ向かいましょうか」
一緒にクリスマスツリーを見ていたアイビスが言ってきたので、どこへ? と首を傾げる。
いつもなら明確な答えをくれるアイビスが、珍しく何も言わなかった。頭の上に乗ったまま、辺りを見る。見知った道は、工房へ続く道。
工房のドアに手を掛けて、アイビスが立ち止まる。
「今日はちびあさから入っていって」
どうして? と思って訊いてみたが、これにも答えがなかった。
僅かに開いた隙間から、身体を躍らせ飛びこんだ。
と、ぱーん、と軽快な音がして、カラフルな何かが視界に散った。
「ハッピーバースデー!」
大勢の声に、きょろきょろとせわしなく工房を見回す。
朝斗やルシェン、クロエ。涼介やエイボンが、クラッカーを持って笑っている。
「……にゃ」
「おめでとう、ちびあさ」
なんのことだか、一瞬理解できなかったけれど。
自分が生まれた日だということに、リンスを見て思い至った。
「生まれた日だからね。お祝いだよ」
考えを肯定されるようにリンスに頷かれ。
「ハッピーバースデイ&メリークリスマス」
涼介から、誕生日おめでとう、と微笑まれた。
誕生日。お祝い。
――ボクのため?
それは、ただ、純粋にちびあさの心に響いた。
嬉しい、と。
「ちびあさ」
呼ばれて、顔を上げる。朝斗が優しい笑みを浮かべていた。
「プレゼントだよ。改めて、おめでとう」
「私からも。はい」
「こっちはアイビスからの」
誕生日カードや、クリスマス仕様のラッピングが施された花束。それから麗茶牧場のピヨを抱き締め、満面の笑みを浮かべた。
「……うにゃ!」
すごく幸せで、すごく楽しくて、すごく嬉しくて。
今日は、自分の中で一番忘れられない日になりそうだ。
*...***...*
「すみません、遅くなりまして……」
翡翠が遅れてやってきたところ、パーティはもう始まっていた。
輪の中心に居るのは、やはりというかなんというか。今日の主役であるちびあさだった。楽しそうに笑っていたので、翡翠もひとつ微笑んで、用意してきたケーキをテーブルに置く。チョコレートケーキと、ショートケーキ。大きなホールで一つずつ。
「主殿」
桂に声をかけられて、はい、と頷くと椅子をすすめられた。促されるままに腰を降ろす。
「熱があるでしょう」
「情報の伝達、早いですねぇ」
「見ればわかります。顔が赤いので」
額に手をやられたので、大丈夫ですと苦笑い。
「アレ、翡翠さん具合悪いんスか?」
ちびあさの笑顔を撮っていた紺侍が、ひょいと顔を出してきた。
「貴方もいらしたのですね」
「通りすがりみたいなもので。それよか風邪ならお大事にっスよ」
何気ない様子でぽん、と頭を撫でられた。
それじゃまた撮ってきます、と離れていく紺侍の服を掴んで引き止める。
「? どうかしました? あ、もしかして寂しいとか」
「それはないです」
戯言ににっこり釘を刺して、
「これを渡そうと思って」
用意しておいたプレゼントを、手渡す。
「貴方だけ何もなしじゃ、可哀想でしょう?」
桂と美鈴を見遣る。桂はリンスに腕時計を、美鈴はクロエにバレッタをプレゼントしていた。
「なるほど。お優しいことで」
「はい。優しいですよ」
「でもオレ、何も用意してないんスけどね」
「だと思っていましたから大丈夫ですよ」
「ハッピーバースデーって言葉を贈るくらいしか」
「……ええ?」
怪訝そうな顔をしてから、自分の誕生日が今日であったことを思い出した。
「あ〜、そういえば」
「忘れてたんスか」
「クリスマスだということは、覚えていたのですけどねぇ」
「変な人スねェ」
「そうですか?」
言われてみると、変なのかもしれない。が、よくわからない。
「でも、誕生日おめでとうの言葉は嬉しいです。ありがとうです」
微笑むと、なら良かった、と応えられた。
自分が喜ぶことが、相手を喜ばせることもあるのか、とぼんやり思った。
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