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リアクション
6
「なんていうか、橘は本当、『パーティ』って感じの装いだよね」
と、リンスに言われたので、橘 舞(たちばな・まい)は自分の服装に目を落とした。
「そうですか? 普通だと思うのですが」
だって今日はクリスマスで、クリスマスパーティといったらドレス姿になるのは当然で。
「舞にとっては普通なのよね、これ」
「れっきとしたお嬢様だからの」
ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)と金 仙姫(きむ・そに)が言うので、どうやら自分の恰好は『ちょっと違う』のだと気付いた。そういえば、工房にいる面々の服装は普段とさほど変わらない。
でも、こういった雰囲気の方が好きだと思った。アットホームというか、のんびりしているというか。みんながみんな、好きなようにこのほのぼのとした時間を過ごしている。
「いいですね、こういう雰囲気」
不意の発言に、リンスが小さく首を傾げた。
「地球にいた頃、お屋敷でパーティを開いたりしたのですけれど、入れ替わり立ち替わりでお客様が挨拶に来られて」
お花を摘みに行く時間もないくらい大変で。だからか舞にとってクリスマスというと疲れる日、という印象しかなく。
余計に、この場の空気が気に入ったのかもしれない。
「それはそうと、プレゼントを用意してきましたよ! はい、クロエちゃん、どうぞ」
言って、クロエにラッピングされた袋を手渡す。
社交辞令的なクリスマスしか過ごしてこなかった舞にとって、こうして友達にプレゼントを渡したりすることも憧れだったのだ。
「わあっ、ありがとう、まいおねぇちゃん!」
念願叶って嬉しいし、相手が喜んでくれることも嬉しい。
「中身はですねー、今流行りの新作魔女っ子ドレスです。ステッキもついてお得な感じですよ」
「まじょっこ! すてき!」
「魔法少女とは、少し違うかもしれませんが。でも、クロエちゃんならきっと似合うと思って」
きゃーっと喜んではしゃぐクロエの頭を撫でてから、舞はリンスの方を向き。
「リンスさんには、キャスター付きの本革仕様の事務椅子を用意しました」
「ああ……昼過ぎに宅配業者が運んできたあれ、橘からだったの」
「はい。ちょっとしたサプライズを装ってみました」
リンスは、仕事柄座りっぱなしのことが多い。
だから、少しでもいい椅子を使って負担を軽くできたらな、と前々から思っていたのだ。
「キャスター付きなので座ったままの移動も可、ですよ。使い勝手、座り心地ともにいいと思います」
「そうなの。ありがとう」
「最初はマッサージチェアもいいなぁ、と思ったんですけどね。ほら、ずっと作業していると肩が凝ったり背中がはったり、腰が痛くなったりしそうですし」
でも、ブリジットと仙姫が揃ってそれは止めた方がいい、と言うので考えを変えた。
仕事用に使うなら移動できた方がいい。その意見に、なるほど、と思ったのだ。
「よかったら使ってくださいね」
にこり、微笑むとリンスが頷いた。
頷いたリンスに、仙姫はつつつと近付いて。
「すまぬ。プレゼント、キャスター付きの椅子に止めるのが精いっぱいじゃった」
「え?」
「あまり場所を取ると困るじゃろ。何せ人が集まるからの、この場所は」
「あー、……うん、そうかも」
最初、舞がマッサージチェアをプレゼントすると言った時はどうしようかと思った。
しかも選んだものはやたらと高性能で、それゆえ大きく、この場所に似つかわしくないような本格さで。
――久方ぶりに、アホブリと意見が一致するほど突飛じゃったの。
「まあ、舞なりに考えて選んだ品じゃ。使うべきじゃな」
「うん、そのつもり」
「賢明じゃ。でないと」
「でないと?」
「説教されるやもしれん。舞はお主の身体を気遣っておるからの」
舞は、怒らせると怖い。
彼女は決して怒鳴らない。怒鳴らないが、だからこそ恐ろしいと言える。
正座をさせて、淡々と、懇々と、ゆうに二、三時間は喋り続ける。反論の余地も与えてくれない。
でもそれは、相手のことを想ってのこと。でないとそれほど怒ることもしないし。
「お主なら、健康面から始まって生活面へと話はシフトしていくじゃろ」
「うん、その話を聞いてより使おうって気になったよ」
「それは何よりじゃ」
忠告も終わったところだし。
仙姫は立ち上がり、少し離れた場所に立つ。
何をするの、とでも言いたげに、リンスがこちらを見てきたので。
「クリスマスのパーティとなると、歌と踊りはセットであろ? 妾からみんなに素敵な歌の贈り物をするゆえ、ありがたく聴くがよいぞ」
言ってから、深呼吸を一つして。
澄んだ歌声を、響かせる。
「ねえ舞。なんなら今日もケロッPちゃん着ぐるみ、着てもいいのよ」
「えっ」
「クリスマス仕様のカエルパイを配ってもいいのよ」
「あのっ」
バレてないとでも思ったのだろうか。あの着ぐるみ姿で尾行しておいて。そもそも、尾行自体が甘いのだ。舞の行う尾行に気付かないほど、ブリジットは鈍くない。
指摘されてあたふたする舞の様子が面白かったので、意地悪くからかうのはここまでにしてやろう。
「だって、ちゃんと仲良くできているか、心配だったんですよ」
「別に元から仲が悪いわけじゃないわよ。……多分」
「でしょう? ブリジットはツンの少ないツンデレさんですから」
「ツンデレでもないってば。何度も言ってるでしょ。人の話を聞きなさい」
舞の思い込みが激しいのは今に始まったことではないけれど。
――一体何を勘違いしているのやら。
確かに、工房の雰囲気も以前と比べると悪くはないし、クロエは可愛いし、工房に居るのは嫌じゃない。
リンスの、職人としての腕も買っている。
「あいつには、世話好きで忍耐力のある人がいいんじゃないかと思うのよね」
「え?」
「だって一度集中し始めたら飲まず食わずで閉じ籠もるようなタイプでしょ」
だから、きっと、無理だ。
こっちは気にする。あっちは気にしない。なんだか一方通行みたいで。
舞が、なんとも微妙な顔をしていた。眉を下げて、黙ってブリジットを見ている。
なので、誤魔化すように「あ」と声を上げ、
「元から閉じ籠もってるか」
冗談めかして言ってみた。
タイミング良くリンスが「何の話?」と言ってきたので更に便乗する。
「あんたが引きこもりすぎって話よ」
「そうかな? ちょっとは出歩くようになったけど」
「それでも人並み以下。自分から誰かを遊びに誘えるくらいになってみなさいよね」
もし誘われたら、誘われた相手は嬉しく思うのではないか。
憶測だけれども。
一瞬、自分だったらどうかと考えてみて、すぐに止めた。
――だってこいつ、そんなことしなさそうだもの。
リンスの顔を見てみたが、相変わらずぼんやりとしていて何を考えているのかよくわからなかった。
*...***...*
「そういえばさ。ドレスってどうなったの?」
という茅野 菫(ちの・すみれ)がリンスへと放った問いに、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)はぴく、と肩を震わせた。
以前リンスと約束した、ウェディングドレスの制作。
出来上がったら、着るのだろうか。そりゃ、着るために作っているのだからそうだろうけれど。
完成を楽しみに思う一方で、どこか怖くも思う。何かが変わるのではないか、と。そして変化は良い方にだけあるとは限らないと。
「菫。本業だってあるんだから、急かすようなことは、」
「別に急かしてないわよ。いつまでに、とか決めてあるわけじゃないし、第一急ぐ注文でもないし」
止めようとした言葉にすっぱりと反論し、菫はリンスへ向き直る。
「作業状況が気になるの。パビェーダはならないわけ?」
「……ならなくはないけど」
デザイン案は、以前見せてもらった。どれも素敵なドレスで、「どれがいい?」と問われて選べず、リンスに任せてきた。
あれからしばらくして、今、どうなったのだろう。
期待と不安の混ざった瞳でリンスを見ると、彼は席を立った。ちょいちょい、とパビェーダを手招きする。
向かった先は、リンスの部屋だった。
「万一欲しがられても困るから、普段はこっちに引っ込めてるんだよね」
これ、と手のひらで示された先にはドレスがあった。
トルソーに着せられたドレスは、うっすらピンクがかった白い生地に、ふんだんにフリルがあしらわれた甘いデザインのものだ。
「まだ仮縫いの段階だから、気に入らないところがあったら言って。直すよ」
「……ううん、これでいい。これがいい」
――だって、貴方が私のために考えて仕立ててくれたものでしょう?
それだけで、もう、十分じゃないか。
――ああもう。ドキドキ、する。
どうしてこうも、心臓が苦しいのか。
「じゃ、着てみて」
「ええ!?」
「? なんで驚くの」
「え、だってドレス、今着るって」
「でも補正しなきゃいけないから。生地によって微妙に差がでるし」
ああ、あくまで職人として、着ろと言ったのか。
なんだか肩透かしをくらったような気分になった。でもまあ、リンスだし。そう思うと妙に納得する。
部屋、出てるから。言って、リンスがいなくなった部屋で。
「手伝ったげる」
「ありがと」
菫に手伝ってもらい、ドレスに身を包む。
部屋から出ていくと、クロエがわぁっと歓声を上げた。
「すごい! すてき!」
「あ、ありがと」
「よかった。サイズ、違ってないね」
「ええ。さすがだわ」
「気になるところは?」
「ない」
なら良かった、とリンスが微笑む。パビェーダも微笑み返した。
「あれ? パビェーダさんが素敵ドレス」
と、紺侍が声をかけてきた。
「そうだ。撮ってもらいなさいよ、三人で」
提案したのは、菫。
「あー、いっスね。え、でも三人?」
「パビェーダ真ん中で、クロエとリンスが両脇」
「あー、家族写真みたいな感じスか」
「そう。任せたわよ」
「うっス」
自分らの知らないところで話は進む。てきぱきと紺侍や菫に場所を指定され、椅子に座り。
「ちょっと人形師、笑いなさいって」
「ていうか、記念ならフィヴラーリだけでいいでしょう」
渋るリンスの袖を、パビェーダは掴む。
「……一緒に、写って」
我儘だろうか。
作ってもらった上に、一緒に撮られてほしいなんて。
だけどリンスは、わかった、と頷いてくれた。
ぱしゃり、ぱしゃり。
シャッターの音が、数回響いた。
撮り終えた紺侍の傍に菫が寄って、ひそひそと何か耳打ちをしている。
「出来ましたよ」
どうぞ、と渡された写真は、雰囲気のあるセピア色。
いんちょうしていたせいか、クロエ以外は若干ぎこちない表情だったけれど。
本当に家族になったようで、きゅんとした。
「……ありがとう。宝物にするわ」
素直に礼を述べると、紺侍がはにかんだ。
うん。
これは、宝物だ。
忘れられない思い出となった日を、形に残した宝物。
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