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リアクション
11
クリスマスだからといって、休みとは限らない。
そのいい例が日下部 社(くさかべ・やしろ)である。846プロの社長である彼は、今日も忙しい。
とはいえ、今日は養護施設でのチャリティーイベントがあるだけ。加えて、人々に笑顔を与えられるような仕事なら社は大歓迎だ。
「それに混ざって楽しめるしな〜♪」
暢気な声を上げると、響 未来(ひびき・みらい)がくすりと笑った。
「マスターはどんな日でもいつも通りね」
「お? おお。だって俺が笑っとらんと始まらんやろ?」
笑顔を与えたいなら自分が笑顔でいることだ。
こうして、今ここで笑っていることが、同じ空の下に居るあの子にも届いたら。
――なんてな。
「マスター?」
珍しく、明るいだけでない笑みを浮かべた社に気付いたらしく未来が疑問符を浮かべて顔を覗きこんできた。
なんでもない、と手を振って、迎え入れてくれた子供たちに笑いかける。
「もうおねえちゃんたちきてるよ!」
「おー、ホンマ? 社長が遅れて来るなんて様にならんなぁ」
「じゅーやくしゅっきんなんだろー」
「ケイラねーちゃん言ってた」
ぶっ、と噴き出した。手伝いに来てくれたケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は、子供たちに面白い言葉を教え込んでくれたようだ。
「あのっ、すみません。846プロのチャリティイベントが行われる施設って、こちらですか?」
声をかけられ、社は振り返る。振り返った先には、眼鏡を掛けた温和そうな少女が立っていた。
「協力者募集の広告を見て手伝いに来たんですけど……大丈夫でしたでしょうか?」
「おお♪ 大歓迎やで〜♪」
社が首肯すると、彼女はほっとしたように頷いた。
「良かった。私、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)と申します。彼女は」
「セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)だよ。よろしくね」
「リースさんとセリーナさんやな。俺は日下部社。よろしくな♪」
「は、はいっ」
「まぁ固くならんと。せっかくのパーティやから楽しくやろうな♪ 子供たちに色々教えながら作業してくれると助かるわ♪」
挨拶も終えたし、さあ中に入ろう。
子供たちが、待っている。
社に、飾り付けの手伝いをしてほしいと言われたので、リースは持参してきた手作りのプレート型オーナメントを取り出した。
プレートは、厚紙で作ったものだ。丸、四角、人形の形、ツリーの形、星の形。様々な形式の外枠には厚紙が見えないようにとフェルトが飾られている。昨日、セリーナと一緒に作ったものだ。自分でいうのもなんだが、かなり可愛くできたと思っている。
「それなーに」
てとてとと寄ってきた養護施設の子供が、覗き込んで問い掛けてきた。
「オーナメント、っていうんですよ。クリスマスツリーに飾るんです」
こうやって、と飾り付けのやり方を見せてみる。プレートにメッセージを書き込み、紐をツリーに結び付け。
「はい、できあがり」
簡単でしょう? と微笑みかけると、子供たちがやりたいやりたいと挙手をした。
はいはい、順番に。言って、一人一人に渡していく。
「私が見てるよ」
「セリーナさん。いいんですか?」
「うん。私じゃ高いところの飾り付けは無理だし」
下半身が魚の彼女は、車椅子でないと移動ができない。だけど、子供たちを見守っていることはできる。
「だから、リースちゃんは飾り付けお願いねぇ」
「はい。クリスマスの雰囲気で包みこんでみせます」
にこりと笑って、用意しておいた小道具を持って立ち上がる。
リースやガーランド、スノースプレーも用意しておいた。小さな置き物だってある。置き物は、入口あたりに飾ったら素敵かもしれない。
――窓の装飾の許可と、貸してもらえる机と、あと……。
やることを列挙してみたらたくさんあって、でもなんだか楽しみで。
リースは、一度ちらりと振り返った。セリーナの周りで、子供たちがプレートとペンを手に、悩んだり、楽しそうな表情を浮かべている。
――あの笑顔があるから、ですかね?
誰かの笑顔のために動く。それはすごく、良いことだと思った。
ケイラがキッチンで調理をしている間、バシュモ・バハレイヤ(ばしゅも・ばはれいや)は養護施設を散策していた。
せっかくだから、紺侍がいたら少し構ってもらおうかと思ったのだが見つからない。
「何してんですか、そこのチビっこいの」
歩いていたら声をかけられた。振り返った先には知った顔。この養護施設で一番の大人の、マリアン・ラヴェンチだ。マリアンの隣には、社とリースの姿もある。
「んとなー、こんじおにーちゃんさがしとったんよー。でもおらんなー、きょうはおやすみなん?」
問いに答え、バシュモは辺りを見回した。が、やはりいない。
「キツネは確か、サンタさんになるとか言うてましたね」
社がマリアンに問う。ああ、とマリアンが頷いた。
サンタさん? と首を傾げるバシュモに、
「チビドモが寝静まってからプレゼントを置きに来るんだと」
と、マリアンが教えてくれた。
「そうなんかー。なんやたのしそうやなー、うちにもくれるかなー?」
「お前らが居る間にはまだ戻ってこないんじゃねえかな。まあ今日は縁がなかったということで」
それは残念だ。少しばかりしょぼくれる。と、ぽふぽふ頭を撫でられた。
「しょんぼりすんな。これやるから」
「わー! ぐるぐるのあめちゃんやー!」
キャンディを貰って、機嫌一転。
「バシュモちゃん、一緒に飾り付けしましょうか?」
続いてリースに誘われて、バシュモは大きく頷いた。リースの手を握り、社とマリアンにばいばいと手を振って廊下を歩く。
「うちがおったらひゃくにんりきやでー!」
「あはは。それは助かっちゃいますね」
「おおぶねにのったきぶんでいてな! なにすればええのー?」
「じゃあ、窓の飾り付けしましょうか。このスプレーをしゅーってやるんですよ」
リースが立ち止まり、窓に型紙を当ててスプレーを吹きかける。紙を外したあとは、綺麗な雪の結晶が残った。
おおー、と思わず声を漏らす。楽しそうだ。
「うちもやるー」
「はい。お願いします」
いくつかの窓を飾り、別の場所へと移動する最中で。
「あっ、くりすますつりー」
クリスマスツリーを見つけて、立ち止まった。
「飾りますか?」
「かざってええの?」
もちろん、と頷かれ、バシュモはクリスマスツリーに駆け寄った。
「何を飾りますか?」
「んとな、うち、くつしたとおほしさまかざりたいねん! ほんでさんたくろすからぷれぜんともらうんよ」
ぐっ、と拳を握って力説する。リースが、くすくすと面白そうに笑っていた。
「りーすおねーちゃんはほしーものある?」
「うーん……そうですね。何がいいでしょうか」
「うちはあったかいこたつほしーなー。でもくつしたにはいるかなー」
飾りつけ用の靴下は伸びない。から、難しいかもしれない。
むむむ、と難しい顔をしていたら、リースが近くに靴下を飾った。
「私のお願いは、バシュモさんの笑顔が見れますように、ですかね」
こたつ、届くといいですね。優しく言われ、なんだか胸がぽかぽかしてきた。
「ほんなんかんたんやで! にーっ」
笑ってみせると、リースも一緒に笑ってくれた。
一方キッチンでは、ケイラが千尋、クロエと共に調理に勤しんでいた。
参加者の中には、食事がまだの人もいるだろう。
「だから、いっぱい作ってみんなをおなかいっぱいにしちゃおうね」
「はーいっ」
「ケイラせんせー、ちーちゃんたち、何作るのー?」
問いに、そうだねー、と考える。
あまり広くはない場所だから、座って食べるのは難しい。ならば、立って軽く食べられるものが適切だ。
「野菜ののったカナッペや、お肉ものせたブルスケッタにしよう」
パンを薄く切り、切ったパンにハムや野菜を好きの乗せてもらい、カナッペは完成。同じ要領でブルスケッタも出来上がり。
あとは、
「ちーちゃんケーキも作りたい!」
そう、ケーキがないといけない。
「ケーキはね、もう決めてあるよ。クロカンブッシュにしようね」
「なぁに、それ?」
「シュークリームのツリー、って言ったらわかりやすいかな?」
だって、せっかくのクリスマスだから。
それらしいものを作りたいじゃないか。
――そういう意味では、ブッシュドノエルでもよかったかなぁ?
まあ、時間と材料があったら作ればいいか。それくらいの緩い気持ちで、用意してきたシュークリームをテーブルに置いた。
「画用紙で三角錐を作って、アルミホイルを巻きつけてくれる?」
うん、と千尋が頷いた。クロエと一緒に工作を始める。
その間に、ケイラは飴を作った。接着剤代わりにするものだ。
「できたよー!」
「ありがとう。じゃあ、シュークリームのおしりにこの飴をつけて、ぺたぺたそこに飾っていって?」
「あっ。ほんとにツリーだわ!」
「ね! 本物のツリーに負けないくらい、素敵なものをつくろうね!」
ちびっこ二人がはしゃぎながらツリーを組み立てていく。任せて大丈夫だと判断して、ケイラは出来上がった料理を会食場所に運んだ。
運び終わる頃、ツリーは完成していた。
「じゃあ最後に飴を回しかけて完成。お疲れさまでした!」
ほぼ同時に、チャリティイベント開催時刻を迎えた。
たくさんの人が、来てくれますように。
たくさんの笑顔が、見られますように。
イベントが始まり、社はサンタ姿で登場した。
赤白基調のサンタ衣装を見に着けて、ご丁寧につけひげまでして、隣にはトナカイのマスコットを置いて。
「サンタさんやで〜♪」
大きな白いプレゼント袋を広げてみせた。
わっ、と子供たちが社に駆け寄る。
「はいはい、順番なー。順番守らん悪い子にはプレゼントないで〜!」
脅しが効いたのか、押し合いへしあいはぴたりと止まって、ひとりひとり選んでいく。
プレゼントの中身は様々な人形やぬいぐるみ。男の子には物足りないかもしれないが、喜んでくれているようだった。協力してくれたリンスには、後でお礼をしよう。
――めっちゃイイ笑顔、見せてもらっとるで〜♪
やっぱり、笑顔は良い。元気が貰える。やる気が出る。
――俺の原点は、皆の笑顔を見ることやからなぁ。
もしも、特別大切な人から笑顔を向けてもらえたら。
どれほど嬉しいのだろうか?
「これでも十分やのに」
「にーちゃん、なんか言った?」
「なんでもあらへんよ。さっ、プレゼントもらったら他まわり。美味しい食べ物食べるとか、飾り付けとか、あっ、歌のステージもあんで!
精一杯楽しまなな!」
ケイラのリュートが奏でる伴奏と、未来の歌声と。
合わさって、見事なハーモニーがステージに響き渡る。
歌が終わり、伴奏の手が止まり、しん、とした静寂の後、盛大な拍手が湧き起こった。
自分たちの出番が終わり、ステージから降り。
「……お粗末さまでした」
「とってもいい演奏だったわ♪」
ケイラは未来と握手を交わした。それから、ステージ上から見た人々の顔を思い出し、
「やっぱり、素敵ですね」
呟く。
笑顔が、たくさんあった。
期待、尊敬、歓喜。含まれる色に差はあれど、どれも楽しそうな笑顔が。
また、ステージに立つ未来も素敵な笑顔だった。
「日下部さんや、事務所に所属してる人達は、いつもこうやってみんなの笑顔を作ってるんだなぁって。……改めて、実感したんです」
「ケイラちゃんもアイドルになっちゃえばいいわよ♪ そうすれば貴方も笑顔の作り手の仲間入り」
「アイドル、とかはちょっと。あまり目立つのは得意じゃないし。
だけど、頑張るみんなのお手伝いができたらいいな、って思ってるよ」
そう、と未来が微笑んだ。受け入れてくれている。なんだかそれが、嬉しかった。
「だから、これからもよろしくお願いします」
「マスターにも伝えとかなくちゃね」
「あはは。なんだか恥ずかしいけど」
はにかんでいたら、千尋やクロエ、バシュモの歌声が聴こえてきた。
彼女らのステージが始まったらしい。
「今度は、私達が笑顔にさせてもらっちゃいましょうか♪」
「うん。こっそり覗いちゃおう」
舞台袖からこっそり、三人の様子を窺う。
三人は天使をモチーフとしたお揃いの衣装に身を包み、くるくる踊り、楽しそうに歌っていた。
そんな彼女たちを見ていたら、自然とこちらまで笑顔になって。
「楽しいね」
「とっても」
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