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リアクション
16
クリスマスに、どうして一人でいなければいけないの?
そう考えたら、嘉神 春(かこう・はる)の身体は勝手に動いていた。
「……今年も来ちゃった」
向かった先は、去年ひょんなことから訪れることになった人形工房。
意図したわけではないのに、どうしてかまた辿り着いた。何か、不思議な力でも働いているように。
「いらっしゃい」
「……うん」
「浮かない顔だね」
「……うん」
リンスの言葉を適当に流し、手近な椅子を持って隅っこへ引いていく。パーティの輪から外れたところで椅子に座った。そのままぼんやり、楽しそうな喧騒を眺める。
手持無沙汰だった春は、鞄から去年購入した鯨とつぐみのぬいぐるみを取り出した。撫でたり、指先で押して潰したりしていじる。
「…………」
工房に来て、隅に引っ込んで、それは自分が望んでやった行動なのに、『独り』の事実が寂しくなって。
ちょいちょい、とリンスに手招きした。最初、適当な反応をされたにも関わらず彼は来てくれた。
「ねえ、渡されなかったぬいぐるみってどうなるの?」
リンスが、春の手にあるぬいぐるみを見る。察したらしい。
「せっかく買ったのに。なんか、ごめんなさい」
「気にしないで」
「うん。……ねえ、好きって何かな」
「え?」
「好きって難しい。……ボクにはわかんない」
「それは、俺も聞きたいくらいだ」
「……そっか」
「うん」
やっぱり、難しいんだな。改めて思い、立ち上がった。
「お店に来たんだから何か買った方が良いよね」
話も聞いてもらったし、冷やかしなんて嫌いだし。
春は店内を散策した。
――何がいいかな。
人形の並ぶ陳列棚を、一つ一つ見て歩く。
「ねえ、何かお勧めある?」
と、春が振り返った先には、リンスではなく神宮司 浚(じんぐうじ・ざら)がいた。
「っ、」
息を呑む春に、
「やっぱりここだったんだね」
浚は小さく笑んだ。それから、傍にいたリンスへと「ご迷惑をおかけしたようで……」と丁寧な所作で謝る。
なんだかばつが悪くなって、春は先程座っていた椅子のある場所まで戻った。
「もー。なんで来るかなー」
これじゃあまるっきり去年と同じだ。面白くない。
「春のことだからね。わかるよ」
言って、浚が春を抱きあげた。代わりに椅子に座り、膝の上に春を乗せる。
ぎゅう、と抱き締められて、春は何かを言うのを諦めた。嫌ではなかったから。
ずるい、と思う。
――ボクばっかり、あんな気持ちになってさ。
ふてくされた顔でなすがままに抱かれていると、ぬいぐるみを取り上げられた。
「誰かにあげるんじゃなかったんだっけ?」
「…………」
――こうやって、ボクの気持ちなんて、知らなくてさ。
「あげる相手なんていないし、なんなら両方あげる」
拗ねるなんて子供っぽい。自覚しつつ、春はぶっきらぼうに言い捨てた。
が、浚は相変わらずに穏やかで、けれど少し弾んだ声をし、
「ほら、やっぱり俺が貰うことになったね」
と言うものだから。
敵わないな、とため息を吐いた。ため息に重ねるように、「それに」と浚が言葉を続ける。
「万が一にも誰か渡す相手が出来たとしても、そんなことはさせない」
優しい声に含まれる暗い色を、春は確かに見た。
「春は俺だけ見てればいいよ」
緩く抱きしめられ、再度ため息を吐く。
「……いいよ。浚には敵わない」
どうせ、こうなる気はしていたんだ。
「素敵な人が見つかるまでだったら、一緒にいてあげてもいいよ?」
だから、妥協してやる。
――違う。
本当は、妥協にみせかけて。
「春の方が傍にいたいくせに」
「……そんなわけないじゃん。それよりさ、あまり長居しても迷惑だから、帰るよ」
「うん」
浚の腕が離れた。椅子から降りて、一人で立つ。
なんだか物足りなく感じていたら、立ち上がった浚に手を取られた。そのままするりと指が絡められる。
「浚、」
「うん?」
「……なんでもない」
「そう」
にこり、浚が春に微笑みかけた。
――ああもう。
本当に、浚は、ずるい。
寂しいクリスマスだったのに。
つまらないと思っていたのに。
彼が来るだけで、なんだか浮かれてしまって。
「ボク、馬鹿みたい」
「馬鹿でも可愛いよ」
「……ちょっとは否定してくれてもいいじゃない」
ざっくんのばーか、とふざけるように言ってみた。
「俺も大概馬鹿だよ」
「あっそ」
「春しか見えない」
「……あっそ」
お互い、馬鹿だなんて救えない。
けれど。
それでもいいな、なんて。
――ああ、やっぱり馬鹿みたい。
絡められた指が、手が。
離れることは、なかった。
*...***...*
去年、七枷 陣(ななかせ・じん)が迎えたクリスマスは。
「…………」
思い出すだけでもちょっと恥ずかしい、三人だけの秘密を多分に含んだものだったけれど。
今年はみんなで楽しく過ごそうということで、人形工房にやってきた。
「やっほー、また来たよー♪」
リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)がリンスやクロエに笑いかける。リーズの手には、手土産のお菓子。お菓子をテーブルに置いて、てきぱきとお茶会の準備を進めている。
「すみません、キッチンお借りしますね」
一方、小尾田 真奈(おびた・まな)は買ってきた材料を持ってキッチンへ。
「あ、ボクも手伝うよ〜」
真奈の後を追って、リーズもキッチンに入って行く。
「味見係を、ですか?」
「あっ、バレてる!」
「当然です。リーズ様とも長い付き合いですから。味見ばかりではなく、作る方へ回るのも良いものですよ?」
「うーん、えへへ。でもなー真奈さんの料理、好きだしなー」
「もう。いつもそう言って、かわしてしまうのですね、リーズ様は……」
彼女らの声を聞きながら、陣は落ち着かない様子で椅子に座った。
リーズと真奈との仲は良好。
もちろん陣との仲も言わずもがな。
「…………」
だから、だから。
そろそろ、伝えてもいいのではないか。
ポケットの中に入れた、小さな四角い箱。中身は、
「指輪?」
「わっほぅ!!?」
背後から突然声を掛けられ、酷く間抜けな声を出してしまった。思わず椅子から立ち上がる。振り返るとリンスが驚いた顔をして立っていた。
「ごめん」
「ああいや、うん。……うん」
どきどきする心臓を押さえ、再び椅子に腰掛ける。
「なぁ、何でバレたん?」
「や、あてずっぽう」
「あてずっぽうにはかなわんなー」
ははは、と笑い飛ばし、箱をテーブルの上に置いた。
箱は二つある。リーズと、真奈とひとつずつ。
「あんな。オレ、このパーティが終わったら……この指輪、あいつらに渡すんだ……」
ふ、っと窓の外を見ながら、ちょっとだけ雰囲気を作って。
昔を懐かしむように思い出していたところ、
「じんおにぃちゃん、これなぁに?」
クロエの弾んだ声がした。
「えっ」
嫌な予感に、さっ、と血の気が引く。クロエは箱を持っていた。
「こら、クロエ」
リンスが制すよりも早く、
「わー、ほんとだ! 綺麗な箱ー」
リーズがキッチンから抜けだしてきて。
「リーズ様、人様のおうちで駆けたりしませんよう――」
真奈も、リーズに続いて出て来てしまい。
「あけちゃだめかしら?」
「あけちゃおー!」
クロエとリーズが、箱の蓋に手を掛ける。真奈も、リーズが興味を持ったものに惹かれたらしく覗き込む。
七枷、とリンスに肘でつつかれて、ようやくはっと我に返る。
「いやちょ待っ――」
しかし、遅すぎた。陣の言葉を全て聞くよりも一足早く。
かぱ。
指輪の蓋は、開いた。
「「「〜〜っっ」」」
少女三人が息を呑む。とりわけクロエが慌てていた。申し訳なさそうに陣を見つめてくる。
――うん、気にせんでええよ。
そんなところに置いた自分も悪いのだから。と手を振った。おろおろしていたクロエを、リンスが抱き寄せる。
クロエのフォローはリンスに任せよう。
それより自分は、リーズと真奈に伝えなければならない。そして、このなんともいたたまれない空気をどうにかしなければ。
――ある意味チャンスだと思え、オレ!
うじうじ考えずに済んだと。
今、勢いに乗って伝えられるのだと。
三人で歩み始めた、『世間一般とは少し違う』今の関係。
動かす時は、今なのだ。
「リーズ、真奈」
「は、はい」
「はい」
「……オレと、結婚してください」
その指輪は、証です。
みんなが見守る中で、伝えた言葉は。
真っ直ぐ、彼女たちの心に届いた。
「オレらは、奇妙な関係やから、籍を入れることは出来ないけど……。そんなの関係なしに、ずっと寄り添って生きていきたい」
上手く言葉を組み立てられなくて、プロポーズの言葉の後にさらに続ける形になってしまった。
「……ご主人様」
「はい」
真奈の呼び掛けに、無意識に背筋を伸ばす。
「私は、子を産めません」
「……うん」
「籍も、ご主人様が仰ったように、問題があります」
「……だな」
「……こんなにも、幸せになって、良いのでしょうか」
「当然」
ぎゅっと真奈の手を握る。真っ赤な顔。大きな目は潤んでいて、今にも涙が零れそうだった。否。零れた。
と同時に、とん、と腰のあたりにリーズが抱きついてきた。
「……リーズの答え、聞いてもええ?」
「はい」
頷くものだから、答えを待ったけれど。
「ん。……?」
一向に続きのない彼女へと、視線を向ける。
「……だから、『はい』だよ」
「何。今日は随分お淑やかな……」
「真奈さんのまねっこ! ちぇー、上手くできないもんだなー」
早くも上品の皮を剥いで、リーズは泣いている真奈に抱きつき、あやす。
「泣かないで、真奈さん!」
「だって……これから、リーズ様と三人で……ご主人様と、在ることができるんだって思ったら……」
「にははっ。真奈さんはやっぱり、良い子だなぁ。
……ねぇ陣くん、真奈さん。ボクたち、ずっとずーっと、一緒だよ」
ね、と二人が陣を見る。
迷わず頷いて、抱き締めた。
さらには開き直って、
「オレら、婚約しました! まだ未定ですけどいつか結婚します!」
やけっぱち上等、と宣言してしまえ。
すると、工房に祝福の声が響いた。中には、おめでとうに混じって爆発しろ、なんて揶揄の声も聞こえたけれど。
「ははは! 羨め羨め! 爆発なんてしねーよ!」
少なくとも、彼女らを幸せにするまでは。
いや。
みんなで、幸せになるまでは。