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リアクション
21
天御柱学院にある自室にて。
机の上に積み上げられた書類の束を横目で一瞥し、霧積 ナギサ(きりづみ・なぎさ)はふうっと息を吐いた。
「今日のノルマもこれで終わりっと」
個人的な作業を全て終え、両手を上げて背伸びする。長時間机に向かっていたせいで凝った背中が少し軋んだ。首や肩も少し痛い。
この作業疲れをどうにかリフレッシュできないものかと考えていると、
「お疲れ様〜、少し休憩したらどう?」
別室で作業をしていた常磐城 静留(ときわぎ・しずる)がやってきた。
「トッキー、お仕事は終わったの?」
「うん。私の方はもうばっちりだよ」
――じゃあ、何をしても支障はないな。
何をするか、具体的にイメージするより前にそう思った。
思ってから、行動に移す。
椅子から立ち上がり、静留の前まで歩いていって。
ぎゅむっ、と抱き締めた。その大きな胸に顔をうずめるように。
「うーん、トッキーのお胸は大きくて気持ちいいなぁ」
「こ、こらっ。だめだよぉ」
「強化人間だってことを抜きにしても、本当おっきなお胸だよねぇ……君はスペシャルだよ」
「な、なにがスペシャルなのぉ。普通なのっ。これは私にとって、普通っ」
恥ずかしがっているような声だが、それでも引き離そうとしないのはナギサが子供だからか、それとも今日頑張っていたことを知っているからなのか。
どちらであれ、ナギサには都合がいい。ここぞとばかりに胸に顔をすりつけた。
それでも拒絶しない上、「あっ」と小さな声を漏らすので、なんだか楽しくなってきてしまう。
どこを触ると反応してくれるかな、と張りのある尻に手を伸ばし、
「ひゃぁっ」
背伸びして、首筋に顔を埋めて口付けてみたり。
「こ、こらぁっ」
が、そろそろ耐えかねたのか。
静留が大きな声を上げて、ナギサの両手を掴んだ。
「こ、こういうことは、いくら天才でも、きみがやるにはまだ早いの!」
「えー」
「えー、じゃない。もう、聞き分けのない子にはおしおきだよ!」
と、ソファに押し倒されてしまった。体格差もあり、自分が下ではろくな抵抗ができない。
できないならするべきではないと早々に力を抜いて、
「あ、素直になっ……」
油断を誘って、胸を揉んだ。
「ぜ、全然わかってない〜っ!」
「柔らかさもばっちりだね! 本当にスペシャルだ!」
こうして数分、あるいは十数分とセクハラタイムは続き。
「もう、知らないっ」
ついにはぷいっとそっぽを向かれてしまった。
調子に乗りすぎただろうか。頬を掻いて、「静留」彼女の名前を呼ぶ。
「ごめんね。今日、トッキーと過ごせてるんだーって思ったら、くっつきたくなっちゃって」
だって今日はクリスマスで、大切な人と過ごすにはもってこいの日で。
「……わかってるよ」
ぽそり、小さな声で静留が言った。
「だけど、来年は……もうちょっと、紳士に、ね?」
「トッキー! だいすき!」
許してくれたことに嬉しくなって、今度は素直に抱きついた。
背中に回された手が、温かで柔らかで心地良かった。
*...***...*
それは、完全に予想外だった。
クリスマス。恋人同士が愛を深める夜。
だというのに、まさかその愛を深める相手が、恋人が、地球に帰省してしまっていただなんて。
「……困ったな」
すごく、困った。霧島 玖朔(きりしま・くざく)は繰り返す。
このままだと今年のクリスマスは面白くないクリスマスで終わってしまう。しかも、そのタイムリミットは近付いていた。クリスマスはあと数時間しかない。
――もう少し早く、教えてくれていても良かったじゃないか。
油断すると、寂しさから恋人に対して愚痴が零れてしまう。
――……しかし俺も、あまり構ってやれなかったしな……。
続いて、自責の念に駆られ。
「…………はぁ」
重いため息が漏れた。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。
過ぎてしまったことを悔やむより、次のプランを考えた方がいいだろう。
――さてどうしたものか。
顎に手を当て、考える。
――このまま面白くないクリスマスにしないとなると……?
玖朔からの電話は、突然のことだった。
教導団の彼の部屋からかけられたそれは、今すぐここへ来いという呼び出し。
てっきり本命の彼女と出掛けていると思っていた
伊吹 九十九(いぶき・つくも)は、驚きつつも玖朔の部屋へ向かう。
「入るわよ」
ノックし声を掛け、ドアを開ける。と、玖朔は何をするでもなくソファに腰掛けていた。
「どうしたのよ」
普段の彼なら、こんな風に一人部屋に引きこもったりなどしない。気分が落ち込んでいるなら、街にでも出掛けていくはずだ。
「本命の彼女は?」
「帰省中」
「なるほど」
それで落ち込んでいる、のだろうか。いや、そうも見えない。
何を考えているのだろうかと思案していると、ちょいちょいと手招きされた。従い、隣に座る。
「九十九とクリスマスを楽しもうと思ったんだ」
「下心は?」
「さあな」
他愛のない話や、用意した料理を九十九と食べているうちに、段々とムードが高まってきた。
最初は警戒していた様子の九十九だったが、今は普通にくつろいでいる。
玖朔は立ち上がり、部屋の電気を消した。クリスマスミニツリーに飾られた電灯が、ちらちらと輝く。
「綺麗ね……」
うっとりとした様子で言った九十九の後ろに、玖朔は忍び寄り――
「きゃっ!?」
その大きな胸をわし掴んだ。
「ちょ、ちょっと! やめなさい!」
「やめろと言われて誰がやめる?」
手を止めることなく、耳元で囁く。耳朶を噛んだら、細い肩がぴくりと跳ねた。
身体をまさぐり、チャイナドレスのスリットに手をしのばせ太股を撫でる。すべすべとした感触が心地良い。
「……お?」
ふと、ソファの上に本が落ちていることに気付いた。九十九の所持品だろうか。
「……『恋愛指南書』。なるほどねぇ」
ぺらぺらとページをめくる。と、過激な内容が目に飛び込んできた。
「こんな本で勉強していたのか? 勤勉なことだねぇ」
にやにやと笑みを含んだ声で言うと、真っ赤な顔をして九十九が本を取り返そうと手を伸ばす。
不意打ちで胸を揉み、抵抗を制した。
「勤勉な九十九先生。ちょっと俺に読んで聞かせてくれませんか?」
「なっ、」
「いや〜俺ってクリスマスに彼女と過ごせないような恋愛下手ですから。ささどうぞ」
わざとらしい敬語を用いて、本を開いて眼前に突き付ける。
「あ、ぁ、……」
過激な内容に、九十九が俯いた。反応を見て、にやにやと楽しむ。
「あ、あんたって最低の屑ね。恥を知りなさい!」
「こんな本を常に携帯してる九十九に言われてもなぁ」
「ぐっ……」
「ほらほら、読んでみせて。最低の屑を更生させてくれなくちゃ」
朗読しようと、しないでずっと抵抗しているのを見ているのと、どっちが楽しいだろう。
そんなことを考えながら、玖朔はセクハラを続けた。