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はっぴーめりーくりすます。2

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はっぴーめりーくりすます。2

リアクション



23


「氷藍殿。今日、しばし出掛けませぬか」
「へ」
 真田 幸村(さなだ・ゆきむら)の誘いに、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は思わず素っ頓狂な声を上げた。
 何せいつもはこちらが誘う側。珍しいこともあるものだ、と頷く。
「エスコート、任せるぞ?」
 たまには相手に身を任せるのも良いだろう。
 では、と言って、幸村は猛禽龍・鬼灯と融合した。何をするのだろうと氷藍は幸村を見守る。
 翼を得た彼は、氷藍の手を取った。
「向かいましょうか。空へ」
 浮かびあがる。
 下方に見える、ツァンダの街並み。クリスマスのイルミネーションがきらきらと輝いているのがよく見えた。
 数日前から飾り付けられ、もう見慣れたものであったがこうしてみるとまた新鮮だ。
「氷藍殿」
 ちょっとした感動を味わっていると、唐突に幸村が囁きかけてきた。
「今一度……お伺いせねばならぬ事、明かさねばならぬ事がございます」
「……? どうしたんだ、いきなり」
 急にかしこまって、らしくもない。
 言え、と目で促すと、少しの沈黙の後「俺は」と幸村の言葉が続く。
「……何人もの契約者の許に身を置いてきました。
 誰もが俺に偽りの名を与え、屠れ殺せと名を賜った……。
 父上らに出会う事がなければ、俺は名も無き獣でしか有り得なかった筈」
「…………」
 幸村が、何を言いたいのか。
 氷藍はなんとなく悟ったが、敢えてなにも言わなかった。
「今も俺は許せぬ……否、恐れているのです。俺を歪めた契約者と言う存在を」
 悔しそうな、歯痒そうな声。
「故に父上たちを殺め、一度貴殿の前から去った……」
 苦しそうにも、聞こえた。
「……それでも、」
「…………」
「……それでも、お傍に置いて下さるのですか」
 氷藍は、問い掛けた幸村の手をぎゅっと握りしめた。痛みを感じるであろうほどに、強く。
「訊かないとわからないか」
 訊くようなことか。今更。
「……はい。訊かねば、不安に思ってしまうのです」
 それほどに、お前の心は。
「なぁ幸村。俺はまだ二十年と少ししか生きていないただの人間だ。
 お前の事を傷付けるかもしれない。恐れてしまうかもしれない」
「……っ、はい」
 どこか自嘲するような返事。最後まで聞け、と睨みつける。
「だから、教えてくれ」
「……は、」
「お前の事。少しずつで良いから」
 傷付けないで済むように。
 少しでも理解できるように。
 共に歩んで行けるようにと。
「傍に、居て欲しい。そう、俺は願う」
「肯定してくださるのですか。俺の言葉を」
「ああ。幸村のすぐ傍に、俺はいる。居たいと思う。俺だけじゃないぞ? 俺たちは、お前の傍にずっといる。すぐ傍だ」
 辛いことがあったら、どうか思い出してほしい。
「思い出したんだ」
「え、」
「お前と最初に会った時の事。眠ってたお前とうっかり契約しちまったんだっけ」
 あの夏の日、両親に会って思い出した。
「お前を見て、思ったんだよ」
 最初の邂逅の日に、
「『ああ、こいつの事、守りたい』って」
 確かにそう思って、でもずっと忘れていて。
「……まも、る」
「ああ」
「……俺を、守ると……?」
「そうだ。思い出せて良かっ――」
 言いかけた氷藍の身体を、幸村が抱き締めた。なんだなんだと思ううち、彼の身体が震えていることに気付く。
「まっ、お前、泣いてるのか!? なんでだ!?」
 何かまずいことを言ったか。傷付けないと言ったそばからこれなのか。
 青ざめかけたが、すぐに首が横に振られた。
「違、……違うんです。嬉しいのです。俺は。
 俺の過去を知っても、受け入れてくれる氷藍殿の言葉が。守ると言って下さったことが」
 嬉しいのです、と二度繰り返し。
 それ以降黙した幸村の背を、氷藍は黙って撫でた。
「落ち着いたら、ケーキでも買って帰ろう。な」
「泣くな、とは、仰らないのですね」
「言うわけないだろ」
 ちょっと、驚いたけれど。
 素直に感情を見せてくれたことの方が、嬉しいじゃないか。
 ――ああ、やっぱり。
 ――守りたい。こいつのことを、ずっと。
 あの日のように、ぼんやりと、漠然としたものではなくて。
 強く強く、氷藍は想った。


*...***...*


 今年は、レイカ・スオウ(れいか・すおう)にとって初めてパラミタで過ごすクリスマスとなる。
 ――楽しみ、だなぁ……。
 今日のことを考えるだけで、自然と頬が緩んだ。そのたびに両手で顔を押さえてしゃんとした佇まいに戻し。繰り返し。
 レイカは神を信じていない。
 そんな自分にとっても、今日は聖夜と呼ばれる日。楽しんでも良い日。
 ならば精一杯楽しもう、楽しまなければ損ではないか。
 ――昔は、楽しめませんでしたし。
 実家のクリスマスは、豪奢で煌びやかだったけれど、彼女にとって牢獄同然だった。
 その後、一人で過ごしたクリスマスも冷たい記憶となって閉ざされて。
 ――いいですよね。今日は、楽しんでも。
 楽しもうとしても。
 それに、もうカガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)を誘ってしまった。後には退けない。
 ――お洒落して、デートです。
「……デート」
 その響きに、またもや頬が緩んでしまい。
 姿見に映った自分を見て、はっと顔を押さえるのだった。


 いきなりデートに誘われるとは思わなかった。
 ――しかも、葦原か。予想外だな、いろんな意味で。
 隣を歩くレイカを見て、カガミはぼんやりと思う。
「あっ、ケーキ。ケーキがあるよカガミ。美味しそうだね。葦原風のケーキって食べたことないな、ちょっと変わったセンスだよね。和風、に近い気がする。
 出店! 出店があるよ、ねえ何か買っていかない?」
「お前、本当に食べることが好きだな」
 苦笑しつつ指摘すると、レイカはしまった! というような顔をした。それが面白くて、ぷっと吹き出す。
「……だって」
「いいんじゃねえか。好きなの買えよ、葦原なんて普段滅多に来ないんだから。それで何か美味いもん見付けたらオレにも一口くれよ」
「うんっ」
 ぱたぱたと買いに走るレイカは、いつも通り。
 いつも通り、だけど。
 ――不思議と、いつもより。
 綺麗に見えるのは、クリスマスの魔法だろうか。
 黒のドレスは、普段よりも少し大人びたデザインのものだけど、その効果とは思えない。いや、よく似合ってはいるけれど。
 ――けど寒そうだな、あの恰好。
 戻ってきたら、自分の上着をかけてやろう。レイカはきっと、カガミは寒くないの、と心配するだろうけれど。
「ねえねえカガミ、あっちにすごい建物あったよ!」
「食べ物買いに行ったんじゃなかったっけ?」
「買ってきた! 一緒に食べたら観に行こう?」
 得意げに色々な食べ物を差し出して、レイカは笑う。
「せっかく二人で居るんだから、一緒に楽しみたいんだ」
 ふっと漏れた彼女の言葉が、なんだかすごく嬉しくて。
 上着をかけてやるついでに、ぽふ、と頭を撫でてみた。
「?? え、え、何?」
「何でもない。ほら、食べて観に行くぞ」
「うんっ」


 夜になった。気温は下がり空気は冷たくなったが、カガミの上着があるおかげでそこまで辛いとは思わない。
 空飛ぶ箒に乗って、高い場所から街の景色を見下ろしながら。
「あのね、カガミ」
 レイカは話を切り出した。
「カガミの、身体のことなんだけど」
「……ん」
 夏祭りの日に打ち明けられた、彼の身体の真実。
 病に蝕まれ、余命は二年か三年か。そう告げられた、あの日から。
 ずっと考え続けていた。
 部屋に閉じこもって、時に泣いたりしながらも、自分なりに向き合った。
「諦めないよ。私、絶対に諦めない」
 出した答えは、『一緒に幸せになる』。
 カガミと恋人同士になった日から、決めたこと。
 叶えようという気持ちは、揺らがなかった。
「必ず、キミを救う手立てを見付けるから」
 どうか、自分自身で諦めたりしないで。
「一緒に幸せになろう、カガミ」
 伝え、レイカはカガミの目を見つめる。
「……いいのか?」
 しばらく黙ったままだったカガミの放った返答は、問い掛け。
「辛い思いや、苦しい思いをさせるかもしれないのに」
「それでもいいって、私は決めたよ」
「そうか。
 ……ありがとう」
 カガミがかすかに微笑んだ。
 笑ってくれた。そのことがただ嬉しくて、レイカも微笑む。
「カガミ」
「ん?」
「あのね、あの……キ、キキキ……」
 キスしても、いい?
 それだけの、たった七文字の言葉が出てこなくて。
 顔を真っ赤にしながら彼を見ると、察してくれたのかすっと動く。
 右手がレイカの頭を抱きよせ、あ、っと思う間に顔が近付いて。
 そのまま、唇と唇を重ねる。
 二度目のキスは、あの日みたいに辛くも苦しくもなくて。
 ただ、幸せを感じた。
 ――今日のような幸せが、いつまでも続きますように。
 無神論者のレイカだけれど、祈らずにはいられなかった。