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リアクション
22
土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は思い出していた。パラミタに来てからの日々を。
去年迎えた、今日のことを。
パラミタに来てから毎年、クリスマスはなんだかんだで好きな人と過ごしてこれた。
それが当たり前のことではないと、今更知る。
今年、逢えないとなって、今更。
――って、放校されてんだからしゃーないし。
そう、仕方のないことだ。
仕方のないこと。
「…………」
「私のせいだと言えばいいのに」
冷たい声が降ってきた。顔を上げると、はぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)――通称カグラ――が立っていて、声と同じく冷たい目で雲雀を見つめてきた。
「『放校されて団長に会えなくなったのは、カグラがあたしを裏切ったからだ』って」
事実そうなのよ、と言葉を続ける彼女に、雲雀は無理矢理笑顔を作った。
「好きな人に会えないのは辛いけどさ。……や、でも、こうやって地上にいられるだけでも十分かな、って。
ほら、半年間も薄暗いザナドゥにいたんだからさ。今こうしてみんなで過ごせることがさ、なんつーか。な!」
嘘だった。
本当は、好きな人と過ごしたい。会いたい。教導団に戻りたい。放校なんて嫌。だけどカグラのことを責めたくない。
気持ちがだんだん、ぐちゃぐちゃしてきた。そのタイミングで、エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)が雲雀の頭を撫でた。
「ん? なんだよ」
「なんでもないよ」
少し寂しそうに彼が笑うので、怪訝そうに見る。
「しばらく見ない間に、雲雀も優しくなったな、って」
「はあ?」
「だって、少し前ならこんな風に頭を撫でていたら『このロリコンホスト!』って怒ったでしょう」
「言われたいのかよ」
「とんでもない」
言葉を交わしてみると、いつもの飄々とした彼。
さっき見た表情は、なんだったのだろう。気のせいか。気のせいだろうか。
「いろいろ、あったんだね」
「……まーな」
「お疲れ様」
ん、と頷いた。ほぼ同時に、イルミネーションが眼前に広がった。
綺麗だな、と見上げていると、
「ヒバリ」
カグラが、声を掛けてきた。
「なんだよ?」
振り返り、問う雲雀に。
差し出されたのは、光る羽根ペンと【禁忌の書】。
なんだこりゃ、クリスマスプレゼントか、とすっとぼけたことを考えていると、
「これで『不滅の雷』を封印なさい」
ぞっとするような声だった。
「封、印……?」
カグラは、何を言っているのだろう。
「もう嫌なの。契約相手が死ぬたびに、白紙になるのは」
「…………」
「だから、この契約で最後にする封印を」
「つまり、あたしが死んだら、カグラも消滅するって?」
「そうよ」
もう嫌なの。同じ言葉を、カグラは繰り返す。
「この先どうなるかなんて、実際生きてみなきゃわかんねーだろ」
自分が死んで、カグラが白紙に返ったとしても。
サラマンディア・ヴォルテール(さらまんでぃあ・う゛ぉるてーる)が傍に居てくれる限り、なんとかなるのではないか。なんとかしてくれるのではないか。
ちらり、サラマンディアに視線をやる。後は請け負ったとばかりに顎が引かれた。
「その話ちっと待てや」
「反論も異論も認めたくないのだけど」
「知るかよ」
カグラの言葉をすっぱり切って、サラマンディアが彼女の前に歩み出る。
「お前は俺らが出会った『カグラ』に間違いない」
「……何?」
「本質は何も変わっちゃいねえよ」
言葉に詰まったように、カグラが黙る。
「生きてりゃよ、これから先の永い時間白紙と覚醒を繰り返すだろうよ。今みたいに嫌になる時もあんだろうよ。
でもな、封印は選ぶな」
「…………」
「傍で全部覚えててやっから」
「…………」
「必要なら全力で止めてやっから」
「あたしも手伝えるとこは手伝うつもりだ。カグラを封印なんて、したくねーから」
雲雀は、カグラの全てに責任は持てない。
だからこそ、彼女の持つ可能性まで潰したくはない。
封印?
もってのほかだ。
「サラマンディアが言う通り、どんな姿になってもカグラはカグラだ」
だから。
ねえ、それだけは選ばないで。
「……いつ裏切るともわからない私に、随分と甘いことを言うのね」
自嘲のような言葉に、
「良いんだよ。それくらい危ねえ奴が傍にいるほうが人生楽しくやれるんだから」
サラマンディアが肯定で返す。
「……『ディア』と呼んでいたのよね。『カグラ』は」
「ああ」
「今の私にはあなたを慕う感情は残っていないわ。以前の『カグラ』のことは、情報として記録されているだけ」
「だから何だよ。俺は『カグラ』がただ可愛くて一緒にいる約束をしたんじゃねえよ」
「……そう」
差し出されていたペンと本が、しまわれた。
「本当、甘い人達」
冷たい言葉には変わりなかったけれど、声からは少し棘が消えていた。
ほっとし、雲雀は息を吐く。
「雲雀」
唐突に、エルザルドが囁きかけてきた。驚いてわっ、と声を上げる。
「おかえり」
それから微笑んで言われた言葉に、息を呑んだ。
――そうだ。
放校されても、教導団に帰れなくても。
エルザルドも、サラマンディアも、待っていてくれた。
ずっと、待っていて、迎えに来てくれて。
「……っ、」
手を、握り締めた。
「エル。サラマンディア。……それからカグラも」
名前を呼んだ。聞いてほしくて。
「あたしこんな馬鹿だけどさ。
……よろしくな、これからも」
放校解除の報せが彼女の許に届くのは、もう少し後のこと。