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リアクション
25
「やーはー。遊びに来たー」
ゆるっと間延びした声を上げ、七刀 切(しちとう・きり)は黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)と共に人形工房を訪れた。
「珍しい。手ぶらだ」
「ははは。ちょっと店に寄ってこれなくて。あ、でも代わりに手伝わせてもらうから〜」
リンスの指摘に笑って誤魔化し、率先して動き回った。
人形作りで手伝えることがあればそれをやり。
誰かの飲み物がなければ注いで回る。
食べ物がなくなったとあらば、キッチンにあるもので調理をし、テーブルに並べ。
「……や、そんな働かなくていいよ。ていうかゆっくりしなよ、お客様でしょ? 何かあったの」
最終的には心配された。音穏があからさまにため息を吐いている。
「……いや、その」
「何?」
「……実はお願いがありまして……」
そう。最初から、下心あっての行動だったのだ。
情けなく思う。申し訳なくも思う。だけど、頼まないと、ヤバい。
「泊めて、もらえませんか……」
床に膝と両手をつき、土下座。
「ちょ、」
「先々月、先月、今月とお金が要り用で、なくて……しかも最近金食い虫が増えて、その……」
もごもごと、口ごもりながら理由を述べる。
「ガスと電気が止まりました」
冬場にこれは、命が危ない。
「水道もいつ止まるのかと戦々恐々クリスマス」
「忘れられない思い出になるね」
「いらね。泣ける」
ずびっ、と洟をすすってから床に額を擦りつけるのをやめた。顔を上げる。
「すまんが我からも頼む」
「音穏さん……!」
「金が無い原因は主に切の無駄遣いが原因なんだがな……その、増えた金食い虫というのが我の関係者で……」
黒之衣も関係してたんだ、とリンスが頷く。クロエは「たいへんそう」と音穏の頭を撫でていた。和む。クロエのおかげか、普段なら殴られるべきタイミングで手が飛んでくることはなかった。
「……というわけでな。クロエ、リンス。泊めてはもらえないだろうか」
「わたしはいいわよ!」
クロエからは即答で快諾。
リンスは? と、切は彼を見る。
「……そんな捨てられた犬みたいな目で見ないでよ」
「命綱なんだよねぇ」
「ぶった切ったりしないから」
「お? それって、」
「うん。泊まってっていいよ」
「神様ー!」
両手を合わせたら、うんざりしたような顔をされた。機嫌を損ねたくないのですぐに止める。
「何日くらい?」
「やぁ、とりあえず今日乗り切ればアテはあるから。今日だけで」
「そう、ならよかった。……のかな?」
「どうかなぁ」
またこんなことに陥るかもしれないし。
あまり楽観視はできないので、空笑い一つ。
呆れた目で見られたので、「気を付けます」と半分棒読みで呟いた。
お泊り。
すなわち、
――クロエと一緒に眠れるのではないか……!!
という考えに至って、音穏は緊張していた。
ベッドに入って話すというのは親しい友達同士がすることだと聞いた。
クロエと共にできたなら。
――楽しい、だろうなぁ。
「ク、クロエ!」
「? なぁに、ねおんおねぇちゃん」
「きょ、……今日は、我と一緒に、ね、ね、ね……」
寝よう、という言葉が出てこない。突っかかる。もどかしく思いつつも、「ね」を繰り返した。クロエはきょとんとした顔で音穏を見ている。
「ねよ、」
言えそうだと思った瞬間、電話が鳴った。
「ごめんなさい、でてくる!」
「……ああ」
拍子抜けしつつ、いやこれは丁度良い間をもらったのだと深呼吸。
電話を終えて、クロエが戻ってきた。
音穏が口を開くよりも先に、
「ねおんおねぇちゃんっ」
クロエが声を上げた。
「何だ?」
「あのね、ゆきこおねぇちゃんがとまりにこないかってさそってくれたの」
どちらさまだろうか。
「……ええと?」
首を傾げると、クロエが『ゆきこ』について教えてくれた。西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)というらしい。博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)のパートナーで、クロエの友達なのだと。
「それでね、おとまりにいこうとおもうの」
「……そうか」
つまり、一緒には眠れないのか。
残念に思っていると、手を握られた。両手で包み込むように。
「いっしょにいこっ」
「……いや、我と幽綺子は他人だぞ?」
「きいたの。わたしのおともだちもいっしょにいっていい? って。ゆきこおねぇちゃん、いいわよってわらってた」
「黒之衣、ついていってくれるの?」
リンスも会話に混ざってきた。
「それなら安心なんだけど」
外を見ながら、呟く。
空はもう暗くなりはじめている。……たしかに、クロエ一人で行かせるには心配だ。
「仕方ないな。ついていってやろう」
「ほんとう?」
「ああ」
「じゃあね、あのね、わたし、ねおんおねぇちゃんといっしょのおふとんでねたいなぁ」
驚いた。本気で驚いた。驚きすぎると声が出なくなるらしい。
「いい?」
「駄目なんてことあるか。……行くぞ」
「はーいっ」
*...***...*
ドアが、ガンガンと派手な音を立てている。
「わぁっ、はい、はいっ!」
博季は慌ててドアに駆け寄り、鍵を開けた。ドアも開ける。
「うはははっ、ハッピーロンリークリスマス!」
開けた先には、想定していた人物――南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)が笑顔で立っていた。
「うるせいやい。いいんだよイブは一緒だったんだから」
「そうかそうか。
で、妻帯者のくせ孤独に聖夜を過ごしとる気分はどうだ?」
「……姉さぁん……」
「ははは。何を本気で落ち込んでおるのだ。せっかくこのわしが来てやったというに! 楽しくないのか、ほらほらっ」
「むぐっ」
ヒラニィに頬を挟まれて、博季の口から不明瞭な声が発せられる。
――姉さん、気にして声をかけてくれたのかな。
ヒラニィが言うように、妻はここにいなくてロンリークリスマスだったけれど。
パーティをやろうと電話してきたり、明るい様子で尋ねてきたり。
――なんだかんだ、優しい、んだよなぁ。
そう思ったら、少しだけ温かな気持ちになれて。
「うん。ごめん、楽しいよ」
「なんだ、つまらん」
「つまらんって姉さん」
「まあいい、差し入れだ。ありがたく飲むがいい」
「わ、お酒。しかもいいやつ」
「わしが飲むんだがな」
「…………」
「なんだ。揺らぎないわしで安心だろう?」
「うん、安心しすぎて涙が出そう」
「ふはは。胸を貸してやらんでもない」
「今は遠慮しておく」
軽口を交わしながら部屋に入る。「ん」とヒラニィが鼻をひくつかせた。
「いい匂いでしょ。料理、もうできてるよ」
「ほう。何を作ったんだ?」
「ローストビーフとかサラダとか。オニオングラタンスープもあるよ」
「出来合いではなく?」
「勿論。お店で売ってる食材を調理しましたー」
博季は主夫だ。しかもその実力は中々のもの。
「シャンパンやワインも用意してあるんだ。飲んで、食べて、騒ごう」
「ふん、仕方ないな。早く席に着くぞ」
リビングに入った。「遅い!」とマリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)が声を上げる。
「すまんな。遅れた」
「まったくじゃ。待っておったぞ」
マリアベルの隣にはクロエ。その隣には音穏がおり、正面に幽綺子が座っている。
これで全員揃っただろうか。飲み物をグラスに注いで回る。
「じゃあ、乾杯――」
「ちょっと待った!」
音頭を取ろうとしたところ、クローゼットがバーンと開いた。登場したのは天ヶ石 藍子(あまがせき・らんこ)である。
「……いやいやいや。何をしていたの」
予想外の場所から予想外の人が現れたため、言葉に詰まってしまった。が、藍子は気にせず席に着く。
「壁に耳あり障子に目あり。そして箪笥に藍ありよ!」
ばーん、と誇らしげに言うが、そこではない。そこではないのだ。
ふるふると首を横に振ると、
「防虫剤の香りに包まれてうとうとしていたの」
藍は別の回答をくれた。斜め上の回答だった。
確かに、クローゼットの中には防虫剤を入れてあるけれど。
そして藍子は魔鎧、服に分類できないことも、なくはないかもしれないけれど。
「……いやいやいや。それでいいの? 藍子、鎧でしょ?」
「守られていると感じたわ……」
うっとりと藍子が言う。ツッコミを入れる力が消えた。
「なんかもう、いいや」
「こら、ツッコミをサボるな。職務怠慢だぞ」
ヒラニィが揶揄する。
「職務って」
職業にした覚えはかけらほどもない。
「でもそうね。これ以上乾杯を遅らせるのもどうかと思うわ」
幽綺子が助け舟をくれた。そう、身内だけならともかく、今日はクロエたちも招いている。ぐだぐだ展開はお望みではないのだ。
「じゃあ改めて、乾杯!」
グラスのぶつかり合う高い音が、響いた。
ヒラニィとマリアベル、愛子が飲み交わす中、幽綺子は料理を食べていた。
「あら、美味しい」
「でしょ?」
褒めると、誇らしげに博季が胸を張る。悔しいけれど認めざるを得ない。
「貴方また料理の腕を上げたの」
「主夫は伊達じゃないんですー。
いかにして普通の食材を美味しく仕上げるか? そこが職業料理人と違うところだね」
そうなの? とクロエが話を促す。博季が「違うよー」と頷いた。
「美味しい食材を使って美味しく作るんじゃない。美味しくなくても美味しくしなければいけないんだ」
「すきなひとにおいしくたべてもらいたいから?」
「う、」
クロエの真っ直ぐさに、博季が赤面していた。当たっているのだろうけれど、改めて(それも第三者に)口にされると恥ずかしいらしい。
こほん、と咳払いをひとつして、
「献立だって毎日違うのを考えないといけないから、大変なんだぞ」
と話を逸らしつつ締めくくった。
「大変そうねぇ」
「うん。でも、お陰様で上達はしましたよ」
「わかるわ。これならいくらでも食べられそうだもの」
素直な称賛に、よかったーと博季が笑う。
「姉さん、飲んでばっかじゃないで食べて食べて」
「むぅ?」
「美味しく出来たんだよー、自信作なんだ。はいあーん」
「あー」
素直に口を開いてみせるヒラニィが可愛らしくて幽綺子は笑った。もしかして、もう出来上がり始めているのかもしれない。
「ところで。博季の過去話が聞けるって小耳に挟んだんだけど」
藍子が唐突に口走る。ぶは、と博季が噎せ込んだ。
「どうなの、ヒラニィ」
問われたヒラニィが、「うむ」と食べるのを中断した。代わりに酒を一口含む。
「酒の肴にと用意してきたぞ」
聞きたかろ? と意地の悪い笑みを浮かべた。
「わぁっ、姉さん!? 話すの禁止!」
博季の制止に、却ってマリアベルや藍子は疼いたようで。
「聞きたいわね、是非」
「わらわもじゃ!」
立ち上がり、さあ話せすぐ話せとばかりにかきたてる。
「んむ。出会った頃のこやつはそれはもう素直で可愛らしいヤツだった……」
「姉さん、お酒入って気持ち良くなってる……! 変な事口走らないでー!?」
「迷子になって泣いておる所を拾ってやってのぅ……」
「わーわー! 忘れてよ、もー!」
「あ、その頃わしは絶世の美女でな?」
ツッコミ効果かどうか定かではないが、話が逸れ始めた。
「そこはいい」
「こらマリアベル。聞くべき所であろ。ほら聞け、どんなボンキュボンだったのかとか、言い寄ってきた男の数とか!」
「そこもいい」
「ね、それで続きは?」
「いた仕方ない……ええとどこまで話したかの?」
「老人か」
「たわけ。まだまだ若いわッ」
「あーもう、騒がないのー! ほらケーキあるよ、ケーキ。変わり種ってことでアイスケーキを用意したよー」
「ケーキ!」
「ケーキ!!」
ヒラニィとマリアベルが一瞬で釣られた。噴き出しそうになるのをこらえる。
「ゆきこおねぇちゃん、たのしそう!」
と、クロエに言われて、幽綺子はふっと我に返る。
――そういえば、色々格好悪いところ見せちゃったっけ。
お盆の時や、魔法少女の色々があった時。弱いところを見せてしまったけれど。
「もう、お姉ちゃん大丈夫だから」
「ほんと?」
「本当よ。ありがとうね、クロエちゃん」
大好きよ、と抱き締める。
「ねぇ、クロエちゃん。何でも欲しいもの、一つ言ってごらんなさい?」
「ふぇ?」
「特別に一つだけ、プレゼントしてあげる」
「どうして? ゆきこおねぇちゃん、サンタさんなの?」
あはは、と笑声が零れた。サンタさん。そう来たか。
「サンタさんじゃないわよ。クロエちゃんがとびきりいい子だから、私からも何かあげたいなって思ったの」
「わるいわ」
「気にしないで。貴方がいい子でいたから、そう思ったの」
ほしいもの、と言われて、クロエは悩んでいるようだった。そういえば、自分からねだったりしているところを見たことがない。物欲がないのだろうか。
「あのね、」
「うん」
「ずっとずっと、なかよくしてください」
「……そんなのでいいの?」
「たいせつなことだわ」
そんなの、言われなくてもしたいくらいなのに。
「ああ、駄目。私本当、クロエちゃん好き」
「ほんと? わたしも、すきよ!」
「わらわもクロエが好きじゃー!」
頬擦りしてぎゅっと抱いていたら、横からマリアベルが突撃してきた。文字通りの横槍だと思った。
「じゃからの、クロエにわらわからプレゼントじゃ!
じゃーん、アイスチョコバー!」
いつの間に準備したのか、マリアベルの手にはアイスがあり。
はいあーん、とばかりにクロエに差し向けられた。素直に応じる様が可愛らしい。
「おいしい!」
「じゃろ? それはそうと、ふふー。杯を交わし合ったということは、わらわとクロエはもう義兄弟も同然よな!」
「とうえんのちかい、ね!」
「うむ! よく知っておるのう、賢いぞ!」
「いいなぁ、義兄弟」
「む? 幽綺子も混じるか? 桃園なら三兄弟じゃし丁度良い」
混ざっていい? とクロエに目で問う。にこー、と笑われた。拒絶の意なんて一ミリたりともなさそうだ。
グラスに飲み物を注ぎ直し、かつんとぶつけ合ってみる。
「ずっと、仲良し。ね」
中身を飲み干して微笑むと、嬉しそうにクロエが頷いた。
パーティも終わりに近付き、片付けを終えた頃。
博季は、窓際で外を眺めていた。
昼過ぎに降り始め、一度は止んだ雪がまた、ひらりひらりと空を舞う。
「博季」
「ん、あ。姉さん」
「まだ待つのか」
もう、部屋の中にはヒラニィと博季以外の姿はない。
先程までの馬鹿騒ぎなんて気配しか残っていないこの場所で、一人、待ち続けるのかと。
「よくわかったね」
「わからいでか、あのメニューで」
「あはは。そこまで?」
今日、テーブルに並べたメニューはどれもこれも『冷めても美味しいもの』だ。
本当、よくわかったなぁ、と思う。
「ケーキもね。実は一個だけ取ってあるんだ」
あの人に、食べてもらいたくて。
あの人の、笑顔が見たくて。
――早く帰ってこないかな。
――貴女の顔が見たいよ。
今日のうちに一緒に過ごせたら。
雪の降る聖夜を、二人で眺められたら。
「どんなに幸せだろうね」
笑う。
切ない気持ちを押し殺して、笑う。
「…………」
ヒラニィが、何か言いたそうに博季を見た。何か言われる前に謝っておこうと口を開きかけ、着信音に止められた。メールだ。待ち焦がれた彼女からの。
開いて、読む。
「はは」
「何だ?」
「雪が降っているから迎えに来て、って」
「む。それだけか?」
「それで、うちまでの道、デートしようって」
「ふん。末永く爆発しろ、リア充め」
「うん」
ケータイを閉じて、コートを羽織る。
手にするのは、大きな傘を一本だけ。
お待たせ、愛しい人。
もっとも、待っていたのはこっちもだけれど。