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リアクション
20
健全だ、と思った。
あの早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)が、クリスマスイブにバイトをしようと言ってくるだなんて。
それも、ケーキを配達する、いわば誰かを幸せにするためのアルバイト。
「意外ですねえ……」
用意された衣装に着替えながら、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は思わず零した。
てっきり今日は、一日中デートで連れまわし、疲れたところをちょっと休もうとかなんとか言いくるめてホテルに連れ込んで……なんていう、ちょっと、いやかなりやましいことを考えていると思っていたのだ。
――ちょっと、見直しちゃいますね。……なーんて。
本人に言ったら調子に乗りそうだから、心の中だけでそう考えて。
考え事をしている間に、着替えは終わった。鏡に映るみことは、トナカイの恰好をしている。
「うん。案外悪くないし……いい感じですね」
サンタの衣装もあったのだが、生憎みことは目立つ頃が苦手だ。どうにも恥ずかしくなってしまう。トナカイのような脇役ならむしろ望むところである。
「みこと〜。準備できたぁ?」
蘭丸の声がし、更衣室のドアが開けられた。ドアの向こうには、サンタの衣装に身を包んだ蘭丸が立っている。これがまた似合っていて、
「なんでも似合うねえ……」
と、感想をぽつり。
「当然! さ、ケーキ配りに行きましょう? 他の人ももうみんな行っちゃったわよ」
「えっ、急がなきゃ!」
慌てて、でも形を崩したりなどしないようにケーキの箱を慎重に持って。
みことと蘭丸は、街へと繰り出した。
みんな行った、なんて嘘だ。
寒いから〜、と店内を出たがらないペアだっていたし、ノルマまであと数個だからとくつろいでいるペアもいた。
それでもみことを急かしたのは、蘭丸が一刻も早くみことと二人きりになりたかったためである。
――それもこれも、カップルがこぞってホテルを予約するから……!!
思い出すは、前日のこと。
クリスマスという性なる……もとい、聖なる夜は心に決めた人と一緒に過ごしたいと思うのが乙女心。
蘭丸もその例に漏れず、みことと二人きりになりたいと思っていた。あわよくば……、とも。
なので、願いや妄想を叶えるためにホテルの予約を取ろうとした。
しかし、どこもかしこも満席。
空室があったと思えば、どうにも場末感漂うホテルだったり、雰囲気が悪い。
他になんとか二人きりになれる場所はないだろうか。プレイスポット的な、素敵な場所は。
遊園地や映画館にも足を向けてみたものの、当日券は大体売り切れ。
蘭丸の行動は全て、一歩遅かったのだ。
なぜなら、誰しも考えることは同じだから。
――まったく……みんなスケベよ。最低ね!
自分のことを棚に上げて怒り、それからふと目についたケーキ配達のチラシを見て。
これだ、と運命的直感に至った。
それがこのバイトである。
サンタとトナカイがペアとなって、二人一組でケーキを配る。たったそれだけだが、確実にみことと二人きりになれる。
「さあ、蘭丸。今夜は忙しいですよ!」
みこともなにやらやる気のようだし。
空を飛んでの移動なので、邪魔が入ることもない。
「うふふ、頑張りましょうね〜」
にやり、笑った。
「っ、いま何か悪寒が……?」
「あら、風邪? あたしが温めてあげましょうか?」
「い、いい! 大丈夫です!」
早く仕事を終わらせて帰らなくちゃ、とみことは言っているけれど。
――そう簡単に帰すものですか。
蘭丸は、再びにやりと笑う。
その笑みは、不幸なことに(あるいは幸運なことに)みことには見えなかった。
*...***...*
今日は、クリスマス。
恋人たちが仲を深め、幸せな一日を作り上げる素敵な日。
だからこそ、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)は黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)を前にして。
「りゅっ、竜斗さん!」
緊張に上ずった声で、彼の名を呼ぶ。
「お、おう?」
驚いたように、竜斗がユリナの顔を見る。それだけで恥ずかしくなってしまい、顔を下げたり、上げたりと無意味な動作を繰り返してしまった。
言うべきか、言うまいか。
いや、言うしかないのだ。
今日くらいは。
今日こそは。
「あの、あの……」
もうちょっと。
あと少し。
「私と、デートしませんか!」
ようやく、言葉が出てきた。心臓がどきどきと早鐘を打ち、うるさいほどだ。
意を決しての告白に、竜斗はばつが悪そうにその漆黒の髪をかき混ぜる。
だめだっただろうか。断る言葉を、探させてしまっているだろうか。急に不安になって、小さく「ごめんなさい」と呟いた。
「何謝ってんだよ」
「だ、だって……竜斗さん、嫌そうだから……」
「はぁ? 嫌とかじゃなくて……その。
……俺から誘うつもりだったから……先を越されて、ちょっと男としてどうよ、って感じっつーか……」
けれど、その一言で相思相愛だったことがわかって。
嬉しくなって、顔を覆った。
「こ、今度はなんだよ」
「いま、きっと、顔が真っ赤なので……隠してます」
隠さなくてもいいのに、と竜斗の笑う声が聞こえた。
「支度するぞ」
「はいっ」
「今日は、私がエスコート、しますっ」
意気込むユリナに、竜斗は素直に頷いた。
どこへ行くのか等、全て一人で決めていたらしい。多少人ごみに流されていたが、足取りはしっかりと目的地へ向かっている。
まずは空京にあるショッピングモールを見て周り。
「あっ、あれ、可愛いですね……」
「買うか?」
「あっ、いえ、そんな」
「プレゼントってことで」
「えええ!?」
続いて、映画を観に行って。
「大人二人」
「えっ、竜斗さん、今日くらいは私が……!」
最終的に腰を落ち着けたのは、落ち着いた雰囲気のレストラン。
「……どっちがエスコートしたのか、わからないです」
「そうか? 俺は楽しんだけどな」
「でもでも、だって……うう」
――むしろ、誘ってくれたことだけで嬉しかったっていうか。
ユリナは引っ込み思案な性格だ。
そんな彼女が自ら(それもデートに)誘うなんて、よほどの勇気を必要としただろう。
それでも自分と一緒に居たかったと、デートをしたかったのだと考えていてくれたのだと思うと。
――あー、やべ。愛しいなぁ。
テーブルに額をくっつけて、少しでも顔を冷やそうとする。
「竜斗さん」
その時名前を呼ばれた。
何、と顔を上げると、すぐ傍にユリナの顔があって。
頬に、柔らかなものが触れた。
「く、唇は……私からするには、あの、恥ずかしい……ので」
真っ赤な顔で、しどろもどろになりながらの言い訳をするユリナ。
サプライズも、そんな言い訳も、もう何もかも可愛くて、好きで。
「ユリナ」
「は、いっ?」
「抱き締めていいか?」
「……はいっ」
レストランだとか、そんなこと、知るか。
どうせ周りもカップルだらけだし、今日は聖夜。
この日くらい、咎めることなく許してくれるに違いない。
*...***...*
エリセル・アトラナート(えりせる・あとらなーと)には、想い人が居る。
相手は女の子で、つまり同性で、さらに相手が自分のことをどう想っているのかはわからないけれど。
――それでも、好き。
彼女のためにできることはないだろうか。
考えて、考えて、エリセルは空京にあるデパートへやってきた。
どこで買うかは考えていない。
ただ、アクセサリーをあげたいな、と漠然とした考えだけで。
彼女が喜べばいいなという、気持ちだけで。
フロアを散策することしばし。
可愛らしいお店を見付けた。立ち止まり、ショーケースの中身を見る。
きらきら、きらきら、彼女の存在のように輝くアクセサリー。
控えめで、でもそれを形作る『核』を持っていて。
素敵だな、と思ったけれど、どうにも『これ!』といったものが見つからない。
別のお店も周ってみた。
若い子向けで、じゃらじゃらごてごてしたアクセサリーを多く置いてあるのお店。
同じく若い子向けだが、逆にシンプルなお店。
ちょっと年齢層が変わって、かっこいいお姉さんがつけていそうなアクセサリーの置いてあるお店。
童話をモチーフとしたアクセサリーが多く並べられているお店。
デパート全てを周りきり、気付けば時刻はもう夜で。
歩きづめた足は疲労を訴えている。
「もうちょっと。アゾートちゃんに合うものが、見つかるまで……」
自らの足に言い聞かせて、エリセルは再び歩き出す。
と、その時。
閉店作業を行おうとしていたショップに、目を奪われた。
可愛らしい、青い花のコサージュに。
ふらりと寄って手に取ると、
「可愛いですよね〜」
店員のお姉さんが、フレンドリィに話しかけてきた。
「その花、アガパンサスって言うんですよ」
「アガパンサス?」
「はい。ギリシャ語のアガベとアンサスを組みあわせた言葉です。訳すと、」
愛の花。
素敵ですよね〜、とお姉さんは微笑み、離れていった。
アガパンサスという花の名前は聞いたことがあった。なぜなら彼女の誕生花だから。
花言葉だって知っている。
「……恋の、季節」
これしかない、と思った。
「すみません、これください」
「プレゼント用ですか?」
「はい。プレゼント用で」
ラッピングされるコサージュを見て、エリセルは思う。
意味に、気付いてくれたらいいな。
でも、気付いたら恥ずかしいから、気付かないでいてほしいな。
矛盾する気持ちを胸に抱きながら。
どうか喜んでくれますようにと、彼女の許へ走る。