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リアクション
19
クリスマスだからといって、仕事がなくなるわけではない。
それは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)にも言えたこと。
――うう。早く工房に行きたいなあ……。
なんて、少しの煩悩を混ぜつつシャンバラ宮殿でロイヤルガードの仕事をこなしていく。
きっと今頃、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)はクロエと料理をしているのだろう。
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は……何をしているだろうか。コハクも料理作りを手伝っているかもしれない。
調理が終えたら、リンスを交えて歓談タイム?
――いいなあ!
考えているだけで、早く会いたい、遊びたい、とうずうずしてきた。
できるだけ早く、仕事を片付けよう。
そう決心して、美羽はやるべきことに取りかかった。
一方、工房では。
「…………」
「…………」
黙々と、コハクとクロエが編み物をしていた。時折、クロエの横に座ったリンスが「そこ網目飛ばしてる」と声を飛ばす。
「難しいですね、編み物」
手先が器用で、リンスの仕事を手伝ったこともあるコハクだが、編み物は初挑戦だった。まだ、どうにも勝手が掴めず苦戦中である。マフラーは、編み物の中では簡単だと思ったのだが。
「最初だけだと思うよ」
「ですか?」
「たぶん」
「あはは。上手になれるといいなぁ」
上手く編めるようになったら、色々な物を美羽にあげよう。
帽子。手袋。ポンチョやカーディガン。どれも、彼女に似合うようにデザインも考えて。
でも今は、そんな先のことを考えるべきではない。目の前の、マフラーに集中すべきだ。
「むつかしい」
と言って、一緒に編んでいたクロエが眉を寄せる。クロエにも編んでもらえるよう頼んだのはコハクだ。美羽はクロエのことが好きだから、クロエも手伝ってくれたと知ったら喜ぶと思って。そして今、仲良く二人で苦戦中である。
「悪戦苦闘、ですね」
キッチンでシュトーレンを作っていたベアトリーチェが、エプロンを脱いで戻ってきた。どうやら調理は終わったらしい。
「お手伝いしましょうか?」
「アドバイス、お願いします」
コハクとクロエはベアトリーチェに頭を下げた。くすり、ベアトリーチェが笑んで頷く。
「そこはこう編むと良いですよ」
「こう?」
「はい。お上手ですね」
「コハクおにぃちゃん、すごーい」
教わった通りに編んでいく。的確なアドバイスのおかげか、それともコツを掴んだのか。順調に段を重ねていく。
ちらり、時計を見た。時刻は昼過ぎ。美羽が仕事を片付けてくるのは、どんなに早くとも夕方になるだろう。
「間に合うかな」
「間に合いますよ」
「まにあわせるの!」
ベアトリーチェとクロエに言われ、コハクは顎を引いた。
「プレゼントなんだから、間に合わせないとね」
ジェットドラゴンを、全速力でとばす。
びゅぅびゅぅと風を切る音が、少しうるさい。
――耳あてとか、手袋とか……用意しておくべきだったなぁ。
冷たい風は、容赦なく身体を冷やす。特に手が冷たかった。もはや痛い。
だけど、減速はしない。仕事は結局、日が暮れるまで終わらなかったし。これ以上遅れるわけにはいかないから。
工房が見えてきた時、なぜかほっとした。プレゼントを持ってドラゴンから降り、
「メリークリスマス!」
大きな声を上げながら、ドアを開いた。
「みわおねぇちゃん! メリークリスマスっ」
クロエが、ぱたぱたと駆け寄る。ぎゅーっとクロエを抱き締めてから、「プレゼント!」とラッピングされた包みを渡した。
「美羽サンタからプレゼントだよ!」
そのままひらひらと工房内を周り、リンスに、紺侍に、ベアトリーチェに、プレゼントを渡す。
クロエには、外で遊ぶ時のために帽子。
リンスには、仕事中に使えるようにと膝掛け。
紺侍には、撮影の時手がかじかまないようにと手袋を。
ベアトリーチェにはセーターを。
それから、コハクには。
「美羽」
「わっ」
渡そうとしたら、先に声をかけられた。思わず背筋を伸ばす。
「メリークリスマス」
「うん。……メリークリスマス」
こう、改まって、対面して言うとなると、なんだか少し気恥ずかしい。
「「これ、プレゼント」」
声が重なった。また、同時にプレゼントを差し出したので、
「「……ぷっ、」」
噴き出した。噴き出すタイミングまで一緒だった。
「ちょっ、何で同じタイミングなの!」
「美羽こそ!」
「プレゼントも同じだったりして?」
「あはは、まさか」
「じゃあせーので」
「いいよ。せーの、」
「「マフラー」」
沈黙。
後、爆笑。
「何それ! 以心伝心? あははは」
笑った、けれど。
実は結構、どきどきしていた。
――同じこと、考えてたんだ。
押し隠して、プレゼントを渡す。その時、コハクの手に触れた。温かい。美羽の手が冷たいから、余計にそう思ったのかもしれない。
「……?」
一向に、手が離れなかった。ので、美羽はコハクの顔を見る。
「コハク?」
「こんなに冷やして」
「だって、急いでたから」
「冷たい」
「……うん」
いつまで、握っているのだろう?
どきどき、してしまうじゃないか。
「…………」
何も喋らないのが、また、……。
「わぁっ。もういい、平気。平気だからっ」
「うん、あったかくなったしね」
温まったというよりは、どきどきして体温が上昇した、というか。
結果的にどちらでも同じだから、まあいいか。
「……うん。ありがとう」
*...***...*
封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は、樹月 刀真(きづき・とうま)、クロエとともにキッチンでケーキを作っていた。
クリスマスを祝うケーキではなく、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と玉藻 前(たまもの・まえ)の誕生日を祝うケーキだ。
「喜んでくれるでしょうか?」
デコレーションの手を休めないまま、白花は呟く。
「よろこんでくれるわ」
答えたのは、クロエだった。彼女らしい真っ直ぐな笑顔を浮かべている。その笑顔を見ていたら、それ以外の結果は見えなくなった。そうですね、と返す。
受け取り手は、作り手側の気持ちまで察するという。
なら、こうして作っている自分たちの幸せな気分を、楽しい気分を、喜んで欲しいという気持ちを――彼女たちは、察してくれるだろう。
九月九日は誕生日だそうだ。
祝われる側にあったが、玉藻はどこか客観的だった。なぜなら、今日が誕生日かどうか、玉藻自身にも定かではなかったからだ。
月夜が勝手に決めた、玉藻の誕生日。
だけど、こうしておめでとうと祝われるのは悪くない。いや。どちらかといえば、気分が良い。
良い気分のまま、玉藻は白花と共に酒を飲み交わすことにした。
「封印の巫女、楽しいか?」
不意の発言にも関わらず、白花は「はい」と即答する。
「封印をになっていた時には考えられないほど楽しくて……勿体ないくらい、幸せな時間をもらっています」
そうか、と玉藻は笑った。
「玉藻さんは?」
「我か? 我も、毎日が楽しいよ」
昨日の続きが今日。
今日の続きが明日。
そんな、何気ない穏やかな日々は。
いとも容易く壊れてしまうことを、玉藻は知っているから。
だから、この儚くも美しい平穏な日々が、楽しくて、愛しくて仕方がない。
「黄金以上の価値がある毎日だ」
「そうですか」
「ああ。そんな毎日をもらっているのだから、これ以上のプレゼントは望まないが」
それでも、ひとつだけ欲しいものがあった。
「あえて言うなら――」
「?」
「刀真が我らに手を出してくれると嬉しいのだがな」
「手を出すって、玉藻さん!?」
「しかし今の刀真には我らの想いは重すぎるみたいだな。気長に待つか」
「……いえ、その、そうですね。待ちましょう」
うろたえる白花が、なんだか面白かった。クッと笑って杯を空ける。
「お注ぎしましょうか?」
「ああ」
お酒を注いでもらう最中、白花が口を開いた。
「月夜さんは刀真さん関連のことで余裕を感じることが多いです」
……キスの誘い方とか教えてくれましたし。玉藻にしか聞こえない声音で、白花が呟く。
「刀真と月夜は互いの距離が近すぎるからな。月夜の余裕はそこからだ」
彼女は、己の変わらぬ姿に確信を得ている。
「敵いませんね」
「それはどうかな」
黙っているつもりはないのだ。
いつか追いついてみせるさ。
工房に居た紺侍に、パーティの様子を写真に収めてもらっていた。
クロエを抱き締め、幸せそうな顔をしている月夜。
ケーキを頬張っている姿。
プレゼントを受け取って、満面の笑みでいるところまで、余すことなく。
「助かった。ありがとう、これは報酬だ」
いくらかの金を渡し、プリントアウトしてもらった写真を見る。自然と顔が綻んだ。
が、いつまでもこうしてはいられない。刀真は、受け取った写真をアルバムに収めた。
「月夜。そろそろ、帰ろうか」
それから、帰り道へと彼女を誘う。
白花と玉藻は、まだ酒が飲み足りないらしく工房に残ると言っていた。あまり迷惑をかけないようにな、と言い残し、二人で帰途に着く。
歩いている最中、不意に月夜が抱きついてきた。刀真はコートの前を開けその中に彼女を招き入れ、すっぽりとコートで覆ってから抱きしめ返した。
彼女の頭を撫でながら、思う。
剣の花嫁の姿は、使い手の大切な人に似る。
だけど、月夜は誰にも似ていない。
なぜなら、契約した当時、刀真は感情を失っていたから。
刀真を庇い、両親が目の前で魔物に殺された。
そのショックから心を護るために、何も感じないようになっていた。
――俺にとって、『漆髪月夜』が大切な人だ。
共に戦う剣であり、同じ時を生きる花嫁。
――こいつは俺の物だ。
そう言い切るのは、さすがに他のパートナー達の前では躊躇する。が、月夜だけは間違いなくそう言い切れる。
それが、刀真と月夜が契約を交わした時に交わした誓いで、当たり前になるまで護り続けた誓いだから。
月夜が望むなら。
刀真はそれに応えよう。
刀真が望むなら。
月夜はそれに応えるだろう。
その確信が持てるまで、お互いに幾度となく繰り返し。
お互いの心を尊重しながら、今まで歩んで来た。そしてこれからも同じように、同じ道を選んで一緒に歩いていくのだろう。
けれど、月夜はそれを物足りないと感じているようだ。玉藻や白花と同じことを望んでいるのが、やはり当たり前のようにわかった。
今は、パートナーたちの想いを背負いきれないという理由で先延ばしにしているけれど、それはいつまで通るのか。恐らく、限界はそう遠くないところにあるだろう。
「…………」
ちらり、月夜を見遣った。視線に気付いた月夜が刀真の目を見つめる。
そして、にこりと笑われた。
『早くしてね』。
と、言われたような、気がした。
――……お互い、理解しすぎるのも問題だな。
月夜は思う。
刀真と自分は、お互い傍にいることが当たり前になりすぎていると。
そして、お互いのことを理解しすぎている。
だから月夜が刀真の財布を使おうとすれば普通に使えるし、抱き締めてと強く望めば抱き締めてくれる。同じように、キスして欲しいと望めばキスをしてくれる。
それが、彼女たちにとっての普通。
――だから、物足りない。
今も、望んだから彼は月夜のことをコートの入れて抱き寄せてくれている。
嬉しい。
嬉しいのだけれど、それは心を満たしきってはくれない。
だから。
「…………」
じっと、月夜は彼の目を見る。それから、笑う。
――早く、今以上に私たちを満たしてね?
想いはきっと、通じただろう。ほら、少しばつが悪そうな顔をしている。
――理解しすぎるのも大変ね。
くすり、笑ってコートから出た。代わりに手を繋ぎ、止めていた足を動かす。
気持ちをぶつけた。刀真はそれに応えてくれるだろう。きっと、そう遠くない未来で。
月夜はその日を待ちわびるのだった。