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はっぴーめりーくりすます。2

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はっぴーめりーくりすます。2

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8


「クリスマスくらい休んでも良かったのに」
 とは、フィルの弁。
「いいの。フィルさんには、いろいろとお世話になっているから」
 それに対して、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)は微笑んでみせた。
「ケーキ屋さんにとって、クリスマスなんて繁盛記でしょう? 人手はあった方がいいじゃない」
「助かるけどねー」
 無言で大丈夫? と言われているような気がした。
「うん。平気」
 少し前なら、俯いて何も言えなかったかもしれない。
 けれど今日は、
「いいことがあるから」
 笑っていられる。
 ――我ながら、わかりやすいのね。
 とも思いつつ。
 今日この後に、フレデリカは想い人とのデートが控えている。
 それを思えば、辛いことでも少しは軽く、前向きに思えるのだ。
 ――……ってくらい、好き、なんだな。
 ――兄さんのことだって、大事だけど。
 ――それと同じか、……それ以上に。
 自分で出した結論に、頬が赤くなるのを感じた。
「はいはい、働くってゆーならぼーっとしなーい。さ、着替えて売り子してきてね☆」
「わっ、あ、はいっ!」
 我に返り、渡された衣装を持ってルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)と共に控室に入った。
「サンタ衣装、ですね」
 フレデリカが深呼吸して気分を落ち着けている間に、ルイーザがフィルから渡された衣装を広げ見る。
「わ、可愛い……けど、ミニスカート?」
 寒そうだし、何より恥ずかしい。
 のに、ルイーザは躊躇いなくスカートを手にした。
「ル、ルイ姉? それ穿くの?」
 こっちもあるよ、とズボンを指さす。けれどルイーザは、
「女性のサンタといえばこちらでしょう。それにこっちの方が客目を引けますしね。集客効果があるのは誰の目にも明らかです」
 さらりと言って、着替えてしまった。しかもこれがよく似合っている。
「ルイ姉すごい……サンタさんだよ!」
「でしょう? これなら少しは恩返しできますね。
 さ、フレデリカもフィリップ君のことばかり考えてないで、早く着替えなさい」
「!? そ、そんなことないよ。ないよ。フィリップ君のことばっかり、なんて、……」
 図星だった。声がどんどん小さくなる。
 その様子が面白かったのか、ルイーザがくすくすと笑った。
「……ルイ姉だって、フィルさんのためにミニスカートでサンタさんで、……すごいじゃない」
「フィルさんには恩義を感じているだけです。あいにく、フリッカが思っているような甘酸っぱい感情は持っていないのよ」
「……むう」
 もしそういう感情を持っていたら、今までのお返しだとばかりにいろいろ言えたのに。
 何も言い返せず、ただ衣装を持って更衣室に入った。


 バイトの時間が終わり、もうすぐ待ち合わせた時間。
「フィルさん、ルイ姉! 変なところ、ない?」
 私服に着替えたフレデリカが、二人の前で一回転してみせる。
 贔屓目抜きに見ても、フレデリカの格好は可愛い。だからルイーザは、「大丈夫ですよ」と微笑んでみせた。フィルは、「うん、可愛い。でもね、ここをこうした方が……」と、ちょこちょことアドバイスをしてくれた。
「二人ともありがとう! じゃあ、行ってきます!」
 笑顔で手を振って、フレデリカが店を出て行く。
 しばらくの沈黙の後、
「元気になったの?」
 フィルが問い掛けてきた。
「少しは、ですね。たまに、暗い顔も見せます」
 完全に立ち直ったわけではないと言うと、そう、とフィルが平淡な声を出す。問いかけと相槌に、どんな意図があったのかはわからない。
「……私も、まだ引きずっています」
 ぽろりと、零してしまうのは。
 相手がフィルだからだ。
 これまで頼らせてくれた、頼りになってくれた、相手だから。
 フィルは静かに、ルイーザの目を見ている。
「フリッカのこと、いいな、って思っちゃうんです。最愛の人と一緒に居られて。でも、私は、……」
 最愛の人は。
 もうここには、この世には、居なくて。
 会えることは、きっともう、なくて。
「……ごめんなさい。こんな湿っぽい空気じゃ、ケーキ、売れませんね。フリッカが帰った分も、私が頑張らなくちゃいけないのに」
 無理に笑ってみせると、フィルが顔をしかめた。
「俺思うんだけどー」
「……?」
「二人ともさー、無理しすぎじゃないの」
 無理?
 ああ、そうさ。
 でも、だって、無理しないと、誰かの笑顔を曇らせることになるかもしれないじゃないか。
 ――……あれ?
 同じことをして、抱え込みすぎて、倒れた時なんて言われた?
 思い至って動きを止めたルイーザを見てフィルは笑う。
「抱え込みすぎは良くないよ。二人とも、ねー」
「私はまだ、フィルさんに言えます。でも、フリッカは……」
 誰に、言えるのだろう。
 ――フィリップ君が、聞き手になってくれるといいんですけど。
 そしてまた、あの子を笑顔にさせてあげて欲しいと。
 願わずには、いられなかった。


*...***...*


「とあるケーキ屋さんでは、アルバイトを含む従業員限定で特別なクリマスケーキの販売があると聞きました。そして私は、そのお店がここであると推理します」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)の発言に、フィルはあらまあ、といった顔をした。
「根拠は?」
「乙女の勘です」
 きっぱりと言い放つと、フィルがあはははと笑う。違かったのだろうか。それでも笑われるのは心外だ。
「ふーん、特別なケーキが欲しいのー?」
 フィルの問いに、明日香は頷く。
 明日香が欲しいというよりは、それを喜ぶ別の人のために。
 ――あの子の笑顔が、見れたらいいな。
 そう思って、噂話を頼りにSweet Illusionに当たってみたわけだが。
「残念ながら、うちはそういう特別なことはしてないんだよねー」
「……そうですか」
 否定の言葉に、落胆の色を隠しきれなかった。
 はぁ、とため息を吐いて、「帰ります」と踵を返しかけたとき、
「その代わり、うちのパティシエさんに頼んであげるー」
「え?」
「特別なケーキを作ってくれるー? って。お代は今日一日、うちの売り子さんとして働いてくれる分でどーお?」
「噂話とまんま同じこと、していますね」
「擬えてみたんだけどなー」
 だったら最初から肯定してくれてもよかったのに。
 一瞬肩透かしを入れるあたり、この店長さんは意地悪なのではないかと明日香は思う。
 お気に召しませんで? と首を傾げるフィルに、
「やります」
 明日香は頷いた。にこり、フィルが笑う。なんだか手のひらの上で踊らされているようだった。


 用意された衣装は、サンタを模したものだった。
 上は一種類。下はスカートとズボンが用意されていたが、明日香は迷わずスカートを取った。寒いけれど、女の子がサンタさんの格好をするならスカート姿が絶対だろう。
 試着して鏡で見てみると、普段つけている大きなリボンが丁度いいアクセントとして働いていた。色も赤で、調和している。
 そうしてサンタに扮したら、客寄せのためにいざ外へ。
「いらっしゃいませー」
 客商売の基本である笑顔を振りまき、
「クリスマスケーキ、様々用意しておりますー」
 Sweet Illusionのウリでもある、種類豊富なケーキについて語ってみたり。
 呼び込みの成果は上場で、もしかしたら客商売の才能があるかもしれない、と内心でガッツポーズ。
 店を出て行った人へ、
「ありがとうございましたー」
 と明るい声をかけたとき、気付いた。
 幸せそうな笑顔を浮かべていることに。
 ――あの人たちが、楽しいクリスマスを過ごせますように。
 無意識に、祈るような願いが浮かぶ。
 同時に、口元が綻んだ。
「メリークリスマス」
 言葉と笑顔は、作られたものではない自然なものとして形になる。
「あ」
 ふと、ちらついてきた雪に空を仰いだ。
「ホワイトクリスマス、ですね〜」
 どうりで寒いはずだ、とかじかむ指先をすり合わせながら思った。吐く息だって真っ白で、凍えそうなくらいだけど。
「ロマンチックですねぇ」
 こんな日を過ごせるのなら、寒さくらい。


 呼び込みを続けていると、ちょいちょいとフィルが手招きをしてきた。
「もういいよー」
「え?」
「もう帰って大丈夫。明日香ちゃん十分働いてくれたからねー。特製ケーキもあがりました、じゃんっ」
 白い四角い箱が入った紙袋を差し出されて。
 明日香は時計を見た。
 示す時刻はまだ夕方。
 ――この時間なら、さすがにまだ、起きてますよね?
 ――じゃあ、一緒にクリスマス、祝えますかね?
「……っ、帰ります!」
 急いで更衣室に飛び込んでいく。自分でも驚くほどの速さで着替えて、借りたサンタ服をきっちり畳み、
「ありがとうございました」
 フィルに一礼し、店を出る。
 外ではまだ雪が降っていて、やっぱりとっても寒くって、でも。
 ――待っていてくれますか?
 なんでこんな日なのに家に居ないんだ、とぶすっとした顔をして、でも自分のことを待っているのだろうあの子のことを思い出すと、ほっこりした気持ちになった。
 足取り軽く、家へと急ぐ。