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リアクション
7
雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、その容姿や性格からクリスマスは素敵な男性と二人きりになっていそうだけれど。
実際のところ、クリスマスから正月にかけては親しい友人と過ごすタイプである。
なので今日も例に漏れず、家族を連れてヴァイシャリーの街に出ていた。
「何か楽しいお店はないかしらね」
手芸店にてアドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)がスパンコールを買うのを横目に見つつ、時間を持て余したリナリエッタは店を出た。同じく手持無沙汰だった南西風 こち(やまじ・こち)とベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)も一緒に出てくる。
店の外にはたくさんの人。これからデートか、クリスマスパーティか。ともあれみんな、楽しそうである。
そのうちの数組が、街の外れへ歩いていった。
「……?」
あっちに何か、あるのだろうか。どう見ても郊外だ。
――新しいお店でもできたのかしら。
少し、気になった。クリスマスに人が訪れるような店ならなおさら。
ついていった先にあったのは、『人形工房』というシンプルな看板。
「……っ、これは……」
周囲には隠しているが、リナリエッタは可愛いもの、とくにビスクドール等の人形が大好きだ。
あの工房にも、その類のものが置かれているのだろうか。半ば勝手に、脚が動いた。それからはっと我に返って立ち止まり、辺りをきょろきょろ見回して。
見知った顔がいないことを確認してから、工房に突撃。
イメージしていた通りのスパンコールを購入できて、アドラマリアがほくほくとした気分で振り返ると、
「……あら?」
さっきまで店内を散策していた面々が、いつの間にか消えていた。
慌てて店を出ると、郊外へ向かう彼女らが見えた。何か気になる店でもあったのだろうか。アドラマリアも慌てて後を追う。
リナリエッタが入っていった店は、『人形工房』。
――どういうところなのでしょうか?
気になって、アドラマリアは扉を開けた。
そこに広がっていたのは、クリスマスらしい装飾と食べ物、飲み物、ケーキの数々。パーティの雰囲気。
「……ええっと」
呑まれて一瞬たじろぐと、
「おきゃくさまだわ!」
小さな女の子がかけてきた。
「いらっしゃいませ! てんいんのクロエよ」
ぺこり、頭を下げたクロエにアドラマリアも会釈し名を名乗る。
「えっと、ここは……工房、ですよね?」
「うん! でも、きょうはクリスマスだから。ちょっといきぬきなの」
「はあ、なるほど……」
「おにんぎょうがきになるなら、ついてきて! こっちにかざられてるから!」
クロエに手を引かれ、気付いた。
彼女の手が、人間のものとは違うことに。
「クロエさんは、機晶姫なのですか?」
「ううん。にんぎょうよ」
「ゆる族?」
「とも、ちがうの。リンスにつくられた、おにんぎょうなの」
作られたお人形、といういのはよくわからなかったが、そうなんですかと頷く。人形なのか。確かに、よく見れば関節部分が球体だ。可愛い子だし、リナリエッタがクロエを見たらさぞかし気に入ることだろう。
案内された、棚の前。ずらりと並ぶ数々の人形を見て、アドラマリアはほうっと息を吐く。
「どれもこれも、人の形なんですね」
「どうぶつもつくれるのよ」
「そうなんですか。それはどちらに?」
「こっち!」
少し移動し、また別の棚の前。ぬいぐるみやあみぐるみなどの、ファンシーなものが並んでいた。
また別の棚には、変わった造形の人形があり。
「人間は凄いですね! こんなものまでつくってみせるなんて」
見るだけでも楽しくて、色々と見せてもらった。
「そうだ」
と、思いついて先程購入したスパンコールと、編みあげた靴下を取り出して。
ちょいちょいっとスパンコールを縫いつけて、
「お近づきの印と、素敵なものを見せてくれたお礼に」
どうぞ、と手渡した。
「もらってもいいの?」
「はい。この靴下から溢れんほどの幸せが、貴方様に訪れますように」
リナリエッタに連れられて、足を踏み入れた先にあったのはいくつもの人形。
「……こちと、同じなのです」
同じように、人の形をして。
顔があって、誰ひとりとして同じ姿はなくて、今にも動きそうなのに。
どの子もじっと、座っている。
目を合わせることもない。あるいは、逸らすこともない。
こんにちは、と呼びかけてみても、反応はない。
これは、一体なんなのだろう。
考えてみて、一つの結論に思い至る。絵本で見たお話の世界に。
ここは、生まれる前の赤ちゃんがいる所なのだ。
――きっと、これから、この子たちは生まれてくるのです。
自分が生まれてきたように。
この子たちも、いつか。
――こちみたいに、ぎゅってされたりするのです。
大切に想ってもらって、優しくしてもらって、幸せだと感じて。
そうなってくれたらいいな、と思った。
だって、この子たちはこちと同じなのだ。同じならば、弟妹だと認識してもいいはずで。
目を瞑った。それから両手を合わせ、指を組む。
信心深いシスターが行うような、お祈りの真似事。
――どうか、弟や妹に。
「神様にお願い?」
工房の主――リンスが、声をかけてきた。こちはふるふると頭を横に振る。
「サンタさんへのお願いなのです」
サンタさんは、プレゼントをしてくれると聞いたから。
「こちは、そのプレゼントをこちの弟や妹たちにあげるのです」
――どうか、弟や妹に、幸せをあげてください。
お姉さんであるこちにできることは、それくらいだ。
不意に、頭を撫でられた。目を開けると、リナリエッタがいた。薄く微笑んでこちを見ている。
「マスター」
「いい子」
それからぎゅっと、抱き締められた。
――うん。
――こちの幸せは、もうもらいました。
――だから、どうか、サンタさん。
今感じているような幸せが、あの子たちにも届きますように。
工房に来たはいいけれど、特にすることもないし。
ぶらり、適当に歩き回っていると知った顔。
「やあ、病院以来だね」
紺侍を見つけて、にこりと会釈した。
「お久しぶり」
「っスねェ。お元気で?」
「見ての通りだよ」
「それは何より」
ふと、彼がカメラを手にしていることに気付いた。写真家だという話を以前どこかで聞いた気がする。
「クリスマスは誰かと過ごしたりしないのかい? お仕事なんて大変だねぇ」
揶揄するような口調で言い、すぅっと顔を近付けた。唇が触れる寸前まで。
「っと、」
紺侍が、少しばかり驚いたように一歩下がる。その反応を見てにこりと笑った。距離を詰めることなく、「冗談だよ」と笑い飛ばす。
「今日はそういう大人なこと、する気は起きなくてね」
「ハハ。からかわれてンなァ」
「意外と初心な反応をするんだね」
「やァまァ、驚きますよ」
それは残念だ、とまたくすり。
「今日じゃなければ、もっと驚かせていたのになぁ」
でも、今日は駄目。
クリスマスだから、『ベファーナ』の名を持つ自分がそんなことをしてはいけないだろう。
「僕はサンタさんだからね。子供たちの前では綺麗でいないと」
「サンタさん?」
「そう、サンタさん」
簡単に言えば、イタリア版サンタクロース。そんな意味合いの魔女だけど、明かしてしまうのもなんとなくつまらないからやめておく。
「そうそう。サンタさんから一つお願いがあるんだけど」
「なンでしょ?」
「彼女たちの幸せな時を、是非その写真に収めてほしいな」
つい、と指差すは、リナリエッタとこちとアドラマリアが人形に囲まれて笑っている一角。
何を話しているのかここからでは聞き取れないけれど、楽しそうであることは見ているだけでわかる。
「人間は、そうやって記憶を残していく生き物なんだろう?」
「そスねェ。懐かしんだりね。するものっスから」
アンタは? と見られたので、僅かに口元を歪め。
「僕は、記憶より実物派、なのかなぁ?」
上書きされて消えていく、曖昧なものよりも確かだ。
だから、残していけるならどうぞ。
「ねぇリナ。写真撮らない?」
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