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はっぴーめりーくりすます。2

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はっぴーめりーくりすます。2

リアクション



2


 今日も、彼は待っている。
 あの場所で、一人待っている。
 行けばいいじゃない、と背後で彼女が笑った。
 口を噤んだまま、数時間見守った。
 彼は、その場から動くことはなかった。
 ――いったいどれくらいの間、ああやって待っていたんだろう?
 そう考えると、辛くて、苦しくて、愛しくて。
 気付けば、飛び出していた。


 かじかんだ手を、すり合わせた時だった。
「風邪、引いちゃうよ」
 背後から、リィナ・レイスの声が聞こえたのは。
 ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)は、笑顔を浮かべて振り返る。
「引かないよ。着込んできたし、それにそんな待ってない」
 そう。たかだか数時間しか待っていない。数時間なんて、三年という月日に比べたら全然短いものじゃないか。
 当たり前のように彼女の手を取って歩きだす。が、その足が数歩で止まった。否、止められた。
「リィナ?」
 申し訳なさそうな表情で、彼女がウルスを見上げる。そんな顔するなよ、と繋いだ手を強く握った。苦笑するようにリィナが笑う。
「何も、訊かないんだね」
 それはきっと、今のこの現状のことだろう。
 死んだ人間が、まだ現世に存在している。十分におかしな状況だ。
 けれど、ウルスから訊く気はなかった。
 訊きたいことがないわけではない。むしろたくさんあった。いつまた彼女が消えてしまうのかと思うと、正直、怖い。
 だけど、最も大切なことは何だ?
「リィナは今、ここにいるだろ?」
 手を繋いでいる。
 腕を引いて、もう片方の手を背に回せばほら、簡単に抱き締められる。
 ウルスくん、と腕の中で彼女が小さく声を上げた。
「俺にとって大事なことは、それだからさ」
 抱き締めたまま、囁くような声で言う。
 ――いかんなぁ。
 同時に、心の中で息を吐いた。
 傍観者のつもりだったのに、どうして、こんな。
 ――…………。
 否定的な意見を、蹴り飛ばしてみた。
「俺さ、思ったんだ」
「……?」
「少しくらい欲張りに生きてもいいんじゃないか、って」
 欲するものがあったら手を伸ばす。
 それくらい、したって。
「リンスがお前のこと見習って朴念仁になっちまってるんだよ」
 この姉弟は似た者同士だから。
 我慢強くて、意地っ張り。自己を隠して空気を読んで。
 ――で、お前らの幸せは?
「俺と一緒に居るの、嫌?」
 首が、横に振られる。うん、と頷き、
「じゃあ今日は俺とデートしよう」
 誘ってみた。今度は縦に振られた。
「でも、夕方には帰るよ」
「上等。それまでを素敵な時間にすればいい」
 そうと決まればさあ行こう。
 できるものなら、きみの弟にも見せつけてやろうか?
 ――姉の幸せな姿を見たら、何か考え方も変わるんじゃないかな。
 変わるといいなと思いつつ。
 指を絡めた手を振って、二人は前に歩きだす。


*...***...*


 ケーキ屋、『Sweet Illusion』店内。
 マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)は、フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)の店にいた。用があるのはフィルではなく、魔女――ディリアー・レッドラムの方だけれど。
 フィルが情報屋として仕事をする時に使う部屋を借りて、マナは彼女に対峙した。
 魔女の赤い唇が、長い睫毛に縁取られた瞳が、嫣然な笑みを形作る。
「それで?」
「今日一日、リィナ様をウルスが連れ出してしまったので。代わりのお手伝いを務めさせていただこうかと」
 宜しくお願いします、と丁寧に一礼すると、高い声で彼女は笑った。愉快そうに。表情を三日月に歪めて。
 何がそんなに面白かったのかマナにはよくわからなかったが、まあ笑っている分には良いだろう。代役になるのなら精々、相手を楽しませなければならないだろうから。
「でもアナタ、つまらなそうね」
 透明な、流れるような声でディリアーが言った。それは恐らく当たっている、と心の中でマナは呟く。
「何分若輩ですので」
 心を揺さぶられる物事が少ないのです、と告げると、魔女はまた質の違う笑みを浮かべた。
「それでも暇潰しの話し相手程度にはなれるかと」
「そうね。じゃァ質問。
 どうしてアタシがあの子に関わってるって思ったの?」
 当たってたけど、と彼女は続けた。たぶん、だからこそ興味を持ってここに来たのだろう。でなければ退屈凌ぎでも来たりはしなかったと、マナは思う。自分で言ったように、マナは決して彼女を楽しませることはできないだろうから。
「言葉の端から推測したまでです」
 ウルスが、あるいはリィナが何も言わなくとも。
 端々に滲むものまでは、隠しきれない。
 拾って、繋げて。まるで一つのパズルを完成させるように組み立てていけば。
「自然と貴女様が浮かび上がりました」
 食えないわね、と魔女が言う。お褒めに与り光栄です、とまた一礼。
 実のところ、半分程度はハッタリだったが。
 ――何せピースが足りませんからね。
 消去法で関係者を消していって、残った彼女に当たってみただけなのだ。たまたまそれが、大当たりだった。
「つまらないって言ったこと、訂正しようかしらァ。甘く見てると大火傷しそう」
 能ある鷹は爪を隠すって言うものねェ、と笑う彼女にグラスを差し出す。
「なァに?」
「シャンパンとケーキを用意してあります。
 若い二人を一人で観劇するのは些か味気ないのでは?」
「……まァ、そうねェ。
 仕方がないし、ちょっと面白かったし……流されてあげるわァ」
 魔女の真向かいの席に座り、グラスにシャンパンを注いで。
「聖なる日に、乾杯」
 キン、とグラス同士がぶつかる音が、いやに大きく高く響いた。