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リアクション
5
クリスマスといえば?
ケーキ!
そういうわけで、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、遠野 歌菜(とおの・かな)、月崎 羽純(つきざき・はすみ)はSweet Illusionまでやってきた。
ただし、単にそこでケーキを食べるためではない。
「フィルさん、ちょっとだけお店貸ーして?」
自分たちで、ケーキを作って食べるためである。
唐突な一言にも関わらず、店主であるフィルはいつもと変わらぬ笑みを浮かべ、
「営業に支障がない程度ならいいよー。何するの?」
と問い掛けた。
「ダリル主催のケーキ教室☆」
あらま、とフィルが目を開く。
「ってことは厨房か。んー、あっちは俺の領域じゃないからなー」
「領域?」
交渉するルカルカの後ろで、歌菜が首を傾げていた。視線を向けられたダリルが、はて、と同じように首を傾げる。
「許可もらってこないとだー」
言って、フィルが厨房へと続くドアを抜けて店の奥へ引っ込んだ。
面々がどういうことだろうと疑問に思っていると、羽純がふと口を開く。
「Sweet Illusionにはパティシエがいるんだ。ここのケーキはそのパティシエが一人で作っていると聞いたな」
「ええ、一人で!? いっぱい種類があるのに、すごいんだねえ……」
歌菜が感嘆の声を上げる。
「らしい。いつだったかフィルが教えてくれた」
常連である羽純は、たびたびフィルと話すのだろう。ルカルカも知らない話だった。
なるほどー、と『領域』発言に納得していると、ドアが開く。フィルが戻ってきた。
「今日はクリスマスだし、貸してもいいよってー♪」
よかったね、と笑って言われた言葉に、思わずルカルカは歌菜にハイタッチした。
「普段は絶対人を踏みこませたがらないんだけどねー」
さすがクリスマスだね♪ と笑うフィルの前に、歌菜と羽純が歩み出る。
「? どしたのー? キッチン使っていいよ?」
「あのっ、これ」
歌菜がフィルに差し出したのは、薔薇とかすみ草をハート形にアレンジした、煌びやかで可愛いフラワーアレンジメント。
「場所を貸していただくお礼です」
「みんなで出し合って相談して決めた。これなら店の内装にも合うだろ?」
「まだあるよ!」
と、ルカルカも歩み寄り、花束と小さな箱を渡した。
「箱の中身はイースターエッグ型のオルゴール付き宝石箱だよ。
花束は店内に飾れるし、宝石箱は普段使いにいいでしょ? 中にね、プレゼントも入ってるよ♪」
ちなみに、ルカルカの言うプレゼントとはフィルの誕生月の宝石、オパールがあしらわれた髪飾りだ。
「うわあ、そんな気を遣わなくてもいいのに。でも俺みんなののそういう礼儀正しいところ、大好き☆」
ああ今女の子の恰好だったらみんなに抱きつくのになー、と笑うフィルは、本当に喜んでいるようだったので。
みんなして顔を合わせ、よかったねと笑った。
厨房は、さすがというかなんというか。
手入れは行きとどき、使うのを一瞬躊躇うほどに磨き上げられ綺麗にされており。
調理器具や材料に至っては、
「豊富すぎるくらいだな」
周りを見渡し、ダリルが言った。
大小様々なボウル、ホイッパー、ケーキ型。
冷蔵庫を開けてみると、果物や生クリームが所狭しと、しかしきちんと整頓されて入っている。
香り付けの酒の種類も多種多様。ドライフルーツやナッツ類も大量に。
「こ、このチョコ……ルカでさえ知らないよ!?」
「チョコレートフリークのルカさんでも!?」
「世界って広いんだなあ……うーん入手先教えてもらわなくちゃ」
「それはともかく。始めるとするか」
ダリルの一声に依って、それまでのゆるい気分が少し締まった。
今日はダリルによる、みんなのためのケーキ作り教室なのだ。
作るケーキは全員ばらばら。
歌菜はクリスマスらしくブッシュドノエルを、羽純は好物のモンブランを、ルカルカはチョコレート好きらしくザッハトルテを、ダリルは少し大人の風味のオペラケーキを。
それぞれが材料を用意し、調べてきたレシピを元に作り始める。
細やかな部分をダリルが見、
「ザッハはジェノワーズも大事だからな」
「はーいっ」
「モンブランクリームが荒いと舌触りが悪い。滑らかにな。あと絞り始めたら手を止めるなよ」
「上手く形にならない」
「初めはそんなものだ。じきに慣れる。
遠野……にはあまり口出ししなくても良さそうだな」
「えっ、そんな。私にも教えて下さいっ」
「ルカに言ったこととほとんど同じだな。ジェノワーズが大事。丁寧に作ること。混ぜながら薄力粉を入れるのが上手くいかないようなら手伝うが」
「あ、慣れてます!」
「ほらな。することがない」
「……あ」
ので、ダリルは主にルカルカと羽純の様子を見ながら自分の作業を並行して進める。
「チョコレートは細かく刻めよ」
「テンパリング大事?」
「当然」
「あ」
不意に、羽純が声を上げた。手元には包丁と、モンブランの土台となるスポンジ。指先からは血が滴っている。
「切った」
「見ればわかる」
最初に、刃物には気を付けるようにと言うべきだった。羽純は、歌菜の手伝いで調理することはあっても一から自分で、というのは初めてだと言っていたし。
小さく後悔しながら、ダリルは羽純の指を咥えた。
「ってオイ! 何してんだ、舐めるな!」
「? 治療だが」
咥えたのはほぼ反射だった。そのままヒールし、口を離す。
「気をつけろよ」
「……サンキュ」
綺麗に治った指を見て、羽純が言う。若干引き攣った笑いだったが、何か変なことをしたのだろうか。
疑問に思っていると、にまにま笑顔のルカルカが脇をつついてきた。
「月崎君の味見はいかが?」
「血液だから鉄の味だが?」
まさか剣の花嫁の血液は人とは異なると思っているのだろうか。真顔で返したのだが、「あ、そ」と拍子抜けしたようにルカルカは笑った。
「あれ?」
一方、集中してケーキ作りに励んでいた歌菜は、手を伸ばした先にあるものがなくて戸惑っていた。
「クリームとフルーツが消えてる?」
必要な分は全て出しておいたのに、その半分にも満たない量になっていた。
おかしいな、と辺りを見回す。ない。神隠し? ケーキの材料が?
「?? なんで?」
困った。生クリームもフルーツも少ないブッシュドノエルなんて寂しすぎる。いっそのことロールケーキにした方がマシなくらいだ。
「遠野」
困っている歌菜に、ダリルが耳打ちしてきた。あれ、と指差す先には、こそりこそりつまみ食いをするルカルカの姿。
「って! ルカルカさんだったんですか!」
わずかずつとはいえ、定期的に食べられていたらなくなってしまう。現に、もう半分以上ないわけだし。
「は! 見つかった……」
えへへ、と笑うが、笑いごとではない。
「もうっ、だめですよ〜!」
「だって、美味しいんだもん」
「どうしても食べたかったらこちらをどうぞっ」
と歌菜が差し出したのは、前もって作ってきたクッキーだ。
本当は、ケーキが焼ける合間のお茶会用に、と作ってきたのだけれど、まさかこんなところで役に立つとは。
「ルカには餌付けが効果的。よくわかっているな」
「あはは。まあ、付き合いもそれなりですから」
ダリルと話す間も、ルカルカは「うまうま」とクッキーをぱくついていた。なんだか小動物のようで可愛らしい。
「食べるのはいいがな、ルカ」
「ん?」
「自分の分のケーキはどうした」
「……あはは。チョコ細工の薔薇が難しくて、詰んでます」
「……まったく。グラサージュまでは綺麗に出来ているんだからあと少し、頑張れ」
「ダリル先生、実演おねがいしまーす」
ダリルによる、チョコ細工の実演。それは歌菜も気になる。
思わず目を輝かせてダリルを見ると、二人分の視線に耐えられなかったのかダリルははぁ、と息を吐いた。
なんだかんだで。
無事に全員分のケーキは完成し、厨房にはいい香りが広がっていた。店内の一角を借り、そこにケーキを移し。
丁度良いタイミングで、ダリルの淹れた紅茶も用意された。ティータイムの準備は万端。
さあ、手を合わせて。
「「いただきまーす♪」」
ルカルカと歌菜が声を合わせて、実食。
「あまーい♪ チョコレートはやっぱり至高☆」
「本当……! ルカさんのザッハトルテ、美味しいです!」
「遠野のブッシュドノエルもいい味だ。完成された見た目なのもいいな。店売りでもいける」
「ダ、ダリルさんに褒められた……! どうしよう羽純くん!?」
「喜んでおけ。実際に美味い」
「……あ、ありがとう」
「ダリルせんせー、ルカのケーキはどうですかっ」
「チョコ細工をもっと頑張れ。あと飾り用にマカロンを使ったのはいいが、温度調節で気を抜いたな? そこが減点だ」
「……なんか、ルカには辛口?」
「平等な評価だ」
歓談を交えながら、ケーキをぱくぱく平らげる。
甘いケーキと、さっぱりとした紅茶の風味が実によく合っていて、いくらでも食べられそうだった。
特に羽純とルカルカがあちらに手を出しこちらに手を出し。
「月崎君、甘いもの好きなんだねー」
「ん、まあな」
「語れる?」
「いいのか? 語り始めると長いぞ」
どうぞどうぞ、とルカルカが促し、歌菜もダリルも嫌そうな顔をしていなかったことを確認してから。
「まず、ショートケーキが文句なく美味い店はどのケーキも美味い」
羽純は切りだした。
「Sweet Illusionもそうだな。新メニューでも期待はずれだったことはない。
もちろん基本を抑えたベーシックなものも何でも美味い」
「そうなんだ。ルカ、ここにはよく来るけど気に入ったメニューばっかになっちゃうから参考にどれがいいか教えてもらいたいかも」
「俺の好みになるが……チョコ系ならガトーショコラ、ザッハトルテ。
チーズケーキはリコッタがいい。まあ、気まぐれで作っているようだから店頭にないときもあるが。頼めば次に来る時には必ず置いてある。
タルトもいい。あれはどれを食べても外れなしだから好きなものを選べばいい。それからシュークリームもまた絶品で……ん? ダリル、何をメモしている?」
ダリルが何か書いていることに気付き、話すのを止めて問い掛ける。
「いや。あまりに楽しそうに語るものだから、俺も作ってやろうかと思ってな」
覚えておこうと思った、とメモを仕舞う。
「それは是非。楽しみだ」
「ああ。順番にな」
ふっと笑って、ダリルが羽純の頭を撫でた。
「なぜ撫でる?」
「羽純が可愛かったからな」
「……お前、目が悪いんじゃないか?」
「視力は3.0ある」
「そういう問題じゃない」
テーブルの下で、歌菜が羽純の服を引いた。
なんだよ、とその手に手を絡ませると、きゅっと握り締められた。
片手だとケーキを食べづらいなあ、と思いながらも、そのままにしておいた。
と、来店を告げるベルが鳴る。
「ちわース。約束通り写真撮らせに来させてもらいましたァ」
やってきたのは紺侍だった。手にはカメラ。写真、という言葉にルカルカが反応する。
「撮ってもらおっか♪」
「私もそう思いました♪」
女子二人が乗り気なら、男二人に断れる要素もなく。
「紡界さーん!」
「ケーキあげるから、写真撮ってくれないかな?」
アルバムに、また一枚の思い出を刻む。
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