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リアクション
裸の付き合いの続く温泉。
場所はちょっと変わり、こちらは露天風呂である。
「はー。温泉に浸かりながら飲む日本酒も美味しいわー」
露天風呂に持参した日本酒の入った徳利を載せたお盆を浮かべ、お猪口に注いでは飲み干し、またおかわりする、という至福の時を堪能しているのは、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)であった。
「全くおぬしは本当に酒が好きじゃな。ここに来てもまだ酒を飲むつもりか」
リーラの飲みっぷりを呆れ顔で見ていたアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が呟く。
「アレーティアもどう?」
リーラがお猪口を差し出す。
「何? わしにも一献付き合えと?」
「いいじゃない! 折角温泉でお酒が飲めるんだよー?」
アレーティアに有無を言わさずお猪口を渡したリーラが酒を注ぐ。
「まぁ、時には付き合ってやってもよいか……」
小さなお猪口を見つめたアレーティアが、グイッと飲み干す。
「わぁ! いい飲みっぷりだね!」
「ふむ……日本酒もたまには良いな……って何で飲み干した矢先に注ぐんじゃ、お主!」
わんこそばのおかわり並みのクイックさで酒を注いだリーラを非難するアレーティア。
「そんなの、お猪口が空になったからに決まってるじゃない」
かなりの酒豪でどんなに飲んでも顔色一つ変わらないリーラにとって、グラスが空になる、という事は耐え難き苦痛なのだ。
「それとも、私の酒が飲めないって言うの?」
ズズィッと顔を近づけるリーラ。酔ってはなくとも少し酒臭い。
「いや、別に飲めなくはないが……わかったわかった飲めばいいんじゃろ飲めば!」
アレーティアは、観念したかのように、またお猪口を口に運ぶ。その様子に、リーラはニヤリと口の端を歪める。
「(とりあえず小煩いアレーティアはお酒飲ませて潰すとして……ヴェルリアは……)」
リーラの瞳が、先程まで「やっぱり大きいお風呂に入ると気持ちいいですね!」と騒いでいた未成年を探す。
「……おや?」
何やら自分の胸元を見つめて溜息ばかりをついている銀髪の少女、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)。
「何を気にしてるのかなー。この娘は♪」
「ひゃっ!?」
後ろから忍びよってヴェルリアに抱き締めるリーラ。
「い、いきなりどうしたんですか、リーラ?」
「それは私の台詞よ。どうして温泉で落ち込んでるの?」
「え? べ、別に」
「ふふふ。隠しても無駄よー。見てたんだから、貴女が落ち込んでる所」
ウリウリと頬ずりするリーラ。
「何か気になる事でもあるのー?」
「え? 何を気にしてるのかって?……それはその……」
ヴェルリアは更衣室で見た事を思い出す。
丁度お風呂からあがった沙幸やアイスを売っていた雅羅の……ずっしり! どぉぉーーん!な胸。それに比べて、自分のは……。
「リーラ。胸の大きくなる温泉とかないんですかね……」
「へ?」
「こう、周りを見ると……はぁ」
年頃の悩みを吐き出すヴェルリアに、アレーティアがを言う。
「何を言うか、ヴェルリア!」
「アレーティア?」
「大きければよい、というのは男どもの幻想じゃ! 形こそ重要! 理想はお椀か釣鐘型じゃ! ……ヒックッ!」
「アレーティア? 酔ってます?」
「わらわが酔うものか!」
アレーティアは、そう言うと、リーラの徳利を持ち、そのまま飲んでいく。
「あーあ。高いお酒なのに」
「なんにょ、これくはい……!」
ロレツが怪しくなってくるアレーティアを、そろそろ止めようと思うヴェルリア。
「えい!」
「キャッ!?」
突然、リーラがヴェルリアの胸を背後から鷲掴みにする。
「いきなり何を!?」
「そんなに気になるなら大きくなるように私がマッサージしてあげるわー!」
「マ、マッサージですか? ……ちょっと、リーラ!? あ、あンッ!!」
「うふふふ……可愛い声出すじゃない、ヴェルリア」
寄せて上げるように、背後からヴェルリアの胸を揉みしだくリーラ。
「ふむふむ……芯はあるけど、イイ胸ね」
「や、やめ……!」
「あ。痛かった?」
リーラが一旦手を止める。
「痛くはないんですが……その、何だか変な気分になって……」
頬を赤らめるヴェルリア。
その言葉を聞いたリーラは満面の笑みになり、
「じゃあ、もっと気持ちよくしてあげるー!!」
「きゃああぁぁぁ!」
「大丈夫よ、任せて! 私、どっちもいけるクチだから!」
リーラによる強制発育マッサージを受けるヴェルリアを見て、アレーティアは普段冷静な彼女らしからぬ笑みを浮かべる。
「ひゃっはっはっは! いいろー! いへー! リーアもベルリャも! あ、ベルリャ? おぬひ、あんまひあばれるお、むもうのあほこが見え……」
「きゃあ! アレーティア! それは秘密ぅぅ!!」
叫びをあげたヴェルリアがアレーティアに襲いかかる。
「お!? わあわのむねも揉むきか? よいよい。とくべつに許す。さぁ、くるのひゃ!!」
組んずほぐれつする三名。湯に浮かんだ難破船のお盆が静かに揺れている。
「垣根を超えた先の女湯から何か聞き覚えのある声がしたりして騒がしいが、今回は聞こえなかった事にしよう……酒の席での話は無礼講って言うしな……」
男湯の露天風呂に浸かる柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、そう言うと、静かに目を瞑る。
「偶にはこうやって一人でのんびりするのもいいもんだな……」
自分以外に客の居ない露天風呂で、真司は身体を伸ばす。
「わー! アレーティアの胸も気持ちいいわねー! 揉んじゃえ!」
「くぅッ! リーア!? おぬひ、こんなわざをどこで……」
「まだまだー!」
「ぬくッ!? あ、それいひょうは……はぁ!」
真司は両手で湯をすくい、顔にかける。
「聞こえなかった事にしよう。……気にしたところで手出しできないしな」
自分に言い聞かすように呟く真司。
そこに、風呂巡りを楽しむラルクがやって来る。
「お! 露天風呂が空いてる! こりゃいいぜ!」
真司は湯船に入るラルクに軽く挨拶をする。
「ふー! 静かで落ち着くなぁ」
「ええ。本当にそうです……」
真司が言いかけた時。
「よーし、アレーティア! 今日、ここでヴェルリアの胸を三倍にしちゃおうよ!」
「よひきた! わらわたひから逃げられると、おもふなー!」
「ひぃぃ!? も、もう私、こ、コレ以上されたら、おかしくなっちゃうぅぅ!!」
「コラ! 抵抗する気? お酒を返しなさいよ!!」
ラルクが垣根の方を怪訝そうに見やる。
「随分うるせえ連中もいるな」
「……すいません」
真司が消え入りそうな声でラルクに詫びるが、どうも聞こえなかったようだ。
「しかし、今日は十分風呂を堪能したな! あとは、ここに日本酒とお猪口があればいいんだがこればっかは贅沢だよなー!」
豪快に笑うラルク。
そこに、垣根の向こうから、徳利とお猪口が飛んでくる。
「ん? おっと……!」
ラルクが立ち上がり、それを受け止める。
「すげぇな……本当に来たぜ。しかもまだ半分は入ってる」
「……」
驚くラルクの持つ徳利とお猪口に見覚えがある真司だが、敢えてここは黙っている。
「ほれ?」
ラルクがお猪口を真司に差し出す。
「え? お、俺もですか?」
「幸運にも酒が手に入ったんだ。ここは飲まなきゃならねぇだろ?」
笑顔のラルクに促された真司が「少しだけなら」とお猪口を持つ。
「じゃ、乾杯だ」
ラルクと真司は、隣から相変わらずのリーラ達の騒ぐ声を聞きながら酒を飲み交わし、談笑する。人付き合いが苦手で誰に対しても素っ気無い態度を見せる真司も、お酒と温泉の開放感から楽しい時間を過ごしたようだ。
その後、ラルクは「あ、いけねぇ! ガイのやつをすっかり忘れてた! 風呂上がったらお詫びといっちゃあなんだが牛乳を奢ってやるかなー」と言い、空にした徳利とお猪口を残して去っていく。
「……久しぶりにお酒を飲んだな」
ふぅ、と真司が溜息をつく。隣から聞こえていたリーラ達の声は既に聞こえなくなっている。
「(たまには、裸の付き合いもいいのかも)」
真司はそう思うと、体を温泉から起こす。少し、体が重い。お酒のせいか、長湯のせいか……。
「(ラルクはパートナーに牛乳を奢るって言ってたが……今、ヴェルリアに牛乳を薦めたら、ひょっとして怒られるのかな?)」
心地よい疲れの中、真司はそんな事を考えながら温泉を後にするのであった。