|
|
リアクション
派手な雅羅のパフォーマンスがあるのは、施設の裏方仕事を堅実にこなす者の存在があってのことだ。
執事スタイルで銀の盆に乗せた飲み物等を手に、スパ施設の間を渡り歩くのは聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)であった。
「皆様、宜しければお飲み物をどうぞ?」
女性が好む漫画に出てきそうな、涼しい容姿の青年執事は、そう言って各風呂を巡ってはサービスに従事していた。
「なー、店員さん?」
入浴客が聖に話かける。
「はい?」
「この温泉、結構熱いんだけど、もうちょっと湯加減調節できない?」
客に問われた聖はパフォーマンス的に恭しく答える。
「こちらは食塩泉でございますね。保温効果が高く湯冷めし難いのが特徴です。殺菌力がありますので鎮静効果や、火傷、切り傷、慢性の皮膚病、婦人病にも効果があるお湯でございます。そのため少し肌に熱く感じるかも知れません」
「あー、そうなんだ」
「はい。肌の弱い方は長湯は控えられた方が宜しいかと存じます」
『温泉管理人』や『温泉マイスター』の称号を持ち、泉質や効果を即座に答える事が出来る聖の説明に客は納得する。
「わかった! サンキュー!」
「お客様? もし、宜しければこちらの温泉などもお薦めでございます」
聖は、客に『温泉神殿』と描かれたパンフレットを手渡す。
「温泉神殿?」
「はい。私が管理人を努めています。大荒野にある温泉の一つでございます」
聖は、パラミタ各地を巡って温泉の泉質調査を行い、全パラミタの温泉の素を作る事ををライフワークにしている温泉ハンターであった。その興味はニルヴァーナまで及ぶ。
パラリと客がめくった温泉神殿のパンフレットの中には、
『五千年の時を超え現代に遺された、シャンバラ女王を奉る神殿を改装し『温泉神殿』は作られました。旧王都の遺跡群が眠る大荒野を吹き渡る、ロマンあふれる古の風を感じられる露店風呂が皆さまのお越しをお待ちしています』
とあり、見どころとしては、
・代王も湯あみされた露天風呂
・温泉を掘り当てた大蛇のモニュメント
・豪華?珍味?大荒野料理
・ロイヤルガードの???
・キャンティちゃんグッズショップ
そう言えば、いつか、パンフを持って移動中に、ひらりと一枚落ちそうになったのを宙で受け止めてくれたヘルに微笑した事を思い出す聖。
その時と同じ言葉を入浴客に向ける。
「宜しければ、そちらの温泉にも是非どうぞ?」
聖が接客ならば、浴槽の掃除はキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)の担当であった。
「近頃お客さんがめっきり減ったと思ったら……キャンティちゃんに無断でスパ施設なんて許せませんわー」
誰もいない準備中の風呂場。浴槽を磨きあげたキャンティは、湯を張り、花びらたっぷりの薔薇風呂の準備を整えようとしていた。
湯船に浮かべる薔薇の花を選別するキャンティの傍では、ちび ちゃん(ちび・ちゃん)が籠の中ですぴすぴお昼寝している。
「202X年……大荒野は、温泉の湯気に包まれた。群雄割拠の温泉戦国時代の幕開けですぅー。湯は、shockー♪ 湯は、shockー♪」
微妙にまずい鼻歌を歌いながら、いずれ我が天下となるだろう、と思い込んでいるキャンティは、パッパッと風呂に使う薔薇を選んでいく。
「キャンティ。準備は終わりそうですか?」
「あ、ひじりん!」
ヒョイと顔を出した聖に振り向くキャンティ。
「もっちろん、完璧ですぅ!」
「そうですね……」
薔薇の香りが漂う中、綺麗に磨かれた床を見た聖は、眠るちびを確認すると、風呂場の扉を閉める。
「スパ施設にとって手放せない人材になる事で、発言力を得つつのし上がり、最終的にスパ施設から、温泉神殿一帯を温泉郷として開拓し、後々そのすべてを乗っ取る私達の計画……」
「うんっ! 『パラミタ・キャンティちゃんランド』のためにね!!」
冗談か本気か分からない野望を、聖から聞いて本気にしているキャンティが宣言する。
「……ええ。そのためにも、私達は敢えて敵に塩を送る行動をしているのですから」
スパリゾートアトラスのような大型施設にまともに対抗しようとしても、今の温泉神殿には勝ち目がない、と考えた聖の真なる目的は、『秘湯として知る人ぞ知る通の為の温泉という売りを得たい』というものであったのだ。
自らの『温泉神殿』のパンフレットを補充した聖は、キャンティの元を後にする。
施設を歩きながら、聖は考えていた。
「(温泉を求める客が集まるこの施設の目立つ場所に『温泉神殿』のパンフレットを置かせて貰いましょうか……)」
店員に『温泉』をよく知る聖が加わることはスパリゾートアトラス側にとっても心強かったのだろう。それを見抜いた聖は、給料の代わりにパンフレットを置かせて貰う交渉を行っていたのである。
「聖?」
パンフレットを入り口ロビーに置いていた聖の前に現れたのは刀真であった。背後に月夜達もいる。
「樹月様。今からご入浴ですか?」
「いや、今から帰るところだ。……疲れが取れたのか疲れたのかわからないけど」
首をゴキリッと鳴らす刀真を、白花が申し訳なさそうに見ている。
「そっちは仕事か? 頑張れよ」
そう言って、通りすぎようとした刀真を聖が呼び止める。
「そうそう、忘れるところでした。樹月様?」
「ん?」
「例の……チン拓の件でございますが、熱烈な要望がございまして温泉神殿の女湯に豪華額縁付で飾らせて頂いております。ぜひ、一度お嬢様達と温泉神殿にもお越しになって下さいませ」
ニコリと微笑んで立ち去る聖。
「チン拓? 何よそれ、刀真?」
月夜が尋ねると、刀真が何かを思い出したようだ。
「聖……はっ? 俺のチン拓!? マジか!? 心当たりがありすぎる!」
苦悩する刀真を見て、玉藻が白花に呟く。
「ほう。魚拓ならぬ刀真のチン拓とはな……これは是非我らも行かねばな?」
「え? 玉藻さん? 何ですか、チン拓て?」
「刀真ったら、教えなさいよ。チン拓て何なの!?」
「……頼むから、真顔でチン拓、チン拓と連呼するのを止めてくれ。って、他の客にも聞かれてるし……」
刀真は、温泉神殿に一刻も早くチン拓の回収に行きたかった。よりによって『女湯』という難易度に飾ったのは聖からの挑戦状なのか? と考えながら、スパリゾートアトラスを後にした。