なし

リアクション

第０章　迷う者、迷いのない者

　浮遊要塞アルカンシェルは、シャンバラ古王国時代、十二星華の住処として使われていた。
　現在は、シャンバラ政府の管理下にあり、パラミタから月へ物資を運ぶ役割を担っている――。

「アレナおねえちゃんがあんなにかなしい目にあった武器をなおさせたりしないですよ！！！」
　とある港町に、アルカンシェルから運び込まれたと思われる品々が売られていると、関係者たちに報告が入っていた。
「いらないです」
　ヴァーナー・ヴォネガット（う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと）は、パートナーのセツカ・グラフトン（せつか・ぐらふとん）、クレシダ・ビトツェフ（くれしだ・びとつぇふ）、サリス・ペラレア（さりす・ぺられあ）と共に、その港町を訪れていた。
　彼女は１人、パートナー達とは別行動し、古代文字解読辞典の切れ端を探して店を回っている。
　アルカンシェルは先の戦いで修復不能なほどの大きなダメージを追っていた。
　後に発見された、設計図や整備資料により復旧は進んではいるが、より機密な設計図や資料は古代文字で書かれており、解読が出来ていなかった。
　その文字を解読できる辞典が、引き裂かれた状態でこの港町に散らばっているのだ。
「今日は……パーティの日、なんです」
　探し出した切れ端を、ヴァーナーは更に細かく破いて、捨てていた。
　昨日までは、邪魔をする変な集団もいて、取り合いになったりと大変だったけれど。
　今日は、彼女の他にはアルカンシェルから流れた物を求めて訪れている者はいないようだった。
「みんな、パーティにいってるです、ね」
　ヴァーナーだって、パーティで大好きな皆とわいわいと楽しみたい。
　アレナや、優子や、ジークリンデ達をハグしてくっつけて……皆、仲良くしたい。してもらいたい。
　お話ししたいことも沢山あった。
　でも、全部全部我慢して最後の１欠片を求めて回っていた。
「これが集まったら……またアレナおねえちゃん達がかなしむ事になるです」
　古代文字が解読できたのなら……アルカンシェルの真の主砲である、魔導砲を復活させようとする動きが出るだろうから。
　それは、十二星華の生命力をエネルギーとする兵器だ。普通の剣の花嫁の生命力もエネルギーとすることが出来る。
　誰かを悲しませる、笑顔を奪う、哀しい兵器。
　ヴァーナーはそう感じていた。
　だから、どうしても修復を阻止したかった。
　どうしても、どうしても、どうしても――。
「もうないですね？　他のお店に流れたのもないですね……？」
「そうだな。切れ端なんか、見つけても売ろうとする店はないだろ」
　店員たちに何度も確認をとって、ヴァーナーはようやく、店巡りを終わりにする。
「今日も泊っていくですよ。あの変な人たちがもどってきたら、他にないかどうか聞くです」
　宿に戻る前に、ヴァーナーは配達を行っている店に立ち寄って。
「おねえちゃんたちの服がみつかったので送るです〜」
　古代のアルカンシェル乗組員のものと思われる衣類を、シャンバラのアルカンシェルに送った。

「優子さん……」
　アルカンシェルにて、調理室に向う神楽崎　優子（かぐらざき・ゆうこ）を、マリー・ランチェスター（まりー・らんちぇすたー）が呼び止めた。
「どうした？」
　マリーが真剣な表情であることに気づき、優子は足を止めて彼女と向き合った。
「実は……辞典の切れ端ですが、わたくしはゼスタさんにお預けしました」
　エリュシオンの港町で発見した辞典の切れ端を、マリーとパートナーのローリー・スポルティーフ（ろーりー・すぽるてぃーふ）もそれぞれ一枚ずつ持っていた。
「ただ、パートナーのローリーと、意見が分かれてしまいまして。彼女は切れ端を捨ててしまったみたいです」
　マリーは、まずローリーの考えについて、優子に話した。
　５千年前の歴史は、５千年前のまま区切りをつけてこそ、自分達今を生きる者達は新しい未来を拓くことが出来ると思うから。
　どのような形であっても、この世界に生を受けた者として、人としての幸せを享受する権利があるはずだと考えるから。
　それを守るための義務を果たさないつもりはないけれど、自分達――剣の花嫁の存在価値が兵器としてのそれだけだとしたら、悲しすぎるから。
　ローリーがアルカンシェルの主砲に限らず、剣の花嫁をエネルギーとするような兵器に対する拒否感を強く持っているということ。
　剣の花嫁である彼女が、そんな考えの下、主砲の復活に反対であったことを、マリーは優子に話した。
　そして。
「わたくしの考えは違いまして」
　続いて、自分の考えも優子に聞いてもらう。
「超兵器の存在＝悪なのではなく、適切な運用手段の有無、例えば濫用・いたずらに近隣諸国への威圧を行うことを含めた不適切な運用手順が悪であり、善悪は持つべき人の意識の問題であると考えています」
　重要なのはシャンバラ王国の女王はじめとする行政機関、実運用を行う軍、末端の国民の意識が重要であり、ひいてはこれらを醸成するためのバランス感覚を得るための教育こそが今後重要となると、マリーは考えた。
「『伝家の宝刀』は抜かないからこそ伝説味がより付与されるものであり、使わずに存在を示し続けることこそが肝要。そうでなければ抑止力たり得ません。
　また『伝家の宝刀がそこに有る』という事実は、人心にそれについて考える機会を与えるのではないでしょうか」
　但し、と。
　マリーはこう言葉を続ける。
「……ニルヴァーナ探索においては、現状インテグラルに対する有効と認められる対抗手段が得られないため、使用の検討やむなきと考えています」
「キミの考えは何も間違っていないと思う。キミのパートナーはより人の……日本人に近い考えを持っているのかもしれないね」
　優子はまずそう答えてから、自分の考えを語り始める。
「まず、強力な兵器が必要かどうかについては、必要であることは言うまでもない。アルカンシェルの主砲を復活させずとも、強力な兵器の開発は進めなければならないし、進んでいくだろう。そして、アルカンシェルの隠された主砲であった魔導砲が有用かどうかといえば、これは有用だと言わざるを得ない。正確な威力は判明していないが、凄まじい破壊力を持つ兵器であることに間違いはなく、光条兵器であることから、滅ぼすものと滅ぼさないものを選択できると思われる。まさに秘密兵器、最終兵器として相応しい兵器と考える」
　もし、巨大な隕石が地球に迫ってきたら。アルカンシェルが体当たりをして破壊すればいい、とはならない。それをしたのなら、地球の滅びを防げてたとしても、乗組員は全滅。破片や、隕石の欠片で多くの地球人は命を落とすだろう。
　そんなたとえ話を交えて、優子は述べていく。
　兵器の開発には、どうしても人や、知的生物同士の戦争をイメージする者が多いとは思うが、それだけではない、あらゆる脅威に備える為に、有用な兵器の開発は必要なのだと。
「次に、剣の花嫁の問題だが、アルカンシェルに備わっている魔導砲は、殲滅塔のような一般の剣の花嫁をエネルギーとする兵器とは違って、初めから十二星華用に設計されている物だと考える。取り込まれた時に、私や剣の花嫁たちは大きな負担を強いられたが、同じように私を介して、おそらく一番生命力を吸い取られていたアレナは、普通に動けていたという。つまり、十二星華が多く所属するロイヤルガードで厳格な管理をしていけるのなら、非道な兵器などということはない」
　話を聞きながら、マリーはちらりと柱の方に目を向ける。
　柱の後ろから僅かにローリーの服がはみ出ている。
「ただ、これまでの戦いを振り返ると……やはり、管理をしていくことの難しさは感じてしまう。また、剣の花嫁は基本的には種としての自覚を持っているから、命の危険があると分かっていても、自らエネルギーとなりたいと志願する者が多いと思われる。だから、キミの意識が重要、教育が重要という話に、私も同意する」
　あと、と。
　優子は僅かに苦笑して、小さな声でこう付け加えた。
「個人的な感情としては……復旧はあまり嬉しくないんだけどね」
　例え、命の危険などはないとしても、アレナの自由を奪いかねない、兵器だから。
　そう、ぼそりと呟いたのだった。
「……ありがとうございました。ローリーともまた話し合ってみます」
　マリーは優子に頭を下げて、礼を言う。
　彼女が調理室へと消えた後。柱の裏でむむむっと考え込んでいるローリーへと歩み寄るのだった。