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なし

校長室

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そんな、一日。

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そんな、一日。

リアクション



15


 空には、青空が広がっていた。
 出かけようと自然に考えるような、気持ちのいい日。
 遠野 歌菜(とおの・かな)も、窓の外を見て出かけたいと思った。月崎 羽純(つきざき・はすみ)に声をかけようとして、開きかけた口をつぐむ。
 羽純は本を読んでいた。伏せ気味の瞳。長いまつげ。指先が、ページをめくる。
 小説のページが数回めくられるまで、歌菜は視線を外せずにいた。それだけの間見つめていても、羽純がこちらに気付く様子はない。
(すごい集中力)
 邪魔をしてはいけないと、歌菜は羽純からそっと離れてもう一度窓の外を見た。変わらぬ空がそこにはあった。
 いい天気だけど、外出はおあずけ。
 今日は、家のことをしてのんびりしよう。そうすれば、羽純と同じ空間にいられるし邪魔もしない。
「まずはお洗濯して――」
 やることを口ずさみながら、動き出す。


 布団を干して、シーツも洗って。
 きっと今夜はいい夢が見られる、とうきうきしながら次の洗濯物に手をかける。
 皺を伸ばしたそれを、ついじっと見つめてしまうのは、
(当たり前なんだけど……羽純くんのシャツって大きいよね)
 という、ただひとつの事実に今更ながらしみじみ思うせい。
 洗濯物を全て干し終えるとほぼ同時に、暖かな春の風が吹いた。
 風は、歌菜と羽純、ふたりの並んだシャツを揺らす。
 それを見ているのは、なんだかとても幸せだった。なんてことのない、日常の一部分。だけどそれが、とても大切な、愛しいもの。
 自然と笑みが浮かび、鼻唄も口ずさんでしまうような。
(調子出てきた)
 ご機嫌で次に向かったのはリビングだった。リビングには羽純もいるし、苦手な掃除も頑張れそうだ。
(えーと、決められた手順で、余計なものは動かさず……っと)
 掃除が苦手だと言った歌菜に、羽純はそう教えてくれた。その秘訣を守って、掃除を進める。上から下に。決められた手順で。
 はたきではたいて、ガラス戸を拭いて。終わったら掃除機、と段取りを頭の中で繰り返していると、掃除機の駆動音がした。振り返る。羽純が掃除機をかけていた。
「手伝ってくれるの? 読書は? あっ、もしかして気が散った?」
 慌てて声をかけると、羽純は掃除機をかける手を止めて少しだけ笑った。歌菜を安心させる、柔らかい笑みだ。
「歌菜ひとりに働かせるのもな」
「えええ。いいよ、読書してても」
「気にするな」
 言い終わる前に、再び掃除機の音。見落としがちな、家具の下や床の隅まで綺麗にかけていく。
(もしかして、心配してくれたのかな?)
 歌菜が、掃除を苦手としているから。
 本にちらりと目を向ける。栞が挟んであるのが見えた。まだ読了したわけではないらしい。
(なのに、手伝ってくれたんだ)
 集中していたのに気付いてくれたこと。山場なのに手伝ってくれたこと。そのどれもが嬉しくて、また勝手に頬が緩んだ。
(こんなことに気付けるなんて、外出しなくて良かったかも?)
「こら。こっち見てないで手を動かせ」
「はーいっ」


 掃除を終えたリビングで飲む紅茶は、なんだかいつもより美味しく思えた。
「動いた後だからかな?」
「かもな」
 他愛のない話とともに、ひと休み。
「羽純くん、お昼何食べたい?」
「オムライス」
「決めるの早っ」
「腹減ってたからな」
「はいはいっ、すぐ作りますー」
 飲みやすくなっていた紅茶を一息で飲み干して席を立った。キッチンで、エプロンをつけて冷蔵庫に向かう。
 オムライスの材料を取り出して、いざ作ろうとして手を止めた。休日のランチがこれだけなんて物足りない。踵を返してもう一度冷蔵庫とにらめっこした後、サラダとコンソメスープを献立に加えることにした。
 サラダの準備とスープの準備をして、チキンライスを作って、卵で包んで。
 仕上げに、とオムライスの上にケチャップでハートマークを書いてみて。
「…………」
 自分でやっておきながら、急速に気恥ずかしさが募った。だけど消す気にもなれなくて、そのまま食卓に並べる。
 おまたせ、と言ってリビングに戻ると、テーブルの上に見慣れた白い箱があった。可愛らしいピンクの書体で、『Sweet Illusion』とある。
「って、それ」
「ケーキ。買ってきた」
「いつの間に……!」
「これくらいは、な」
 短い言葉には、感謝の気持ちや思いやりの気持ちが詰まっていて、それは言葉にしなくとも歌菜の心にきちんと届いて。
「う、嬉しすぎて泣きそう……」
「そんなにケーキが好きだったのか。俺の分まで取るなよ?」
「違っ、そうじゃなくてっ」
「わかってる」
「もうっ」
 軽く流され、頬を膨らませた。そんな歌菜の頭を、羽純が撫でる。
「ケーキ、冷蔵庫に入れておくからな」
「うん。三時のおやつに食べよう。また美味しい紅茶、淹れるからね」
「頼んだ」
「うんっ。あのね、それでね」
 ケーキを食べて、夕暮れが近付いてきたら、外に出よう。
 夕飯の材料の買い出しに。
 それと一緒に、夕日を見よう。
 昼間これだけいい天気だったのなら、夕日もそれは見事なものだろう。