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リアクション
17
五月も下旬に差し掛かった、ある日のこと。
フレデリカ・ベレッタ(ふれでりか・べれった)は、カレンダーを見て考え事をしていた。
五月二十一日はスクリプト・ヴィルフリーゼ(すくりぷと・う゛ぃるふりーぜ)――レスリーの誕生日で、翌、五月二十二日はルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の誕生日。
(お誕生日、祝ってあげたいなあ……)
というのも、レスリーのためだった。
レスリーと以前、誕生日を祝ってもらっている子供を見たことがあったが、その時彼女はどこか羨ましげな目をしていた。
少女のような外見をしているが、ああ見えてレスリーは長い時間を本棚の中で過ごしてきた。そのせいかどうかはわからないが、やってみたいことはたくさんあるのだろう。誕生日を祝ってもらうのも、そのひとつ。フレデリカは、そう考えている。
「よし」
決心を、声に乗せて呟く。
お誕生日会を、開こう。
「何してんの、フリッカ?」
丁度良く労働力――もとい、人手になりそうなグリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)――ヴィリーも現れたことだし。
「手伝ってね!」
「は? え? 何が? 何を?」
「レスリーとルイ姉のお誕生日会!」
ヴァイシャリーにある、レスリーお気に入りの雑貨屋さんにはアクセサリーも並んでいる。
その中のひとつ、ネックレスを手にとって、いいなぁ、と思う。
きらきらしていて、可愛くて。つけることができたらなぁ、と。
手に取って、見て、けれどすぐにレスリーはネックレスを元あった場所に戻した。
(だめ、だめ)
贅沢は言わないの。言えないの。
心の中で呟いて、陳列棚に背を向ける。
「…………」
そしてまた、振り返る。
(もうすぐ誕生日だし、って我侭は……うう、でもでも)
背を向けたり、また振り返ったり。
煮え切らない態度で、その場所から動けないでいた。
しかし十数分後、レスリーは結局店を出た。誰に何を言うこともなく。
一緒に買い物に来ていたフレデリカが、いいのあった? と声をかけてきてくれても。
だって、レスリーは、これまでずっと本棚の住人だった。暗い暗いあの世界から、出してもらえただけで十分だった。こうして、普通に過ごせているだけで。
(だから、これ以上なんて望んじゃいけない)
そう自制するレスリーのことを、フレデリカは少し寂しそうに見ていたのだが、レスリーは最後まで気付かなかった。
フレデリカの様子がおかしい。
かなり早い段階で、ルイーザは気付いていた。だからそれが、自分とレスリーの誕生日祝いのため動いているのだということにも。
(気持ちは嬉しいのですが、もう少し上手く隠せないものでしょうか)
そわそわしたり、ルイーザやレスリーと目が合うとそそくさと退散したり。
バレないようにと避けているのだろうけれど、はっきり言って逆効果だ。
「……ねー、ルイ姉。最近みんなの様子、おかしくない?」
不安そうな、悲しそうな顔で、レスリーは言った。ルイーザは理由がわかっているから、不安に思うことはないけれど。
「フリッカとヴィリーだけでなんかやっててさ……こういうの、なんか、のけものにされてるみたいでヤダな……」
気付いていないレスリーにとっては、ただ、不安の種が蒔かれているほかないのだ。
「やっぱりボクらって、『魔道書とご主人様』な関係でしかないのかな?
『家族』みたいって思ってるの、ボクだけなのかなぁ……?」
ともすれば泣き出しそうなレスリーのことを抱きしめて、そっと頭を撫でてやる。背に回されたレスリーの指先は、かすかに震えているようだった。
「大丈夫ですよ」
「…………」
「ほら。もうすぐ、彼の誕生日でしょう?」
「彼……ああ。え、そうなの?」
「はい。今月の二十六日です」
「じゃ、もうすぐだね」
「そうなんです。だからそわそわしちゃってるんですよ。それだけです」
気にすることなんてないんですよ、と微笑むと、一応は納得したようだった。
「なんか、変なこと言っちゃってごめんね! ありがとー!」
手を振って部屋を出て行くレスリーに手を振り返し、ルイーザは息を吐いた。
ルイーザの視野は広い。
だから、フレデリカがレスリーの心のうちをこっそりと聞いていたことにも気付いていた。
(ちゃんとフォローしてあげてくださいね? フリッカ)
そして、誕生日当日。
リビングには、様々な料理が並んでいた。
誕生日会らしく、ローストチキン、マッシュポテト、フルーツポンチ、エトセトラ。ご馳走の中央には、『Sweet Illusion』の誕生日ケーキが置かれている。
テーブルの上がこれだけカビなのに部屋がいつものままでは寂しいと、飾りつけもやった。驚かせるためのクラッカーも用意した。
「ふたりとも、どんな顔すると思う? ヴィリー」
「さあ……でもルイ姉は鋭いし、バレてるんじゃないの?」
「うーん……やっぱり?」
「でもレスリーは驚くと思うよ」
「だよね」
綺麗に包装された、小さな包みを指先で撫でながら。
フレデリカは、ふたりの到着を待つ。
十二時を過ぎたら、ルイ姉とふたりでリビングに来て。
フレデリカに言われ、レスリーは首を傾げつつも言いつけに従い、時間を待った。
「なんだろうねぇ?」
「さあ?」
ルイーザも、何も聞かされていないらしくこれがなんなのかわからない。唯一思い当たる節があるとすれば、今日が自分の誕生日ということだけど、でも。
(まさかなぁ……)
「レスリー。そろそろ時間ですよ」
「あっ、うん」
ルイーザに促され、ドアに手をかけノブを回す、と。
パンッ、と軽い音が鳴った。きらきらしたものが、こちらに向かって放たれる。一拍置いて、クラッカーが鳴らされたのだと気付いた。
「えっ……えっ?」
「レスリー、誕生日おめでとう!」
戸惑うレスリーに、フレデリカは言う。ヴィリーも、「ふたりとも誕生日おめでとう」とぶっきらぼうだが祝いの言葉を言ってくれた。
「誕生日……え、ボクの?」
「そうよ? まさか、忘れてた?」
「覚えてたけど……でも」
「……祝うに決まってるじゃない。私たちは、『家族』だよ?」
「……!」
フレデリカの言葉に、声が詰まった。胸が苦しい。だって、だって、そう思っているのは、自分だけかと思っていた。
「そうなりたいって、思ってるんだから。……だから、『魔道書とご主人様な関係でしかない』なんて、言わないで」
「……聞いてたの」
「聞こえちゃったの。あの時、隣の部屋にいたから」
「……ごめん」
「ううん。私こそ、不安にさせちゃってごめんね」
言葉が終わると、ぎゅっと抱きしめられた。温かくて、柔らかくて、とても幸せだと思った。
(家族でいいんだ)
この人たちは自分のことを、『魔道書』なんかじゃなく、きちんと『レスリー』として見てくれる。
それがとても嬉しいと、改めて、思った。