リアクション
* アステリア族の鯨の女王・ピューセーテールとの面会は事前に来訪と目的を伝えておいたおかげで、思ったよりもスムーズにいった。 近衛兵は呼雪の持ってきたコーヒー豆なるものを警戒したが、彼が飲み物であること、淹れ方を説明すると、女王は海水と混ざらないようにと、彼を空気で満たされた乾いた部屋へ案内してくれた。 「お忙しいところ、お時間を頂きましてありがとうございます」 自己紹介と丁重な挨拶の後、厳重にパッケージされたタシガン名物のコーヒー豆とカップを差し出した。 背が高く女性的な――豊満な体つきの女王は、長い青い髪を侍女に拭かせ終わると、席に着いた。 「ご丁寧にありがとうございます。せっかくですから、コーヒーをいただいて宜しいですか? ……彼がもう待ちきれないようですから」 女王は小さく笑った。 「そ、そんなことはございませんぞ! うむ、わしが皆さんに淹れて差し上げましょう」 地上を旅した経験のある老宮廷学者が同席していて、久しぶりのコーヒーの味と地上の話に、女王よりもはしゃいでいるのだ。 全員の前にコーヒーが置かれて、女王が口をつけると、 「不思議な味ですね。私も若く王女だった頃は地上に遊びに行ったこともありますが、長居は許されなかったものですから、あまり地上のことは知らないのです」 女王は人間の姿としてはまだ三十代に入ったばかりにしか見えないが、鯨の寿命を考えるとより長生きなのかもしれない――もっとも、パラミタで外見の年齢などあてにならないことは、呼雪もよく知っていたが。 「それで、原色の海と私にご興味がおありとか?」 「はい。歌を――アステリアと女王に捧ぐ歌を作りたいと思っています。この海の美しさと海の中での歴史や出来事をもっと多くの人々に知って欲しい、と」 水源と外界を守る為に、女性でありながら代々戦ってきた、美しく勇敢な族長達の姿を歌に残したい……。 呼雪はまだアステリアの代々の女王たちについて詳しくは知らない。 「アステリアの女王は、代々濁りから生じる怪物と戦ってきたと窺いましたが……」 そう切り出した呼雪は、代々の女王たちに伝わる心構えや、ちょっとしたエピソードなどを訪ねていった。 「私たちアステリアの民は、子供のころ泳ぎ方や話し方、獲物の取り方と一緒に、“オルフェウスの竪琴”の聞き方を覚えるのです。私も祖母や母から、特に厳しく教えられました」 オルフェウスの竪琴と呼ばれる竪琴のかたちをした岩は、呼雪も聞いたことがある。この岩の間を流れる水の音によって潮流や異変を感じ取るのだ、と。 「地上に暮らす人々が風を読んで船をはしらせるように、私たちは海そのもの、竪琴の音色を読むことで嵐を感じ取ったり、魔物の襲来に対処してきました。 民を導く女王として読み間違いがあってはならない、と」 「他には何か、言い伝えなどはありませんか?」 「そうですね、怪物と戦うために、幼いころから徐々に、自分の選んだ品に力を蓄えていくのです。魔術的なもので……地上でもするかと思います。術を重ねてかけて強固にするような品が」 呼雪は、軽く頷く。一度ではなく何度も術をかけたり魔力を吹き込むことによって作り上げるマジックアイテムの類だろう。 「幼いころは意味が分からなくて、たまに怠けるとひどく叱られたものです。何事も厳しい母でした……一番厳しいと感じたのは、母と怪物との戦いを私に見せたことでしょうね。 その怪物は今まで現れた中でも、強いと言って良かったのです……そして、娘の前で命を落としたのですから」 だが、語る口調に悲壮感はなく、海そのものだった。 呼雪は海が持つ、嵐のような激しさと生き残るための厳しい環境、そして海の恵みと雨をもたらす愛がその言葉に内包されているように感じた。 「当時は母を恨みました……でも、それは母の優しさだったのでしょう。いつかはわからない、けれど確実にやってくる戦いで、私も命を落とす危険があったのですから。 次の戦いで私が生き残れるように、戦いを見せたのです。そしてそれは祖母が母にしたことと同じでした――祖母は寿命を迎えることができたのですが」 ピューセーテールの母親も、自身と母親、そして娘が戦う運命だと知っていた。 「私は、母と同じことを娘にも伝えるつもりです」 さっきの“約束”のおかげで、ヘルは呼雪を見守りつつ、大人しくしていたが、ちびちび飲んでいたコーヒーから口を話すと、 「女の子に傷が残るのって悲しい感じだけど、ピューセーテールさんのその傷はアステリアやこの海域を守った誇りでもあるんだね」 「ええ、理解してくださって嬉しいですよ」 ピューセーテールはにこりと微笑んだ。 「本日は貴重なお話をありがとうございました」 女王の前を辞した呼雪とヘルは、城を出るとそのまま街角を泳いだ。しばらく行くと、とある場所に目が留まった。海面からうっすらと降り注ぐ光が、建物の白や真珠、宝石に反射している。暗がりには、光る石や貝殻を使用したランプが照らしていた。 「……ここにしよう」 呼雪は適当な岩に腰かけると、リュートを取り出した。 弦に指をかけ、一音一音、先ほどの話と、この海の景色――それらから自分の感じたことを爪弾いていく。 かすかな音は水に溶け、強い音は流れに乗る。水の音は呼雪の音を掻き消し、混じり、装飾し、不思議な響きをもたらした。 ヘルは同じ岩で、近くに座って、足をプラプラさせた。 (やっぱり、呼雪の演奏とか歌聴くの好きだなー……♪) 目を閉じて耳を澄ませる。 リュートから発せられた音と音は繋がり、小節になり、枝分かれした小節の中から呼雪は音を拾い上げて旋律とした。 呼雪は乗せる言葉を模索しながら、曲を作り上げていく……。 |
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