リアクション
* こうして二人はお昼頃、シャンバラと原色の海を結ぶヴォルロスという自由交易都市にやってきた、と同時に再び別の船に乗る。今度は遊覧船だ。 原色の海に古くから住む三部族の一つ、ヌイ族。ここの族長ドン・カバチョという胡乱な名前の人物(カバ物? なんにせよゆる族の実態は不明である)が最近就航させた遊覧船は、ある島の周辺をゆっくり回る、というものだった。 「『中でも島一周コースはその名の通り島を一周することで、島の全景及び周囲の海の特色だけでなく、時刻ともに移り変わりゆく景色をお楽しみいただけます』」 白い遊覧船のデッキで、弾はチケットと同時に渡された、商売熱心な族長が用意したパンフレットを読み上げる。 弾はTシャツに海パンといういでたちで、海を楽しむ準備万端だ。 その声を聴きながら、白いワンピースにサンダル姿のアゾートが海を眺める。 「綺麗な海だね」 「うん。無数の青が織りなす海の色、って言葉に惹かれて誘ったんだー」 気に入ってもらえて良かった、と弾が安心しているうちに、船は海へ滑り出した。 徐々に遠ざかる港は、遠く小さくなるほど、白い建物が街のかたちを見せ始めた。青い海、水色の空。島の周囲に広がる森と草原の緑が、白を引き立てている。 「青くて綺麗などこにも属さない海と、そこにある中立の都市。青い髪をしてて、冷静に物事に囚われず判断するアゾートさんに、なんか似てるよねー」 「そうかな。ありがとう」 沈黙。 実は、弾はおしゃべりが上手というわけではない。だけど誤解させまいとした時とは違い、黙っちゃいけないというような焦りは感じなかった。 ざざん、ざざん、と一定のリズムで聞こえる波の音と海鳥の鳴き声がのんびりした気分にさせるのだろうか。 (というか、僕はアゾートさんのペースに合わせるのが好きなんだ) アゾートは口数が多くないし、感情を表に出すタイプでもない。今も緑色の瞳をじっと海に向けて口を結んでいる。 それは無感動だからではないことも、賢者の石を作りたいと願う彼女の優しい心も弾は知っている。自分の中であれこれと感じて考えているのだろう。そういう時間を過ごせたらいいな、と思っていたのだ。 「海にも沢山の色があるんだね」 アゾートは海風に流れるふわふわした髪をそっと抑えながら、弾を一瞬見て言った。再び視線を海へ向ける。 幾重もの青を重ねたような海は、透明感があって魚が泳ぐのがはっきり見えた。 船は反時計回りに島を一周していったが、遠くに見える小島・無人島や、移り行く島の風景のどれもが綺麗だった。アゾートはそれらの景色をじっと見つめている。 ――やがて、夕陽が水平線に近づこうとする頃。 「待たせたかな。飲み物貰って来た」 「おかえりー」 船内へ続く扉の方へとアゾートを振り返った弾は、続く言葉を飲み込んだ。 夕陽に染まる船体とデッキ。 アゾートの青い髪と褐色の肌も淡く滲んで混色され、夏向きらしい軽くて涼しそうな素材の白いワンピースはオレンジ色に染まって風に揺られていた。 彼女の元々持っている雰囲気もあって、水彩画のようにすら見えた。 綺麗だ、と思った。 誘う時に自分の中で否定はしたけれど……下心というか。純粋に、弾は彼女が好きだった。 友達としてももちろん大事で、たとえ自分の中で恋愛感情がなかったとしても、あれこれ遊びに行くうちに、二人で海に行く機会もあっただろう。 ただその気持ちの中には、彼女との距離を縮めたいというものもあって……だから卯月祭で告白もし、今海に誘ったのだ。 (……だ、大丈夫かな) きょろきょろと辺りを見まわす。幸い、すぐ近くに人はいない。ちょっと離れたところにいる観光客たちも、アゾートと同じように静かに海に見入っていた。 (……嫌がられたりしないかな……でも……ええいっ!) 弾は、勇気を振り絞ると、驚かせないようにそっと近づいた。 「見てみて、アゾートさん。夕日だよ」 アゾートは、ドリンクのカップを側のテーブルにコトリと置いた。それは、弾が自然に、空いていた彼女の左手を取って、手すりへと誘ったからだった。 二人は並んで、太陽が沈みゆく様を眺めた――いや、弾はちらりと、アゾートの表情を伺った。 「…………」 普段と変わらない。嫌がられては、ないらしい。かといって照れたり、不思議そうなそぶりもない。 もしかして意識してないのかもしれない。 寧ろ、緊張して赤くなっているのは弾の方だ。夕陽が少しは誤魔化してくれればいいのにな、と思う。 触れたのは、アゾートの人差指と中指、薬指の先っぽ。第一関節くらいまで、ちょこんと、遠慮がちなものだった。 恋愛経験豊富な大人が見たら、笑われてしまうかもしれない。けれど、彼女の温かい指先の細さと柔らかさは、それだけで弾を緊張させる。 「……!」 アゾートが軽く、ほんとうに軽く指先を握り返してきたので、弾は心臓が飛び跳ねそうになった。 彼女は弾を一瞥することもなく、夕陽を眺めていた。まるでそれが自然なことのように。 「本当に綺麗だね。キミが誘ってくれて良かったよ。ありがとう」 「……うん。アゾートさんが喜んでくれて、良かった」 二人はそうして、手を繋いでいた――夕陽が沈むまでの、ほんのひとときを。 |
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