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リアクション
43.四年目の、夏の星空
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)を食事に誘った。
場所はタシガン空峡にある『蜜楽酒家』。
何だかんだで、自分達にとっては、一番落ち着ける馴染みの場所だ。
だが話もそこそこに、軽いつまみや飲み物を注文すると、レンは席を立つ。
「どうしたの?」
「今日は俺がご馳走する、って言ったろ?」
そう言って、レンは、あらかじめ話を通してあったマダムに一言断ると、厨房に入って行く。
作るのは、ステーキだ。
既に厨房に持ち込んであった、大きめの肉を鉄板で豪快に焼いて、切り分ける。
味付けは、シンプルに塩コショウ。
フリューネだけではなく、店にいた他の客達にも振る舞った。
「男の料理ね」
と笑って、フリューネも美味しそうに食べる。
「うん、いけるわ。お酒に合う味ね」
店内に響く、笑い声や歌声に、フリューネも陽気に笑い、他の客と一緒に酒杯を掲げて野次を飛ばす。
そんなフリューネの姿を、レンは暖かい気持ちで見た。
ひとしきり騒いで、ほろ酔い状態で、空の杯に新しい酒を注いだタイミングで、
「ちょっと星でも見に行かないか?」
と誘った。
しっかりと酒杯を手に、屋根裏部屋にしつらえられた、バルコニーへ出る。
酒場の喧騒が、ここにまで届いている。
夏の星空が広がっていた。
ぷっ、とフリューネが笑う。
「何だ?」
「見えるの?」
サングラスのことを言っているのだろう。
「ま、今更か。綺麗ね」
フリューネは夜空を見上げた。
地球にいた頃は、こうして誰かと空を見上げようと思ったこともなかったな。
レンはふと、昔のことを思い出す。
「俺が居た東京の街では星が遠くに感じてな。
こんなに近くにあるものかと、最初は驚いた」
三年が過ぎた。長いようで、あっという間の日々。
「……まだまだ、落ち着くことはないだろうが……また、こうして一緒に星を見れたら、と思う」
「そうね」
来年も、再来年も、その次も――フリューネも、物思う表情で、空を見上げる。
「そうそう、昔話で思い出したんだが、前に喧嘩があったろ。
おまえが鐘を鳴らしに来た時だ」
「そういえば、あったわね、そんなことも」
「あの喧嘩を起こしたのは、実は俺でな」
「あら」
そうだったの、という顔をする。
「マダムには内緒にしておいてくれ。バレたら殺される」
「私を共犯者にする気?」
「誰かに懺悔しておきたい、ってあるだろ」
「口止め料は高いわよ」
二人はくすくす笑いあう。
「そろそろ、戻りましょうか」
「そうだな」
少し、名残惜しい気もするが。
「また、見に来ましょう。今は口止め料」
空の酒杯を逆さに振って、フリューネは笑って歩き出す。
肩を竦めて、レンもそれに続いた。