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リアクション
44.花の咲く水辺に、初夏の日差しは煌めく
かつて、荒涼とした荒野の中にあった、聖地モーリオンは、女王が復活してシャンバラが生命力を取り戻したこと、そして、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、モーリオンに作った花壇以外の場所にも、自然に根付くようにとせっせと花の種をばら撒いてきたことにより、四季折々に様々な花を咲かせる土地に生まれ変わろうとしている。
「これは、百合だよ、もーりおん」
風にゆらゆらと揺れている大輪の花を指して、エースは、この聖地の地祇、もーりおんにそう笑いかけた。
湿気も乾燥も嫌う花だが、何とか根付いてきつつあるようで、内心でほっとする。
「百合の名前はね、この『風に揺れる花の姿』から『ゆり』って呼ばれるようになったんだよ」
「へー」
と言ったのは、別のところからそれを眺めていた、かるせんだ。
もーりおんは、こくりと頷いただけである。
「……ぐらい言ったら?」
じろ、と横目に見られて気圧されるもーりおんに、まあまあ、とエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が笑いかけた。
「今日は少し暑いですね。小川で水遊びでもしませんか」
「うん、いいね」
エースも賛成して、もーりおんを見る。こくり、ともーりおんは頷いた。
水辺にも、百合が咲いているのを見つける。
「種が飛んで来たのかな。珍しい」
エースはそれを見つけて、うきうきと言った。
種から芽吹いた百合が花を咲かせるまでには、通常数年かかる。
エースがこの地に花の種を撒き始めて、1、2年だから、野生化した百合を見つけるなど、とても珍しいことだ。
エースは裸足になってズボンの裾をまくり、浅瀬に入ってもーりおんを誘う。
もーりおんは元々裸足だったが、服が濡れるのも構わず、そのまま川の中に入った。
「ほら、見て、もーりおん。魚がいる」
指を指されるところをじっと覗き込み、泳ぐ魚を見つけて、ぱちぱちと瞬く。
「釣り具持って来てみてよかったな。後で皆で釣りをしてみようか」
「してみる」
もーりおんは頷く。
「では、餌を準備しておきますね」
エオリアが微笑んだ。
餌は、現地調達だ。水辺の虫を、集めるのである。
かるせんは、水際に座って、足先だけを水の中に入れて適当にぱしゃぱしゃと水面をかきまぜながら、彼等を見ていた。
その傍らには、キャットシーのまろんが、のんびり寝そべっている。
付き合って此処には来たが、水に入るつもりはないらしい。
「退屈ですか?」
エオリアが訊ねた。
「別に」
かるせんは無愛想に答える。
機嫌が悪いわけではなく、これが彼の普通なのだろう。
「先日はありがとうございました。
エースも随分気にしていましたから。かるせんさんから事情が聞けてよかった」
「……あいつは、扱いづらいだろ」
「え?」
一緒にもーりおんの様子を見に行こう、色々体調とか気になるでしょ、と連れられて来たが、実のところ、彼らはもーりおんを扱いあぐねているのだろうと、かるせんは思っている。
「どうしたの?」
とエースが二人を見た。
かるせんは、じっともーりおんを見る。
「楽しい?」
もーりおんは頷いた。
「楽しい」
「って、いつもいつも鸚鵡みたいに繰り返すだけじゃ、その内その人達にも飽きられるよ、っていう話をしてんの」
もーりおんは、表情に乏しく、会話も苦手のようで、いつも、相手の言葉尻を繰り返すような話し方をする。
自分から何かを言うようなことは基本的になく、何に対しても受身だ。
「こないだのことなら、俺も浮かれすぎたって反省してる」
エースが言った。かるせんはため息を吐く。
「別に、何処に連れられるのも嫌じゃなかっただろ。
そしたら行った先がクリソプレイスだったから、あんな思いをする羽目になった。
ちゃんと行く前に、何処に行くか理解してたらよかったのに。
そんな人形みたいな有様だから、扱いに困って、この人達は、よその地祇なんか呼ぶ羽目になってんじゃないの」
もーりおんは、困ったようにかるせんを見た。
「違うよ。俺達はかるせんとも一緒に遊びたかったんだ」
そう言ったエースを見て、かるせんは肩を竦める。
「もーりおん。この人に何か言うことがあるんじゃないの」
「……言うこと」
もーりおんは、そう繰り返して、エースを見た。
口を開きかけたエースに、かるせんは「あんたは黙ってて」と言い放つ。
もーりおんは、戸惑ったようにエースを見上げた。
いいんだよ、大丈夫だから、気にしないで。
エースはそう言いそうになるが、かるせんからの視線を感じ取って我慢し、もーりおんを見る。
言うこと。言わなければならないこと。
それはきっと、沢山ある。
自分の中に当たり前のようにあったけれど、表に出すことを、考えたことがなかった。
「……エース」
もーりおんは、口を開く。
「――だいすき」
エースはぱしゃりと膝をつき、両手でもーりおんの両手を握って、もーりおんを見上げ、にこりと笑みかけた。
「ありがとう、もーりおん」
ふわりと、もーりおんも、微笑む。
翌日、一人で帰れると言ったかるせんに、別れ際、エースは礼を言った。
「俺達が寿命でいなくなっても、もーりおんのこと、よろしくね」
そう言ったエースを、かるせんは振り返る。
「……あいつは、ぼーっとしてるけど、本当に何も考えてないわけじゃない」
「うん」
「きっと咲き誇る花を見る度に、あんたのことを思い出すよ」