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バカが並んでやってきた

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バカが並んでやってきた バカが並んでやってきた

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第23章


「……♪」


 熱いシャワーが美しい裸身を濡らしていく。
 あれから数日後、四将軍の事件で中断されてしまったイベントを再び開催した綾原 さゆみとアデリーヌ・シャントルイユは、今度こそ大成功を収め、ツァンダのホテルに宿を取っていたのである。

「お待たせ、アディ」
 すでに身体を洗い、湯船に浸かっていたアデリーヌに声をかけ、自らもバスタブに身体を沈める。高級なバスタブにはお湯がたっぷりと張られ、二人で浸かるにも充分な大きさがある。
「お疲れさま。イベントのやり直しは大変でしたわね」
 さゆみの労をねぎらうアデリーヌ。
「まぁね。でも、この前の騒動でうまくお客さんを誘導できてネットでの評判も上がったようだし、結果オーライってところかしら?」
 肩までしっかりとお湯に浸かるとバスタブからお湯が溢れて流れ出ていく。熱めのお湯が心地よかった。

「それよりもさ、こないだの事件はとにかく寒かったわね、結局明け方までかかったもんだから身体が冷えて冷えて」
 さゆみはコキコキと肩を回した、事件のあと数日を置かずにイベントを再開したことで、身体が疲れていることは事実であった。
 そんなさゆみの様子を微笑ましく眺めていたアデリーヌは、優しく囁く。
「ふふ……本当にお疲れさまね。じゃあ、あとで少しマッサージして差し上げましょうか?」
「やったぁ!」
 待ってましたとばかりに、さゆみはアデリーヌの提案に飛びついた。満面の笑みを浮かべながら、アデリーヌを抱き締める。

「……じゃあ……私はそんなアディを湯船の中でマッサージ……してあげよっか?」
 湯船の中で二人の身体が密着する。湯船のお湯とは違う心地よさに、アデリーヌの胸は激しく高鳴った。
「あ……その……」
 顔を赤らめて恥らうアデリーヌ。さゆみはその仕草を楽しみながら、耳元で囁いた。
「あっれー……いらないのかなー……?」

 一瞬の逡巡の後、アデリーヌの形のよい唇から吐息混じりの呟きが漏れる。


「……して……ください………」


 どうやら、二人の熱い夜はまだまだこれからのようだ。


                    ☆


「この前は、どうもありがとうでスノー!!!」


 ウィンター・ウィンターは大勢のお客さんの前で挨拶をした。
 事件の後、無事に身体のパーツを取り戻したウィンターはどうにか夜明け前に回復をし、もとの元気な姿に戻っていた。

 その後、面倒をかけたお礼がしたいとノーン・クリスタリアとそのパートナー、御神楽 陽太に相談し、陽太の個人宅の庭先を使ってささやかながらパーティを開くことにしたのである。

「陽太、色々用意を手伝ってくれてありがとうでスノー!!」
 満面の笑みを浮かべるウィンターに、微笑みで返す陽太。
「いえいえ、いつもノーンが遊んでもらってるし……ウィンターやカメリアが無事に帰ってきたお祝いもしたかっらので、ちょうどいいですよ。
 それに、新しい友達に舞花も喜んでいましたし」
 見ると、ノーンと御神楽 舞花が家の中から新しい料理を運んでいるところだった。
「あ、手伝うでスノー!!」
 小走りにノーン達のほうへと走っていくウィンターの背中を眺め、陽太は目を細めた。
「本当に……無事でよかったですね」


「えーと、初めましてですわね、カメリア様」
 舞花は料理を運びながらツァンダ付近の山 カメリアに挨拶をした。
「おお、この間はウィンターが世話になったそうじゃの」
 頭を下げるカメリアに、舞花は両手を振る。
「いえいえ、カメリア様やウィンター様には、あちらでお世話になりましたし」
 舞花は未来人だ。どうやら未来においてカメリアやウィンターと面識があるようだが、今のカメリア達にはあずかり知らぬことである。
「あちら……?」
「あ……いえ、何でもございませんわ。これからもよろしくお願いいたしますわね」
 礼儀正しく挨拶する舞花に、カメリアは多少の疑問を心の奥に押し込めた。
「ま、いいか。――よろしくな、舞花」

「ん、新しい皿か。今こっち片付けるからソコおいといて」
 その微笑ましい一幕の横で、ブルドーザーのように料理を口に詰め込んでいくのは南部 ヒラニィである。
「……お主のためだけの料理ではないぞ」
 カメリアは呆れた顔を見せるが、ヒラニィにはどこ吹く風である。
「いやいや、わしの視界に映った料理はすなわちわしのものだからして」
 料理の詰めすぎでまるでハムスターのように顔が膨らんだヒラニィは、独自の理論を展開する。
「そんな理屈があるか、まったく」

「そうそう、うまい料理はみんなで分かち合わないと」
 と、同様にあらんばかりの料理を口へと流し込んでいるのがアキラ・セイルーンである。
「お主が言うな……」
 もう突っ込みきれんとばかりにカメリアは天を仰ぐ。
 その横で、博季・アシュリングがカメリアをなだめた。
「まあまあ、カメリアさん……みんな頑張ってくれたんですから……」
 その博季を見上げて、カメリアは笑った。
「そういう博季にぃもな。面倒かけたのう」
「いえいえ、僕は何も。できることをしただけですから」
 静かに紅茶を口に運ぶ博季。カメリアは少し安心したように、庭を眺めた。

「そうそう、なんだかんだでウチら働いたんだから」
 次なる料理に目を輝かせるアキラは、ふと脈絡なくカメリアに訊ねた。
「――で、あいつらどうしたって?」
「ん――ああ」
 あいつら、とは先日の戦いの最中、成り行きで封印を解いてしまったザナドゥの地祇 メェとその仲間バルログ リッパー、機晶姫 ウドのことである。
「とりあえず一度魔界の方へと戻るそうじゃ。あちらも色々と様変わりしとるようじゃからの」
「ふぅん――」
 話を聞きながら、アキラは次なる料理を口運ぶ。うまい。
「そっか、じゃああそこも寂しくなるな?」
 ふと、ツァンダ郊外にあるカメリアの山の方を眺める。しかしカメリアは、微笑みと共に返した。
「まぁ、元より儂はひとりだったわけだし、カガミやフトリもおるし。
 それに……お主らが建ててくれよった神社もあるから、たまに暇なヤツが遊びに来るじゃろ」
 軽く返したカメリアに、アキラもまた軽く返す。
「そかそか、なら安心だな――」
 ふと、テーブルの端の皿にまだ手を着けていないことに気がついた。つい、と飛ばした手の先で、目標にしていた料理が消失する。
「なんじゃ――この界隈で一番の暇人が、遊びにも来ないつもりか?」
 アキラが狙っていたフライドチキンに噛み付きながら、カメリアがニヤリと笑った。
「あ、こら! 返せ俺のチキン!!」
 慌てて逃げ出すカメリア。
「ははは……たまには遊びに来い、アキラ!! お主のそのマヌケ面もたまには拝んでおかんと気が抜けなくていかん!!」

 その様子を遠目に眺めているのは、小鳥遊 美羽とコハク・ソーロッド。そしてベアトリーチェ・アイブリンガーである。
 ふと、ベアトリーチェの足元からウィンターの声がした。
「そういえば、この間はどうもありがとうでスノー!!」
 バラバラになったウィンターの身体を元通りに復元し、治療をしてくれたのはベアトリーチェだ。敵は倒しても、夜明けまでに回復できなかったら危ないところだっただけに、ウィンターもベアトリーチェに感謝の意を示した。
「いえいえ、ウィンターさんが無事で何よりです」
「それに、料理やスイーツ作りも教えてくれてありがとうでスノー!! 今日は楽しんで欲しいでスノー!!」
「ええ、ありがとうございます」
 その横に、アキラの手から逃げてきたカメリアが美羽とコハクに気付く。
「おお、来てくれたか。この間は世話になったの」
 礼を言うカメリアに、二人は首を振る。
「ううん、当然のことだよ……これからも、カメリアとウィンターたちと遊びたいからね」
 謙遜する美羽とコハク。コハクは少し照れながら続けた。
「それに、約束もしただろ?」
「――約束――ああ、そうじゃな……」
 カメリアは眼を細める。まだ新婚ホヤホヤの美羽とコハクだが、じきに子供が産まれたらカメリアの山で遊ばせたい、カメリアはその様子を見守って、共に育てていこうと約束していた。

「楽しみなことじゃ……で、予定日はいつじゃ?」
 つい、と視線を美羽のお腹のあたりに移すカメリア。いきなりの無茶振りに美羽は慌てて首を振る。
「いや、まだ決まってないから!! まだ入ってないから!!!」
 まだまだウブな二人はこの手の話題に弱い。顔を真っ赤にする美羽の反応に気を良くして、カメリアはコハクにも手を伸ばす。
「なんじゃ、まだ入ってないのか。はよ仕込んでやれ、な、がんばれよ? なんなら今日はもう帰るか?」

「カ、カ、カ、カメリアーーーッ!!!」

 こちらも真っ赤になったコハクが叫ぶ。笑い声をたてながらカメリアは駆け出した。


                    ☆


「みんな、本当にありがとう……」
 四葉 恋歌はパーティには出席せず、病室でパートナーのアニー・サントアルクを見舞っていた。
 というか、恋歌は基本的に病院に入り浸っているのだが。

 改めて礼を言われた紫月 唯斗は頭をぽりぽりと掻きながら答える。
「特に礼を言われるようなことはしちゃいねぇよ。それより、恋歌の方は問題なかったか?」
「うん。街の人をうまく誘導してくれてたアイドルの人とか、ヒーローの人とかいたみたいで、そんなに怪我人も出なかったみたい」
 一応、唯斗や狩生 乱世の言葉に従って病院に残っていた恋歌は、あの日のことを振り返る。
 その様子を見た乱世は、満足そうに頷いた。
「そっかそっか、そりゃあ良かった。あたい達もがんばった甲斐があるってもんだ、なぁ」
 と、傍らのパートナー、グレアム・ギャラガーに笑顔を向ける乱世。
「あ、ああ……そうだね」
 グレアムはやや戸惑いの表情を見せながら、乱世に返した。
「どうした、具合でも悪いのか? ここんとこ、調子良くねぇな?」
「あ、いや……特に身体の調子は悪くない――問題ないんだ、大丈夫」
 グレアムは乱世の視線を避けるようにベッドのアニーに目をやる。

 あの日、乱世との融合を果たしたグレアムは、乱世の激しい怒りや、その奥にあるアツい心に触れ、少なからずショックを受けていた。
 まだ、その時に自分に芽生えかけた感情をどう処理していいかわからないのだ。

「そっか……そんならいいけどよ」
 特に気にしていないフリをして、乱世は笑った。


                    ☆


「……この間はありがとう、助かったでピョン」

 スプリング・スプリングはパーティの席で天城 一輝に礼を言った。
「いや、スプリングやウィンターが無事でなによりだ」
 運ばれてきたお茶を飲みながら、一輝は事もなげに言う。
 しかし、あの時一輝や朝霧 垂がスプリングを止めていなかったら、冷静さを欠いていたスプリングは春将軍の返り討ちにあっていただろう。

「ま……これに懲りたら仲間の言うことは聞くことだな」
 同じようにお茶に口をつけながら、垂は呟く。
 スプリングは素直にそれを受け止めて、笑った。
「そういえば……ウィンターとはどうなんだ、その後?」
 思い出したように垂は口を開いた。
「ああ……思ったよりも平気そうでピョン」
 その後、とは春将軍との戦いの最中、スプリングの過去やウィンターの生い立ちについてウィンターも初めて知ることが多かったことを指していた。
 特に、ウィンターを作ったのがスプリング自身であることや、今までいると思っていた天気の神様のような存在がいないということは、ある意味ではスプリングがウィンターを騙していたとも思える事実だったからだ。

「いつの間にかウィンターも成長していたでピョン。
 もう私が庇護しなくても、ウィンターには頼りになる仲間や友達が大勢いる。
 私が逆にしっかりしないといけないでピョンね」
 少しだけ寂しそうに微笑むスプリング。その頭を垂がワシワシと撫でると、ウサギ耳が嬉しそうにピョンピョンと跳ねた。

「そうだ、二人にはこれを受け取って欲しいのでピョン」
 スプリングは、一輝と垂の二人に花びらを一枚ずつ差し出した。
「『破邪の花びら』じゃないか……」
 一輝は呟く。スプリングは答えた。
「春将軍も撃退できたし、あの様子だともう数百年くらい、悪さはできないと思うでピョン。
 でも、この間の戦いで私も力を使いすぎた。それこそ数百年単位で、ああいう戦い方はできない。この花びらも、もう何の力も残っていないでピョン」
 少しうつむくスプリング。垂は声を掛けた。
「でも、まあ。それも時間が解決できる問題だろ? しばらく休みながら……なんつーか、人生を楽しんだらいい」
 その言葉に、スプリングも微笑んだ。
「うん、そうするでピョン……だから、この花びらを二人に持っていて欲しいんだ……なんというか……その……」

 友情の証として。と、消え入りそうな声でスプリングは呟いた。
 人間と深い関わりを持たないように数百年、数千年の時を過ごしてきたスプリングにとって、こういうことは慣れていないのだろう。

 つい、と花びらを一枚手に取って、垂はその場を後にした。
「そっか……んじゃこれは預かっとくぜ。またスプリングが無茶したら、飛んで来るからよ」

 一輝もまた、スプリングの掌から花びらを一枚、丁寧に受け取ると、スプリングに微笑みを投げる。
「そうだな……これからいい季節だ……コレットがこの間から新作スイーツを作ると張り切っていてな。
 『冒険者風なんとか』とか言って色々試している。なんだか手元が怪しいから、手伝いに来てくれると助かるんだが」
 すっと、花びらを持ったまま右手を差し出した一輝。その右手を、スプリングは嬉しそうに握り返した。

「うん、ぜひお邪魔するでピョン――楽しみでピョン!!」


                    ☆


「――行くのか、翁?」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーは、町外れで呟いた。
 その言葉の先には、ブライト・ブラス――未来からの使者 フューチャーXの背中がある。
「ああ……ビビィのヤツもまぁ心配いらないだろうし、そうなると儂は儂でやりたいことがあるんでな」
 すっかり旅支度をしたフューチャーXは、今まさにツァンダの街を後にしようとしていた。

「――で、どこに行くつもりなのだ?」
 グロリアーナの問いに、フューチャーXはニヤリと歯を見せた。
「ああ、とりあえず北に行こうかと思っている。儂の記憶とビビィのはなしを総合すると、どうも北の方で氷漬けになっているらしいのでな」
 えらくアバウトな話だが、目の前の老人らしいと言えば言える。
「ふむ……折角チェスに付き合ってくれる御仁だというのに、惜しいことだ」
 眼を細めたグロリアーナに、フューチャーXは手を振った。
「はは……戻ってきたらまたカモられてやるさ……元気でな、お姫さん」

 歩き出したその背中に、グロリアーナは呟く。
「うむ、もし困ったことがあったら呼ぶが良い。戦友の頼みを無下にするほど、妾も無情ではないゆえな」

 その言葉は届いたのかどうか。
 ただ、フューチャーXは片手を振って街を後にする。


 新たなる、冒険の旅へ。


                    ☆


「ふう……今日は異常なさそうだな」
 ブレイズ・ブラスは街のパトロールに一区切りをつけて、ため息をついた。
「……う、うん」
 その横で、鳴神 裁に憑依した物部 九十九がぎこちなく同意する。
 あの事件以来、九十九はまともにブレイズの顔が見られない。

 闇の結界の影響で融合してブレイズと心や想いを共有した九十九は、その魂にまで深く触れることができた。
 かねてより彼に淡い恋心を抱いていた九十九にとって、それは嬉しい出来事であったが、同時にひとつの懸念をも生んでいた。

 そう、二人が想いを共有したということは、九十九がブレイズに抱いていた想いに、ブレイズも気付いた筈だということだ。

「……」
 だが、それを確認する術は本人に聞く以外になく、あの事件以来、身体の傷を治したブレイズが始めてパトロールに行こうと言い出した今日こそ、その最大のチャンスなのだ。
 だが、そのタイミングを掴むことができずに、パトロールが終わろうとしている。
 思えばいつもそうだった。パトロールにかこつけて同じ時間を過ごしてきた九十九とブレイズだったが、正義バカのブレイズにそのような乙女心など気付けるはずもない。いつもパトロールはパトロールのままだったのである。

「なぁ、九十九……時間、あるか?」
「……え?」
 しかし、その日は違った。
 パトロールの帰り、ブレイズは九十九をツァンダの街が見渡せるタワーに誘った。
 そこは、ブレイズが気に入っている秘密の場所であり、九十九だけがその場所を知っていた。

「九十九……この間は、サンキューな」
 ブレイズは沈む夕日を眺めながら笑った。
「あ……うん……ううん……ボクはなにも」
 沈む夕日、眺める街並み、隣には笑顔を投げかける、想い人の姿。
 しかし、そんなシチュエーションにも九十九の心は躍らない。やはり、先日融合した時のことが気になっているのだ。

「……あのよぉ!!」
「ひゃいっ!!」
 少しの沈黙の後、意を決したようなブレイズの言葉に、九十九は少し驚いて変な返事をしてしまった。
「こないだの……ことなんだけどよ」
「……うん」
 ドキドキしながら、九十九はうつむく。
「やっぱ黙っとくこともできねぇし……」
「……」
「……この景色、ずっと守って行きたいって俺が言ったこと、憶えていてくれたんだな」
「うん」
「そのことを同じ様に九十九が思ってくれたこと……嬉しいと思う。俺はまだまだこの通り、頼りねぇままだし、本当のヒーローとかにも程遠いと思うけどよ……その……」
「……?」


「こんなんで、俺でよければその……よろしく、頼む……」


「……!!」
 九十九は思わずブレイズの顔を見上げた。
 ブレイズは逆に九十九の顔を見ることができないのか、まっすぐ街の景色を睨んだままだ。

 ただ、その顔がまるで火でもついたように真っ赤なのは、夕日を浴びているせいだけではあるまい。

「……悪い……やっぱロマンチックっての、よくわかんねぇや」
 ぼりぼりと頭を掻くブレイズ。どうやら『告白はロマンチックにする予定』という九十九の想いまで、伝わってしまっていたらしい。
「あ……はは……」
 うっすらと九十九の瞳の端に涙が浮かぶ。


「ううん……ロマンチックじゃなくても……いや、充分にロマンチックだよ……!!!」


 飛び上がった九十九はブレイズに勢い良く抱きつく。
 二つに重なった影を照らして、眩しい夕日がゆっくりと沈んでいった。


                    ☆


「……さて、それでは戻ろうか、ライカ」
 レイコール・グランツは出発の準備を整えて、ライカ・フィーニスを促した。
 ライカとレイコールはツァンダの街を後にして、自分達の住処へと戻るところだ。
「うん……」
 ライカは心ここにあらずな様子で、平和を取り戻した街を眺めていた。

「どうした、ライカ?」
 なんとなく気乗りしない様子のライカに、レイコールは尋ねる。

「うん……何ていうか……楽しかったなって……」
 ぼんやりと呟くライカ。事件からしばらくツァンダの街に留まったライカには後ろ髪引かれる気持ちがあるのだろう。
 今までは旅をしてきて、ライカがそんな感傷に浸ることは珍しかった。
 どちらかというと、次に待ち受ける冒険や新しい出会いに心躍らせる様子を見せることが多かっただけに、ライカの反応は意外だった。

「……珍しいではないか、ひとつの街に心を残すことは?」
 レイコールは素直に感想を述べた。レイコールは吸血鬼、長命種である彼はライカとは比べ物にならない長さの人生を歩んできた。
 その人生が長ければ長いだけ、ひとつの事象に対する執着――それが人であっても物であっても街であっても――その執着との付き合い方を自然に会得してきた。
 レイコールとパートナーになったライカもまた吸血鬼化している。寿命に関してはどうなるかは分らないが、少なくとも普通の人間よりもはるかに長い人生を生きるだろう。

「うん、そうだね。……楽しすぎた、かな」
 あまりにも多くのことがライカの心を去来する。日記帳にも書ききれないほどの楽しい出来事、わくわくする冒険、素晴らしい出会いがこの街には溢れていた。

「また、戻ってこよう」
 それでも今日のところは、出発しなければならない。レイコールのひと言に、ライカは勢いをつけて返事をした。
「うん、そうだねっ!! またこの街に来よう――この――大好きな街に!!」

 街に背を向けて歩き出す二人。
 やがてライカは、静かに口を開いた。

「あのね、レイ――」
「ん?」
「この大陸全体の危機が去って、一息ついたらさ……」
「……うむ」


「私――この街に、住みたいな……」


 ライカの呟きが風に乗って街を吹きぬける。
 平和な街は人々の笑顔に溢れ、抜けるような蒼い空がそれを包み込むように見守っていた。

 いつまでも、いつまでも。


『バカが並んでやってきた』<END>


担当マスターより

▼担当マスター

まるよし

▼マスターコメント

 みなさんこんばんは、まるよしです。

 今回は締切りを大幅に遅らせてしまいましたこと、大変申し訳ありません。
 それでもどうにかこうにか皆様のお手元にリアクションを届けることができそうで、ひとまず落ち着いております。

 今回で『蒼空のフロンティア』様における私のゲームマスター業務は終了となります。
 長い間、いくつかのシナリオにご参加いただきまして、本当にありがとうございました。
 初のガイドから数えて19作目になりましたが、いつもリアクション公開予定から遅れてしまい、申し訳ないと思っております。このようなGMにいつも参加してくださる皆様には、感謝の念で一杯です。

 これからもどこかでゲームマスターは続けたいと思っておりますので、またどこかでお目にかかりましたら、その時はどうかよろしくお願い申し上げます。

 これまで、本当にありがとうございました。