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バカが並んでやってきた

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第14章


「さてさて……ウィンターさんには冷蔵庫の中身を始末してもらった義理もあるしねぇ」

 八神 誠一(やがみ・せいいち)は呟いて、風森 巽が対峙する冬将軍へ狙いをつけた。
 対イコン用手榴弾を、周囲を囲むアシガルマに向けて投げつける。
「ぬぅ、新手か!?」
 アシガルマが吹き飛んだ隙をつき、一気に距離を詰めた誠一。
「おおっ!?」
 あっという間に懐に飛び込むと、刀の形にした鋼糸刀・華霞改で斬りつける。
「ふんっ!!」
 しかし、辛うじてそれを刀で弾く冬将軍。同時に発した氷術で、誠一を遠ざけ、距離を取る。
「おっと……やっぱ一筋縄じゃあいかないねぇ……っと、助太刀しますよ」
「……気をつけろ、ああ見えてなかなかの使い手だ」
 風森 巽は誠一に警告を発する。この場を動かさず防御に専念していたとはいえ、ずっと攻撃を捌き続けてきた巽の両腕には鋭い斬撃の跡が見て取れた。
「なるほど……けどまぁ、こちらもそういうのはワリと得意な方でね……任せてもらおうかな」
 ふわりと宙に舞った誠一。それとは反対に、巽は冬将軍に突進した。
「でやあああぁぁぁっ!!!」
「とりゃあっ!!!」
 一気に攻撃に転じた巽に警戒しながら、冬将軍はその打撃を刀で逸らす。
「ふんっ、一人二人増えたところで同じことよっ!!」
「おやおや、聞き捨てならないねぇ」
 豪語する冬将軍。しかし徒手による超接近戦を仕掛ける巽と、中近距離から刀による攻撃を仕掛けてくる誠一のコンビは厄介で、徐々に後退していく。
「ぬうううっ!!!」
 だが、冬将軍は身体全体から氷術を発することで、懐に入り込んだ相手にダメージを与えることができる。
「ちっ!!」
 これを出されると巽は一時的に引かざるを得ない。すると次には決まって冬将軍の斬撃が襲ってくるのである。
「今度はこちらからいくぞっ!! ふん、はっ、とぅ!!」
 両手に持った二本の刀で、巽と誠一にまとめて切りかかる冬将軍。

「なるほど……意外と教科書どおり……」
 その剣筋を読みながら、誠一も冬将軍の斬撃を捌いていく。
「ふんっ!!」
 冬将軍の剣をギリギリで避ける誠一は、その攻撃のリズムを少しずつ掴み始めていた。
 基本的に二本の刀による斬撃、接近されたら氷術による防御。

「――至極、読み易い」

「――!!」
 巽が冬将軍の刀の一本を防御した隙を縫って、誠一の刀が走る。
 しかし、その斬撃は冬将軍に見切られていた。両者の位置関係からは、誠一の刀はギリギリ間合いの外――冬将軍には届かない。

 筈であった。

「何っ!?」
 冬将軍は驚きの声を上げた。確かに届かない筈の誠一の刀が、冬将軍の鎧に傷をつけたのだ。
「――これは面妖な――」
 慌てて二本の刀で間合いを取る。しかし、その隙を見逃す誠一ではない。
「ほらほら、まさかその程度じゃないでしょぉ?」
 誠一の刀は鋼糸刀・華霞改。精神を集中することで自在に収縮する鋼糸でできている。一瞬だけ糸の状態に戻した刀は、誠一の思い通りの破壊現象を発現させることができる。
 振り下ろした刀が冬将軍に最も接近したその一瞬だけ糸の状態に戻し、僅かに射程を延ばした状態で斬撃の破壊現象を起こす。
 これにより、冬将軍からは何が起こったか分らず、刀の間合いだけが伸びたように錯覚を引き起こすのである。
 もちろん、これは尋常ではない精神集中を必要とする。敵との戦いの中で磨かれた卓越した戦闘センスと精神力があって初めてできる離れ業であった。

「ぬうっ!!」
 じりじりと冬将軍が後退していく。
 誠一の一撃一撃は強力な攻撃ではないが、間合いを読みきれていない冬将軍を翻弄するには充分な効果があった。

「――それなら、ここまでだねぇ」
 追い詰めた冬将軍へのトドメの一撃と言わんばかりに、誠一は刀を振り上げた。間合いを狂わせる鋼糸の攻撃だけでは決定打にはなり得ない。最後の一撃にはやはり接近する必要があるのだ。

 しかし。

「――甘い!!」
「!!」
 冬将軍もただ追い詰められていたわけではなかった。
 誠一がそうしたように、冬将軍もまた誠一の攻撃パターンを把握することに集中していたのである。
 鋼糸の攻撃だけでは致命的なダメージを受けないことにいち早く気付いた冬将軍は、あえて誠一の攻撃を受け続けた。
 もちろん小さなダメージは蓄積されていくが、全身が氷の彫像でできている冬将軍の行動を制限することはできない。
 ならばと、冬将軍は最後のトドメに来る大振りの一撃を待っていたのである。
 散々斬りつけられたおかげで、誠一の攻撃リズムは逆に掴まれていた。
 力を乗せた大振りであれば、さすがに途中で間合いを伸ばすこともできない。
 一本の刀で巽を抑え、もう一本で誠一の刀に合わせる。
「――しまった!!」
 気付いた時にはもう遅い。
 まるでスローモーションのようにゆっくりと、しかし確実に迫り来る刃を、誠一は見た。
 それは自分が放った一撃に対しての正確無比なカウンター。


 冬将軍の刀が誠一の刀のぎりぎり横をすり抜け、一直線に誠一の喉元に伸びる――。


                    ☆


「――!?」

 ブレイズ・ブラスは停止していた。
 何故かというと、目の前の結和・ラックスタインに殴られたからである。
 殴ったというより、軽く叩いた――こづいたとでも言うほうが正解かも知れないが、しかしその現象は衝撃的であった。

 何しろ、先ほど街ごとを暖かな癒しの力で包んだ結和が、アヴドーチカ・ハイドランジアのバールを手にとって目の前のブレイズを叩いたのだから。

「はい、お返しします」
 結和は何もなかったようにバールをアヴドーチカに返した。
「あ、ああ」
 その行為にはアヴドーチカも戸惑いの色を隠せない。
 懸命に頑張ろうとする結和に対してブレイズが放った言葉。結和をお嬢さん扱いして軽んじるかのような発言に、アヴドーチカが軽い怒りを覚えたことは事実だ。だから、アヴドーチカによって反論かそれに代わる実力行使が行われた可能性は大いにあるのだが、それが結和自身の手で行われたことが、その場の誰においても意外だったのである。

「……」
 呆然とするブレイズに、結和は向き直る。
「叩いちゃって、ごめんなさい。……でも、よく言われるんですよね……そういうこと」
「……?」
 口元に浮かんだ微笑。しかし、その眼差しには哀しみにも似た色合いが浮かんでいる。
「医療行為なんかを目的に戦いの場にいるのは迷惑だとか……。
 せっかく倒した敵にまで治療を行うのは間違っているとか……。
 面と向かって言われることもありますし、裏でこそこそ言われることもあります」
 結和は幾多の戦場、冒険を通じて人々を助けることに専念してきた。
 彼女の信念において、全ての負傷者は治療を受ける権利を有する。故に、時としては決着がついた敵にまでその治療を行うこともあった。
 しかし、戦いの場においてはそれを感情的に容認できない人間もいる。
 また、常に医療者として戦場に赴く彼女らを、売名行為だ聖人君子気取りだと揶揄する声も、大なり小なりと聞こえてくることもあった。

 だが、結和は人々を治療する、それによって誰かを助けることを止めなかった。

「でも、そんなんじゃない……そんなんじゃない、んです……」
「……?」
 未だに事態が飲み込めていないブレイズの瞳を覗きこみ、結和は静かに告げた。
「……わたしね、こう見えてもわがままなんです……欲望だらけなんですよ」
「……そうは、見えねぇけど」
 辛うじて、ブレイズが言葉を発する。だが、結和は首を振って、それを制した。

「いいえ……だって……、
 もっとおいしいものも食べたいですし……、
 もっとキレイなものも見に行きたい。
 もっと新しいお洋服だって欲しいですし、
 もっと勉強する時間も欲しいって思いますし、
 もっと、お金だってね、必要な分と余裕の分くらいは欲しいですし……、
 大切な人とは、もっともっとずっと一緒にいたいって……そう思ってます
 もっと、もっと、もっと……」
「……」
 その程度の欲はある意味、当たり前な話で、それを欲望というカテゴリーに入れること自体が、結和の性格を物語っているのではないかとブレイズは思った。
 二の句を告げないブレイズを無視して、結和は続ける。

「大小挙げればキリはないんです……。他にもいっぱい、いっぱいあるんですよ。
 でも……」
「……でも……?」

「……そのうちのいくつかは叶いましたし……もう叶えることはできないことも……あります。
 その他のほとんどは、まだ頑張り中です。でも……でもですよ、ブレイズさん」
「……?」
 ずい、と身を乗り出してくる結和を、改めてブレイズは見つめた。

「わたしね、しあわせなんです。
 そりゃあ色々ありますけど……うん。
 総じて、しあわせだなって、素直に思えます。
 だから……」
「だから……?」


「だから、みんなにも同じように……それ以上に……どんな人であっても、しあわせになって欲しいんです」


 結和の真っ直ぐな視線がブレイズを射抜いた。
「それが……あんたの欲望か……?」
「はい、たったひとつ……でも、ものすごく欲深い、私の願いなんです。
 ……こう、思ってしまうことは、そんなにおかしいことでしょうか……?」
 見ると結和の瞳には、うっすらと輝くものが浮かんでいる。
「そんなに……おこがましく……いけないこと、なんでしょうか……?」

 今まで戦いの場において負傷者を治療し続けてきたこと、それは医者を目指す結和にとっても大きな実績であり、誇りでもある。
 しかし、いつの世も理想を理解しない人間はいるものだ。
 結和自身が言うように、常に彼女達はそうした好奇と疑心の視線に晒されてきたのだ。

「なんでそんなにって……言いましたよね」
「……ああ……」
「でもそれ、ブレイズさんもですよね……」
「……え……?」

「以前、私が困っている時に助けようとしてくださいましたよね」

 思い出される、結和とブレイズとの出会い。
 道に迷った結和を半強制的にブレイズが助けようとしたのがきっかけだった。

「……そりゃあ、もっと困ることになってしまったことも確かですけど」
 当時のことを思い出した結和とブレイズ、二人の間に苦笑いが浮かぶ。
「おんなじなんです、きっと。誰かを助けようとすることに、理由はあんまりないのかもしれません」
 そう言って微笑む結和。
 その頬を伝う雫を、ブレイズはそっと指先で拭った。
「――すまねぇ……」
「……」
「今、あんたの涙を拭うべき男は俺じゃねぇのは分ってる。だがそいつは今ここにいねぇ。
 だから俺が代わりに……その涙を止める」
 今こそブレイズは立ち上がった。
 誰かを助け、そのために守る。結和の祈りにも似た強い想いが、ブレイズを立たせていた。
「ブレイズさん……」

 結和の呟きに、じっと右手を見つめるブレイズ。紅いマフラーが巻かれた右手は、今は力強く握られていた。
「少しだけ……爺さんや、みんなの言ったことも分る気がする。
 俺は……正義というものにこだわるあまりに、大事なことを見失っていたんだな……」
 ブレイズは心配そうに様子を見守っていた物部 九十九を振り返る。

「サンキュー、マブダチ。俺が守るべきものは……正義なんてモンじゃなかった。
 正義も悪も関係ねぇ……俺は、昔から俺は、俺にとって大切な人を守りたかっただけなんだ」
 その言葉は、九十九が憑依している鳴神 裁に向けられたものだったかも知れない。
「もう……大丈夫、だね。ブレイズ」
 嬉しそうな表情を浮かべる九十九に、ブレイズは近寄った。
「ああ、九十九もサンキューな。……格好悪い話だけど……聞いてくれるか?」
「……うん、もちろん」
 こくりと頷く九十九に、ブレイズは過去の思い出を語り始める。
「俺の家が昔、爺さんの築いた財産で下級貴族になった話はしたよな。
 その後、冒険の旅から帰らなかった爺さんの代わりになろうと思って、俺は家族を守ろうとした」
「うん……でも……」
 九十九の言葉に頷くブレイズ。
「ああ。結局、親父は死んで母親は逃げた。俺は何もかも失くして旅に出ざるを得なかった。
 幸い爺さんが残していった魔法の財で切り抜けることはできたが……薄々分かってた、それは俺の力じゃねぇって。
 ……力が欲しかったよ。俺にもっと力があれば、家族を守れたんじゃねぇかって。
 俺がもっとちゃんとしてて、力があれば爺さんも帰って来てくれたんじゃねぇかって……はは、ホント、情けねぇな」

 家族が離散してしまったことがブレイズのトラウマになり、いつしか彼は大荒野に活動の場を求めるパラ実生になっていった。
 誰かを守るために求めたはずの彼の『正義』は、力のために力を求める『暴力』へと歪んでいったのである。

「ううん……そんなこと、ないよ」
 九十九は首を横に振る。そうした過去を認め、近しい人間に打ち明けることができることこそ、ブレイズが少しずつ過去を乗り越えようとしている証でもあった。


「その様子だと……立ち直ることができたようだな」


 と、そこに声をかけてきた男がいた。
「……レン先輩!!」

 レン・オズワルド(れん・おずわるど)である。レンはブレイズに近寄り、街の現状を告げた。
「行こう、ブレイズ。
 まだ迷いはあるかも知れない。
 だが、お前を待っている人がいることを……今のお前なら分るはずだ」

 ブレイズの右手のマフラーが、また風にたなびいた。
 呼んでいる。
 ヒーローとなるべき男たちを、戦いの場へと。


「……はい!!」


 微笑むレンに、ブレイズは力強く応えるのだった。