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バカが並んでやってきた

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バカが並んでやってきた
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第12章


「……もう大丈夫だ……ありがとよ」
 ブレイズ・ブラスは結和・ラックスタインと物部 九十九に礼を言った。右手に巻かれた紅いマフラーがはためき、行き先を示している。
「……ですが……傷は治っても、結局のところ突破口を掴めてはいませんよね?」
 と、九十九が装着している魔鎧、ドール・ゴールドが冷静に突っ込んだ。

「……そう、だな」
 入れた気合が抜けていくのを感じていくブレイズ。なるほど、確かに傷は治ったかもしれない。しかし――。
「放下著、放下著――」
 突如、同じ様に九十九に装着されているギフト、黒子アヴァターラ マーシャルアーツが言葉を発した。
「……ほうげ……何?」
 ブレイズは目を白黒とさせた。言っている意味が分らないのだ。
「……ボクにもさっぱり……」
 九十九もまた、自分のパートナーの言っていることが理解できていない。
「……禅、ですかー?」
 ただでさえ脳筋のブレイズと九十九、そして宿主の鳴神 裁のメンバーの中で、知識と常識を比較的兼ね備えているドールが相槌を打った。
「左様でございます。
 怒りを憤る事莫れ。
 悲しみを哀しむ事莫れ。
 恐れを怖れる事莫れ。
 放下著――捨ててしまえ、ということです」
 その言葉を耳にしてもなお、ブレイズにはピンときていない。

「それで……何を捨てればいいってんだ? 言ってることが難しくて……」
 ブレイズに、ドールが救いの手を差し伸べてくれた。
「はい。意地や拘り――プライドなど邪魔なものを全て捨て去って、純粋に自分の心の内と向き合う――ということをブラックさんは言いたいのではないでしょうか?」
 ブラックさん、とは黒子アヴァターラのことである。
「こだわり……」
 ブレイズは、じっと右手のマフラーを見つめた。
 しかし、彼は持ち前の『正義』に強い拘りとプライドを持ってここまで歩いてきたのである。今さらそれを捨て去ることは容易ではない。

「純粋に……ブレイズ様のやりたいことはなんでしょう?
 単を示すと書いて禅、世の中なんて結構シンプルにできてるものなんですよ」
 黒子アヴァターラは言った。

「俺の……やりたいこと……俺の……正義……」
 ブレイズの脳裏に、先ほど気絶していた時に聞いた裁の言葉が響く。
「俺の正義……か……」

 その時。


「――大変でスノー!! 将軍達が更にパワーアップしたらしいでスノー!!」


 ウィンターの分身が声を上げた。
「何っ、どういうことだ!?」
 アヴドーチカが聞き返すと、ウィンターがテレパシーを利用して他の分身から集めた情報を整理する。
 それぞれ秋将軍と夏将軍そして春将軍は、暗黒秋将軍、灼熱夏将軍、さらに閃光春将軍へと変貌し、コントラクター達を苦しめていると。

「……何てこと……みなさんは、大丈夫なのでしょうか……」
 結和が嘆きの声を漏らすと、ウィンターは首を横に振った。
「かなり苦戦しているようでスノー……人によっては、かなり傷ついているようで……」
「そんな……」
 結和は狼狽した。
 かつて戦場や災害の場で怪我人の介護や治療に携わったこともあり、このような戦いの場は初めてではない。
 だが、今回は結和ひとり――アヴドーチカも入れてふたり――という少人数で幾多のコントラクターの治療や救助に向かわなくてはならない。
 情報も人数も少なすぎる。
「……どうしたものでしょうか……」
 しかし結和は、ごく短い時間、考えた。
 考えることは停滞ではない――狼狽するだけでは物事は好転しない。行動することももちろん大事だが、その前に考えてみることも大切――要はバランスだ。
 目の前のひとりを救うことも大切だが、その為にもっと多くの救える人間を見逃してしまうことがあってはならない。
 しかしより多くの人間を救おうとするあまり、目の前のひとりを救うチャンスを見逃すこともまた、あってはならないのだ。
 もちろんこれは理想論だ。しかし、理想を追求するものは、最期の瞬間までその理想を追求しなくてはならないのだ。
 そうでなければ、理想への道は程遠い。

「……スノー?」
 ウィンターの分身がいつになく厳しい表情の結和を覗き込む。
「……そうだ!!」
 そのウィンターを見つめ返した結和の脳裏に、あるひらめきが浮かぶ。
 まだ可能かどうかも分らないそのひらめきが、しかしこの街を取り巻く現状を打破するきっかけになるかも知れない。

「ウィンターさん!!」
 結和はしゃがみこんで、ウィンターの分身の手を取った。
「な、何でスノー!?」
 その勢いに驚くウィンター。結和は続けた。
「ウィンターさんの分身の皆さんが私達の魔法やスキルの力を増幅できるのであれば……。
 魔法の範囲を広げることは……できませんか?」
「……できる、でスノー……でも、そこまで広範囲には……」
 口ごもるウィンター。
「はい……ですから……」
 結和が続きを言おうとした時、ウィンターのあまり良くない頭にも同様の考えが浮かんだ。
「あ……そうか、できるかも知れないでスノー!! 考えたこともなかったでスノー!!!」

「おい、何を……」
 結和とウィンターが何を話しているのか分らずに、ブレイズは口を挟んだ。
 それに対し、結和は優しく微笑みを浮かべ、応えた。
「……見ていてください。私にはブレイズさんのような守るべき『正義』はありません。
 ただ……どうしても……何をしてでも……譲りたくないものはあります……。
 ウィンターさん……一緒に……願って……祈ってください……」

 す、と。

 ゆるやかに両手を中空に差し出す。
 極力リラックスした状態で。
 しかし集中は途切れないように。
 足元から指先まで、まるで一本の樹のように。
 大きく、伸びやかに。

「あたたかな……癒しの太陽の……ブースト……」

 そして、結和の魔法が展開した。
 ウィンターの分身を通じて、できるだけ広範囲に。


 街中に散らばった、52体の分身を通して。


                    ☆


「……これはっ!?」
 灼熱夏将軍と激戦を繰り広げるリネン・ロスヴァイセは驚きの声を上げた。
 何しろ、突然近くのウィンターの分身が魔法陣に変化したかと思うと、そこから極上の癒しの力が自分達を包み始めたのである。
 その恩恵を受けているのはもちろん彼女だけではない。その場の味方全員に、治療の効果が現れていた。

「誰かの魔法が……?」
 暗黒秋将軍と対戦中のシリウス・バイナリスタもまた同様であった。
 徐々に体力を消耗せざるを得なかった現状において、まさにこの魔法は助け舟であった。
「これなら……いけるかも知れねぇ!!」

「……まるで救いの女神……とでもいったところか」
 同じ様に消耗戦を続けていた風森 巽も呟く。
 単身、冬将軍の攻撃を捌き続けていた彼の体力も大幅に回復したことで、更なる戦いのステージを展開することができそうだ。
「それに……他にも援軍が到着したようだしな」
 見ると、冬将軍の相手をすべく他のコントラクターの姿が見え始めた。本当の戦いはこれからだ。

「……何となく、知っている人の魔法のような気がするな」
 僅かな微笑みと共に、涼介は敵――閃光春将軍を睨みつける。
 見えないところでも、懸命に努力している仲間がいる。
「ならば――こちらも歩みを止めるわけにはいかないな」


                    ☆


 街中で戦い続けるコントラクター達を大幅に回復させた結和の魔法は『キュアオール』であった。
 ウィンターのブーストの助けを借りることで、本来であれば誰か一人にしか掛けることができないこの魔法で、街全体のコントラクター達を回復させたのである。

「……!!」
 しかし、それは同時に結和に本来ではありえない魔力の負荷をかけることになっていた。
 急速な魔力の喪失、通常では処理しきれない魔法対象の処理情報。普段は無意識下で制御できている術式の全てまでを同時に行わなければならない。
 もちろん、ウィンターのブーストによって最低限のサポートはされている。
 しかしそれにも限界はある。ウィンターの魔力で補いきれない部分は、結和本人の魔力で対処しなければならないのだ。

「……あ……うぅ……!!」
 きつく目を閉じて、歯を食いしばる。
 頭は割れるように痛く、身体は今すぐに倒れそうに重い。手足の末端はまるで血が通っていないように痺れている。
 しかし、それでも。

「……結和」
 アヴドーチカが静かに声を掛ける。
「……!!」
 結和は激しく首を横に振った。まだ回復しきっていない仲間が街にいる。その回復が完了するまでは。
「……おい、大丈夫なのか!!」
 たまらずにブレイズが声を掛け、駆け寄ろうとする。だが、アヴドーチカは片手でそれを制した。
「……黙っていてくれないか……あの娘は今、戦っているんだ」


「癒しの力よ……この街の全てに……届け……!!」


 絞り出すような、叫ぶような呟きを最後に、結和の身体からふっと力が抜けた。
「――おっと」
 アヴドーチカがそれを支え、倒れこむのを防ぐ。一気に魔力を放出したせいで体力の消耗が激しいのだろう、額に脂汗を浮かべて、肩で息をする結和。
「……よく頑張ったな……後は休んでいろ」
 まるでわが子を見守るような視線で、アヴドーチカは微笑む。そこに、ブレイズが声を掛けた。

「……なんで……」
「あ?」
 結和に軽く応急処置をしながら、アヴドーチカが視線を上げた。
「何で、何でそこまでできる? 言っちゃあなんだが、ウィンターもカメリアもスプリングも――他のコントラクター達も、あんたにとっちゃあただの他人……良くて知り合いじゃねぇか?
 俺のことだってそうだ……そりゃあ仲のいいヤツだっているんだろうが、無差別に全員を治療しようだなんて、無茶もいいとこじゃねぇか? そんない消耗しちまってよ、下手すりゃあ自分が死んでたかもしれねぇんだぞ!?」
「……そういう娘なんだよ、この娘は」
 そっと結和の前髪を撫でる。
 結和はそのアヴドーチカの手を握り、そっと立ち上がった。
「――もう大丈夫なのか、結和?」
「ええ……ご心配をおかけしました……」
 ブレイズは、立ち上がった結和を止めようとする。
「お、おい無茶すんなよ!!
 あんたの仕事は終わったよ!!」
 しかし、結和は薄い笑みを浮かべたまま、首を振った。
「いいえ、終わってません……一般人の皆さんの避難に、これから出るかも知れない怪我人の治療……さっきの方法はもう使えませんから、一人ずつあたらないと……」
 懸命に歩こうとする結和。ブレイズは、後ろからその肩を掴んで結和を止めた。
「無茶だろうがよ……回復してくれたことには礼を言う。けど、あんたはもう休むべきだ!!
 さっき言ったよな……譲れないものがあるって……けどよ、それはあんたがそこまでしなけりゃいけねぇことなのかよっ!?
 それはあんたのようなお嬢さんがすることじゃねぇだろっ!?」

 そのブレイズの言葉に、アヴドーチカの眉が釣り上がった。
「何だと――」
 しかし、そのアヴドーチカを今度は結和が片手で制した。
「……いいんです、アヴドーチカさん……あ、ソレ、貸して下さい」
「……え?」

 次の瞬間には、アヴドーチカの手に握られていた医療器具――限りなくバールに近いバールのようなもの、というかバール――が結和の手に握られていた。
 そして。


「えいっ」


 結和が手にしたそのバールで、ブレイズの頭を殴った。