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バカが並んでやってきた

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バカが並んでやってきた
バカが並んでやってきた バカが並んでやってきた

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第11章


 春将軍との戦いは、いぜん膠着状態が続いていた。
「――スプリング……」
 朝霧 垂は呟く。
「……はぁっ……はぁっ……」
 涼介・フォレストや秋月 葵たちの攻撃に合わせて無謀な突進を繰り返すスプリング。どうにかそれを止めたい垂だったが、すっかり頭に地が登っているスプリングには言葉が通じない。
 王笏による攻撃や光の防御壁への有効な対策を取ることができないまま、時間だけが経過していた。

「……良くないね……」
 涼介は呟いた。まだ夜中ではあるが、バラバラにされたウィンターの身体を元に戻すには、夜明けというタイムリミットがある。まさかこのまま数時間が経ってしまう事態は考えにくいが、事態を打破するには決定的な何かが必要なのも確かだった。

「……どうする……どうしたらいいの……?」
 ずっと闇の結界の影響下にいるせいで、それぞれのメンバーにも疲労の色が見え始めている。秋月 葵は少々の焦りと共に呟いた。

 と、そこに。

「おいおい、何しけたツラしてやがんだよ、どいつもこいつも」
 一人の男が現れた。その声に、垂が反応する。
「――唯斗!!」
 紫月 唯斗である。
「よぉ、苦戦してんじゃねぇか」
 気さくに垂に話かける唯斗。口調はおどけているが、その表情は真剣だ。
「――わかってんなら協力しろ。スプリングを止めて、あのおっさんを倒す」
 垂の表情もまた真剣だ。だが、先ほどよりは瞳に力がある。
「了解――」
「うまくいったら奢れよ」
「――なんで俺が」
 言うが早いか、唯斗はスプリングの背後に回り込んだ。
「唯斗――いいところに来たね、アイツをブチ殺すから協力して――」
 振り向きもせずに言うスプリング。その首根っこを後ろから引っつかんだ唯斗は、垂に向けてスプリングを放り投げる。

「いいからオメェはちと頭冷やせ、バカ」

「!?」
 予想外の唯斗の行動にスプリングは大人しく放り投げられてしまった。ぽすんと垂の胸元に着地するスプリング。
「そこで大人しく見てな……よぉ爺さん、待たせたな……こっから先は俺が相手だ」
 構えを取ると、唯斗の身体が金剛鬼神功に包まれた。しかしその鬼神のごとき闘気を目の当たりにしても、春将軍がひるむことはない。
「ほう、いい闘気だ。だが、この結界の中でどこまで通用するかね?」
 余裕を見せる春将軍。そこに、涼介の刃が振り下ろされる。
「随分と余裕じゃないか、人と斬りあっている時に」
 涼介の宝刀は春将軍の王笏をすり抜け、その身体に斬撃を与えるものの、黄金の鎧に阻まれてダメージを与えることができない。
「そちらこそ随分としつこいではないかね。キミたちの攻撃力では何度攻撃しても、私の鎧を通すことはできないとまだ分からないのかね?」
 その通りだった。先ほどから涼介とクレア・ワイズマンとのコンビネーションは幾度となく春将軍の王笏を潜り抜け、一応の打撃を与えている筈なのだ。しかし、その攻撃の全てが黄金の鎧によって阻まれている。
 春将軍の直接攻撃、接近戦に関しては恐らく夏将軍や冬将軍ほどではないのだろう。しかし、王笏による光弾は連発されれば少しずつこちらの体力を削り取り、ある程度押し込めて行けば光の壁で押し戻される。さらにはこの黄金の鎧。決定的な強さを感じさせるわけではないものの、交戦してみれば厄介な相手であることが分った。

「ふん……上等じゃねえか」
 唯斗は、状況を即座に理解した。それでも、一歩前に出る。
「結界だろうが何だろうが関係ねぇんだよ……ただ、ぶん殴る。……それだけだ」
 その横に、涼介と秋月 葵が並ぶ。視線は春将軍から外さずに、涼介は呟いた。
「どうする気だ」
 同じ様に前だけ見ながら、唯斗は返す。
「一撃だ、隙を作ってくれ――それだけでいい」
 ふ、と涼介の口元が緩む。
「大した自信だ――だがいいだろう、この状況を覆せるなら悪くない……ウィンターさん!」
 合図に応じてウィンターの分身が涼介の足元にやってきた。
「はいでスノー」
「……タイミングを合わせるよ」
「……了解でスノー」
 じり、と春将軍の動向を伺う。
「……あっちはとりあえず大丈夫だね」
 葵が後方に視線を送ると、スプリングはとりあえず垂が抑えていてくれているのが見えた。

「よっし、行くよーっ!!」
 葵が魔砲ステッキを構える。イングリットがそれに合わせて春将軍へと突撃しようとしたその時。


 ――ぱき。


「?」
 突然飛来した小物体が、春将軍の頭部にヒットした。
 何の攻撃力も持たず、殺気も込められていないが故に警戒が遅れた春将軍の頭の上で、それは白い殻を突き破って透明な膜と共に黄色い本体が春将軍の頭部から額に付着した。


 生卵である。


「なぁ、大将首や! 大将首やろ!? 大将首やろうお前っ!?」
 誰かと思えば七枷 陣(ななかせ・じん)である。
「……何かね、これは」
 春将軍は、しっとりと絡みつく生卵を軽く拭い、口を開いた。
 この戦闘の場において、敵の頭部に生卵を食らわせるその神経が理解できない。
「何ってお前、卵も知らんの? いやあ長生きしてるようで意外とモノ知らんのなぁ!!」
 口元はマスクで覆っているため陣の表情を読み取ることは難しいが、物凄く口の端をゆがめて笑っていることが予想できる。
「そういうことではなくて……」

 ――ぺちゃ。

「?」


 納豆である。


「やだ……汚い……」
 葵がごく自然な感想を漏らした。
「ふふふ……これで終わると思うなよ……きっちりとウィンターの首、置いてってもらうでぇ!!」
 いよいよ勢いに乗ってきた陣が懐から取り出したもの、それは――

 スーパーの袋であった。
 深夜営業であった。
 しかも特売日であった。


「――不敬者め」
 仮にも侵略行為を行いに来た者に生卵と納豆をぶつけるこの侮辱。春将軍は陣に対して素早く王笏を振るった。
「おっと!!」
 だが、陣は逆に一気に接近し、その王笏に向けて鮒寿司をぶつける。
「!!?」
 じゅ、っと寿司と飯の焦げる匂いがして、周囲が生臭い匂いに包まれた。
「へっへーい、ヒゲ面ビビってるよ〜、へいへーい♪」
 素早く身を翻して距離を取り、陣はさらに春将軍にブーイングを開始した。
 その場にいる全員はもちろん陣の狙いを理解している。
 してはいるが、その手段を容認したいかと言えば、話は別である。

「……ひでぇ匂いだな。何だってこう、匂いのきついものばかり……陽動にしたって、やり方あるだろ……」
 垂の呟きを受けて、陣はスーパーの袋から更なる秘密兵器を取り出した。

惣菜コーナーで売っている出汁っぽい液体が詰まったビニール袋にはいったこんにゃくである。

「呆れるな、パラミタのコントラクターとやらはこの程度の輩ばかりか」
 努めて冷静さを保とうとする春将軍だが、その運動神経と肉体能力の全てを使って敵を煽り倒す陣の存在を無視しきることができない。

 ひと言で言うと、鬱陶しい。

「そんなくっさい臭いまみれで気取ってみても格好つかねぇぞスプリングジェネラル様カッコワライ!!
 卵と納豆まみれで飄々としてみてもむしろマヌケ? ねぇマヌケ?」
 ぎりぎり攻撃をかわしやすい距離から春将軍に次々とスーパーのお買い物シリーズを投げ続ける陣に、春将軍は徐々に苛立ちを隠せなくなっていた。

「ち――戦いもせぬ小物が、ちょろちょろと……」
 何しろ、こうしている間にも葵や涼介たちは、中距離から遠距離を保って攻撃してくるのだ。まともな魔法攻撃や斬撃に混じって牛乳に浸された雑巾が飛来する戦闘風景を想像してみて欲しい。春将軍でなくともどのような顔をして戦えばいいか分らなくなるであろう。

「ねぇねぇどんな気持ち? 今どんな気持ち? ダンディズム()な出で立ちで登場しておいて、孫ぐらいのガキにいいように煽られ倒されてどんな気持ち? NDK? NDK? ねぇねぇ?」

 春将軍に徐々に近づきながらハッハットントンと動き回る陣は、恐らく生涯通して出会う敵の中でも最高に鬱陶しい敵であろう。
 いよいよ臭いと罵詈雑言に耐えられなくなった春将軍は、さすがに陣を直接しとめようと、極力無視しようとした構えを解いて、陣の方へと一歩踏み出した。
「いい加減にせんか、この――!!」
 そして、その瞬間を陣は見逃さなかった。
「あ、じゃあさ――」

 その一歩。

 気付かれないように少しずつ近づいていた陣は、その一歩の隙に春将軍へとタイミングを合わせて踏み込んだ。
 それで充分。煽ってくるだけで攻撃は他の連中に任せていると思わせた陣の作戦勝ちであった。

「――そんな鬱陶しいガキのせいで負けるのって、どんな気持ち?」
「――!!」

 その一瞬、カウンター気味に距離を詰めた陣は、春将軍の耳元まで接近し、至近距離で『咆哮』を放った。


「は!!!!!!!!!」


 咆哮にあわせて、ウィンターの分身の雷鳴のブーストで音の威力を最大にまで増幅させている。ただでさえ『神ですらおののく』と評される咆哮を耳元で喰らってはたまらない。

「――!!!」
 耳から脳を揺さぶる大音量が春将軍に叩き込まれる。
 無論、他のコントラクター達はその瞬間に行動を開始していた。

「いくにゃー!!」
 イングリット・ローゼンベルグのフラワシが再び炎と嵐を巻き上げて春将軍を押しとどめる。
「それっ!!」
 葵の魔砲ステッキの一撃が、さらに春将軍の自由を奪った。

「行くよ、クレア!!」
 このチャンスに畳み掛けるのは、涼介だった。
「うんっ!!」
 クレアの熾天使の焔がうなりを上げ、涼介が指示した場所に突き刺さる。
「――なにぃっ!?」
 春将軍は驚きの声を上げた。
 さきほどから何度攻撃を受けてもビクともしなかった黄金の鎧に、ヒビが入ったのだ。
 その表情を読み取った涼介は、静かに告げた。

「私達が何の策もなく、ただ単調に攻撃を繰り返していたと思っているのかい? 一度で砕けなければ、何度でもトライするだけさ。
 ――ウィンターさん!!!」
 合図をすると、涼介の背後にウィンターの分身が作り出した魔法陣が出現する。コントラクターの攻撃をパワーアップする、ブーストだ。

「雪の精霊の残滓よ――我が魔力となりて春を司る将を討て――トリニティ・ブラスト」

 涼介から発せられた灼熱の炎、凍てつく冷気、目にも止まらぬ雷撃が同時に春将軍を襲う。
 もちろん、狙うのは涼介とクレアが切り開いた春将軍の鎧――ちょうど左胸の継ぎ目を狙ったヒビだ。

「ぐおおおぉぉぉっ!!!」

 春将軍を守っていた光の壁も黄金の鎧も押しのけて、涼介の魔法が炸裂した。大ダメージを受け、春将軍が叫び声を上げる。
 そこに。

「――よし、充分だ。トドメといこうぜ?」
 唯斗が素早く春将軍の懐に潜り込んでいた。
 無意識に振り回した王笏の先には、まだ凶悪な攻撃力を秘めた光の塊が宿っている。
 しかし。

「関係ねぇっつたろ――ご大層な鎧も、面倒な魔術も、凶悪な武器も、全部まとめてぶち抜いて――」
 驚くべきことに、唯斗の放った拳はその王笏の先端を捉え、そのまま涼介が入れた鎧のヒビに拳ごと押し込まれた。

 それは、何の変哲もない一撃であった。
 しかし、皆の想いと努力を載せて放たれたその一撃は、時に究極の威力を発揮する。

 それは、そんな一撃だった。


「喰らえよ、我が一撃を!!!」


「がああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 唯斗の拳は春将軍の鎧を粉々に砕き、手にした王笏をへし折った。
 春将軍の体内で暴走した光の魔法は自身の肉体を焼き尽くし、その存在までも抹消していく。

「ほれ、こいつをとりあえず確保しておきゃあ、ひとまずは安心だろ――?」
 唯斗は春将軍からウィンターの頭部を奪い返し、垂に放り投げた。


「――ダメ、離れるでピョン!! そいつには――!!」


 だが、勝利を確信した皆の背にスプリングの叫び声が浴びせられた。
「スプリング? 何言って――」
 軽くスプリングの方を振り向こうとした唯斗。

「まだ先がある!!!」

 その瞬間、背後に感じた殺気に、その場を飛び上がった。
「――ちっ!!」
 スプリングの言葉の通りだった。倒したはずの春将軍の鎧の残骸を纏うように、闇の中に浮かび上がる眩しい光の塊が現れた。
「おいおい……面倒だな……」
 唯斗の呟きをかき消すように、肉体という枷を解き放ち、その凶悪な正体を露わにした春将軍という形をとった光の塊――閃光春将軍がそこにはいた。


「――見事だと言っておこう……だが、ここまでだ」
 閃光春将軍が片手を振るうと、王笏とは比べ物にならない威力の攻撃がまるでレーザーのように周囲に撒き散らされた。

「うわあああぁぁぁっ!!!」

 本当の戦いがここから始まるのである。