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リアクション
第三章 遊女の恋4
「明仄さん、正識(せしる)さんについて何か知っていることがあったら教えてほしいな?」
昼近くになって遊女が起きだすころ、舞妓見習いの鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は洗い桶を持って明仄の部屋を訪ねていた。
何気なく敷いてある、三重布団がなまめかしい。
氷雨は事あるごとのに遊女の部屋の調度品について、目に包帯をした竹中 姫華(たけなか・ひめか)に聴いていたが、姫華は「今、見が見えないことになってるから、また後でね!」と小声でささやいていた。
姫華は遊郭に入り込むために、盲目の芸者になりきっている、
明仄は軽く一服して答えた。
「さあね、客の中にそんな名前の人、いたかねぇ。ちょっと覚えてないね」
「じゃあ、正織(まさおり)と言う男は?」
「なんだい、あんたお相手したいのかい。ダメだよ、舞妓は客とっちゃ。それに、遊郭で他人のお客の横取りはご法度だよ。縄で括られて納屋行きだからね。飯も一週間抜き!」
氷雨の質問が鬱陶しくなったのか、明仄はわざと追い払おうと氷雨が怖がるような話をしていた。
姫華は咳払いをする。
「こほん、ええと……つまり明仄さんは正識(まさおり)さんをご存じなんですね」
姫華は相手の裏をとるかのように、もう一度たずねた。
「正識(まさおり)さんが、蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)であることも。あの人は、今マホロバで戦争を起こそうとしている瑞穂藩主よ。何か知っていることがあったら教えてください」
「確かに、正識(まさおり)様はアタシの馴染みだよ。だけど、客人は客人。会いに来てくれた男を無下に返すかね」
「本当にそれだけ? お客と思ってる? それ以上に想ってるから……手を貸してるんじゃないの?」
小早川 秋穂(こばやかわ・あきほ)がいきなり核心をつく発言をする。
「胡蝶(てふ)って女の子は、七龍騎士に攫われた。どうしてかしら。共犯者が別にいるんじゃないの?」
氷雨も秋穂の問いに続いた。
「何を隠してるのかな? 教えてほしいなあ」
明仄はじっと彼女たちを見据える。
「あんたたちなんなんだい。ただの芸者じゃないね」
「……本当のことを教えてください。知ってることを。戦争になれば、遊郭だって無事では済まされないのに……」
明仄はキセルの灰をポンと落とした。
「それはお上のやること。遊女は客と寝るのが仕事。あんたたちがお上の回し者なら、言っとくよ。アタシはたとえ東雲が焼け野原になろうとも、客と共に過ごす。笑顔で酒を注いでやるってね」
そういって明仄はゴホゴホと咳き込みだした。
そして、熱があるから帰れと、氷雨たちは部屋から追い出された。
秋穂が振り返りながら、ぽつりとつぶやいた。
「今も昔も女は好きな人に愛される為なら全てを捨てれるのよ。浅はかで、もっとも純粋な理由よね……明仄さん、恋してるんだね」
卍卍卍
「はあ〜、おつかいだ。遊女見習いとして最後のお務め、がんばらなくっちゃ」
イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)に遊女見習いとして売り飛ばされていた
よいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)が、ぱたぱたと遊郭の路地を走っている。
竜胆屋楼主の姉遊女たちに、卵を買ってくるように言われたからだ。
「明仄姉さんが風邪で具合が悪そうだから、卵酒でも作って飲ませてやろうって、姐さんたち。僕、急いで買ってくるからね!」
預かった小銭を握り締め、角を曲がったところで人にぶつかった。
はね飛ばされる『ももたろう』。
「わ、わ、ごめんなさい!」
すかさず謝ったが、相手は何も答えない。
それどころか手を『ももたろう』に差し伸べ、立ち上がらせてくれた。
「ありがとうございます……綺麗な……男の人? え、何!?」
小柄な『ももたろう』が颯爽と相手の肩に抱えられた。
「え? ええっ?」
そのまま、どこかへ向かって歩いて行く。
卍卍卍
「ももがいなくなったー!?」
竜胆屋の店先で、姉遊女からそうきかされた
イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)は声を上げた。
「そうなのよ〜。明仄姉さんに卵買って来るっていってそれっきりよ〜。そう夜見世も始まるってのに、どこいったのかしらねえ〜」と、遊女。
「あのこ危なっかしいところあったけど、仕事は一生懸命やってたから、逃げ出したってことはないと思うんだ。郭から出るって決まってたし……どこいったんだろう」
イランダは
よいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)を遊女屋に売り飛ばした張本人である。
彼女のおとも
柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)は、「そもそも遊郭など来ることがなければ……」という言葉を飲み込みつつ、『ももたろう』を探しにいくことを提案した。
「もちろんよ! まだ遊女殺人犯は捕まってないんだし……何だか嫌な感じがするよ。はやく、行こう!」
二人は人で混雑しだす夕暮れの中をかけ出した。
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